二度の婚約破棄の恨みは2倍?4倍?いいえ、10倍です。

こたつぬこ

文字の大きさ
4 / 21

第4話 専属メイドアーシャとの初顔合わせ

しおりを挟む
 住んでいた日本とはまるで違う世界。
 私にリナージュ・セントフィールドと名乗った声の主。
 鏡に映るリナージュ・セントフィールドによく似た絶世の美女。

「私……リナージュ・セントフィールドになっちゃったの……?」

 思わず呟くとリナージュの声が耳に届く。
 けれどこれは一体なんなのだろう。頭に響くような声ではなく、本当に耳元で囁かれるような声。
 私の口から出る澄んだソプラノに非常によく似た声。

【なっちゃった……じゃないです。早く身体を返してくださりませんか?」

「そうは言われましても……なぜこんな状況なのかも分からないし、身体の返し方というのも分からないし」

【はぁぁ。あなたが嘘を言っていないのはなんとなくわかります。どうしてこんなことに……」

 大きなため息に失意に暮れるかのような口調。
 それは私が聞きたいよ、と思っていると重厚なドアからコンコンと乾いた音が室内に響く。

(ど、どうしたらいいの? 誰か来ちゃったよ?)

 口に出しても心で思っても意思疎通ができるというのは分かっている。
 リナージュの身体でありそれを取り巻く環境が今、ならばリナージュに対応を聞くのが筋だ。

【先ほど、ええと、カオリが大きな声をあげたから……、私の身体を使ってですけれど……。
 それがおそらく外に声が聞こえたのだと思います。専属のメイドのアーシャだと思うから中に入れてあげてください】

 私にはアーシャという名前も聞き覚えがあった。
 リナージュに言われる前から、リナージュの専属メイドとしてついているアーシャの存在を知っていた。
 幼少期から父親であるセントフィールド公爵に命じられて、リナージュ付きとなった年の近い女の子。
 優しくて気の弱い女の子なのだけど、それ故かリナージュの悪行(と言いたくないけれど)に協力してしまう
 いや、今鏡に映った年齢から判断するとしてしまっていた。というほうが正しいのだろう。
 今の年齢は17歳ほどの年齢だったのだから。
 肌が物凄くきれいで羨ましいけど、私がこのくらいの歳の時はこんなに綺麗じゃなかったので、遺伝や体質的な話なんだろう。

 っと、ずっと待たせているわけにはいかない。

「どうぞ、入ってよろしくてよ」

【ちょ、ちょっと! 私はそんな喋り方はしません!】

 間髪入れず唱えられる意義。
 確かに話しているとそんな感じはしないのだけど、私のイメージではリナージュはそういうキャラだった。

(まぁまぁ、いいじゃない。リナージュの話し方に合わせるなんて無理なんだから)

【そうですけれど……。あまり無茶苦茶はやらないでくださいね】

(ほら、ドアが開くよ。黙っといて)

【私の身体だというのに理不尽です……はぁ……】

 項垂れているリナージュを想像するとちょっと楽しくなってしまったが、今現在はそのリナージュが私。
 鏡の前でポーズでも取ってみたいかもしれない。
 それより今はアーシャのことだ。
 私の知識はゲームでしかないが水色の髪の毛を持っているメイドの女の子。
 いつもメイド服を着ていて、くりっとした目が可愛い子だったんだけど、現実ではどのようになっているのか気になるところ。

「失礼いたします。大きな叫び声が聞こえたと耳に致しまして……」

 ドアを閉めると、そのままドアの前で佇みこちらを見ている。
 やはりというか日本ではコスプレ以外ではありえない水色の髪。けれどコスプレのような不自然な色ではなく、背景に溶け込むような目に優しい雰囲気。
 少し幼さの残る顔もイメージ通りだし、本当に可愛らしい女の子だった。

「ごめんなさいね。部屋にゴキブリが出てしまったもので」

【部屋は綺麗にしていますからそんなもの出ません! それに私はその程度で悲鳴を上げたりしませんよ!】

(うるさいなぁ。他に誤魔化しようがなかったでしょ? 何かいい案でもあった?)

【そ、そうですね……。言われてみると困りますか。空から流れ星が降ってきた……とかではどうですか?】

(リナージュって意外とユニークなんだね。夢があるというかなんというか……)

【もういいです!】

 そんなやり取りを脳内(?)で繰り広げているとアリーシャは小さく震え顔を落としていた。

「も、申し訳ございません! お部屋をお掃除させていただいたのは私ですのに。こうなったら死んでお詫びを……」

「お待ちになって! ゴキブリかと思ったらただの黒い影だったのですのよ。だから死ななくてもいいのですの」

【あ、あなたね、私の身体だと思って適当なこと言っているんじゃないですか? お、怒りますよ!?】

(だって死んでお詫びとか言うからさ。言葉遣いはいきなり変えろってのが難しいよ。少しずつ慣れていくから)

【普通に喋ってくれればいいんです、普通に。……それより少しずつって……あなたいったいいつまで私の身体に……!】

(しっ!)

 気付けばアーシャは首を傾げて、キョトンとした表情を浮かべていた。
 部屋の床に目を向け本当に何もいないことを確認し、そして私の言葉遣いに疑問をもったというところだろう。
 とはいえ仲が良いとはいえメイドはメイド。主人であるリナージュに楯突くようなことを言ったりはしない。

「それでしたら良いのですが……。それよりいつもとご様子が……。あ、いえ、なんでもありません」

 ゲームのイメージではなく今喋っているリナージュの喋り方を真似して、

「気持ちの良い陽気にあてられてしまったのかもしれません。とりあえず、なんでもないので下がって良いですよ」

【外は曇っていますけれど……?】

(方便よ方便。曇りが気持ち良くないだなんて誰が決めたの?)

【…………】

「いえ、そろそろ学園の卒業式の時間が迫っております。
 出立の準備はできておりますので、リナージュ様の用意ができているのであればこのまま向かいたいと思いますが」

 まだリナージュと色々と話したいことがあったのだけど、そういうことなら行くしかないのだろう。
 それでなくとも怪しまれているような雰囲気。
 表には出さなくても何となく伝わってくるのは、まだ若いせいだというのもあるのかもしれない。
 いや、本当は……。

(行けばいいのよね?)

【ええ、勿論です。私は今日この日を楽しみにしておりましたのです。あなたが乱入したせいで複雑な気分になってしまいましたけれど】

(ふぅん……。それは悪かったね。楽しみにしてた日を邪魔しちゃって)

【ま、いいですよ。私の言うとおりにちゃんと動いてくださいね】

(できる限り善処しまーす)

【できる限りではなくきっちりやってください。私の今後の人生がかかっているんですから】

 今の状況で心配すべきことは、将来の事よりも私が身体を乗っ取ってしまっていることだと思うけれど、それは言わないことにした。
 なんとなく言葉から楽しそうで嬉しそうな雰囲気が伝わってくるのだ。
 しかし、卒業式、今後の人生、悪役令嬢リナージュ・セントフィールド。
 そして、裏設定のある専属メイドアーシャ。
 これらの単語が結びつくものに、何となく嫌な予感を私は覚えていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

ふたりの愛は「真実」らしいので、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしました

もるだ
恋愛
伯爵夫人になるために魔術の道を諦め厳しい教育を受けていたエリーゼに告げられたのは婚約破棄でした。「アシュリーと僕は真実の愛で結ばれてるんだ」というので、元婚約者たちには、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしてあげます。

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】

恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。 果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

処理中です...