二度の婚約破棄の恨みは2倍?4倍?いいえ、10倍です。

こたつぬこ

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第6話 悲劇は伝える方も辛い

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 伝えれなければいけないという気持ち。
 伝えると悲しませてしまうという気持ち。

 二つの葛藤が私の心に躊躇いを生み、気付けば言えないままセントフィールド学園に到着していた。

 花と蝶をモチーフにされた美しい建物。
 水路が縦横に流れる穏やかな敷地。
 色とりどりのドレスやタキシードで着飾った少年少女。

 目に映る光景とは裏腹に、私の心は沈み足取りは重い。

【カオリ、どうしたのですか? あなたの心が沈んでいるのがずっと私に伝わってきているのですが】

 リナージュには考えていることが読まれるわけではない。
 伝えようと思いながら考えるとその言葉が伝わる。
 けれど、感情の揺れというのはお互いに伝わってしまうようだ。

(あなたの楽しみにしていた今日この日を……壊してしまうことになるかもしれない)

 舌足らずな言葉。
 いかにオブラートに包んで伝えるか、ずっと考えていたけれど最初の言葉としては少し失敗だったかもしれない。

【私の言った通り上手くやって頂ければ大丈夫ですよ。それよりカオリの心が沈んでいては私の心も沈んでしまいます】

 ゲームとのイメージとはまるで違う印象。言葉。
 どうして彼女が悪役令嬢なのだろうか。
 いや、その理由はもう分かっている。分かっているのだけれども。

(そうだよね、ごめん。ただリナージュに伝えなきゃいけないことがあって、それを伝えるのが不安でさ)

【私に伝えないといけない事ですか……? それを気にして沈んでいるのですね。はい。覚悟は決めましたから、どうぞ?】

 本当に良い子だと思う。
 私と同じで生き方が不器用なだけ。
 悲しませたくはないけれど、言わなければもっと悲しませてしまう。

(リナージュには婚約者がいるでしょう……? アイゼン王子っていう……)

 息を飲むような音が聞こえてきた。

【どうしてそれを知っているのですか……? ですが、確かに私には愛しき人がおります。大切な方です。
 今日卒業と同時に重大な発表があると言われていて……私は楽しみにしているのです】

 愛しき人。重大な発表。そう口にしたリナージュから歓喜に震えるのが伝わってくる。
 けれど、私の胸はちくりと痛む。

(その発表ってのが良くないことだとしたら……どうする?)

【な、何をおっしゃっているのですか。良くない事? それは一体どんなことなのですか?】

(例えば……婚約を破棄して別の女の人と婚約をするという発表だとしたら……。受け入れることができる?)

【カオリ……酷いです。なぜそんなこと言うのですか? 酷いです。酷いです。あんまりです】

 リナージュから悲しみが流れ込んできて私の心を埋めていく。
 自然と目が滲み、動悸が早くなっている。
 けれど……伝えなければいけない。私が好き勝手してもいいのだけど、リナージュはそれを受け入れることはできないだろうから。
 そして……何もしなければ、リナージュは魔法を封じられて幽閉される。
 回避できなかった未来。
 だからこそ、今この時は私が何とかして回避して見せる。

(私も辛い思いを味わった。だからリナージュにはそんな思いをして欲しくはない。
 変えられない未来。それを私は知っているとしたら……?)

 リナージュから返事は返ってこない。
 悲しみに……怒りが伝わってくる。

(あなたが嫌がらせをしていた王子を慕っているマリエアという女の子。その内容を公衆の面前で暴露されるの。覚えがあるでしょ?)

【そんなことまで知っているのですか……。ですがそれは……。けれど、その程度の事で】

(アイゼン王子が婚約するのは隣国サイゼリスの王女フローリア。魔法学園に体験交流をしていた時、王子に近付いていたのを覚えてる?
 その子にも嫌がらせはしてたよね)

【だって……アイゼンに色目を使うんです。それも私という婚約者がいることを知っているのにです】

(うん、分かるよ。凄く分かる。私もリナージュと同じ立場だったなら、二度と近付けないほどの恐怖を焼き付けてやったと思う)

【そこまではしていませんけれど……。カオリとはやはり気が合いそうな気がします】

 辛いことを伝えているというのに、リナージュに気が合いそうと言われて私は嬉しかった。
 やはりというか似た者同士惹かれ合う。
 でも、この先を伝えるのはさらにきつい。

(婚約から……いいえ、ずっと前からあなたは狙われていたの。というよりセントフィールド公爵家をね。
 国一番の魔法学園を持ち力をつけすぎてしまった公爵家を陥れようとした国家ぐるみの策略。それがあなたの持つ運命)

【そんな……何を……】

(聞いて! アーシャがなぜあなたの専属メイドに選ばれたか覚えている?)

【屋敷の前で……行き倒れていて……。皆の反対を押し切って私が介抱して……それから……】

(それが仕組まれたことだったとしたらどうする? 簡単に言えば、アーシャが隣国のスパイだとしたら……?)

【なんでそんな! そんなわけないです……! だって、アーシャは、だって……私と共に成長して……ずっと一緒に……】

 再度、困惑と悲愴感が私に流れ込んでくる。
 後ろを歩くアーシャに意識がいっているのが伝わってくる。

(全てが今日この日のために仕組まれた伏線。あなたは王子に愛されてはいなかった。ただ嵌められて利用されただけ)

【酷い。酷い。酷い。酷い。酷い! そんなわけない! だって、いつも、私に、笑顔を向けてくれて! 一人孤独な私に、話しかけてくれて! 見つめてくれて!】

(このまま進めばあなたは反逆者として牢獄行き。セントフィールド公爵家も隣国と内通していたと逆族の汚名を着せられる。
 全ての証拠はでっちあげだけれど、完璧にそろっていて逃げ場はない。アーシャも掌を返したように裏切る。それが今日待っている重大な発表)

【やめてください! そんなわけないです! カオリのこと親友になれるのかと思っていたのに、もう口もききたくありません!】

 伝わってくる気持ちが悲しみよりも怒りの方が大きくなり、それきり何を話しかけても返事が返ってくることはなかった。
 ここまできてやっと私は気付いた。
 もし私がコウジがお金目的で近付いてきた人間だと言われて納得できてただろうか。
 未来の事を知っている。あなたの運命を知っている。
 そんな言葉を簡単に信用することができただろうか。

 いや、不可能だ。

 私はそれを言った人物にこそ、嘘つきのレッテルを貼りつけてやるだろう。罵ってやるだろう。
 会ったばかりの他人の言葉なんかよりも、本当に大切な物は自分の愛した彼氏の存在。
 そんなことは分かっていたはずなのに……。
 でも言わないという選択肢はなかった。言わなければ終わってしまう。
 けれど、もうちょっと別の伝え方があったのかもしれない。
 焦っていたのかもしれない。
 折角気が合うと言ってくれたのに、嫌われてしまったような気がして凄く悲しかった。涙がにじんだ。嗚咽が漏れそうになった。
 それでも時間だけは刻々と過ぎていく。

 粛々と卒業式が進み、そして……運命の時間がやってくる。
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