二度の婚約破棄の恨みは2倍?4倍?いいえ、10倍です。

こたつぬこ

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第20話 佐藤香織の生い立ちとコウジとの馴れ初め

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 リナージュとして眠りについた佐藤香織。
 その中にいる存在として眠りについたリナージュ・セントフィールド。
 肉体を共有しているので、そのタイミングは全く同じだ。

 しかし。

 思考というものは違う。
 脳を共有しているので本来は同じになるはずの思考は、別々の独立したものとして動いている。
 二人の体の状態が今どうなっているかは見ることができない。

 けれど。

 別々の夢を見ているというのは分かる。

 ここで少し佐藤香織の生い立ちを覗いてみようかと思う。

 佐藤香織。28歳女性。

 彼女は埼玉南西部の老舗高級呉服店『ゆゆかし』の長女として生を受けた。
 ゆゆかしでは世襲制をとっており、女性であるカオリは後継ぎとしては不十分。
 しかし、第一子としてそれはそれは大切に、そしてのびのびと育てられた。

 それは後継ぎとしての弟、佐藤浩成(さとうひろなり)が生まれた後も同じであった。

 どちらかというとアクティブなカオリと少し内気な性格のヒロナリ。
 喧嘩をするほど仲が良いというが、その枠をはみ出してしまうほどに喧嘩をして育つ。
 いや、どちらかといえばカオリが凶暴だったといえるのかもしれない。

 小さい頃はそれでもよかった。
 しかし、カオリのまるでおしとやかさのない性格に不安を感じた両親は、中学を卒業すると同時に女子高に入らせた。
 しかも一人暮らしで都内のお嬢様学校にだ。

 弟を見て育っていたカオリは男子というものに人一倍免疫があったが、中学時代までに恋愛感情といえるものを持てなかった。
 どうしても弟のことが頭をよぎるし、なんとなく子供っぽくて煩わしかったのだ。
 そのままエスカレーター式で大学卒業まで進んでしまったために、恋愛感情というものがどんなものか分からず成長してしまう。

 ほどほどに勉学をたしなみ、化粧を覚えて友達と街に繰り出す。
 その容姿から寄ってくる男は多かった。ちゃらそうな男のナンパに眉をしかめて無下に断ったりもしていたようだ。
 だからこそ、余計に男というものに対して好感情を抱けなくなってしまっていた。

 サークル……ではなくバレー部というきびしい部活でバレーに打ち込んでしまったカオリは、合コンなどに参加することもなく就職まで進んだ。
 地方公務員の試験を合格し採用され……。

 と、ここでカオリの見ている夢の中を覗いてみることにしようか。

ζ

(あれ、ここは……? さっきまでリナージュの屋敷で……魔力使い過ぎて倒れちゃって……)

 カオリの目の前には大量の机と椅子、パソコン、書類、etc.
 代わり映えのしない仕事だと思っていた役所のオフィスだった。
 おそらくこれは夢。夢なんだろうな。そんな気持ちを抱えつつリナージュに呼び掛けてみる。

(リナージュ、リナージュ…………)

 返事はまるでない。複雑な気分だが、今は夢の時間も休息と思いつつ楽しんでみることにした。
 ピピーン、という聞きなれた機械音はプライベートで時々幻聴のように聞こえてくるほどに耳に焼き付いている。

 自分が呼ばれた音。

 夢の中なので自在に体を動かせるという訳ではないが、その音を理解し窓口からお客様の対応をしようと顔を覗かせた。
 すると、そこにいたのは……コウジの姿。
 思わず毒づきたくなる気持ちを抑え考える。

(これは……最初の出会いの時……? この前見た時より少しだけ若く見えるし)

 コウジはカオリの顔を見て一度笑顔を浮かべた後一枚の紙を差し出してきた。

 住民票の申請書。

 そう。最初は住民票を取りに来たお客さんと、それに対応した職員というだけの関係だった。

(カッコいい人だとは思ったけど……この時はそれ以上でもそれ以下でもなかったっけ)

 今はむかむかした気持ちを抑えなければいけないが、昔の事を冷静にそう分析した。
 そしてカオリは住民票の申請書を見て驚くこととなった。いや、以前その時に驚いたのだ。

(ありえないくらい汚い字で読めなくて、間違いだらけだったんだよね。見本があるはずなんだけど)

 コウジは頭を掻きながら「はは。こういうの慣れてなくて……すみません」とだけ言ってはにかんだ。
 はっきりいってそんなレベルではなかった。小学生でももっとうまく書けるだろう。
 そう。こんなだったからこそ逆に印象に残ったのだ。

(友達とお酒飲みながらその話をしたっけ。カッコいい人がなんかダメダメでおかしかったって)

 そう思った瞬間、舞台は居酒屋に変わっていた。
 最近結婚したとかで楽しそうに笑う友達と、カオリは居酒屋でその話をしていたのだ。

 幸せそうな友達を祝福する一方、結婚相手候補どころか彼氏もいない自分に少し不安が募る。
 両親からのお見合い写真も、目だけ通していたけど全て断っていた。
 恋愛というものを知らない自分が、あまりよく思っていない男性という種に、会ったこともないうちから好感を抱けるはずがない。

 そう言って、いつか運命的な出会いでもあるんじゃないかと待ち望んでいた。

(いやはや。私も若かったということですな。今も大して変わんないかもしんないけど)

 夜も更け、お酒に強かったカオリの足元がふらつくほどになった頃、友達に心配されつつも家路につく。

 その途中で柄の悪い連中に絡まれた。

 足元どころか手元もおぼつかないカオリに抵抗なんてできるはずもなく、口を押さえられ車に連れ込まれそうになったその時だった。

 ガツン。

 とカオリの腕を取っていた男の顔に拳が叩き込まれる。
 カオリの掴んでいた手が離れ、そこに立っていた男は以前住民票の申請で無茶苦茶だった男性の姿だった。

 そう。コウジがカオリの危機を救ってくれたのだ。

(酔ってたけど、本当に涙が出そうなくらい嬉しかったっけ……)

 そのままコウジが警報機を鳴らすとおどしをかけると、男たちは車に乗って逃走していった。
「危ないところでしたね、大丈夫でしたか?」と笑いかけてくれるコウジに、カオリは胸の高鳴りを覚えていた。
 運命的な出会い。まさにこれがそうなんじゃないかと感じていたのだ。

(いやいや、本当にね。こんなことってあるんだなって思っちゃったもん)

 もし報復や逆恨みがあったらとコウジはカオリに肩を貸しながら自宅へと送り、そのまま何も言わずに立ち去ろうとした。
 恩着せがましい事などなにもせず、ただ黙って立ち去ろうとしたのだ。

 それを見て、いてもたってもいられなくなったカオリは、思わず連絡先を交換しようと口にしていた。

 口実はこのお礼を改めてしたいから。

 本心はまた会いたいと思ったから。

 振り返ったコウジは「そんなのはいい」と言いつつもカオリの押しにおされ、苦笑いを浮かべながら連絡先を交換した。
 これがコウジとの馴れ初めであった。

(いやぁほんとこんな幸運なことってあるもんだと思ったもんなぁ……)

 ただ、ここまで思い出して一つ不可解なことを思ったことも、改めて思い返していた。
 それは付き合うようになったコウジの書く文字が物凄く綺麗だったこと。
 多少の癖はあったがそれは悪い意味での癖ではなく、住民票に書かれていたみみずが這いつくばったような文字とはまるで違った。

(私と付き合うようになって練習したのかなと思ってたけど……今思えばそんなレベルじゃなかったよね)

 カオリにとって運命の歯車が狂い始めたのはここ。

 連絡先を交換しようと思ってカオリが声をかけた時に、コウジが背中越しにほくそ笑んでいたことなんてカオリは知る由もなかったのだ。
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