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王宮にて:魂の迷い人による審議会
しおりを挟む「これより、ヤーアク伯爵による申し立てを審議する」
王座には国王陛下、そして進行として宰相、その横にはずらりと魂の迷い人関連の業務に携わる役人が並ぶ。
その反対側には魂の迷い人たちがほぼ全員席に座っていた。顔を出したくない者はマスクをしたり、ショールで顔を隠している。顔をさらしている者の方が少ない。
そして後方には貴族院の議員、魂の迷い人の付き添いで来た人々が控える。
その真ん中に引き出されたのが、ヤーアク伯爵である。
魂の迷い人の中で隠されるように後ろの席に隠れたリオはそれを見て、まるで裁判だな、と思った。
「ヤーアク伯爵の申し立ては、魂の迷い人が、ウォルターズ公爵が管理するカレッジ領にいるのが不公平だ、ということで間違いないか」
「間違いありません」
自信満々に言い張るヤーアク伯爵は、小太りで、それ以外に特に特徴も何もない男だった。
「それでは第一に……。カレッジ領には確かに未成年の魂の迷い人が保護されている。しかしこれは未成年ということ、そして本人の希望もあり、第一種機密事項になっていたはずだが……知り得なかったその情報を、ヤーアク伯爵はどちらで手に入れたのか」
最初からぶっこんで来たのは役人の一人である。
実のところ既に情報を漏洩した下手人は確保済である。管理上知り得た情報を素行の悪い家族がいるところでポロリとして、その情報を得た素行の悪い家族の仲間がヤーアク伯爵に情報を売りに行ったとのことだ。ヤーアク伯爵が財政難に陥っている噂はそれなりに出回っているので甘言に惑わされると思ったのだろう。そのターゲット読みは素晴らしいとリオも思う。
けれども、なんでこの期に及んでカレッジ領に関わろうとするのだろうかこのバカ伯爵は。
「それは……とある人物が私に助けを求めてきたのです。カレッジ領に留められている魂の迷い人がいると!!孤児院にいた魂の迷い人は引き取られ、まだ未成年なのにカレッジ領代行官の屋敷で働かされていると」
「いや、未成年だ、家族のところにいるのが当然だろう?」
ばしりと突っ込んだのは宰相である。
「いやしかし!!先日は銃撃にもあったというではないですか!!明らかに魂の迷い人の意志に反しているのではないですか!?ぜひ魂の迷い人であるその子供に、選択の機会を!!」
「……そう言っているが……、どうだ、魂の迷い人たちよ」
国王陛下の視線が魂の迷い人へと流れる。
「……魂の迷い人、転生者代表として申し上げます。――カレッジ領の迷い人はこれからもカレッジ領に住み、暮らし、カレッジ領の繁栄のために働くことを希望しています。これは魂の迷い人全員が証人です」
歩み出たのは国内で魂の迷い人として顔と名前を知られているサイカ・ホールデン裁判官である。
ホールデンは現在五十歳、文官として学卒で王宮に入り、裁判制度を改革した魂の迷い人として有名である。現在、魂の迷い人をまとめ上げている人物だ。
彼が関わっていて、本人の意思が反映されていないなんてことはありえないと、ここにいる全員がわかっている。
「そんな!!だってあれだけ!!せめてその子供の口から……!!」
そこで引き下がっていれば、このヤーアク伯爵も命拾いしたというのに。
リオはため息をついた。
陛下と視線があって、諦めてリオは頷いた。
「そうか……。ではここからは一級を通り越して特一級機密に当たると、ここにいる全員が心せよ。他言は無用である」
その言葉にその場にいた一部の人たちがざわめいた。
そう、カレッジ領に未成年の魂の迷い人がいるということは一級、この先は特一級。
「リオ、前へ」
陛下の言葉とともに、リオは人の影から歩み出る。一緒に歩み出てくれたのはホールデン裁判官だ。
「……件の魂の迷い人、カレッジ領のリオである」
「どうも、ご紹介にあずかりました、カレッジ領、代行官補佐、ケイの弟として過ごしているリオです」
本当にまだ子供じゃないか……と呟いたのは誰だったか。これでももうすぐ十五歳なのである。伸び悩んでいる身長が恨めしい。
「おお!!君が……!!怖かっただろう!!あんな物騒な田舎の領地にいないで、ぜひ安全で王都も近いうちに来てほしい!!不自由はさせない!!」
発言の許可も出ていないのにぺらぺらと話すのは、ヤーアク伯爵だ。ヤーアク伯爵に渡った情報は『カレッジ領の領主代行官屋敷で働く、未成年の少年』までである。職業によってはケイのように十二やそこらから見習いで働くことも珍しくないこの世界、十五手前のリオが働いてても全く不自然ではないのであるが、そこんとこどうなんだろう、と思う。貴族は十歳から十七歳まで貴族学院に通うことが多いので、その意識なのだろうか。
「――あなたの領地には絶対に行きません。あなたと関わることを、僕は良しとしない、絶対に」
「なっ!!なんという哀れな……!!ウォルターズ公爵に洗脳されているとは……!!」
そんなことを言ってくるヤーアク伯爵が、いっそ哀れである。
「……今現在はリオ、と名乗っていますが、十年前に僕本人の希望で、戸籍を変えてもらいました。――僕の旧名はレオン・カレッジです。――あなたの息子が皆殺しにしたカレッジ家の、唯一の生き残りだ」
今度こそ、場内が困惑に包まれた。
それを補佐するように隣にいるホールデン裁判官が当時の書類を読み上げる。
「――これは、十年前、本人の希望により、レオン・カレッジの死亡と、リオとしての戸籍を作った時の証書である。証人はウォルターズ公爵、ロイド伯爵、そして私を含む当時の魂の迷い人一同、そして国王陛下が承認した。魂の迷い人の希望は国益に反しない限り、叶えられる。貴族としてではなく、平民としてカレッジ領に住み、そして支えたいというのが彼の希望だったからだ」
製本されたそれは、リオの、レオンの魂の迷い人としての全記録だ。何人も捏造が出来ないように王宮の奥深くに厳重に保管されているものの一つだ。
「はっ……?」
「僕は、僕の家族を、屋敷のみんなを殺したあなたの息子を、一生許すことは出来ない。だからあなたの世話になることは未来永劫ありえない。お断りします」
きっと、あんな事件がなければリオはレオンとして順当に暮らしていただろう。支えてくれる家族がみんないなくなってしまって、レオンは貴族として生きていくことが出来ないと判断した。
「なっ、聞いていないぞ、そんなこと!!」
「だから言ったではないか、特一級機密事項だと。レオン・カレッジは死んだのだ、書類上。これは間違いのない事実だ。レオン・カレッジはもう亡く、生きているのはカレッジ領に住むリオだけなのだ」
魂の迷い人用の特例に基づいてこれらは適切に処理されている。
この期に及んで見苦しくわめくヤーアク伯爵の前に一人の男が引きずり出された。
その顔をいぶかしげに見たヤーアク伯爵が顔をしかめる。
「――間違いないか?」
引き摺ってきたのは三人の騎士であった。それらが縄で結わわれた男の顔をつかんで上げる。
「こいつでまちがいないです!!これに依頼された!!」
ぼろぼろの男は縄で結わわれてた両手ごと、ヤーアク伯爵を指さした。
「して、それは?」
「先日カレッジ領でフレドリック・ウォルターズ及びリオを銃撃した犯人です。捜査の結果、射場に残された残留品を証拠として捕縛いたしました」
裁判官が聞くと、一人の騎士が説明してくれた。
射場には潜んでいた時の諸々が片付けもせずに置いてあったらしい。犯人が結構早い段階で捕まったとリオは聞いていた。ここに引きずり出すのは聞いていなかったが。
「子供を殺さない程度に撃って脅せと言われたんだ!!――間違いない、だってアンタ、ヤーアク伯爵だろ!!バリーの父親だ、間違うわけがない!!顔もそのゲスい性格もよく似ている!!」
バリーというのはヤーアク伯爵の三男、つまりはカレッジ子爵家を壊滅に追い込んだアレである。つまりはバリーと面識のある、自領の破落戸に依頼したらしい。足がつきまくるにも関わらず、浅はかとしか言いようがない。
「ヤーアク伯爵、間違いようがないとその者は申しておるが」
「くそっ!!無駄足だ!!何もかも!!」
そう叫んでヤーアク伯爵は座り込んだ。
「――連行を」
先の罪人を連れてきていた騎士とは違う騎士たちが出てきてヤーアク伯爵をとらえて、そして連れ去っていった。
「――ヤーアク伯爵の狂言だったことが判明した。何人も魂の迷い人の善意ある決定を覆すことは出来ない。また、ここで明らかになったリオの改名前の身分は特一級機密事項であることに変わりない。もし漏らすようならばヤーアク伯爵と同じことになると心得よ。カレッジ領はウォルターズ公爵預かりとして、これからもカレッジ領として存続する。リオが成人した暁には代行官に近いところで働く予定だ」
「ヤーアク伯爵は取り調べが終わり次第、引退蟄居となる予定です。また家督は長男へ移りますが、その際、長男への取り調べ次第で降爵または貴族籍取り消しになる予定です」
国王と宰相が本日の締めに入る。
そうして、リオとフレドリックへの襲撃から始まった事件は終幕したのであった。
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フレドリック氏の登場は次回からになります。
応援ありがとうございます!
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