その聖女、前世は魔女と呼ばれた殺し屋でした

蟹三昧

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第2章

第18話 その殺し屋、妹になりかける

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「次、左の角に入るぞ。――その先が、落としどころだ。しっかり捕まってろよ」

 エメルドは速度を緩めることなく、角を滑らかに曲がる。

 そして、私を抱えたまま、腰のベルト付近から何かを引き抜いた。キラリと輝く、淡い薄緑色の結晶体――風の輝石ウィンドクォーツだ。

「え、それって……?」

 問いかける暇もなく、彼はそのまま路地を一直線に駆け抜ける。

 目の前に現れたのは、狭い路地と、その先にそびえる高い塀。

「うそ……行き止まり……!?」

 息を呑んだ瞬間、彼の声が鋭く響く。

「口閉じてな。舌噛むぞ――っと!!」

 そう言い放った瞬間、彼は風の輝石を地面に叩きつけた。すると、風の輝石ウィンドクォーツは淡く光を放ち、風の魔力を呼び起こす。瞬く間に足元に旋風つむじかぜを巻き起こした。

 エメルドは、その旋風を踏み台のようにして跳び上がると、浮遊するような勢いで、私ごと塀を跳躍する。

(と、と、と飛んでるうううう!?)

 重力を一瞬忘れる浮遊感のあと、軽やかな着地。わずかに弾んだ体を、彼の両腕がしっかりと支えていた。

 ほんの数秒間の出来事だったけれど、あまりにも非日常で、心臓が止まるかと思った。

(これが、魔法……そうだ、エメルドは風属性の魔力の持ち主だったっけ)

 腕の中で固まった私に気づいたのか、彼がふと顔を覗き込む。

「大丈夫かい、お嬢さん?……悪いね。少しばかり、荒技を使わせてもらったよ」

 私を気遣いつつも、余裕そうだ。あれくらいの魔法は、彼にとって日常茶飯事なのかもしれない。

 それに、このあたりは、彼にとって庭のようなものなのだろう。狭い路地の入り組みも、抜け道も、手のひらを返すように熟知しているからこそ出来た技だ。

 その刹那、目の前から飛び出してきた小さな影。――スリの子だ。突然現れた私たちにひるみ、左右を見回し、すぐそばの右の路地へと逃げ込む。

「ビンゴだ! あの先は行き止まり。畳み掛けるぞ」

 エメルドは駆け足を緩めず、そのまま子どもの背後を詰める。

 彼が言った通り、その先は行き止まりになっていて、逃げ場がない事に狼狽えるスリの子の姿があった。

「――動かないで!」

 私の声が響いた。子どもの肩がビクリと跳ね、その場でぴたりと足を止めた。

 エメルドが慎重に距離を詰める。警戒と威圧の境界を絶妙に保ちながら、――そっと手を差し伸べる。

「大丈夫。怖がらなくていい。誰も、キミを傷つけたりしない」

 その柔らかい声に、スリの子は数秒の沈黙する。

 煤塵ばいじんを思わせる暗色の髪に、黄味掛かった肌。そして、印象的な金色の瞳。

 どことなく異国な雰囲気を感じるその子どもは、ぎゅっと握りしめていた小さな手を、そっと開いた。その中に薄紫色の宝石が施されたブローチが収まっていた。先ほどの令嬢のものに違いない。

「……ごめんなさい、ぼく、……えっと」

 おぼつかない口調で喋る少年。その瞳には、恐怖でも後悔でもない、何かもっと深い、諦めの色が揺れていた。

 これは恐らく、偶然の犯行ではない。誰かに「やらされている」。その確信が胸に落ちる。

 子どもは迷うように視線を彷徨わせたが、やがて観念したように、手の中のブローチをエメルドに差し出した。

「……よし、良い子だ」

 エメルドはそう言って、ブローチを静かに受け取り、ふっと微笑を浮かべる。そしてそっとその頭を撫でた。――その時だった。

「お嬢様!!」「エメルド様!!」

 路地の奥から、聞き覚えのある声が響いた。振り返ると、騎士団の制服を着た数名の若者たちが駆け寄ってくる。その中には――。

「……アメリア!?」

 思わず声を上げると、アメリアは変わらぬ微笑をそのままに、まっすぐこちらへと歩いてきた。

「お怪我はありませんか、お嬢様」

「うん、私は平気。……あの、お兄さんが一緒だったから」

 私の言葉に、アメリアはふわりと目を細め微笑を深める。

 彼女は柔らかい表情はそのままに、ふっとエメルドを見やる。だが、その眼差しはどことなく鋭く、丸眼鏡に冷たい光が反射しているように見えた。

 「保護します」と言ったのは、凛とした雰囲気をした銀髪の騎士だった。

「ええ、頼みます」

 エメルドは騎士の言葉に静かに頷くと、子どもに向き直り、

「この人たちについて行けば大丈夫だよ」と優しく促す。

 少年はまだ不安げな表情を浮かべていたが、やがて観念したようにコクンと頷き、そろりと一歩踏み出す。

 別の騎士が子どもの背中にそっと手を添え、連れて行くのを見送った後、私はエメルドの方を向く。

 エメルドは残った騎士の一人と、何か話している様子だった。

「……お手を煩わせてしまって申し訳ありません」

 銀髪の騎士は、エメルドに向かって小さく頭を下げる。どうやら顔見知りの相手のようだ。

「いえ、こちらこそ勝手な真似をしました。……最近、多いんですか? ――混血児パラキリ

(……パラキリ?)

 その言葉を口にしたエメルドの声が、妙に低かったのは気のせいだろうか。

 その問いに、騎士はわずかに眉をひそめ、少しだけ周囲に目を配ってから口を開いた。

「……はい。その様に思われる子どもが関わる案件がここ数ヶ月で立て続けに。いずれも有色の肌を持つ子どもによるもので、〝かの国〟の物取りや密売人の使い走りにされていた形跡があります」

 その言葉に、エメルドの表情がわずかに曇った。

「……嫌な流れですね。先日の殿下の件もありますし……ん?」

 ふと、彼がこちらに目を向ける。どうやら私の視線に気付いたようだ。

 つい話を聞き入ってしまった。気まずさを感じ、私は咄嗟に目を逸らす。

 そんな私を見て、エメルドはふっと優しく口元を緩めた。

 話していた銀髪の騎士に軽く会釈し、こちらへと歩み寄ってくる。そして私の前で、片膝をついて静かに跪いた。……今まで見上げていた人を、見下ろす形になってしまい、なんだか落ち着かない。

「ありがとう、お嬢さん。キミのおかげだよ」

 エメルドはゆっくりと私の手を取る。その姿はまるで物語に出てくる本物の騎士のようで、思わず胸が大きな音を立てて高鳴る。

「い、いえ。そんな……私は、あの子の動きを追っただけですし、大したことは――してない、筈です」

 なんだかくすぐったい気持ちになって、うまく言葉が出てこない。

「それに、あの……お姉さんが困ってたから、つい必死になってしまって……。こちらこそ、助けてくれてありがとうございます。

 ――あっ。しまった。そう思ったときには、もう遅かった。

 言ってしまった。前世の頃の呼び方を。つい、癖でうっかり。

「あ、えっと、これは、そのッ……!」

 私が顔を赤くしてあたふたしていると、エメルドは一瞬きょとんとした表情を見せる。だが、すぐにフッと口元を緩め、そのエメラルドグリーンの瞳に柔らかく弧を描いた。

「あははは……本当に可愛いお嬢さんだ。――じゃあ、〝お兄ちゃん〟がご褒美に撫でてあげよう」

 そう言って優しい手付きで、私の髪をふわりと撫でるエメルド。
 その大きな手が触れるたびに、胸の鼓動が止まらない。

(あ~~~~~ダメだ~~~ い、妹になる……妹になってしまう~~~~)

 嬉しいやら、恥ずかしいやらで限界突破しそうな私。もう、だめだ完全に落ちしてしまう……なんて思っていると。耳元で――。

「……コホン」

 アメリアの咳払いが、やけに大きく響いた。

「……お嬢様、そろそろ待ち合わせのお時間が迫ってまいりましたわ。参りましょう」

 いつも通り平静へいせいなアメリアの声音ではあったが、目元は全く笑っていない。いや、むしろ完全に睨んでいる。誰を? そう――エメルドを。

「見習いの騎士様、……お嬢様を助けてくださり、感謝を申し上げますわ。ですが、これ以上のご厚意は無用です。先約がございますので、失礼いたします」

 エメルドはというと、その鋭い視線に気圧されたのか、肩をすくめて苦笑する。

「それはそれは申し訳ありません、綺麗なメイドさん。急ぎとは知らずにご無礼を」

 エメルドは、恭しく礼をしてみせる。そして彼も時間が気になったのか、ポケットから懐中時計を取り出すと、途端に顔が青ざめた。

「……って、ヤバッ! もうこんな時間かよ!? こりゃあ、マズイな……」

 今まで騎士然としていた彼の態度とは打って代わり、年頃の少年らしい顔付きと喋り口調になる。

「……さっきのお嬢さんにブローチを返さなきゃだし、流石に迎えはもう間に合わないな。これ絶対、モルガンにどやされるやつだ……。怒ると面倒なんだよなぁ……あの人」

 頭を抱え早口でぼやくエメルド。そして、私の方に向き直り、もう一度だけ穏やかな顔で微笑む。

「じゃあ、改めてありがとうな、お嬢さん。ブローチはオレからご令嬢に返しておくよ。――またどこかで、会えたらいいな」

 そう言って、エメルドは軽く手を振ると、踵を返してもの凄い速さで駆け出していった。その背中を、アメリアが険しい目付きで見送りながら、私の手を引く。

「……では、お嬢様。今度こそ、参りましょう」

「う、うん」

(なんだか、嵐のような人だったなあ。エメルドお兄ちゃん。……また会えたらいいな)

 なんて、思う私。――でも、その願いは、思いがけずすぐに叶ってしまうのだった。


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