贖罪公爵長男とのんきな俺

侑希

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第三部

幕間・モーグ子爵の娘

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「もう!! せっかくフレドリック様とモーリス様に会えるのにどうしてこんなところに閉じ込められないといけないの!!」


 リンジー・モーグは爪を噛みながらベッドに寝っ転がっていた。

 リンジーは由緒正しき子爵家の長女だ。父に蝶よ花よと可愛がられ、学院を卒業した現在は花嫁修業中である。子爵という少々低めの貴族位ではあるがきっとそんなことも男たちの前では吹き飛ばしてしまうだろう。幼い頃から大事に大事に読んできた物語のように。下位貴族でも見初められるくらい魅力があれば王妃にだってなれるのだ。リンジーだってあの物語の少女に負けないくらい魅力的なんだから小さい頃から色々な男性に求婚されて困るようになるのだと、思っていた。

 そんな中でも小さい頃に社交界で見かけたウォルターズ家の嫡男であるフレドリックかスターレット公爵家のモーリスと結婚したいと思っていた。一学年だけ彼らが年下だけれども、きっとリンジーと話せば、どちらもリンジーに魅せられてしまうだろう。父もそう言っていた。
けれども何度両家に父が釣書を送っても戻って来てしまう。きっと意地悪な侍女か誰かが公爵に見せないで返送しているに違いない。父に何度も直接渡してくれ、と言われているが、残念ながら父は直接渡す機会に恵まれないという。
 そんなまどろっこしいことをせずに直接屋敷に持っていけばいいのに、と父の怠慢に抗議する毎日だ。
そんな中、フレドリックがリンジーの母の従姉妹の子供の結婚式に参加すると父が言ってきた。モーリスの父であるスターレット公爵も来るという。フレドリックがリンジーを一目見ればきっと求婚してくれるだろうし、モーリスの父もリンジーに会えばきっと是非息子の嫁にと言ってくれるだろう。招待は両親だけだったけれどもきっとリンジーが行けば母の従姉妹も喜んでくれるだろうと父と共に馬車に乗ったのだった。
 
 それなのに、父と共に馬車を下りたら、別の馬車で先に着いていた母が悲鳴を上げた。父はそれを諫めたけれども、母と一緒にいた母の従姉妹とその夫が恐ろしい顔をして父を問いただす。リンジーは母の意地悪な侍女に引っ張られて、本館ではなく小さな別館の一室に閉じ込められたのである。

 昔から母はよくリンジーを怒っていた。兄には甘いくせにリンジーにはいつも怖い顔で怒るのだ。リンジーはこの世で一番可愛くて気立ての良い貴族の娘であるというのに。父はいつもそう褒めてくれて「リンジーはいつか王子様とだって結婚できる!!」というくらいなのに。きっと母はあらゆる男を魅了してしまうリンジーに嫉妬しているのだ。リンジーをあまりに怒るので父は母に用がある時以外領地から出ることを禁じた。勿論学院を卒業した兄もである。母に似た兄もリンジーをいつも怒っていた。母と兄を王都の屋敷から追い出してくれた父だけはリンジーの味方なのである。

 貴族の義務だからと口うるさい堅苦しい学院をようやく卒業出来て、きっとリンジーには結婚の申し込みが殺到するだろうと待っていたのに、そのような申し込みが待てど暮らせど来ない。きっとリンジーが高嶺の花過ぎて遠慮しているのだと父から高位貴族に釣書を送ってもらったけれども返事は定型文のお断りだけだったのである。きっとリンジーに嫉妬した何者かが公爵や子息に釣書が渡る前に処分してしまっているのだろう。リンジーが魅力的であるばかりに、数多の女の嫉妬を買っているのだ。もしかしたらひそかにリンジーに惚れている誰かが手をまわしている可能性もあるだろう。

 妨害されているのならば直接会うまでだ、と母の従姉妹の娘の結婚式に出向いたら監禁されてしまったし、父とも会うことが出来ない。時折食事を持ってくる母の侍女がいうには、式の当日までここから出られないという。かれこれ数日閉じ込められていて本当に面白くなかったけれども、式は明日である。きっとみんなの前に出てしまえばみんなリンジーが来てくれたことを喜ぶだろう。

 すべてを見返してやるのだ、そう思ってリンジーは早めにベッドに入ったのだった。





     ◇◇◇◇◇




「本当に、本当にあなたは何もわかっていなかったのね」


 リンジーがベッドに入った頃、隣の部屋に閉じ込められていたモーグ子爵の元に妻とモーグ子爵家の執事が来ていた。

 絞り出すような声を出したのはモーグ子爵夫人である。モーグ子爵はなぜそんなことを言われるのかわからなかった。せっかく嫁に貰ってやったというのに、役に立たない嫁だったから領地から出ることを禁止していた。やることもないだろうから領地運営までやらせてあげたというのに、この嫁の権限でモーグ子爵はここに閉じ込められている。


「いいですか、もうわかってくれないあなたに何を言っても無駄だとは思いますが――。明日の結婚式で招待客や新郎新婦に失礼があった場合、あなたの貴族生命はそこで潰えるのですよ。それがお嫌でしたらただ黙って末席に立っていらっしゃい。今回の式でモーグ子爵家が末席なのですから」


 そう言って、モーグ子爵夫人は夫の部屋を出た。

 その後ろ姿を見ながら、モーグ子爵は深いため息をついた。貴族の嫁として家長のいうことを聞かないなんてありえない。娘をいじめていたため、領地に蟄居させていたが、ここにきて目に余る行動をとるようになった。当主を監禁するなどという暴挙に、近々騎士団に突き出さないといけないなと考える。妻の実家とゆかりのあるフィンドレイ侯爵家もグルだろう。来た時に取りなしてくれたロイド伯爵家に頼めば騎士団に捕らえてもらえるだろうか。いや、離縁してから突き出さないと自分と愛娘の経歴に傷がつくだろう。

 とにかく明日の結婚式で娘を高位貴族に披露するのが目標である。

 子爵は自分の計画に満足して床に就いたのであった。





     ◇◇◇◇◇


 モーグ子爵夫人は扉を閉めて深いため息をついた。後ろに従う執事も顔色が悪い。この執事は先代のモーグ子爵からモーグ子爵家に仕えている。夫人とその息子のナイジェルが領地に閉じ込められてから今まで王都のモーグ子爵と娘のリンジーをどうにか御して領地にいる夫人と長男のナイジェルと連携してモーグ子爵家をなんとか成り立たせてくれていた。その執事すらも今回欺かれたのである。屋敷にリンジーがないないことを確認して早馬で追いかけてきてくれたから、馬車から降りてすぐに事が発覚し、娘を野放しにしないで済んだのだ。


「……奥様」

「ええ、わかっています。時は満ちてしまったということですね」


 モーグ子爵は若い頃すこし変わっていた。浮世離れしていて、自分の好きなものに注力するような男だった。どう育てても領地運営に興味を示さなかった息子を見て、前子爵がこれが跡を継いだのでは領地が潰れると危惧して探してきた嫁が、伯爵家の娘であったモーグ子爵夫人である。

 結婚当初は貴族の夫妻としてそれなりに回っていたのだ。けれども娘が生まれ、言葉を話し始めた辺りからモーグ子爵は娘を執拗に可愛がるようになり、夫人と長男をないがしろにし始めたのだ。夫人を領地に押し込めた後リンジーが何度も学院で問題を起こしていて子爵が呼び出されたと執事からの密書で報告を受けた夫人はもう本当に駄目なのだと悟ったのである。そうして動いていた中での今回の愚行である。

 今まさに息子が動いてくれているが、結婚式は出なければならない。到着時、新婦側だけでなく、挨拶に来ていた新郎側の貴族にも親子三人でいる所を見られているのだ。

 先だって新郎新婦のフィンドレイ侯爵家とロイド伯爵家、そしてモーグ子爵夫人で面談をし、モーグ子爵夫人は洗いざらい今までのこと、今長男が王宮に陳情して動いていることを告白した。これだけ迷惑をかけているのだから、嘘で偽ることをしなかった。また、体裁を繕うことすら出来ぬほど、彼女は疲れ果てていたのだ。
 




「幸い公爵家二家とも公爵代理として息子さんの出席です。またウォルターズ公爵家のフレドリック様のパートナーの護衛として騎士が派遣されております。なにかあってもすぐ子爵と子爵令嬢を取り押さえることが出来る環境です。ナイジェル殿も王宮にて身柄を保護されて、関係部署と色々詰めているそうですので」

「騎士が護衛として派遣されるほどのご身分の方なのですか……」

「ええ、その身分を明かすことは出来ませんが、王宮管轄の身分の方です」

「ああ、本当にご迷惑をおかけいたします……」


 そう言って頭を下げた子爵夫人をフィンドレイ侯爵家とロイド伯爵家は励ましてくれた。
 最後の忠告を、と思って夫である子爵に面会したが、夫は何を言われているのかわかっていなさそうだった。この状況を知った、やはり結婚式に参列している兄であるタウナー伯爵は離縁して帰ってくるべきだと怒ってくれたが、騒動のあとに残されるであろうまともな長男にすべてを背負わせるわけにはいかないのだ。


 夫人はぐっと前を向くと明日の準備をするべく宛がわれた部屋へと帰っていったのだった。
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