異端の調合師 ~仲間のおかげで山あり谷あり激しすぎぃ~

こたつぬこ

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第二章

2-29 決闘?

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 決闘が始まった。

 いや。決闘が始まったはずだった。

 だがそれは決闘と言えるものではなかった。

 ピシリと乾いた空気が空間を埋めている。
 俺たちの眼前に映る光景は、大きな地割れに飲み込まれたブレストとその首筋に刃の切っ先を突きつけ、かかかか、と笑うフロード。
 風に乗ったフロードの言葉が僅かに耳に届く。

――小生と刃を交えるには少しばかり修行不足でござったな。

 決闘の一部始終、以前の俺ではまるで目で追えるものではなかったはずだ。
 だが覇気を纏うようになり俺の認識力も高まったのだろう。
 バレードベアを解体した時のフロードの動きは見えなかったのだから。


 始めの合図と同時に仕掛けたのはブレストの方で、フロードはゆたりとした体勢で静かにその動きを観察していた。
 土煙を僅かに上げ迫ったブレストは、2メートル程の距離の場所で剣を抜き袈裟に仕掛ける。
 確かに速い。だが、それは以前の俺でもぎりぎり目で追えるほどの速度。

 その程度でもとよりフロードに敵うはずがなかったのだ。

 流れる清流の如くしなやかな動きで身の丈よりも長い剣を抜刀し、大きく円弧を描きながら地面に向け振りおろした。
 曲線を描く剣線は地面を鋭角かつ深く抉り取ると、土砂が大量に舞い上がり観戦していた兵士たちに降り注ぐ。

 それをゲロロと鳴きながら左手を顔の前に掲げ、謝るように兵士たちに顔を向けた後、瞬時にその姿を移動させブレストの背後へと回りこんでいた。
 ブレストは地面に口を開いた地割れに足を取られ、顔を驚愕に染めながら腰元ほどの深さまで落ちて埋まる。
 振っていた剣が地面に当たりキンと甲高い音を奏でながら地をカラカラと転がっていく。

 直後、蓮の鍔を持つフロードの剣尖が、脈動する首の血管を捉えソールの光を照り返した。
 フロードが始動してから5秒も経ってない時間で起きた出来事。それが決闘とは到底いえないこの戦いの全貌だ。

 あまりの事にか静寂が辺りを支配する。
 いや、ゴクリとつばを飲み込む音がそこかしらから聞こえてくる。
 エースである彼があっさりと倒されたのだから無理はない。

 だが。

 俺はフロードが俺の無理難題に完璧に近い回答で応えてくれて心底嬉しかった。
 非常にバランスの良い強さ。ジョカに手をつぶさせて痛い思いをさせてしまったことが、本当に申し訳なかったなと思い出される。

「フロード! もういいよ、戻ってきて!」

「ゲロロ」

「ま、待ってくれ! い、いや、文句を言ったり言い訳をしたりするわけじゃないんだ! 俺を……俺を弟子にしてくれ……フロード……師匠!」

 フロードが俺の言葉に応えてくれ、唾鳴りさせながら剣をしまいブレストの眼前を横切ろうとした瞬間だ。
 手を伸ばし地面をグッと掴みながらフロードの煌めく瞳を見上げていた。
 とりあえず、弟子、とか言う言葉が聞こえてきたが、地面に埋もれたままと言うのは可哀想。
 それにすんなり負けを認めてるっぽいし、思ったほど悪い奴ではないのかもしれない。

「そこから出してやってくれるか? 無理なら俺も手伝う……」

 言ってる途中でフロードは大きく頷きブレストの手を取った。
 瞬間、ぐいん、と引っ張りまるで宙を跳ぶかのような動きで着地させた。
 よくよく思えばおもりをつけた俺を抱え、川底から上空へと跳べるほどの筋力を持っているのだ。
 穴から助け出すくらい造作もないことなのだろう。

「す、すまない、ありがとう、師匠。で、どうだろうか? 俺の事を是非弟子に……」

「ちょ、ちょっと待った! ブレスト、お前突然何を言ってるんだ! だが……ふむ……とりあえずそれは後にしろ」

 フロードに声をかけるブレストの肩をハーツェルさんが掴む。
 そのままフロードの剣と全身に目を向け一度目を瞑った。

「俺は父さんに剣の全てを教わった。だがフロード師匠のものは、それとはまるで比較にならない太刀筋。教えを請いたいを思うのは当然だろう?」

「だから後にしろと……それに父さんはやめろ……! まぁいい、四人……いや五人とも俺に付いてきてくれ」

 俺たちは顔を見あわせその後について行くことにした。
 フランシスが俺の服を微かに引っ張り耳元に桜色の唇を近付けてくる。

「ディルくんの仲間って凄いんだね。さっきの女の人も……フロードさんも……。やっぱり私に、私達に手を貸して欲しい」

「だから、それは無理だって……ことわ……。あーうん、まぁなんかできることがあったらいいよ」

 俺が断ろうとすると目を微かに滲ませたので、ついついそう口にしていた。
 そういえばフォーカス兄さんが男は女性の涙に弱いって言ってたっけ。こういうことを言うわけかぁ……。

「ん、聞いたよ。約束だからね。ま、まぁこれから一緒に住むわけだしぃ、は、裸を見たことは忘れてあげる……。でもディルくんは忘れたらダメだからね」

「ぶはっ!」

 突然顔を真っ赤に染め上げ宣うその言葉に、俺の肺から勢いよく空気が漏れ出る。
 一体全体こいつは何を言っているんだろうか? 借金の事も含めて貸しにしておくということか?
 いや、だが、借金は返す必要ないだろ。というより返す気なんて全くない。
 だって俺、門の分の借金も背負っちゃったわけだし。
 
「はぁ……」

 というより、まじで一緒に住むことになるわけ……?

 仕方がなかったとはいえこの先の生活に影が落ちるような気がして、俺はこっそりとため息をついた。
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