学科魔法士の迷宮冒険記(最終版)

九語 夢彦

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4章 魔法士小隊

4章ー16:魔法具の必要性と、6つの等級

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 空太が一時離脱後、【精霊本舗】の店舗兼社宅棟を抜けた命彦達は、店舗と庭を挟んで裏手にある、開発棟にたどり着いた。
 まるで店舗棟に隠れるようにして建っていた、3階建ての開発棟。
 その開発棟の1階部分は、まさに作業工場という雰囲気であり、近付くとすぐに作業場にある炉の暖気がムッと押し寄せた。
 茜色に染まりつつある空の下、トンテンカンと槌を振り下ろしたり、ジャリジャリと素材を研磨する職人達の姿が見えて、初めてその様子を見る舞子は目を輝かせる。
「うわあー……」
 店舗と同じく、作業場には女性と男性が入り混じり、亜人もいれば人間もいた。
 開発棟の職人達全てが生産型魔法学科、〔魔具士〕の資格を持つ学科魔法士達であり、【精霊本舗】の店員、社員達である。
 その職人達の1人、若い女性職人が命彦の姿に気付き、作業の手を止めて笑顔を浮かべた。
 分かってますよとばかり笑って、女性職人が作業場の一角へ声をかける。
「親方ぁーっ! 若様達がいらしてますよー」
「うぇーい! ……どらどら、よっこいせ」
 作業場から、小柄かつずんぐりむっくりしたたる型の亜人が現れる。
 妖精人種魔獣【土霊人ドワーフ】族の〔魔具士〕であり、開発棟を仕切る責任者らしかった。
 白い顎髭あごひげ禿げた頭に、特注品と思しき作業着を着込み、命彦より背は低いが、女性の太腿ふとももくらいある筋骨隆々の腕を持つ、いかにもといった感じの亜人である。
 そのドワーフおうに、命彦は親しげに笑いかけた。
「ドムじい、忙しいのに邪魔してごめんよ。これから迷宮に行くんだけど、その前にまたいつも通り、こいつらの魔法具の点検を頼みたいんだ。いいかい?」
「若様、気を遣わんでもいいですぞい? 若様がワシを頼ってくださるんじゃ、断りはしませんて、ふぉふぉふぉ」
 好々爺こうこうやとした表情で、ドワーフ翁が命彦の笑みに応える。
 すると、メイアと勇子がにへへと笑いつつ、頭をぺこりと下げた。
「いつもすいません、親方。お願いします」
「親方、ウチもお願いしまーす」
 メイアと勇子が頭を上げた時、背後から追加の声が響いた。
「ま、待ってぇーっ! 僕もぉーっ! はあはあはあ……」
「あら空太、意外と早くソル姉に解放されたのね?」
「ふうー……間に合った。これから迷宮に行くって言ったら、命彦をしっかり補佐するようにって、見逃してくれたんだよ。あと命彦にソル姉から伝言。補充品の魔法具は、出発前に用意して店の入り口に持って行きますってさ? そして親方、僕のもお願いします!」
 店舗棟の方から命彦達に駆け寄って合流した空太も、ドワーフ翁に頭を下げた。
 どうやら迷宮へ行く前に、魔法具の点検をこの亜人にしてもらうのが、【魔狼】小隊の恒例行事らしい。
 舞子もその場の空気に従い、とりあえず頭を下げた。
「ほいよ。任せてくだされ。じゃあ、2階の個室に行くかのう」
 温和に笑うドワーフ翁が先導して、命彦達は開発棟の2階にある個室に入って行った。

 個室に入ったドワーフ翁が、舞子に目を留めて問う。
「ところで若様、気付けばめんこいお嬢さんが1人増えとりますが、新人さんですかいのう?」
「ああ。ウチの新人小隊員としてしばらく面倒を見る舞子だ。舞子、この人はウチの店の開発部長、ドム爺。いつも小隊の魔法具を点検・整備してくれてる、腕利きの〔魔具士〕だぞ? 敬意と感謝を込めて親方と呼ぶように」
「ふぉふぉふぉ、初めましてじゃ、マイコ嬢。ワシはドルグラム・ザグン。子供の頃から知っとる若様はワシを愛称で呼ぶがの、皆には親方と呼ばれておる。お嬢さんもそう呼んでおくれ」
「は、はい! よろしくお願いします、親方」
「ふふ。舞子、そう固まらんでええんよ? 親方は見てくれがイカついだけで、性格はめっちゃ優しいから」
「そうそう、腕も確かだしね? 自分の使う魔法具は、1度は絶対親方に見てもらった方がいい」
「魔法具に込めた魔法も、経年や使い方によって効力がヘタるわ。それに、自分でも気付かずに魔法具を破損させてることもある。迷宮へ行く前に、点検だけでも欠かさずするべきね? 命に関わるから」
「そういうことだ。ここは遠慮せずに舞子も使ってる魔法具をドム爺に見てもらえ。この小隊にいる限り、点検料は無料だから」
「は、はい! わかりました、ありがとうございます」
 ドワーフ翁が、個室にある作業机の椅子にドッカリと腰かけ、作業机の上に、メイア達の装備していた魔法具が、次々と乗せられる。そのままドワーフ翁は黙々と魔法具を点検し始めた。
 メイア・勇子・空太・舞子が、命彦も着用している、身体の線が出る上下揃いの窄衣さくい型装束、〈迷宮衣めいきゅうい〉だけの姿で、手近にある椅子に座る。
 防具型魔法具の〈迷宮衣〉は、迷宮に行く学科魔法士はおろか、一般人を守るためにいざという時は魔獣との戦闘義務が課される、あらゆる魔法学科の魔法士にとっても必須の魔法具であり、身体に密着する動きやすい戦闘装束であった。
 数多ある防具型魔法具でも、〈迷宮衣〉はどちらかと言えば作業服に近い位置づけにあり、魔法士の間では、頭部以外の全身を覆うこの〈迷宮衣〉の上から、胸当てや外套、手甲や脛当てといった、別の防具型魔法具を装備するのが一般的である。
 先端科学技術で作られた対刃炭素繊維が織り込まれつつ、伸縮性と通気性、吸汗性にも優れた〈迷宮衣〉は、それ自体が物理的干渉に対して恐ろしく頑丈であるが、多くの場合、地水火風のいずれかの精霊付与魔法を封入されているため、魔法的干渉に対しても多少の防御力、耐性があって、装備者の生命を守ってくれた。
 物理的にどれほど頑丈であろうと、それこそ刃物で貫通できぬほどの堅固さを持とうと、魔法に対する防御力が皆無であれば、魔法士の防具としては不十分である。
 物理法則を書き換えるのが魔法であるため、不燃性の布であろうが魔法は瞬時に燃やせるし、刃物を欠けさせるほど固い炭素繊維でも、魔法は瞬時に両断した。
 それ故に、迷宮へ潜り、魔法を使う魔獣達と遭遇して、戦闘する可能性がある学科魔法士達は、身に付ける衣服にも、当然魔法に対する耐性、魔法防御力を持つ魔法具を求めた。
 衣服としての軽さと動きやすさに加え、甲冑じみた頑丈さと、魔法に対する最低限の耐性をも有する〈迷宮衣〉は、先端科学技術と魔法技術の融合した、まさに魔法士が真っ先に求める全身防具だったのである。
 余談だが、命彦の着用する〈陽聖の迷宮衣〉は、姉の命絃が手ずから命彦のために作った〈迷宮衣〉であり、市販のモノと比べると、太腿や二の腕部分に装甲板が縫い付けられて改良され、物理的干渉に対する防御力を多少高めつつも、それ以上に魔法的干渉に対する防御力を高めた優れものだった。
 当世具足とうせいぐそくという武者甲冑によくある佩楯はいだて袖冠板そでかんむりいたを、衣服に合うよう縮小して縫い付けたモノ、と言えば分かるだろうか。
 姉が限界まで魔力を振り絞り、具現化した陽聖の精霊付与魔法を封入した〈陽聖の迷宮衣〉は、その魔法が持つ高い効力で、激しい魔法的干渉からも装備者を守り、また装備者の心的疲労を癒して、魔力回復を助ける追加効果もある、極めて性能の良い一品だったのである。
 メイアや勇子達も、水の精霊付与魔法を封入された〈水流の迷宮衣〉や、地の精霊付与魔法を封入された〈地礫の迷宮衣〉を身に付けているが、物理防御力と魔法防御力という点で比べると、命彦の着る〈陽聖の迷宮衣〉には一歩劣った。
 まさに姉の愛が詰まった命彦用の戦闘装束が、〈陽聖の迷宮衣〉である。

 自分の身体の輪郭が分かる〈迷宮衣〉姿が恥ずかしいのか、舞子が突然頬を染めて俯いた。
 その舞子の初々しい反応に笑っていたメイアと勇子だが、不意に舞子の豊かに実る胸の部分に注目して、自分の胸に目を落とした。そして、イラッとしたように命彦と空太をにらむ。
「そこの男2人、見せもんとちゃうで?」
「今、私達を見比べたでしょ? セクハラだわ」
 言いがかりや被害妄想にも等しいやつあたり気味の言い分に、命彦は無言を返した。
 その分、命彦の肩に乗るミサヤが《思念の声》で言う。
『マヒコの心の声を代弁します。俺は姉さんと母さん、ミサヤ以外は、基本的に対象外だ。とのことです。被害妄想は見苦しいですよ、2人とも?』
 ビキッとメイアと勇子の額に、十字の血管が浮かんだ。せばいいのに、空太も後に続いて言う。
「えーと、僕も自分の年齢以下の、最低3歳は離れてる年下の女子にしか反応しませんので。そこの貧乳達のやっかみには応答しかねますね、はい」
「……バカ空太、もっと言い方があるだろうに」
 命彦が天を仰ぎ、個室の引き戸をさっと開けた。その瞬間である。
「貧乳ちゃうわぁーいっ!」
「プルォアアアアァァァーッッ!」
 怒れる〈地礫の迷宮衣〉姿の勇子にぶん殴られた空太が、身体をギュリギュリ捻じらせて、間一髪開いた引き戸から外へカッとんで行った。
 助ける必要があるかと思い、魔力を操る命彦だったが、空太の身に付ける〈地礫の迷宮衣〉と、装身具型魔法具〈土守つちもりの腕輪〉に気付き、まあいいかと放置する。
 どうやら空太は、〈地礫の迷宮衣〉以外に装備していた武具や防具を、ほとんど点検に出していたものの、腕輪の魔法具だけは点検に出さず、まだ身に付けていたらしい。
 恐らく勇子を警戒してのことだろうが、そういう警戒心は持つくせに、どうして常に一言多い自分の口には警戒心が皆無であるのか、命彦には理解不能であった。

 〈地礫の迷宮衣〉と〈土守の腕輪〉は、共に精霊付与魔法《地礫の纏い》を封入された魔法具であり、装備者の周りに魔法力場を発生させ、物理的干渉や魔法的干渉から装備者を守り、また装備者の自己治癒力を上昇させる効果がある。
 とりわけ〈土守の腕輪〉は、全く同じ付与魔法でも、〈地礫の迷宮衣〉より非常に高い効力を持つ《地礫の纏い》が封入されているため、その分魔法力場が厚くて防御力も高く、自己治癒力の上昇率も高かった。
 空太の人外とも言える頑丈さと回復力は、ひとえにこの〈土守の腕輪〉の力である。
 〈土守の腕輪〉がある限り、空太が日常生活において致命傷や重傷を負う可能性は低かった。たとえ2階から地上へ頭から落ちたとしても、である。
 庭の芝生にズザザと激突し、草にまみれて倒れる空太。
 魔法具のおかげで軽傷の空太に、勇子と同じく怒れる〈水流の迷宮衣〉姿のメイアが、精霊攻撃魔法を放つ。
「其の水流の天威を束ねて槍と化し、一閃を持って、我が敵を撃ち払え。貫け《水流の槍》」
 メイアの頭上に、フヨフヨと浮かぶ回転した高圧の水の槍、水の集束系魔法弾が出現し、空太へと射出された。
 舞子の模擬戦で命彦が使った精霊攻撃魔法《旋風の槍》によく似た、集束系の攻撃魔法である。
 高速でまっすぐ飛来する水の槍が、ゾンッと地面に突き刺さり、水たまりと共に深い傷跡を残した。間一髪、身をひるがえしていた空太の顔は蒼白である。
「め、メイア! 今本気で僕を狙っただろうっ!」
「胸と年齢で女を判断する……最低よ。女の敵は黙って滅びろ。あとね、私も勇子も年齢相応には実ってるのよ、同年代の平均値はあるの、これでもね? 比較対象のせいで貧乳に見えるでしょうけども! まあべつに、どう思われてもいいけど、腹は立ったからさっさとってくれるかしら?」
 メイアが冷たい笑みを浮かべ、数十個の精霊攻撃魔法《水流の矢》を具現化する。
「其の水流の天威を矢と化して、我が敵を撃ち払え。穿て《水流の矢》」
 《旋風の矢》とよく似た特性を持つ水の追尾系魔法弾が弧を描き、次々に飛来して空太が悲鳴を上げた。
「ギイヤアァァァ―ッッ! ぼ、僕を殺す気かぁぁぁー!」
「……空太、静かにして。親方とか他の職人さんが迷惑だから」
 冷たく笑うメイアの《水流の矢》が、逃げ回る空太を追尾し、遂に空太の側頭部にぶち当たった。
 魔法具の加護と、メイアの加減のおかげか。空太は一応生きていた。
 ただ、思いのほか威力があったらしい。炸裂した水圧に吹き飛ばされた空太は、ゴロゴロと芝生を転がって倒れ、衝撃で目を回していた。
 メイアと勇子が満足したように、イエーイと手を叩く。
 身近に胸が豊かである女性が多い勇子とメイアは、自分達の胸が控えめであることを密かに気にしている。
 どちらも歳相応、体格相応の胸だが、からかわれたことがあるのか、胸の話題には特に敏感であった。
 空太は2人の持つ心の地雷についてよく知っている筈だが、いつも一言多いので地雷を全力で踏み抜いている。
 友人として、空太の今後が非常に心配であった命彦は、庭の芝生しばふの上でピクついている空太に、静かに合掌した。その命彦の様子を見て、当惑していた舞子も、空太に一応合掌する。
「ふぉふぉふぉ、若様達はいつもにぎやかじゃのう」
「……命彦さん、にぎやかっていうんですか、あれ? というか、いつもあるんですかああいうこと?」
「うむ。にぎやかかどうかは知らんが、ただいつも同じことをしてる気はする」
『まあ、結末は基本的にほとんど同じですね』
「とりあえず、空太が目を回してるんは、いつものこっちゃ」
「……コホン。親方、すみません。バカが作業の邪魔をしました」
 口に手を当て、はずかしそうにメイアが言う。
 メイアにとってこのドワーフ翁は会社の先輩であり、尊敬する上司でもある。
 怒っている姿を見せるのは抵抗があるらしかった。
 ドワーフ翁は顎髭を手できつつ笑顔で返す。
「いやいや、若者らしさがあってええと思うぞ? 多少はソラタぼうを憐れに思うがの? もう少し待ってておくれ。あと2つ3つで終わるからのう?」
 ドワーフの言葉を聞き、勇子とメイアが個室から出て、びしょれの空太を回収し、目を覚まさせる。
 その間、舞子は1人だけ魔法具を着用したままの命彦に問いかけていた。
「あの、点検もう終わるんですか? まだ見てもらって10分も経ってませんよ? それに命彦さんの魔法具は、そもそも見てもらってすらいませんよね?」
「点検は整備と違って、この場で効力のヘタリ具合、魔法具の損耗度合を見るだけだ。ドム爺ほどの目利きと、魔法具に関する知識や技術があれば、ほとんどの魔法具は一目見ればどの程度の損耗か分かる。壊れそうだった場合だけ、注意してくれるんだよ」
「いやいや、ワシもまだまだ修行の身じゃて。あとマイコ嬢、若様の魔法具は一点物いってんものじゃから、ワシも簡単には点検できんのじゃよ」
「俺が装備してる魔法具は、そのほとんどが母さんや姉さんに作ってもらった特注の魔法具だ。点検や整備も母さん達にしてもらってる。幾らドム爺でも、の特注魔法具を、サッと点検するのは不可能だ。だから今回は点検しねえの」
「一点物? それって他の魔法具とどう違うんですか?」
「うむ。ちと説明しとこうかの? 魔法具には、出来映えに応じて6段階の等級があるんじゃ。一般品・貴重品・希少品・一点物・伝説物・神話物と区別される。市場に出回る市販の魔法具は、一般品から希少品まででのう。一点物や伝説物、神話物は、専属の〔魔具士〕が開発・点検・整備するんじゃ。ワシがパッと見て点検できるのは、希少品までじゃよ」
「俺の持ってる魔法具は、母さんや姉さんが作った試作品が多い。そのほとんどが2人の力作であり、一点物に分類される。幾ら親方でも、腰を据えんと点検できねえわけ。あと念のために言っとくが、他人が作った魔法具を、希少品級までサッと見て点検できるのは、ウチの会社でもドム爺だけだ。日本全国でも10人いねえほどの神業かみわざ。つまり、俺の持ってる魔法具が例外ってだけの話だよ」
「いやはや、若様に褒められるとこそばゆいのう。まあ、一点物の魔法具は、開発者の作り込みが他よりずっと激しいものじゃ。他人ではそう簡単に点検も整備もできん。若様の魔法具の場合には、開発者のお2人が超一流の〔魔具士〕である分、特に難しいのう。〈余次元の鞄〉でさえ、市販のモノとはデキが違うくらいじゃし」
 命彦の身に付ける〈陽聖の迷宮衣〉や〈余次元の鞄〉、日本刀や頭巾付きの羽織に、手甲と脛当て付き地下足袋をガン見する舞子。
 その舞子へミサヤが思念を飛ばした。
『一点物の魔法具は値段を付けるのが難しいですが、材料費だけで換算すれば、マヒコの持っている魔法具は、1つ数千万円の代物。今装備している魔法具だけで、1軒家が余裕で建てられます』
「す、数千万っ! 本当ですか? い、一点物の魔法具、恐るべし……」
 舞子がドワーフ翁へ確認するように見ると、ドワーフ翁がウムウムと首を縦に振った。
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