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第2話 佐藤香織は途方に暮れる
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最初は夢だと思った。
手酷い現実から逃げるために、私の脳が見せてくれる願いだと思った。
悲しみに暮れる時間を与えないために、私の心が映し出した虚像だと思った。
意識を取り戻した今、私の目の前に広がっているのはあまりにも現実離れした光景。
白い花を基調としたアンティーク調の仕上がりの壁紙。
シルクのレースをゆたりと流す天蓋付きという高級なベッド。
置かれている時計や水差しなんかも金をあしらわれたりしており、とてもじゃないが私の安アパートに置いてあるような代物じゃない。
いや、部屋自体も異様に広いのだ。
ベッドは一つしかないというのに、こんなに広いスペースが必要なのかと思う程の豪奢な造りの一室。
私の着ている服もおかしい。
さっきまではホテルでの食事ということでフォーマルドレスを着ていたというのに、現在は華美な白銀の生地にピンクの装飾を入れたドレスを着こんでいる。
何の記憶もない。
いつここに連れ去られたのかも分からない。
とするのであれば?
やはり夢なのだ。そう思い、気付いてすぐ行ったのと同じ動作、頬をつねるということをもう一度試してみた。
こんなことに意味があるのかは分からないけれど、私の頬は痛覚を脳に伝えただけ。
覚醒することもない。それに私は自由自在に動けるのだ。
五感が私に伝えてくる大量の情報も夢であることを否定していた。
柔らかく香る匂いもそうだし、揺らがない室内の空気も温度だけは伝えてくる。
目に映る立体感はどう見てもそこに本物があると感じさせてくれるし、窓の外から聞こえてくる風の音も妙にリアル。
ただなぜこんな状況なのか。
ここはどこなのか。
何をすればいいのかは全く分からない。
途方に暮れていると奇妙な現象が起きる。
誰もいない部屋なのに声が聞こえてきたのだ。
【あなた……一体これはどういうことですか?】
キョロキョロと視線を動かしてみるが誰もいない。
ということは私が話しかけられてといるということではないのだ。
椅子に腰を下ろし、用意されていた綺麗な水差しと赤のガラス細工のグラスで水を飲んだ。
やはり水が飲める。味が分かる。
目に映る光景は現実離れしすぎているが、身体が感じているのは異様といえるくらい現実感がある。
【何を悠長に水を飲んでいるのですか……。 私の質問に答えていただきたいのですが】
どうやら声の主は私の事が見えていて、その言葉も私に対して投げかけられているものなのだと気付く。
(質問って一体どういうことなんだろ。どこから話しかけてきてるのかな)
考えてみても分からないし、見回してみてもやはり誰もいない。
けれど声は再度聞こえてくる。
【どこからというのは私の疑問です。そうですね……、あなた……どなたですか?】
口に出していない言葉を相手に拾われて心臓が大きく跳ねた。
私は私でしかない。
それよりこの声の主とは意思疎通を行うことができるということに少し嬉しさを覚えた。
途方に暮れる現状。今の状況を教えてもらうには話をするしかない。
「私は佐藤香織です。ええっと……」
そこまで言いかけて、初めて言葉を口にして自分の声がなんだかおかしなことに気付く。
耳に届く透き通るようなソプラノ。私の声はもっともっと低かったはず。
【サトウ・カオリ……? 変わった名前の方なのですね」
私は29年間生きてきて変わった名前だと言われたことは一度もない。
砂糖の香りがする~と昔男の子にからかわれたことがあるくらいだ。
でもそれは名前を利用した冗談程度の話であり、容姿はそこそこに良かった私と話したいがために言ってるのかな、と笑って流していたくらいのこと。脛は蹴ってやったけど。
だから私の事を変わった名前だと言い切る声の主の名前を聞いてみないと気が済まない。
「私の事を変わった名前だというあなたは何て名前なの? 余程変な名前なんでしょ」
どこで怒っているのかは分からないが、帰ってきたのは語気が少し強まった言葉。
【変じゃありませんよ! 私の名前はリナージュ・セントフィールド。高貴なる名前でしょう?】
リナージュ・セントフィールド……?
リナージュ・セントフィールド…………?
その名前が誰の事を指し示しているのかはすぐに分かった。
だがそれだけだ。
理解の及ぶ範疇にはない。
今がどういう状況なのかもさっぱり分からない。
困惑する頭を抱えていると、リナージュ・セントフィールドと名乗った女性はさらに言葉をつづけた。
【早く身体を返していただきたいのですけれど。これから大切な用事があるのです】
私に話しかけてきているのがリナージュ・セントフィールド?
どこにもその姿は見えない。
それに今不可解なことを口にした。姿が見えないのに口にしたって言うのはおかしな気がするけれど。
「身体を返すって一体何をおっしゃっているのでしょうか?」
ついつい丁寧な口調になりつつ尋ねかけた。
聞こえてくる溜息。
呆れたような声音。
【あちらのドレッサーに鏡がありますから、ちょっとお姿を確認なさってみては?】
あちらといわれてもどちらかは分からないが、ドレッサーらしきものはすぐ分かったので問題はない。
純白のドレッサーに歩み寄り、木造りのふたを開けてみると三面鏡が広がりそれを覗き込んだ。
「ええええええ!!!?」
思わず叫び声をあげてしまったのも無理はないと思う。
鏡に映っていたのはどう見ても私、佐藤香織の姿ではなかったののだ。
シルクのような銀糸が胸の辺りまで垂れて揺れている。
吊り上がり気味のまなじりに綺麗な瑪瑙のような瞳
スッと伸びる鼻梁の下には薄紅色の唇。まるでモデルさんのように小顔な輪郭。
私の知っているリナージュ・セントフィールドに非常にそっくりな容姿がそこに映っていたのだから。
手酷い現実から逃げるために、私の脳が見せてくれる願いだと思った。
悲しみに暮れる時間を与えないために、私の心が映し出した虚像だと思った。
意識を取り戻した今、私の目の前に広がっているのはあまりにも現実離れした光景。
白い花を基調としたアンティーク調の仕上がりの壁紙。
シルクのレースをゆたりと流す天蓋付きという高級なベッド。
置かれている時計や水差しなんかも金をあしらわれたりしており、とてもじゃないが私の安アパートに置いてあるような代物じゃない。
いや、部屋自体も異様に広いのだ。
ベッドは一つしかないというのに、こんなに広いスペースが必要なのかと思う程の豪奢な造りの一室。
私の着ている服もおかしい。
さっきまではホテルでの食事ということでフォーマルドレスを着ていたというのに、現在は華美な白銀の生地にピンクの装飾を入れたドレスを着こんでいる。
何の記憶もない。
いつここに連れ去られたのかも分からない。
とするのであれば?
やはり夢なのだ。そう思い、気付いてすぐ行ったのと同じ動作、頬をつねるということをもう一度試してみた。
こんなことに意味があるのかは分からないけれど、私の頬は痛覚を脳に伝えただけ。
覚醒することもない。それに私は自由自在に動けるのだ。
五感が私に伝えてくる大量の情報も夢であることを否定していた。
柔らかく香る匂いもそうだし、揺らがない室内の空気も温度だけは伝えてくる。
目に映る立体感はどう見てもそこに本物があると感じさせてくれるし、窓の外から聞こえてくる風の音も妙にリアル。
ただなぜこんな状況なのか。
ここはどこなのか。
何をすればいいのかは全く分からない。
途方に暮れていると奇妙な現象が起きる。
誰もいない部屋なのに声が聞こえてきたのだ。
【あなた……一体これはどういうことですか?】
キョロキョロと視線を動かしてみるが誰もいない。
ということは私が話しかけられてといるということではないのだ。
椅子に腰を下ろし、用意されていた綺麗な水差しと赤のガラス細工のグラスで水を飲んだ。
やはり水が飲める。味が分かる。
目に映る光景は現実離れしすぎているが、身体が感じているのは異様といえるくらい現実感がある。
【何を悠長に水を飲んでいるのですか……。 私の質問に答えていただきたいのですが】
どうやら声の主は私の事が見えていて、その言葉も私に対して投げかけられているものなのだと気付く。
(質問って一体どういうことなんだろ。どこから話しかけてきてるのかな)
考えてみても分からないし、見回してみてもやはり誰もいない。
けれど声は再度聞こえてくる。
【どこからというのは私の疑問です。そうですね……、あなた……どなたですか?】
口に出していない言葉を相手に拾われて心臓が大きく跳ねた。
私は私でしかない。
それよりこの声の主とは意思疎通を行うことができるということに少し嬉しさを覚えた。
途方に暮れる現状。今の状況を教えてもらうには話をするしかない。
「私は佐藤香織です。ええっと……」
そこまで言いかけて、初めて言葉を口にして自分の声がなんだかおかしなことに気付く。
耳に届く透き通るようなソプラノ。私の声はもっともっと低かったはず。
【サトウ・カオリ……? 変わった名前の方なのですね」
私は29年間生きてきて変わった名前だと言われたことは一度もない。
砂糖の香りがする~と昔男の子にからかわれたことがあるくらいだ。
でもそれは名前を利用した冗談程度の話であり、容姿はそこそこに良かった私と話したいがために言ってるのかな、と笑って流していたくらいのこと。脛は蹴ってやったけど。
だから私の事を変わった名前だと言い切る声の主の名前を聞いてみないと気が済まない。
「私の事を変わった名前だというあなたは何て名前なの? 余程変な名前なんでしょ」
どこで怒っているのかは分からないが、帰ってきたのは語気が少し強まった言葉。
【変じゃありませんよ! 私の名前はリナージュ・セントフィールド。高貴なる名前でしょう?】
リナージュ・セントフィールド……?
リナージュ・セントフィールド…………?
その名前が誰の事を指し示しているのかはすぐに分かった。
だがそれだけだ。
理解の及ぶ範疇にはない。
今がどういう状況なのかもさっぱり分からない。
困惑する頭を抱えていると、リナージュ・セントフィールドと名乗った女性はさらに言葉をつづけた。
【早く身体を返していただきたいのですけれど。これから大切な用事があるのです】
私に話しかけてきているのがリナージュ・セントフィールド?
どこにもその姿は見えない。
それに今不可解なことを口にした。姿が見えないのに口にしたって言うのはおかしな気がするけれど。
「身体を返すって一体何をおっしゃっているのでしょうか?」
ついつい丁寧な口調になりつつ尋ねかけた。
聞こえてくる溜息。
呆れたような声音。
【あちらのドレッサーに鏡がありますから、ちょっとお姿を確認なさってみては?】
あちらといわれてもどちらかは分からないが、ドレッサーらしきものはすぐ分かったので問題はない。
純白のドレッサーに歩み寄り、木造りのふたを開けてみると三面鏡が広がりそれを覗き込んだ。
「ええええええ!!!?」
思わず叫び声をあげてしまったのも無理はないと思う。
鏡に映っていたのはどう見ても私、佐藤香織の姿ではなかったののだ。
シルクのような銀糸が胸の辺りまで垂れて揺れている。
吊り上がり気味のまなじりに綺麗な瑪瑙のような瞳
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