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第4話 専属メイドアーシャとの初顔合わせ
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住んでいた日本とはまるで違う世界。
私にリナージュ・セントフィールドと名乗った声の主。
鏡に映るリナージュ・セントフィールドによく似た絶世の美女。
「私……リナージュ・セントフィールドになっちゃったの……?」
思わず呟くとリナージュの声が耳に届く。
けれどこれは一体なんなのだろう。頭に響くような声ではなく、本当に耳元で囁かれるような声。
私の口から出る澄んだソプラノに非常によく似た声。
【なっちゃった……じゃないです。早く身体を返してくださりませんか?」
「そうは言われましても……なぜこんな状況なのかも分からないし、身体の返し方というのも分からないし」
【はぁぁ。あなたが嘘を言っていないのはなんとなくわかります。どうしてこんなことに……」
大きなため息に失意に暮れるかのような口調。
それは私が聞きたいよ、と思っていると重厚なドアからコンコンと乾いた音が室内に響く。
(ど、どうしたらいいの? 誰か来ちゃったよ?)
口に出しても心で思っても意思疎通ができるというのは分かっている。
リナージュの身体でありそれを取り巻く環境が今、ならばリナージュに対応を聞くのが筋だ。
【先ほど、ええと、カオリが大きな声をあげたから……、私の身体を使ってですけれど……。
それがおそらく外に声が聞こえたのだと思います。専属のメイドのアーシャだと思うから中に入れてあげてください】
私にはアーシャという名前も聞き覚えがあった。
リナージュに言われる前から、リナージュの専属メイドとしてついているアーシャの存在を知っていた。
幼少期から父親であるセントフィールド公爵に命じられて、リナージュ付きとなった年の近い女の子。
優しくて気の弱い女の子なのだけど、それ故かリナージュの悪行(と言いたくないけれど)に協力してしまう
いや、今鏡に映った年齢から判断するとしてしまっていた。というほうが正しいのだろう。
今の年齢は17歳ほどの年齢だったのだから。
肌が物凄くきれいで羨ましいけど、私がこのくらいの歳の時はこんなに綺麗じゃなかったので、遺伝や体質的な話なんだろう。
っと、ずっと待たせているわけにはいかない。
「どうぞ、入ってよろしくてよ」
【ちょ、ちょっと! 私はそんな喋り方はしません!】
間髪入れず唱えられる意義。
確かに話しているとそんな感じはしないのだけど、私のイメージではリナージュはそういうキャラだった。
(まぁまぁ、いいじゃない。リナージュの話し方に合わせるなんて無理なんだから)
【そうですけれど……。あまり無茶苦茶はやらないでくださいね】
(ほら、ドアが開くよ。黙っといて)
【私の身体だというのに理不尽です……はぁ……】
項垂れているリナージュを想像するとちょっと楽しくなってしまったが、今現在はそのリナージュが私。
鏡の前でポーズでも取ってみたいかもしれない。
それより今はアーシャのことだ。
私の知識はゲームでしかないが水色の髪の毛を持っているメイドの女の子。
いつもメイド服を着ていて、くりっとした目が可愛い子だったんだけど、現実ではどのようになっているのか気になるところ。
「失礼いたします。大きな叫び声が聞こえたと耳に致しまして……」
ドアを閉めると、そのままドアの前で佇みこちらを見ている。
やはりというか日本ではコスプレ以外ではありえない水色の髪。けれどコスプレのような不自然な色ではなく、背景に溶け込むような目に優しい雰囲気。
少し幼さの残る顔もイメージ通りだし、本当に可愛らしい女の子だった。
「ごめんなさいね。部屋にゴキブリが出てしまったもので」
【部屋は綺麗にしていますからそんなもの出ません! それに私はその程度で悲鳴を上げたりしませんよ!】
(うるさいなぁ。他に誤魔化しようがなかったでしょ? 何かいい案でもあった?)
【そ、そうですね……。言われてみると困りますか。空から流れ星が降ってきた……とかではどうですか?】
(リナージュって意外とユニークなんだね。夢があるというかなんというか……)
【もういいです!】
そんなやり取りを脳内(?)で繰り広げているとアリーシャは小さく震え顔を落としていた。
「も、申し訳ございません! お部屋をお掃除させていただいたのは私ですのに。こうなったら死んでお詫びを……」
「お待ちになって! ゴキブリかと思ったらただの黒い影だったのですのよ。だから死ななくてもいいのですの」
【あ、あなたね、私の身体だと思って適当なこと言っているんじゃないですか? お、怒りますよ!?】
(だって死んでお詫びとか言うからさ。言葉遣いはいきなり変えろってのが難しいよ。少しずつ慣れていくから)
【普通に喋ってくれればいいんです、普通に。……それより少しずつって……あなたいったいいつまで私の身体に……!】
(しっ!)
気付けばアーシャは首を傾げて、キョトンとした表情を浮かべていた。
部屋の床に目を向け本当に何もいないことを確認し、そして私の言葉遣いに疑問をもったというところだろう。
とはいえ仲が良いとはいえメイドはメイド。主人であるリナージュに楯突くようなことを言ったりはしない。
「それでしたら良いのですが……。それよりいつもとご様子が……。あ、いえ、なんでもありません」
ゲームのイメージではなく今喋っているリナージュの喋り方を真似して、
「気持ちの良い陽気にあてられてしまったのかもしれません。とりあえず、なんでもないので下がって良いですよ」
【外は曇っていますけれど……?】
(方便よ方便。曇りが気持ち良くないだなんて誰が決めたの?)
【…………】
「いえ、そろそろ学園の卒業式の時間が迫っております。
出立の準備はできておりますので、リナージュ様の用意ができているのであればこのまま向かいたいと思いますが」
まだリナージュと色々と話したいことがあったのだけど、そういうことなら行くしかないのだろう。
それでなくとも怪しまれているような雰囲気。
表には出さなくても何となく伝わってくるのは、まだ若いせいだというのもあるのかもしれない。
いや、本当は……。
(行けばいいのよね?)
【ええ、勿論です。私は今日この日を楽しみにしておりましたのです。あなたが乱入したせいで複雑な気分になってしまいましたけれど】
(ふぅん……。それは悪かったね。楽しみにしてた日を邪魔しちゃって)
【ま、いいですよ。私の言うとおりにちゃんと動いてくださいね】
(できる限り善処しまーす)
【できる限りではなくきっちりやってください。私の今後の人生がかかっているんですから】
今の状況で心配すべきことは、将来の事よりも私が身体を乗っ取ってしまっていることだと思うけれど、それは言わないことにした。
なんとなく言葉から楽しそうで嬉しそうな雰囲気が伝わってくるのだ。
しかし、卒業式、今後の人生、悪役令嬢リナージュ・セントフィールド。
そして、裏設定のある専属メイドアーシャ。
これらの単語が結びつくものに、何となく嫌な予感を私は覚えていた。
私にリナージュ・セントフィールドと名乗った声の主。
鏡に映るリナージュ・セントフィールドによく似た絶世の美女。
「私……リナージュ・セントフィールドになっちゃったの……?」
思わず呟くとリナージュの声が耳に届く。
けれどこれは一体なんなのだろう。頭に響くような声ではなく、本当に耳元で囁かれるような声。
私の口から出る澄んだソプラノに非常によく似た声。
【なっちゃった……じゃないです。早く身体を返してくださりませんか?」
「そうは言われましても……なぜこんな状況なのかも分からないし、身体の返し方というのも分からないし」
【はぁぁ。あなたが嘘を言っていないのはなんとなくわかります。どうしてこんなことに……」
大きなため息に失意に暮れるかのような口調。
それは私が聞きたいよ、と思っていると重厚なドアからコンコンと乾いた音が室内に響く。
(ど、どうしたらいいの? 誰か来ちゃったよ?)
口に出しても心で思っても意思疎通ができるというのは分かっている。
リナージュの身体でありそれを取り巻く環境が今、ならばリナージュに対応を聞くのが筋だ。
【先ほど、ええと、カオリが大きな声をあげたから……、私の身体を使ってですけれど……。
それがおそらく外に声が聞こえたのだと思います。専属のメイドのアーシャだと思うから中に入れてあげてください】
私にはアーシャという名前も聞き覚えがあった。
リナージュに言われる前から、リナージュの専属メイドとしてついているアーシャの存在を知っていた。
幼少期から父親であるセントフィールド公爵に命じられて、リナージュ付きとなった年の近い女の子。
優しくて気の弱い女の子なのだけど、それ故かリナージュの悪行(と言いたくないけれど)に協力してしまう
いや、今鏡に映った年齢から判断するとしてしまっていた。というほうが正しいのだろう。
今の年齢は17歳ほどの年齢だったのだから。
肌が物凄くきれいで羨ましいけど、私がこのくらいの歳の時はこんなに綺麗じゃなかったので、遺伝や体質的な話なんだろう。
っと、ずっと待たせているわけにはいかない。
「どうぞ、入ってよろしくてよ」
【ちょ、ちょっと! 私はそんな喋り方はしません!】
間髪入れず唱えられる意義。
確かに話しているとそんな感じはしないのだけど、私のイメージではリナージュはそういうキャラだった。
(まぁまぁ、いいじゃない。リナージュの話し方に合わせるなんて無理なんだから)
【そうですけれど……。あまり無茶苦茶はやらないでくださいね】
(ほら、ドアが開くよ。黙っといて)
【私の身体だというのに理不尽です……はぁ……】
項垂れているリナージュを想像するとちょっと楽しくなってしまったが、今現在はそのリナージュが私。
鏡の前でポーズでも取ってみたいかもしれない。
それより今はアーシャのことだ。
私の知識はゲームでしかないが水色の髪の毛を持っているメイドの女の子。
いつもメイド服を着ていて、くりっとした目が可愛い子だったんだけど、現実ではどのようになっているのか気になるところ。
「失礼いたします。大きな叫び声が聞こえたと耳に致しまして……」
ドアを閉めると、そのままドアの前で佇みこちらを見ている。
やはりというか日本ではコスプレ以外ではありえない水色の髪。けれどコスプレのような不自然な色ではなく、背景に溶け込むような目に優しい雰囲気。
少し幼さの残る顔もイメージ通りだし、本当に可愛らしい女の子だった。
「ごめんなさいね。部屋にゴキブリが出てしまったもので」
【部屋は綺麗にしていますからそんなもの出ません! それに私はその程度で悲鳴を上げたりしませんよ!】
(うるさいなぁ。他に誤魔化しようがなかったでしょ? 何かいい案でもあった?)
【そ、そうですね……。言われてみると困りますか。空から流れ星が降ってきた……とかではどうですか?】
(リナージュって意外とユニークなんだね。夢があるというかなんというか……)
【もういいです!】
そんなやり取りを脳内(?)で繰り広げているとアリーシャは小さく震え顔を落としていた。
「も、申し訳ございません! お部屋をお掃除させていただいたのは私ですのに。こうなったら死んでお詫びを……」
「お待ちになって! ゴキブリかと思ったらただの黒い影だったのですのよ。だから死ななくてもいいのですの」
【あ、あなたね、私の身体だと思って適当なこと言っているんじゃないですか? お、怒りますよ!?】
(だって死んでお詫びとか言うからさ。言葉遣いはいきなり変えろってのが難しいよ。少しずつ慣れていくから)
【普通に喋ってくれればいいんです、普通に。……それより少しずつって……あなたいったいいつまで私の身体に……!】
(しっ!)
気付けばアーシャは首を傾げて、キョトンとした表情を浮かべていた。
部屋の床に目を向け本当に何もいないことを確認し、そして私の言葉遣いに疑問をもったというところだろう。
とはいえ仲が良いとはいえメイドはメイド。主人であるリナージュに楯突くようなことを言ったりはしない。
「それでしたら良いのですが……。それよりいつもとご様子が……。あ、いえ、なんでもありません」
ゲームのイメージではなく今喋っているリナージュの喋り方を真似して、
「気持ちの良い陽気にあてられてしまったのかもしれません。とりあえず、なんでもないので下がって良いですよ」
【外は曇っていますけれど……?】
(方便よ方便。曇りが気持ち良くないだなんて誰が決めたの?)
【…………】
「いえ、そろそろ学園の卒業式の時間が迫っております。
出立の準備はできておりますので、リナージュ様の用意ができているのであればこのまま向かいたいと思いますが」
まだリナージュと色々と話したいことがあったのだけど、そういうことなら行くしかないのだろう。
それでなくとも怪しまれているような雰囲気。
表には出さなくても何となく伝わってくるのは、まだ若いせいだというのもあるのかもしれない。
いや、本当は……。
(行けばいいのよね?)
【ええ、勿論です。私は今日この日を楽しみにしておりましたのです。あなたが乱入したせいで複雑な気分になってしまいましたけれど】
(ふぅん……。それは悪かったね。楽しみにしてた日を邪魔しちゃって)
【ま、いいですよ。私の言うとおりにちゃんと動いてくださいね】
(できる限り善処しまーす)
【できる限りではなくきっちりやってください。私の今後の人生がかかっているんですから】
今の状況で心配すべきことは、将来の事よりも私が身体を乗っ取ってしまっていることだと思うけれど、それは言わないことにした。
なんとなく言葉から楽しそうで嬉しそうな雰囲気が伝わってくるのだ。
しかし、卒業式、今後の人生、悪役令嬢リナージュ・セントフィールド。
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これらの単語が結びつくものに、何となく嫌な予感を私は覚えていた。
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