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第5話「焦燥」

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「風呂にお湯張るけど、入るか?」

 この流れで風呂の話題が出て、神崎はビクッとした。きょどっている自分を悟られないように、努めて冷静を装う。

「あ、うん。ありがとう。体冷え切ってたから助かるよ」
「……寒かったもんな、外。俺も後で入るから、お湯抜かなくていいよ」

 神崎はその一言に、また動揺してしまった。自分の浸ったお湯に、相楽が入るのかと。ただお湯を張り直すのは不経済だし、他意はないはずと、神崎は相楽の好意を素直に受け入れる事にした。

***

 案内された浴室は、バスとトイレは別で、この大きさの部屋でユニットではない事に、神崎は少々驚いた。相楽のこだわりなのかもしれない。部屋同様、浴室も大変綺麗に掃除されており、女の自分の部屋より綺麗にしている事に、神崎は少々敗北感を覚えた。

 澄んだ湯船のお湯を、神崎はじっと見つめる。
 今すぐ飛び込んで、首まで浸かりたいのをぐっと我慢した。

 この後に、相楽がこのお湯に浸かると思うと、気が引けたのだ。だが相楽がせっかく用意してくれた湯だし、浸かって体の芯から温まりたい。

 神崎はしばらく悩んだ末、湯をなるべく汚さない為に、念入りに体を洗った後、少しの間だけ、湯船に浸かる事にした。

「……神崎」

 体を洗っている最中、脱衣所から相楽に呼びかけられて、神崎は心臓が飛び出しそうになった。
 
「な、何?」
「着替え、俺のだけど、ここに置いておくから。良かったら使って」

 相楽は自分の服を着替えとして、脱衣所に置きに来たのだ。

「……あ、ありがとう」

 神崎は心拍数が上がる中、何とかその一言を絞り出した。

***

 風呂から上がり、用意されていたバスタオルで体を拭く。柔軟剤のいい香りがした。男の一人暮らしで、柔軟剤なんか使うのかと、相楽のマメさに神崎は素直に感心した。
 
 部屋の様子から見ても、マメで綺麗好きなのかもしれない。普段からはあまりそういう印象を受けなかったので、少し驚いた。意外に、潔癖症な所があるのかもしれない。

 神崎は、用意されていたTシャツとショートパンツに身を包む。かなり大きい。相楽のものなので仕方がないが。
 他意はなかったが、スンとTシャツの匂いを嗅いでみる。相楽の匂いのようなものはなく、きちんと洗われた洗剤の香りがした。

 神崎は自分のしてしまった行為に、うっと恥ずかしくなる。それと同時に、まるでこのTシャツが、自分の為に、あらかじめ用意された物のような気がしてしまった。

 恐ろしく完璧に掃除された部屋……まるで初めから、誰かを招くつもりだったみたいに。

 神崎は相楽へ、ドス黒い疑いを向けている事に気が付き、慌てて頭を振った。

(……そんな訳、ない。今日相楽と出会ったのは、偶然だ)

 男に警戒する本能を、「自意識過剰だ」と神崎は何とか理性で抑え込んだ。
 

つづく
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