学科魔法士の迷宮冒険記(最終版)

九語 夢彦

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序章 邂逅(であい)

序章ー2:マヒコとマイコ、師弟の邂逅

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 【魔晶】が召喚する魔獣達は、地球人類に対して持つ認識によって、個々の種族以前に、2種類に区別される。
 地球人類をただのえさと認識し、敵対して捕食する敵性型魔獣と、人類をただの餌とは認識せず、対話によって相互理解をはかり、時に力を貸す融和型魔獣である。
 手足のように魔法を使う魔獣達と手を組めれば、人類にとってこれ以上の味方は有り得ず、敵性型魔獣の生態や未知の魔法技術の教授といった恩恵もあるため、人類に味方する融和型魔獣達は、世界各国で丁重に扱われていた。
 ただ、扱いは丁重でも魔獣ということを問題視して、偏見を持つ者達も当然おり、全世界的に見れば、融和型魔獣と地球人類との関係は、一概いちがいに良好とは言いがたかった。
 しかし、日本の場合はお人好しの国民性のお蔭か、他国と比べ、人々と融和型魔獣達との関係が思いのほか良好であり、身近に融和型魔獣と接する機会も多くある。
 そのため少女も、自分の頭の上に乗る子犬姿の魔獣を、怖がりつつもすぐに受け入れていた。
 少女の視界に、一瞬で胴を両断された同族を見て萎縮いしゅくする、敵性型魔獣達の姿が映る。
 少年はその魔獣達の隙を見逃さず、最も間合いが近い魔獣へ突き付けるように、日本刀を晴眼せいがんに構えて、全身へ魔力をたぎらせ、素早く呪文を詠唱した。
の旋風の天威てんいころもし、我が身に風の加護を与えよ! つつめ《旋風の纏い》!」
 またぼんやりと淡く緑がかった魔法力場が出現し、少年の全身を一瞬で包み込む。
 少年の精霊付与魔法に気付き、ようやくはじかれたように動き出す敵性型魔獣達。
 その魔獣達が、次の攻撃魔法を具現化するより先に、少年は疾風のごとく駆け出して、一気に間合いを詰めて咆哮した。
「さっさと逃げねえと、斬滅ざんめつしちまうぞっ!」
 魔法力場を纏う少年の刃が、人の域を超える速度で、まだ動揺が続く魔獣達を迫撃する。
「す、凄い……」
 子犬姿の魔獣を頭の上に乗せた軽傷の少女は、少年の素早い動きに瞠目どうもくしていた。
 敵性型魔獣の群れに飛び込み、乱戦に持ち込んだかと思えば、冷静に離脱して、隙のある魔獣を見付けるとすぐさま肉迫し、確実にほふって行くのである。
 少年は、背後にも眼があるのかと思うほど、全方位から迫る魔獣達の魔法攻撃を全て避け、あるいは斬り落して、自分の魔法攻撃を一方的に魔獣達へ叩き込んでいた。
 魔法力場を纏う刀身が円弧を描くたび、魔獣が1体、また1体と、地に伏せる。
 しかし、魔獣達が残り4体まで減ると、少年が圧倒していたはずの戦局が動いた。
 突然少年の魔獣への斬撃が、空気の壁に阻まれ、少年自身が吹き飛ばされたのである。
「あぁっ! あれは風の精霊結界魔法! 付与魔法では弾かれますっ! いたっ!」
 慌てて声を出す少女の頭を前足で踏み叩き、子犬姿の魔獣が思念で少女をしかった。
『付与魔法が結界魔法に劣ると? 魔法は使い方次第、黙って見ていればよいのです』
 すぐに口を手で押さえて、叱られた少女が不安げに少年を見詰める。
 無傷で着地した少年は、まるで観察するように魔獣達を見ていた。
 そして薄く笑うと、すっと日本刀を構え、一瞬で間合いを詰めて、さっきと同様に魔獣の1体へ斬り付ける。
 空気の壁、精霊結界魔法の魔法防壁が、また少年をはじき飛ばすと思った瞬間、少年の全身を包んでいた、湯気や煙にも似た薄緑色の魔法力場が、瞬間的に日本刀へと集束され、少年の斬撃が魔法防壁を見事に斬り裂いたのである。
 そのまま返す刃が、唖然あぜんとしていた魔獣の首をスパンとねた。
「け、結界魔法の魔法防壁を、付与魔法の魔法力場が斬り裂いた? どうして……使っている魔法は、さっきまでと全く同じ筈ですっ!」
 驚きのあまり、また思わず声を出した少女を、せめて小声で話せとばかりに冷たく見下ろし、子犬姿の魔獣が思念を発する。
『魔法同士の衝突……魔法の相互干渉の優劣は、基本的に個々の魔法が有する効力によって決まる。密度の調整や魔力の加算で、瞬間的にでも効力が凌駕りょうがすれば、理論上はほとんどの魔法が、他の魔法を貫徹できます。さっきの場合では、等しく身に纏っていた魔法力場を、魔法防壁と衝突する際、6割ほど刀身へ集束・圧縮しただけ。魔法の密度を上げただけです』
「あっ! そ、そうでした……魔法力場は集束も拡散もできる。全身を包む精霊付与魔法の魔法力場を、局所的に武器へ集束させ、結界魔法を突破したんですね? ああいう使い方、間近まぢかで実際に見たのは初めてだったもので……」
 努めて小声で言う少女の、見当違いの言葉を、子犬姿の魔獣が思念で指摘した。
『……小娘、さては戦闘型や探査型の学科魔法士ではありませんね? 精霊付与魔法の力場集束は、〔武士〕学科を始めとした戦闘型前衛系魔法学科や、探査型魔法学科の基本です。その知識や技能は、迷宮へ潜るこの種の学科魔法士が誰でも知る常識。基礎知識・技能です。戦闘型や探査型の魔法士であれば、訓練時からよく目にしている筈ですよ?』
「あ、えと……お、おっしゃるとおり、私の魔法学科は、戦闘型でも探査型でもありません。精霊付与魔法も、全く別の使い方をしていました」
 しどろもどろの軽傷の少女を見下ろし、子犬姿の魔獣は呆れたように首を振ると、少年を見た。
 魔獣達の精霊攻撃魔法をうようにかわして、時に魔法力場を纏う刃で斬り落とし、少年は飛ぶように戦場を駆ける。残り2体まで減ると、遂に魔獣達は逃げ出した。
 残心ざんしんを取るように魔獣達を見送っていた少年が、フッと一息ついて身を包む魔法力場を霧散させ、戦闘終了を示すように日本刀をさやへと納める。
『私の出番はお預けのようですね? マヒコが無傷で安心しました。魔力を節約して戦ったわりには、決着も早かったですし』
「ああ。あいつらも魔法の構築が相当雑だった。《陽聖の居合》でよっぽど動揺したんだろ。俺への敵愾心ヘイトも想像以上に持ってたし。そっちが狙われずに済んで良かったよ」
 少女の頭上でお座りしていた、子犬姿の魔獣の思念に答え、歩いて来る少年。
 少年はかすり傷1つ負わず、息も乱さずに、少女の頭から嬉しそうに跳び上がった子犬姿の魔獣を受け止め、肩に乗せていた。その少年の姿を見て、軽傷の少女が感嘆の声を上げる。
「こ、これが本物の……戦闘型学科魔法士の戦いっ! 素晴らしいです、感動しましたっ!」
「照れるから止めろって。今回は相手の隙をつけたから、上手く行っただけだ」
 少年は軽傷の少女に笑いかけ、少女の傍にいた重傷の少女2人と、その周囲を観察した。
 地に伏した少女達の傍には、短刀や水筒といった、採集用の道具が散乱しており、そのすぐ後ろには、円形にえぐれた廃墟の陰へ隠れるようにしてポツンと生える、1本の樹木がある。
 木の幹に、蒼や黄色といった極彩色の結晶柱クリスタルを多数生やした、明らかに地球外の樹木。
 その樹木と、散乱していた道具類を見て、思ったとおりとばかりに少年は肩を落とした。
「【結晶樹けっしょうじゅ】が傍にあって、採集用の短刀や水筒が落ちてる。予想通り、[結晶樹の樹液]を採りに来てたわけか。そして、採集作業をしてる時に、魔獣に襲撃されたと。……駄目だぞ? 迷宮で採集する時は、採集役と警戒役とで、役割分担してねえと」
「す、すみません。初めて異世界資源の採集をしたもので、色々と勝手が分からず……私達、魔法士資格を先週取得したばかりの新人で、その……すみません」
 少年が叱るように言うと、軽傷の少女がおかっぱ髪を揺らし、うつむいた。

 【魔晶】は魔獣を召喚する際、その魔獣が暮らしている異世界の土地、異世界の空間を、局所的に切り取って、周囲の空間ごと地球へ召喚することで、魔獣を呼び出している。
 つまり、魔獣達が召喚された分だけ、魔獣達の暮らす世界の地形、地球とは違う異世界の空間が一緒に召喚されてしまい、同じ範囲の地球の空間と入れ換えられてしまうのである。
 その地球の空間と入れ換わりに出現した、多数の異世界の空間が互いに接合することで、迷宮という異空間は形作られていた。
 【結晶樹】も、この地形空間の入れ換え作用で出現した、異世界産の資源物である。
 迷宮内では、【結晶樹】に代表される異世界由来の資源が多く産出されており、それらを積極的に活用することで、人類は魔獣との闘争が続く今の世界を、たくましく生きていた。
 ただ、【魔晶】による魔獣召喚に付随した空間の入れ換え作用は、繰り返し起こっており、たとえ1度入れ換わった空間でも、そこに魔獣が召喚されれば、再度空間が入れ換わるため、迷宮内の地形空間は絶えず更新されていて、魔獣の危険性に加え、異様に迷いやすい。
 そのため、唯一迷宮に潜ることが許されている学科魔法士は、魔獣を討伐することは勿論、迷宮の探索や、異世界資源の採集といった役割も、任されていたのである。
「少し心配だし、様子を見させてもらうぞ……」
 少年はそっとかがみ込むと、異世界資源の採集時に魔獣達から襲撃され、重傷を負わされた2人の少女の容体を見た。
 2人の少女は、激痛で意識が朦朧もうろうとしているのか、クテッと脱力している。
「2人とも手足を骨折してる、特に足の方がひでえ。文字通り逃げ足を封じるためか。エグイ真似するねぇ、あいつら。軽く魔力でさわった感じだと、折れた箇所がズレてるぞ? さいわい神経や血管は無事だが……骨がズレたままで治癒魔法を使うのはマズいか」
 少年は、腫れ始めていた2人の少女の手足に軽く手を当て、患部に魔力を送っていた。
 魔力を介して、傷の度合を簡単に調べているらしい。子犬姿の魔獣が少年の言葉に思念を返す。
『そうですね。仮に今使うとすれば、治癒力を高めるよりも患部の時間を巻き戻す、高位の治癒魔法を使うべきでしょう。今回は魔力に余裕がありませんし、回復は専門家に任せるべきかと。しかし、第1迷宮域でも特に戦闘力の高い【蔓女ツルメ】を、あれほどの数相手にして、駆け出しの学科魔法士達がまだ全員生きているというのは、奇跡に近いですね?』
「ああ。新人の学科魔法士の殺傷率じゃ、常に1位だし。まだ運が良かった方だろ」
 そう言った少年は、腰に巻いた革鞄から黒い腕輪を取り出すと、2人の少女の腕にそれらを付けた。
 腕輪を付けた途端、少女達の苦痛の表情が多少やわらぐ。
「装身具型魔法具の〈陰闇いんあんの腕輪〉だ。腕輪に封入されている精霊付与魔法の効力で、一応装備者の痛覚を抑制する効果がある。麻酔薬とは違って、免疫反応や後遺症の心配はねえけど、その分痛覚抑制効果も限定的だ。気休め程度に思ってくれ」
「は、はい! ありがとうございますっ!」
 軽傷の少女が、土下座する勢いで頭を下げる姿を見て、少年は苦笑した。
「いや、礼は要らねえよ。どうせ余り物だ。それに、依頼所に報告書を送ってから、散財した魔法具は補填ほてんしてもらう。補填分の請求はそっちに行く筈だぞ?」
「それでも……私の友人達のために、魔法具まで使っていただいて、本当にありがとうございます!」
 少女の言葉に、肩に乗る子犬姿の魔獣と顔を見合わせた少年は、フッと頬を緩めた。
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