学科魔法士の迷宮冒険記(最終版)

九語 夢彦

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5章 迷宮

5章ー21:現れた【女霊樹】と、警戒される天魔種魔獣【魔狼】

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 散乱する瓦礫から距離を取り、屋上から飛び降りて地上に降り立った命彦は、舞子を道路に降ろして集束系の精霊攻撃魔法がどこから撃たれたのかを知り、苦い顔をした。
「出入り口を崩し、土くれでふたをした。仮に地下街まで押しつぶせねえまでも、もう少し出て来るのには時間が必要だと踏んでたんだが……あの程度じゃ駄目だったか。うおっと!」
 結界魔法へ多数の追尾系魔法弾を放っていたツルメ達が距離を詰め、命彦達に攻撃を仕かけて来る。
 舞子を背にした命彦の、風の魔法力場を纏う腕に、追尾系魔法弾が微妙にかすめたことに腹を立て、ミサヤが咆えた。
『鬱陶しいぞ、散れっ!』
 200を超える火の追尾系魔法弾を一瞬で具現化し、8体の空飛ぶツルメ達をミサヤが次々に撃ち落として灰にする。怒るミサヤを落ち着かせるように、命彦が肩に乗るミサヤの腹をわしゃわしゃと手でかいて言った。
「すまんミサヤ。助かった」
『荷物を抱えていたのですから、仕方ありませんよ』
 ミサヤが、舞子と未だに浮いていたメイア達を見て全員に聞こえるよう、思念を送る。
「うう、すみません。足手まといで」
「ああいう風に言われたら、助けられたのに全然感謝の気持ちが湧かへん」
「ここは我慢よ、勇子」
「そうそう、実際今のは結構危うかったしね」
 荒れた道路に全員が降り立ち、道路の先を見る。メイア達も苦い表情を見せていた。
 《旋風の眼》で、道路の先にある緑地公園の跡地を見た命彦は、ぶすぶすと煙を立ててめくれ上がった地面を見て、地下深くから集束系魔法弾が放たれたことを確認する。
 そして同時に、新たに範囲系の攻撃魔法の気配も察知した。
「……来るぞ!」
 風の魔法力場を纏いつつ、命彦が僅かに前傾姿勢を取ってそう言った時である。
 見ている道路の先にあった緑地公園が爆発した。地震が起こり、土砂が舞い飛び、土煙がもうもうと上がる。
「ど、ど派手に登場しよるねえ?」
「多分アレだよ。自分が通り抜ける出入り口を作る必要があったのさ」
 命彦と同じく風の魔法力場を纏う勇子と空太が、軽口を叩くものの、その頬は引きつっていた。
「過ぎた好奇心は身を滅ぼすってよく言うけど、至言しげんよね? 私、今真剣に後悔してるわ。命彦の偵察に付いて行こうとか思った、過去の自分を引っぱたいてやりたい」
 もう少しで具現化するところだった《空間転移の儀》を邪魔された時点で、自分達が相当の危機にあることを自覚しているのだろう。
 メイアの声に、深い後悔の念が絡み付く。
「ま、命彦さん……」
 舞子の声にも怯えが混じっていた。土煙が突然晴れ、それが姿を現す。
 ツルメによく似た、植物を身に纏う女性がゆっくりと姿を見せた。
 横に立つツルメ達より倍以上に身長が高く、黒ずんだ右腕が妙に痛々しい。
 また、血走った眼つきは空恐ろしいほどの怒りを宿しており、鬼気迫る様相であった。
 晴天の下に晒され、ようやくその全身像をはっきりと見て、命彦が苦渋の表情で言う。
「天魔種魔獣【女霊樹ドリアード】……」
 魔竜種魔獣や巨人種魔獣に匹敵する、迷宮の生態系において頂点に近い位置に座す高位の魔獣が、命彦達の200m先に出現したのであった。

「ど、どりあーど?」
 ポマコンで魔獣を検索しようとする舞子に、メイアと空太が口頭で教える。
「天魔種魔獣は、魔獣種族でも特に戦闘力が高く、1体で普通の学科魔法士の数百人から1000人分もの戦闘力を持つ、一騎当千の化け物よ。個々の魔獣種族に依頼所が設定した9等級の危険度のうち、天魔種魔獣は全てが3級以上に分類されていて、ドリアードはその天魔種魔獣においても危険度2級に分類される魔獣ね? ツルメに姿形が多少似てるから、両者の関係性を探ってる魔獣研究者も多いけど、研究結果は眉唾まゆつばのモノが多いわ」
「亜種だの進化した種だのって、両者の関係性が色々と疑われてるけど、ドリアードがツルメを操ったっていう事例が確認されたのは、今回が初めてだ。そもそもこの2種は生息域が全然違うから、接点も限られてる。本来第3迷宮域にいる筈のドリアードが、どうしてこの第1迷宮域にいるのかは、僕も凄く知りたい疑問だけどね?」
 厳しい表情で言う空太の疑問に、命彦が推測を交えて答えた。
「恐らくあの腕のせいだろう。外傷とは明らかに違う。あれは呪詛の傷だ。多分第3迷宮域で他の魔獣との生存闘争に負けて、棲家すみかを追われたんだろう。それで、力を回復させ、呪詛を解くために、第1迷宮域へ一時的に移動してた。俺達はドリアードの保養所へ踏み込んじまったってわけさ」
『私も同意見です。あのドリアードが群れの主であり、ツルメを操っているのであれば、これだけの数のツルメ達が1つの群れとして行動している事実も、説明が付く。呪詛の解呪と消耗した魔力を回復するために、服従させた魔獣達を使って、ドリアードが餌を集めさせていたのでしょう。ツルメを使ったのも、もしかすると両者に特別の関係性があるというより、単に第1迷宮域で最も魔法戦闘力が高い魔獣が、ツルメだったからかもしれません』
「コマとして使いやすそうだったから、配下にしたってわけか? ……あり得る話だが、ぶっちゃけヤツらの関係性はどうでも良い。今俺達が考えるべきことは」
「どうやってこの危機を脱するかってことやろね?」
 勇子がそう言った時、舞子が視線を感じて背後を振り返ると、100mほど後方の道路へ、6体のツルメの群れが2つほど空から降り立っていた。
 背後に現れた計12体の植物種魔獣【蔓女】を見て、舞子が顔を蒼くする。
「ま、命彦さん! 後ろにもツルメの群れが!」
「分かってるよ。それに後ろだけじゃねえ、俺達はもう完全に周囲を取り囲まれてる。左右の廃墟の上にもツルメの群れがいるぞ? ひい、ふう、みい……全部で30体か。でも、近場にもう他のツルメはいねえようだ。食料集めに出てたツルメ達のほとんどが、この場にいると見ていいだろう」
 迷宮に入ってから常時維持している精霊探査魔法《旋風の眼》で、自分達の周囲を広い範囲で確認した命彦が、努めて冷静に言った。
(冷静に相手を観察しろ。怖れを飲み込み、活路を見付けるんだ。俺が動揺すればメイア達にも伝播する。落ち着け、落ち着け、相手をよく見ろ。相手は手負いだ、弱ってる。だから第1迷宮域に潜んでたんだ。……あれ? でもけものって手負いが一番マズくね?)
 命彦が渦巻く不安を噛み殺していると、勇子が空元気からげんき気味に語る。
「上等やわ。巣からドリアードと一緒に出て来おったツルメらも、全部で20体ほどおるし。ホンマに100体以上おったんは驚きやけど、でもまあもう打ち止めやったら多少はこっちも気が楽や」
 勇子の発言に頭痛を憶えて、思わず命彦は苦言を呈した。
「バカ言え。ミサヤが守ってくれる俺はともかく、お前ら絶体絶命だぞ? 現状理解してんのか? こんだけ囲まれて波状攻撃されたら、周囲系の結界魔法でも全部は防ぎ切れん。そうすりゃ、具現化に時間のかかる《空間転移の儀》も満足に使えねえだろ? すぐには逃げらんねえんだぞ? 俺が持つ〈転移結晶〉も、前回舞子と一緒に使っちまったせいで、今はあと1つしか残ってねえし……」
「じゃあその1つを全員で使えばいいでしょ? そもそも、その1つを最初から僕らにくれてれば、すぐに街へ戻れたよね?」
「偵察に付いて来るって言って、危険と判断したら自分達で《空間転移の儀》を使って逃げるからって言ってたのは、どこのどいつだ? それに今持ってる〈転移結晶〉は、俺やミサヤにもしものことがあった時に使う緊急用だ。お前らに使わせるために持ってんじゃねえよ」
 微妙に怒って言う命彦に、空太は笑って返した。
「あははは、分かってるって、ちょっと言ってみただけだよ。はあぁー……数十分前の自分を真剣に蹴り倒したいねえホント」
 メイアと似たことを言って、空太がガックリと肩を落とす。
 勇子が遠く視界の先に立つドリアードを苛立たしげに見て、口を開いた。
「あの最後の邪魔さえ入らんかったら、全部上手いこと行っとったんや。ウチらは逃げられてたのに……全部あいつのせいやで!」
「まあそういうこった。……迷宮ってのは、つくづく甘くねえわ。まあ、甘いわけねえんだけど」
 絞り出すように言って《旋風の眼》で全周囲を警戒し、命彦はツルメ達の様子を見ていた。

 命彦がドリアードとツルメ達の動きを見ていると、周囲を見回したメイアが不思議そうに問う。
「それにしても、どうして魔獣達はさっきから動きを止めてるのかしら? あっちは今断然有利よね? 普通だったら一気呵成いっきかせいに攻めて来ると思うんだけど……」
「別に止まってねえよ。探査魔法で丸見えだが、廃墟の影に隠れて動いてる個体が複数いる。ただ攻撃にはまだ移らんだろう。計りかねてんだよ、こっちの戦力を。相当数のツルメがすでに倒されてるし、恐らくドリアードはミサヤのに気付いてる。ドリアードがさっきから俺を、というかミサヤをじっと見てるだろ?」
「ああ、そういうことね」
「子犬の姿だから、ミサヤの種族を忘れてたよ」
「同じ天魔種やから、ドリアードも警戒して慎重に行動しとるってわけやね?」
「そうだ。お前ら今だけは真剣にミサヤへ感謝しろよ? こうして心を落ち着けるが取れてるのも、ドリアードがミサヤを警戒してるせいだ。ミサヤのおかげで今の膠着状態が生まれ、俺達は時間稼ぎができてる」
「「「ありがと、ミサヤ」」」
『どういたしまして。といっても、私はいつも通りにマヒコにくっ付いているだけですが……』
 ミサヤへ感謝するメイア達の会話を聞いて、舞子が目を丸くする。
「み、ミサヤさんって、あのドリアードと同じ天魔種魔獣だったんですかっ!」
『ええ、そうですよ。私は天魔種魔獣【魔狼マカミ】。幼少期のマヒコにこの命を救われ、魂の契約を持ってマヒコを守護する者。マヒコと共にあるのが、私の生きる意味です。故に、マヒコを害する者は誰であれ、全力で消滅させます』
 ミサヤがそう思念で宣言して、甘えるように命彦の頬へキューンと子犬の身体を擦り付けた。
 天魔種魔獣【魔狼】。
 本来は牛や馬ほどもある体格を持つ、緑眼での魔獣であり、高い知能と身体能力に加え、人知を超える魔法の技能を操る高位魔獣である。
 しかも、個体として高い能力を持つくせに、常に同種で群れているため、遭遇=死を地で行く魔獣でもあり、危険度は群れで1級、単独でも2級に分類される、敵に回すと非常に恐ろしい魔獣であった。
 マカミは種族的に先祖返りが起こりやすいらしく、先祖返りした個体は他のマカミより体格や能力に優れた白い希少亜種として生まれるが、マカミ自体が排他的であるため、姿形や能力の違う希少亜種は生まれてすぐに群れから放逐されるか、封印あるいは殺されるかの、厳しい運命さだめを背負っていた。
 ミサヤはそのマカミの希少亜種であり、生まれてすぐにその力を恐れた実の親達によって、異世界エレメンティアのある土地へ封印されていたのである。
 しかし、【魔晶】によってその土地が関西迷宮の第3迷宮域に召喚されたため、限られた土地にミサヤを閉じ込めていた封印も解けてしまい、見知らぬ場所に放り出されたミサヤは、竜や巨人といった他の高位魔獣達とたった1体で孤独に戦い続け、迷宮内を逃げ回って、第1迷宮域で死にかけていた。
 そこに運良く幼少期の命彦が現れ、孤独に傷付いたミサヤの心身を癒し、ミサヤは身も心も救われたのである。
 高位の学科魔法士は、自らの弟子を育てるために迷宮を活用する徒弟とてい修練制度を利用でき、その制度のおかげで命彦は学科魔法士資格を持たぬ6歳という幼少期からでも、祖父母に連れられて迷宮に入っていたが、それでも迷宮に入る頻度は月に一度と限られており、幼少期の命彦が死にかけていたミサヤを見付ける確率は、実は奇跡と呼べるほどに低かった。
 このため、ミサヤは命彦に救われたことをある種の運命、天命と感じており、それ故に命彦へ懸命に尽くすのである。
「いつもミサヤを連れてるから、俺達の小隊は【魔狼】小隊って依頼所に登録したのさ。分かりやすいだろ?」
 ミサヤのスリスリに命彦がくすぐったそうに一瞬だけ笑い、すぐにドリアードを見て厳しい表情を取り戻した。
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