上 下
1 / 61
プロローグ

プロローグ

しおりを挟む
 異世界レグージア。

 剣とファンタジーの世界であるこの世界にはその例に漏れず、冒険者という職業。そして冒険者ギルドが存在していた。
 薄茶色の木材を基調とし、鋼鉄盤で補強された頑丈な建造物。
 冒険者には荒々しい性格の人間が多いという理由から、冒険者ギルド内での揉め事も絶えない。
 そのために頑丈に作られている。
 ギルド員も目を光らせてはいるのだが、全ての問題を未然に防ぐことはできないためだ。

 そんな冒険者ギルドでのある光景。

 12歳の主人公は今日より冒険者になると、意気込んで足を踏み入れたはずだった。
 いや、本当に意気込んでいたのかは怪しい。
 顔には明らかに不安の色が見て取れる。
 ただそれは……冒険者になることや、荒々しい冒険者の洗礼に対してのものではない。

 チラチラと意識を向けているのは、彼の後ろで凛とした態度で歩く一人の女性。

 絹のように白く艶やかな肌、ダークパープルに彩られた長い髪。
 赤く引かれた唇は僅かに口角が上がりその妖艶さをいや増している。非常に美しい女性だ。
 まるで魔獣を身に纏ったかのような、主人公の凡百とも言える鎧とは似ても似つかない豪奢な装備。
 もっともそれはマントを体に巻き付けて隠しているようだが。
 それでも成熟した体はマントの上からでも、そのメリハリをしっかりと感じさせるほどの様相だ。

 冒険者は基本的に15歳からの職業であり、12歳の主人公が冒険者に登録をするのは保護者の同伴が必要となる。
 けれどその女性はどうみても主人公の親という年齢ではない。

 にもかかわらず、主人公はその女性を保護者として冒険者登録を行った。
 つまり付き添い人だったという訳なのか……?

 だがそれを不可解に思う人間は、人で溢れる冒険者ギルド内にいくらでもいた。
 どすどすと野蛮な足音を立てて近づいてきた男もそういうことなのだろう。

「おい、ガキ! 冒険者ってのはお前みたいな弱そうなガキで務まる職業じゃねえんだよ! 後ろの美人のねえちゃ――――」

「失せろ、下郎」

 声を荒げたのがその男の運の尽きだったのか、それとも主人公の後ろを歩いていた女性の存在が悪かったのか。
 女性は一歩踏み出すと、男に向かって軽く腕を振っただけだった。ただそれだけだ。
 男の肋骨から甲高い音が鳴り響き、猛烈な勢いで飛んでいく。大量の机と椅子を破壊し、壁を破壊し、さらに隣に建っていた家屋すら破壊した。
 強固に作られたという冒険者ギルドの壁を、いともたやすく破壊してしまったのだ。
 ガラガラと破滅の音が鳴り響いている。

 飛ばされた男は無事であろうか?

 気絶はしているようだが、どうやら無事のようだ。腐っても冒険者として活動しているだけはあるのだろう。
 突然家が破壊されて、男が飛び込んできたことに家の住人は驚きを示し、悲壮感を漂わせているが。

「ああああっ!? 何やってんだよ!!」

 主人公は猛烈な勢いで女性に抗議を行う。
 女性は巨大にできた穴を一瞥すると小さく微笑んだ。

「矮小な輩が主殿を愚弄しましたので」

「それはありがたいけどさ! この被害どうすんだよ!! 今日ごはん抜きにするよ!」

 改めて壊れた壁と家屋を見て、そこで初めて女性が整った眉根を寄せる。

「そ、それは困りまする。妾は退散させて頂く故」

「何逃げてんだぁ!」

 主人公の大声虚しく、女性は光り輝くと同時に主人公が腰に付けていた不可思議な形状のケースのような物の中へと消えていった。
 普通の人間ではなかったということだろうか?
 残された主人公にギルド員からの冷たい目線が向けられる。

「あの、この被害一体どうされるおつもりですか? 先ほどの女性は関係者なわけですよね?」

 主人公は酷く狼狽えていた。
 実は先ほど登録の際にもあることをやらかしたばかりだったのだ。
 いや、やらかされた……というべきだろうか。

「ツケで! 全部俺のツケでお願いします! 出世払いにしといてください!」

「先ほどの件と今の現状。おそらくは相当な額が算出されるでしょう。400万ティルは覚悟しといてください」

 事務的にそう呟くと、頭を捏ねながら事務員は別の仕事に目を向けた。
 既に壁の穴は別の事務員が対応を始めている。

 農業を営んでいる人間が一ケ月稼いで得られるのが12万ティル程。日本でいえばこぶし大のパンで一個30ティル。
 子供が背負うには尋常じゃない額の借金だと言える。

 しかも主人公が借金を背負うのはこれが初めてではない。
 色々な場所で借金を背負い総額は700万ティル程。
 破滅とも言える現状。どうしてこうなったのかと考えると、涙がこぼれそうになっていた。

 そう、始まりは主人公がある素質を得てしまったことからだ。
 それほど遠い昔の話ではない。
 涙で滲む目を軽く擦りながら、主人公は全てが始まった日を思い出していた。
しおりを挟む

処理中です...