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5章 迷宮
5章ー17:新しい採集依頼の受領と、迷宮の異常
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依頼所【魔法喫茶ミスミ】に到着した命彦達は、喫茶席に座って早速依頼を物色した。
舞子達が特訓している午前から、すでに依頼所へ出社していた梢とミツバは、午前と同じく午後も所長室に籠り、業務に忙しいらしい。
依頼を受ける魔法士の数が減っているため、依頼達成速度が目に見えて遅れており、期日が迫っている幾つかの依頼について、どの魔法士へ依頼を振るのかや、依頼主への期日延長の申し出を行っていたのである。
業務から逃げようとする梢を、ミツバが所長室で監視しつつ一緒に仕事していると、知り合いの受付嬢が命彦達に教えてくれた。
「梢さん達はある意味いつも通りか、まあいい。それで舞子、最終確認だが本当に身体は平気か? 昨日と同じくらいには動けるのか?」
『嘘をつかずに言うのですよ? ここで嘘をつくと、もしもの時に自分が困りますからね』
「はい! メイアさん達との特訓後にも昼寝しましたし、ご飯も食べました。筋肉痛もありません。体調は万全です!」
「よし、じゃあ今回も依頼を受けて迷宮へ行くぞ。前回みたいに採集依頼を受けて小遣いを稼ぎつつ、魔獣との実戦訓練も行う。芋の試練の続きだ。全力を尽くせよ舞子?」
「はい!」
舞子が返事をした時、喫茶席の卓上端末で依頼の一覧表を見ていた勇子が口を開いた。
「……ん? おおっ! これがあるやんけ、[精霊泉の滴]の採集依頼! 命彦に舞子、これにしようや!」
「せいれいせんのしずく? うわ、依頼難度1のワリに報酬額が高い! 他の採集依頼の3倍ですよ! 採集対象を持ち帰るだけで150万円、昨日達成した[結晶樹の樹液]採集は、同じ依頼難度1でも50万だったのに……」
「それだけ需要があるってことよ。[精霊泉の滴]は、消費型魔法具の〈魔傷薬〉や〈魔霊薬〉、〈魔妙薬〉の材料として使われる霊水で、陽聖の精霊と水の精霊を多く含んだ水のこと。迷宮では魔獣と共に異世界の地形や土地、いわゆる異世界の資源物がたくさん召喚されてるでしょ? ああした異世界の資源物には、【結晶樹】と同じく周囲に漂う精霊を取り込み、蓄積する作用を持つモノが多いのよ。【精霊泉】もその1つね?」
「関西迷宮の第1迷宮域には、ちっこい泉とか湖が8つもある。これらの水源全部が【精霊泉】と思ってええ。【結晶樹】みたく多種類の精霊を取り込む資源物は稀やけど、2つ3つの精霊を蓄えとる資源物ってのは、結構多いねん。そいで、こいつらを採集する依頼も多いから、場所さえ知っとけば手軽に稼げるちゅうわけや」
「特に〈魔傷薬〉は消耗品であり、必需品だよ。骨がズレたりする酷い骨折とかを除いて、擦り傷や切り傷といったほとんどの外傷治癒に効果があるから、魔法士は勿論のこと、一般家庭でも常備してるところが多いんだ。需要がやたらと多いから供給が追い付かず、材料である[精霊泉の滴]も取引価格が高止まりしてることが多い」
「採集依頼じゃ、[精霊泉の滴]採集は楽に稼げる依頼の筆頭格だろう。よし、これに決めた。空太、早速手続きを頼む」
「合点承知!」
依頼所2階への階段に最も近い席に座っていた空太に依頼の受領を頼むと、空太がサッと席を立った。
命彦が空太を見送りつつ、舞子へ言う。
「舞子もよく憶えておけよ? この依頼は結構頻繁に出るが、楽に稼げる分だけ魔法士同士の取り合いも多い。今回みたいに運良く見付けたら、できるだけ受けるようにしとけ。採集場所を憶えて、探査魔法さえ修得すれば、魔獣と全く戦わずに150万円を手に入れることもできるぞ」
「はい!」
「ぶっちゃけたら迷宮内の水源から水を持って帰るだけやから、採集技術もまずいらん。お得やで? ウチが1人で行きたいくらいやわ」
「確かにね?」
勇子の言葉に笑っていると、依頼を受領した空太が席に戻って来る。
「受領完了したよ。ついでに新しい地図情報も販売されてたから、買って更新しといた。一応見る?」
空太が自分のポマコンを操作し、喫茶席の上に地図映像を投影した。
迷宮へ潜る探査型の学科魔法士のうち、測量技術を持っていて地形環境にも詳しい〔探索士〕は、【虹の御柱】が落ちて迷宮内の地形環境が更新される度、地図情報を作って依頼所へ売っている。
情報料を払って地図情報を購入した依頼所は、それをできる限り低額で、所属する魔法士に販売していた。
地図情報にはポマコンへの転送制限が付いており、購入者のポマコン上で地図情報を見せてもらう場合はともかく、自身のポマコンへこの地図情報を保存するためには、依頼所で買う必要があった。
投影された地図映像を見て、メイアが空太をほめる。命彦も礼を言った。
「へえ? 空太にしては気が利くわね」
「ああ。あんがとさん、空太。どれどれ……」
「えーと、第1迷宮域は以前のままみたいね? でも、第2迷宮域と第3迷宮域で、一部地形の入れ換えがあったのか……うわー、結構広範囲で更新されてるわね? 今回は別に良いけど、時間がある時にでも、全員分の地図情報を買っといた方がいいかも」
「2週間前に買った地図はもう役立たずかい? 更新速いわホンマ」
「仕方ねえよ。森の一部が荒野に入れ換わってる。この部分は、今までの記憶を初期化する必要があるぞ? 今度第2迷宮域に行く時にでも、地図を買って更新しとこう。新しい地形は個人的に調べてみたいし」
『お付き合いしますよ、マヒコ』
「ああ、頼むミサヤ。よし、行くつもりだった第1迷宮域の【精霊泉】は今まで通りあるみたいだし、じゃあ昨日と同じく、【精霊本舗】に寄って魔法具の点検をしてから迷宮へ行くぞ!」
「はい!」
地図で目的地を確認した命彦達は、すぐに依頼所を出た。
依頼所から少し歩いて亜人街に入り、【精霊本舗】へ到着した命彦達。
メイア達は店内を通過して開発棟に行き、ドワーフ翁こと親方に、軽く魔法具を点検してもらった。
一方命彦とミサヤは、昨日手に入れた焼かれた【殺魔芋】を、エルフ女性の営業部長にお土産として差し入れたが、そこへいつも通り従業員のお子ちゃま達が現れて、命彦は子ども達に捕まり、庭でキャッキャともみくちゃにされていた。
開発棟2階の窓から、命彦の様子を見ていた舞子が言う。
「命彦さん、お庭で子ども達に追いかけられてますけど、いいんですか?」
「ええんやええんや、じゃれとんねん」
勇子がどうでもよさそうに応えるので、舞子は重ねて言った。
「以前に見たのと全然違う可愛らしい触手を出して、子ども達全員を持ち上げてますけど、いいんですか?」
「触手を使った高い高いでしょ、よく見るわよ? あれ子ども達に人気あるのよね。ああいう半透明でプルプルしてて、ひんやりと柔らかい可愛い触手だったら、私も平気だけどね?」
メイアも素知らぬ風に答える。舞子は自分の目を疑ったのか、こめかみを指圧してもう一度だけ問うた。
「触手で振り回したり、急降下したりしてますけど、ホントにいいんですか?」
「子ども相手用の触手も、ガワが違うだけで戦闘用の触手と同じだよ。命彦も制御には相当神経を使ってる筈だ」
「まかり間違っても落としたりはせんやろ」
「命彦は子どもには優しいからね?」
「は、はあ……」
異様極まる様相が見える庭だが、子ども達はキャッキャと笑っている。
メイア達もくすくす笑っており、舞子は自分がおかしいのだろうかと小首を傾げていた。
そうこう会話してる間に点検の時は過ぎ、ドワーフ翁が口を開く。
「おっし、とりあえず全員分の点検が終わったぞい? 異常は見えんかった。メイア嬢とユウコ嬢、ソラタ坊も、自分の魔法具をよう手入れしとる。さて、マイコ嬢じゃがマグマフィストの使い心地はどうかの? 微調整する必要があれば言っておくれ」
「それはもう、凄く使いやすいです。微調整の必要もありませんよ! すぐにでも賃貸契約を結びたいです」
「ふむ。そう言ってくれればありがたいのう。それでは来週まで使ってもらって、使用感をまた伝えてもらった時に、契約するとしようかの?」
「はい!」
魔法具の点検を終え、庭で子ども達と遊ぶ命彦と合流したメイア達は、従業員に見送られつつ【精霊本舗】を後にして、路面電車へと乗り込み、【迷宮外壁】を目指して出発した。
【迷宮外壁】前の常設駅で降車し、昇降機に乗って関所に入ると、命彦達はいつもと少し違う空気を感じた。
(……少しピリピリしてる)
不審に思った命彦が関所内を見回すと、都市自衛軍特有の迷彩柄の〈迷宮衣〉を着用した学科魔法士数人が、受付の女性バイオロイドと厳しい表情で会話していた。
迷宮側の昇降機前にいる自衛軍の魔法士は、ある程度顔見知りだったので、関所内に休息を取りに来ていればすぐに分かるのだが、今回は初めて見る顔がほとんどで、しかも雰囲気が緊急事態を思わせるものだった。
「軍の魔法士だ、どうしたんだろうね?」
「いつも外におる人らとはちゃうよね、あの人ら? 新しい交代要員の人らにしては、皆えらい厳しい顔しとるし。マズいことでもあったんやろか?」
「マズいこと? それって迷宮でってことですよね? えーと、私達街に戻った方がいいんでしょうか?」
「んー……どうかしらねぇ? 迷宮への進入を制限するつもりだったら、そもそも関所が閉まってる筈だし」
「ここまで来て帰れって言われることはねえとは思うが……一応事情を聞いた方がいいかもしれん」
気まずそうに言う舞子へ、命彦がそう言った時。軍の魔法士達が関所を出て、迷宮へと出発した。
すぐに命彦達も受付へ行き、女性バイオロイドに事情を聞く。
「昨日と随分雰囲気が違いますけど、どうかしたんですか?」
メイアの問いかけに、女性バイオロイドは心配そうに答えた。
「ええ。昨夜迷宮に潜っていた魔法士小隊18組のうち、10組が実は未帰還でして。どの小隊も第3迷宮域で活動していた実力者ばかりだったのですが、このうち4組が先ほど、第3迷宮域で魔竜種魔獣の【火竜】に追い回されており、助けて欲しいと救援要請をして来られたのです。要請を受けた私達は、すぐこの4組が所属する依頼所の方へ連絡し、また同じく第3迷宮域で活動されている他の6組にも、安否確認の連絡を入れたのですが……」
言いにくそうにする女性バイオロイドの表情から、続きを察したメイアが口を開いた。
「返答が来ず、6組の魔法士小隊も生死不明の状態というわけですね? 依頼所の方も、腕利きの魔法士の多くが関東と九州へ行っているために、自分達だけでは救出部隊を編成できず、そのため自衛軍へ救助をお願いしたと?」
「……はい。第3迷宮域ではよくあることとはいえ、10組の安否が気がかりです。さっきまで連絡が取れていた4組も、今は連絡が付きませんし、皆さん生存されていると思いたいですが」
「そうですね、情報ありがとうございます。迷宮自体には入っていいんでしょうか?」
「迷宮に入ること自体は可能です。ただ、先ほど軍の魔法士の方と話したのですが、第3迷宮域には軍が進入制限をかけるというお話だったので、今後迷宮に潜行される魔法士小隊の方々には、第2迷宮域までの活動に留めるよう、こちらからお願いするでしょう」
「分かりました、ありがとうございます」
そう礼を言って、命彦達は一度受付を離れた。
関所の一角に集まった命彦達。命彦が口火を切って言う。
「で、どうする?」
「どうする言うても、今の話ってウチらに関係あるか? 第3迷宮域とか行かんやんか」
「とはいえ同じ迷宮での出来事だよ? 少しは気にした方がいいって」
「まあ、第2迷宮域で魔竜種魔獣が出現したら、さすがに私も迷宮に行くのを躊躇うけど……第3迷宮域は遠いし、こういう魔法士小隊の行方不明も第3迷宮域では日常茶飯事でしょ? そこまで警戒するのはねえ? 依頼主の舞子はどうしたいの?」
「あーと、ここまで来てしまいましたので、できれば迷宮へ行きたいです。勿論、皆さんが今回のお話を聞いて、危険性が低いと判断された場合は、ですけど」
小隊全員の視線が命彦に集まった。判断は命彦に任せるつもりのようだ。少しの間考え、命彦が言う。
「第3迷宮域では行方不明者がよく出るが、10組も一度に行方をくらませるのはちとおかしい。個人的には、今迷宮へ行くのは避けたいところだが、依頼主の意志は汲む必要がある。それに場所もまだ離れているし、俺達以外の魔法士小隊も、平時と比べれば随分減ってるが迷宮には一応いる。俺達も第1迷宮域から基本出ねえし……今回は迷宮へ行ってもいいと俺は思う。どうだろミサヤ?」
『マヒコがそう思うのであれば、私は付いて行きます』
命彦が自分の判断の是非をミサヤに問うと、ミサヤは《思念の声》で命彦に是と応じた。
「決定やね? よっしゃ、迷宮へ行くで? 手続きさっさと終わらせよ舞子」
「あ、はい!」
受付へ走る勇子達を見て、命彦達はやれやれと頭を振り、自分達も受付へと歩き出した。
全員が受付で出入り手続きを各個に済ませ、関所を出て昇降機に乗った命彦達。
昇降機から降りて少し進み、命彦が訝しそうに周囲を気にしてから、舞子の手を取った。
「舞子、魔力の同調だ」
一瞬顔を赤らめた舞子だが、命彦の厳しい表情を見て察し、すぐに両手を繋いで目を瞑る。
「其の旋風の天威を視覚と化し、周囲を見よ。映せ《旋風の眼》」
命彦が感知系の精霊探査魔法を使い、周囲を警戒する。
昨日とは違い、舞子は一心に脳へと叩きつけられる周囲の情報を整理した。
すると、魔力の同調が高まったせいか、命彦の思考の断片を舞子は感じ取る。
魔獣の気配が昨日よりも急激に減っていることに、命彦は高い警戒心を持っていた。
どうやら命彦は、魔法抜きでも昨日とは違う迷宮の空気を、魔獣の気配を感じ取っていたらしい。
そしてそれは、精霊探査魔法で情報収集することで、確証を得た。
魔獣との遭遇が稀である【迷宮外壁】から100m圏内においても、一応魔獣自体は生息している。
実際昨日は、この100m圏内でも数体の魔獣の姿を、命彦の五感を代替する風が捉えていた。
しかし今は、100m圏内を闊歩する魔獣の姿が皆無である。命彦の勘がおかしいと告げていた。
命彦と手を離した瞬間、舞子の脳裏に叩き込まれていた情報の雨が止んだ。
ふっとフラついた舞子の横で、命彦が口を開く。
「迷宮がおかしい」
「おかしい? どういうこっちゃ、それ」
「【迷宮外壁】から100m圏内に魔獣達が全くいねえ。200m圏内から先でもほとんど魔獣がいねえ。初めてのことだ。ミサヤ、先まで探ってくれるか」
『はい』
ミサヤも無詠唱で《地礫の眼》を使い、暫し瞑目する。そして目を開けたミサヤが、思念で語った。
『【迷宮外壁】から10km圏内に広がる第1迷宮域において、全体的に魔獣の生息数が減っているようですね?』
「原因は分かるか?」
『いえ、そこまでは。少々奇異に思うのは、ツルメが数体ずつで頻繁にうろついていることぐらいでしょうか? 地下に潜む魔獣達は意外と残っていますが、地上を歩く魔獣が激減しているように思われます』
「ふーむ。植物種魔獣【蔓女】が他の魔獣を追い出したのか、あるいは喰い尽くしたのか。いずれにせよ、昨日までの迷宮とは様子が違うことは確定だ。少し注意しろよ」
「「「了解」」」
「舞子も、俺達の言うことをしっかり聞け。とりあえず、さっさと目的を果たす。目指すは【精霊泉】だ」
「はい!」
命彦達は《旋風の纏い》を展開し、昨日と同じように廃墟の上を移動して、第1迷宮域を進み始めた。
舞子達が特訓している午前から、すでに依頼所へ出社していた梢とミツバは、午前と同じく午後も所長室に籠り、業務に忙しいらしい。
依頼を受ける魔法士の数が減っているため、依頼達成速度が目に見えて遅れており、期日が迫っている幾つかの依頼について、どの魔法士へ依頼を振るのかや、依頼主への期日延長の申し出を行っていたのである。
業務から逃げようとする梢を、ミツバが所長室で監視しつつ一緒に仕事していると、知り合いの受付嬢が命彦達に教えてくれた。
「梢さん達はある意味いつも通りか、まあいい。それで舞子、最終確認だが本当に身体は平気か? 昨日と同じくらいには動けるのか?」
『嘘をつかずに言うのですよ? ここで嘘をつくと、もしもの時に自分が困りますからね』
「はい! メイアさん達との特訓後にも昼寝しましたし、ご飯も食べました。筋肉痛もありません。体調は万全です!」
「よし、じゃあ今回も依頼を受けて迷宮へ行くぞ。前回みたいに採集依頼を受けて小遣いを稼ぎつつ、魔獣との実戦訓練も行う。芋の試練の続きだ。全力を尽くせよ舞子?」
「はい!」
舞子が返事をした時、喫茶席の卓上端末で依頼の一覧表を見ていた勇子が口を開いた。
「……ん? おおっ! これがあるやんけ、[精霊泉の滴]の採集依頼! 命彦に舞子、これにしようや!」
「せいれいせんのしずく? うわ、依頼難度1のワリに報酬額が高い! 他の採集依頼の3倍ですよ! 採集対象を持ち帰るだけで150万円、昨日達成した[結晶樹の樹液]採集は、同じ依頼難度1でも50万だったのに……」
「それだけ需要があるってことよ。[精霊泉の滴]は、消費型魔法具の〈魔傷薬〉や〈魔霊薬〉、〈魔妙薬〉の材料として使われる霊水で、陽聖の精霊と水の精霊を多く含んだ水のこと。迷宮では魔獣と共に異世界の地形や土地、いわゆる異世界の資源物がたくさん召喚されてるでしょ? ああした異世界の資源物には、【結晶樹】と同じく周囲に漂う精霊を取り込み、蓄積する作用を持つモノが多いのよ。【精霊泉】もその1つね?」
「関西迷宮の第1迷宮域には、ちっこい泉とか湖が8つもある。これらの水源全部が【精霊泉】と思ってええ。【結晶樹】みたく多種類の精霊を取り込む資源物は稀やけど、2つ3つの精霊を蓄えとる資源物ってのは、結構多いねん。そいで、こいつらを採集する依頼も多いから、場所さえ知っとけば手軽に稼げるちゅうわけや」
「特に〈魔傷薬〉は消耗品であり、必需品だよ。骨がズレたりする酷い骨折とかを除いて、擦り傷や切り傷といったほとんどの外傷治癒に効果があるから、魔法士は勿論のこと、一般家庭でも常備してるところが多いんだ。需要がやたらと多いから供給が追い付かず、材料である[精霊泉の滴]も取引価格が高止まりしてることが多い」
「採集依頼じゃ、[精霊泉の滴]採集は楽に稼げる依頼の筆頭格だろう。よし、これに決めた。空太、早速手続きを頼む」
「合点承知!」
依頼所2階への階段に最も近い席に座っていた空太に依頼の受領を頼むと、空太がサッと席を立った。
命彦が空太を見送りつつ、舞子へ言う。
「舞子もよく憶えておけよ? この依頼は結構頻繁に出るが、楽に稼げる分だけ魔法士同士の取り合いも多い。今回みたいに運良く見付けたら、できるだけ受けるようにしとけ。採集場所を憶えて、探査魔法さえ修得すれば、魔獣と全く戦わずに150万円を手に入れることもできるぞ」
「はい!」
「ぶっちゃけたら迷宮内の水源から水を持って帰るだけやから、採集技術もまずいらん。お得やで? ウチが1人で行きたいくらいやわ」
「確かにね?」
勇子の言葉に笑っていると、依頼を受領した空太が席に戻って来る。
「受領完了したよ。ついでに新しい地図情報も販売されてたから、買って更新しといた。一応見る?」
空太が自分のポマコンを操作し、喫茶席の上に地図映像を投影した。
迷宮へ潜る探査型の学科魔法士のうち、測量技術を持っていて地形環境にも詳しい〔探索士〕は、【虹の御柱】が落ちて迷宮内の地形環境が更新される度、地図情報を作って依頼所へ売っている。
情報料を払って地図情報を購入した依頼所は、それをできる限り低額で、所属する魔法士に販売していた。
地図情報にはポマコンへの転送制限が付いており、購入者のポマコン上で地図情報を見せてもらう場合はともかく、自身のポマコンへこの地図情報を保存するためには、依頼所で買う必要があった。
投影された地図映像を見て、メイアが空太をほめる。命彦も礼を言った。
「へえ? 空太にしては気が利くわね」
「ああ。あんがとさん、空太。どれどれ……」
「えーと、第1迷宮域は以前のままみたいね? でも、第2迷宮域と第3迷宮域で、一部地形の入れ換えがあったのか……うわー、結構広範囲で更新されてるわね? 今回は別に良いけど、時間がある時にでも、全員分の地図情報を買っといた方がいいかも」
「2週間前に買った地図はもう役立たずかい? 更新速いわホンマ」
「仕方ねえよ。森の一部が荒野に入れ換わってる。この部分は、今までの記憶を初期化する必要があるぞ? 今度第2迷宮域に行く時にでも、地図を買って更新しとこう。新しい地形は個人的に調べてみたいし」
『お付き合いしますよ、マヒコ』
「ああ、頼むミサヤ。よし、行くつもりだった第1迷宮域の【精霊泉】は今まで通りあるみたいだし、じゃあ昨日と同じく、【精霊本舗】に寄って魔法具の点検をしてから迷宮へ行くぞ!」
「はい!」
地図で目的地を確認した命彦達は、すぐに依頼所を出た。
依頼所から少し歩いて亜人街に入り、【精霊本舗】へ到着した命彦達。
メイア達は店内を通過して開発棟に行き、ドワーフ翁こと親方に、軽く魔法具を点検してもらった。
一方命彦とミサヤは、昨日手に入れた焼かれた【殺魔芋】を、エルフ女性の営業部長にお土産として差し入れたが、そこへいつも通り従業員のお子ちゃま達が現れて、命彦は子ども達に捕まり、庭でキャッキャともみくちゃにされていた。
開発棟2階の窓から、命彦の様子を見ていた舞子が言う。
「命彦さん、お庭で子ども達に追いかけられてますけど、いいんですか?」
「ええんやええんや、じゃれとんねん」
勇子がどうでもよさそうに応えるので、舞子は重ねて言った。
「以前に見たのと全然違う可愛らしい触手を出して、子ども達全員を持ち上げてますけど、いいんですか?」
「触手を使った高い高いでしょ、よく見るわよ? あれ子ども達に人気あるのよね。ああいう半透明でプルプルしてて、ひんやりと柔らかい可愛い触手だったら、私も平気だけどね?」
メイアも素知らぬ風に答える。舞子は自分の目を疑ったのか、こめかみを指圧してもう一度だけ問うた。
「触手で振り回したり、急降下したりしてますけど、ホントにいいんですか?」
「子ども相手用の触手も、ガワが違うだけで戦闘用の触手と同じだよ。命彦も制御には相当神経を使ってる筈だ」
「まかり間違っても落としたりはせんやろ」
「命彦は子どもには優しいからね?」
「は、はあ……」
異様極まる様相が見える庭だが、子ども達はキャッキャと笑っている。
メイア達もくすくす笑っており、舞子は自分がおかしいのだろうかと小首を傾げていた。
そうこう会話してる間に点検の時は過ぎ、ドワーフ翁が口を開く。
「おっし、とりあえず全員分の点検が終わったぞい? 異常は見えんかった。メイア嬢とユウコ嬢、ソラタ坊も、自分の魔法具をよう手入れしとる。さて、マイコ嬢じゃがマグマフィストの使い心地はどうかの? 微調整する必要があれば言っておくれ」
「それはもう、凄く使いやすいです。微調整の必要もありませんよ! すぐにでも賃貸契約を結びたいです」
「ふむ。そう言ってくれればありがたいのう。それでは来週まで使ってもらって、使用感をまた伝えてもらった時に、契約するとしようかの?」
「はい!」
魔法具の点検を終え、庭で子ども達と遊ぶ命彦と合流したメイア達は、従業員に見送られつつ【精霊本舗】を後にして、路面電車へと乗り込み、【迷宮外壁】を目指して出発した。
【迷宮外壁】前の常設駅で降車し、昇降機に乗って関所に入ると、命彦達はいつもと少し違う空気を感じた。
(……少しピリピリしてる)
不審に思った命彦が関所内を見回すと、都市自衛軍特有の迷彩柄の〈迷宮衣〉を着用した学科魔法士数人が、受付の女性バイオロイドと厳しい表情で会話していた。
迷宮側の昇降機前にいる自衛軍の魔法士は、ある程度顔見知りだったので、関所内に休息を取りに来ていればすぐに分かるのだが、今回は初めて見る顔がほとんどで、しかも雰囲気が緊急事態を思わせるものだった。
「軍の魔法士だ、どうしたんだろうね?」
「いつも外におる人らとはちゃうよね、あの人ら? 新しい交代要員の人らにしては、皆えらい厳しい顔しとるし。マズいことでもあったんやろか?」
「マズいこと? それって迷宮でってことですよね? えーと、私達街に戻った方がいいんでしょうか?」
「んー……どうかしらねぇ? 迷宮への進入を制限するつもりだったら、そもそも関所が閉まってる筈だし」
「ここまで来て帰れって言われることはねえとは思うが……一応事情を聞いた方がいいかもしれん」
気まずそうに言う舞子へ、命彦がそう言った時。軍の魔法士達が関所を出て、迷宮へと出発した。
すぐに命彦達も受付へ行き、女性バイオロイドに事情を聞く。
「昨日と随分雰囲気が違いますけど、どうかしたんですか?」
メイアの問いかけに、女性バイオロイドは心配そうに答えた。
「ええ。昨夜迷宮に潜っていた魔法士小隊18組のうち、10組が実は未帰還でして。どの小隊も第3迷宮域で活動していた実力者ばかりだったのですが、このうち4組が先ほど、第3迷宮域で魔竜種魔獣の【火竜】に追い回されており、助けて欲しいと救援要請をして来られたのです。要請を受けた私達は、すぐこの4組が所属する依頼所の方へ連絡し、また同じく第3迷宮域で活動されている他の6組にも、安否確認の連絡を入れたのですが……」
言いにくそうにする女性バイオロイドの表情から、続きを察したメイアが口を開いた。
「返答が来ず、6組の魔法士小隊も生死不明の状態というわけですね? 依頼所の方も、腕利きの魔法士の多くが関東と九州へ行っているために、自分達だけでは救出部隊を編成できず、そのため自衛軍へ救助をお願いしたと?」
「……はい。第3迷宮域ではよくあることとはいえ、10組の安否が気がかりです。さっきまで連絡が取れていた4組も、今は連絡が付きませんし、皆さん生存されていると思いたいですが」
「そうですね、情報ありがとうございます。迷宮自体には入っていいんでしょうか?」
「迷宮に入ること自体は可能です。ただ、先ほど軍の魔法士の方と話したのですが、第3迷宮域には軍が進入制限をかけるというお話だったので、今後迷宮に潜行される魔法士小隊の方々には、第2迷宮域までの活動に留めるよう、こちらからお願いするでしょう」
「分かりました、ありがとうございます」
そう礼を言って、命彦達は一度受付を離れた。
関所の一角に集まった命彦達。命彦が口火を切って言う。
「で、どうする?」
「どうする言うても、今の話ってウチらに関係あるか? 第3迷宮域とか行かんやんか」
「とはいえ同じ迷宮での出来事だよ? 少しは気にした方がいいって」
「まあ、第2迷宮域で魔竜種魔獣が出現したら、さすがに私も迷宮に行くのを躊躇うけど……第3迷宮域は遠いし、こういう魔法士小隊の行方不明も第3迷宮域では日常茶飯事でしょ? そこまで警戒するのはねえ? 依頼主の舞子はどうしたいの?」
「あーと、ここまで来てしまいましたので、できれば迷宮へ行きたいです。勿論、皆さんが今回のお話を聞いて、危険性が低いと判断された場合は、ですけど」
小隊全員の視線が命彦に集まった。判断は命彦に任せるつもりのようだ。少しの間考え、命彦が言う。
「第3迷宮域では行方不明者がよく出るが、10組も一度に行方をくらませるのはちとおかしい。個人的には、今迷宮へ行くのは避けたいところだが、依頼主の意志は汲む必要がある。それに場所もまだ離れているし、俺達以外の魔法士小隊も、平時と比べれば随分減ってるが迷宮には一応いる。俺達も第1迷宮域から基本出ねえし……今回は迷宮へ行ってもいいと俺は思う。どうだろミサヤ?」
『マヒコがそう思うのであれば、私は付いて行きます』
命彦が自分の判断の是非をミサヤに問うと、ミサヤは《思念の声》で命彦に是と応じた。
「決定やね? よっしゃ、迷宮へ行くで? 手続きさっさと終わらせよ舞子」
「あ、はい!」
受付へ走る勇子達を見て、命彦達はやれやれと頭を振り、自分達も受付へと歩き出した。
全員が受付で出入り手続きを各個に済ませ、関所を出て昇降機に乗った命彦達。
昇降機から降りて少し進み、命彦が訝しそうに周囲を気にしてから、舞子の手を取った。
「舞子、魔力の同調だ」
一瞬顔を赤らめた舞子だが、命彦の厳しい表情を見て察し、すぐに両手を繋いで目を瞑る。
「其の旋風の天威を視覚と化し、周囲を見よ。映せ《旋風の眼》」
命彦が感知系の精霊探査魔法を使い、周囲を警戒する。
昨日とは違い、舞子は一心に脳へと叩きつけられる周囲の情報を整理した。
すると、魔力の同調が高まったせいか、命彦の思考の断片を舞子は感じ取る。
魔獣の気配が昨日よりも急激に減っていることに、命彦は高い警戒心を持っていた。
どうやら命彦は、魔法抜きでも昨日とは違う迷宮の空気を、魔獣の気配を感じ取っていたらしい。
そしてそれは、精霊探査魔法で情報収集することで、確証を得た。
魔獣との遭遇が稀である【迷宮外壁】から100m圏内においても、一応魔獣自体は生息している。
実際昨日は、この100m圏内でも数体の魔獣の姿を、命彦の五感を代替する風が捉えていた。
しかし今は、100m圏内を闊歩する魔獣の姿が皆無である。命彦の勘がおかしいと告げていた。
命彦と手を離した瞬間、舞子の脳裏に叩き込まれていた情報の雨が止んだ。
ふっとフラついた舞子の横で、命彦が口を開く。
「迷宮がおかしい」
「おかしい? どういうこっちゃ、それ」
「【迷宮外壁】から100m圏内に魔獣達が全くいねえ。200m圏内から先でもほとんど魔獣がいねえ。初めてのことだ。ミサヤ、先まで探ってくれるか」
『はい』
ミサヤも無詠唱で《地礫の眼》を使い、暫し瞑目する。そして目を開けたミサヤが、思念で語った。
『【迷宮外壁】から10km圏内に広がる第1迷宮域において、全体的に魔獣の生息数が減っているようですね?』
「原因は分かるか?」
『いえ、そこまでは。少々奇異に思うのは、ツルメが数体ずつで頻繁にうろついていることぐらいでしょうか? 地下に潜む魔獣達は意外と残っていますが、地上を歩く魔獣が激減しているように思われます』
「ふーむ。植物種魔獣【蔓女】が他の魔獣を追い出したのか、あるいは喰い尽くしたのか。いずれにせよ、昨日までの迷宮とは様子が違うことは確定だ。少し注意しろよ」
「「「了解」」」
「舞子も、俺達の言うことをしっかり聞け。とりあえず、さっさと目的を果たす。目指すは【精霊泉】だ」
「はい!」
命彦達は《旋風の纏い》を展開し、昨日と同じように廃墟の上を移動して、第1迷宮域を進み始めた。
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