その聖女、前世は魔女と呼ばれた殺し屋でした

蟹三昧

文字の大きさ
12 / 44
第1章

第9話 その殺し屋、神聖がないらしい ②

しおりを挟む


 扉が勢いよく開かれた。その時だ。

「お嬢様!!!!」

 目の前に飛び込んできたのは――黒いメイド服の女性。アメリアだった。

 高く、そして落ち着いた声が、地下の空気を切り裂いた。

「アメリア!?どうしてここ…」

 アメリアは私が質問を言い終わる前に、駆け寄り私のことを優しく抱き寄せる。

「ご無事で…本当に、ご無事でよかったですわ。…あら、どうしてこんなにお顔と御髪おぐしとお召し物がぐしゃぐしゃに…?」

「え、あ、そ、それは…えーーーーっと、その……転んじゃった…?」

 私が目を逸らしながらごまかすと、アメリアは一瞬だけ眉をひそめたあと、すっと微笑みを浮かべる。

「まぁ、それはそれは……とても激しく、転ばれたのですね」

 ……あっ、これは絶対信じていないやつだ。

 部屋が暗くて、眼鏡の奥の目元が見えないが、これは絶対目が笑っていない。私には分かる。

 アメリアは、微笑みを崩さぬまま、辺りを見渡すと、

「あらまぁ、それに…こんなに大きな〝お片付け〟が必要なものが残されておりますのね」

 そう言って視線を向けたのは、床に気絶している私が倒した賊の男だった。

 次の瞬間、彼女はすっとスカートの裾を持ち上げ、無駄のない動きで男の側へと歩み寄る。

 そして、

「……失礼いたします」

 あくまで優雅に、まるで洗濯物でも取り込むような自然さで、その巨体をひょいと抱え上げた。

「えっ」
「……うそ」

 私とルベルの口から、揃って驚きの声が漏れる。

 だってこの人、どう見ても細身のメイドさんなのに!?そんな大男を持ち上げるような筋肉なんてどこにも見当たらないのに!?

 当の本人は、まるで毛布でも抱えているかのように軽やかに担ぎ直し、くるりとこちらを振り返った。

「では、お二人とも。地上でお待ちの、ヘリオドール騎士団長様のもとへ参りましょう。……お足元にお気をつけて」





 アメリアが気絶した賊を軽々と担ぎ上げ、私たちは暗い石造りの階段を上っていく。

 足音が反響するたびに、静かだった地下が遠ざかっていくようで、どこかほっとした気持ちになった。

 王宮内へ続く扉を開けると、そこには屈強な騎士達の姿と、先ほどの賊の仲間と思わしき男達が拘束されていた。

 そして、そこの中心に見覚えのある男性の姿がある。

 彼の名は、ヘリオドール・フォン・ベリロス卿。この王宮騎士団の騎士団長である。

 〈カナ∽クォ〉には六人のメインキャラクターとは他に、ユニットキャラクターと呼ばれる、仲間ではあるけど個別のストーリーがない、サブキャラクターが多く存在する。

 ヘリオドール卿は、数多く存在するユニットキャラクターのひとりで、ルベルの武芸の師匠であり、ゲームではこのたびの件で彼の命を助けた、その人だ。

 精悍せいかんな顔付きに、逞しい肉体。

 その名の通り、ヘリオドール…太陽のように眩いゴールドの瞳が何とも印象的なカッコいい叔父様だ。

 ヘリオドール卿に関しては、ユニット性能が優れていることもあり、前世のゲームでは大変お世話になった人物でもある。

 この世界に来てから初めましての筈なのに、凄く懐かしい。

「ルベル殿下!そしてサフィラ様、ご無事で何よりです」

 私たちに気付いたヘリオドール卿は、うやうやしく礼をする。

 私はルベルの隣でぺこりと会釈えしゃくしたが、その時、ふと疑問が浮かぶ。

「そういえば……アメリア。どうして私たちが、あの地下にいるって分かったの?」

 先程騎士達に賊の男を引き渡してきたアメリアは、微笑を浮かべたまま、何か言いかけたが、

「―――あら、いらっしゃいましたわ」

 彼女の視線の先に、騎士と何やら言葉を交わしている細身の影があった。

 浅黒い褐色の肌に、濡鴉ぬれがらすを思わせる艶やかな黒髪。しなやかな体躯と整った横顔に、一瞬、少女かと見紛ったが――

(ううん、違う。ルベルと出会った時点で、覚悟はしていたけど……)

 私が確信したと同時に、〝彼〟はゆっくりとこちらを振り向いた。振り向くと同時に、その豊かな長髪が揺れ、宙を撫でる。

 そして、釣り上がったフレームの中にある瞳が、朱く煌めいた。

 まるで、血の玉髄ぎょくずい――朱色の瑪瑙めのうを彷彿とさせるその瞳は、瞬くたびに光を宿し、黒く長い睫毛が微かに震える。

 その一瞬の仕草ですら品高く、彼が持つエキゾチックな魅力をいっそう引き立てていた。

 そう。彼こそが、クォーツラント王国の第二王子。

 そして〈アルカナ∽クォーツ〉の、もうひとりのメインヒーロー。〈黒王子〉こと、カーネリアン・フォン・カルブンクルス、その人だ。

(うっっっわああああ!!!! カーネリアンだ!!!! どうしよう! 美し過ぎる……)

 カーネリアンはルベルの母親違いの兄で、年齢も一歳年上だ。

 ルベルよりは大人びた印象ではあるが、まだ幼さの残る輪郭や、あどけなさを宿した瞳。その、中性的な美しさに、思わず息を呑んでしまう。

 けれど、その余裕たっぷりな立ち姿は、ゲーム本編で見た十九歳の彼の姿を思わせる気位と風格が漂っていた。

 その圧倒的な美貌に見とれていると、少年――カーネリアンは真っ直ぐこちらへ歩いてきて、ルベルの前で足を止めた。

 ルベルと、カーネリアン。ふたりが向き合う。

(ッッッッッッッッッッ!!!!!)

 その瞬間、私の瞳孔は大きく見開いた。

 ――〈アルカナ∽クォーツ〉のメインヒーローのふたりが。物語の展開を左右する、あのふたりが。私の、目の前に、居る……!?

 視界が、胸が、震えが止まらない。

 何度ゲームを周回しても、誰と共に行くか悩み、選ぶ度、胸が苦しくてたまらなかった。

 そんな彼らが、今、私の前に、実在している。

「ルベル!無事だったか?全く、ヒヤヒヤさせやがって…」

「カル!」

 ――〝カル〟

 ルベルがそう呼んだ時、頭の中がショワショワしだした。

 作中で唯一、ルベルだけが呼ぶカーネリアンの愛称。

 ダメだ。色々と思い出してしまって、もう泣きそう。いや、もう泣いている。心の中で号泣だ。

 その尊さのあまり、打ちひしがれる私。

「……カルが団長達を呼んでくれたの?」

 隣でルベルが首を傾けて尋ねると、カーネリアンはほんの一瞬だけ私を見つめた。

「……ああ、そうだ。お前が無事で良かったぜ」

 そう言って頷き、猫のような目を細める。

 ルベルの肩を軽く叩くその仕草は、自然体でいい意味で、気安さがあった。

(……あれ? 今、睨まれてなかった? いや、まさか。でも、なんか刺さるような視線だったような……)

 ルベルとカーネリアンの絡みの尊さに、爆散しそうな程夢中ではあったけど、私は見逃さなかったぞ。

 確かにゲーム中のカーネリアンとサフィラって、一緒に居ることが多い割には険悪な雰囲気ではあったけど、この頃からそうだったのだろうか。

 私が困惑して考え込んでいると、アメリアがふわりと歩み寄り、柔らかな声で告げた。

「お嬢様、帰りの馬車のご用意が整っております」

「え、帰っちゃうの?」

 思わず反射で問い返すがアメリアは、

「ええ。先程の事件によりお茶会はとっくに中止になりましたので。……それに、公爵令嬢であるお嬢様を、いつまでもこのようなお姿で王宮内に置いておく訳には参りませんわ」

 とにこやかな微笑を浮かべたまま、淡々と正論を述べる。

(うっ…それは…その通り…!)

 アメリアのごもっとも過ぎる言葉がぐさっと心に刺さる。私は返す言葉もなく、小さく肩を落とす。

 ……しょうがない、帰ることにしよう。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ
ファンタジー
無能の烙印、婚約破棄、そして辺境追放――。でもそれ、全部“勘違い”でした。 王国随一の名門貴族令嬢ノクティア・エルヴァーンは、魔力がないと断定され、婚約を破棄されて辺境へと追放された。 だが、誰も知らなかった――彼女が「古代魔術」の適性を持つ唯一の魔導士であることを。 行き着いた先は魔物の脅威に晒されるグランツ砦。 冷徹な司令官カイラスとの出会いをきっかけに、彼女の眠っていた力が次第に目を覚まし始める。 無能令嬢と嘲笑された少女が、辺境で覚醒し、最強へと駆け上がる――! 王都の者たちよ、見ていなさい。今度は私が、あなたたちを見下ろす番です。 これは、“追放令嬢”が辺境から世界を変える、痛快ざまぁ×覚醒ファンタジー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

人見知りと悪役令嬢がフェードアウトしたら

渡里あずま
恋愛
転生先は、乙女ゲーの「悪役」ポジション!? このまま、謀殺とか絶対に嫌なので、絶望中のルームメイト(魂)連れて、修道院へ遁走!! 前世(現代)の智慧で、快適生活目指します♡ 「この娘は、私が幸せにしなくちゃ!!」 ※※※ 現代の知識を持つ主人公と、異世界の幼女がルームシェア状態で生きていく話です。ざまぁなし。 今年、ダウンロード販売を考えているのでタイトル変更しました!(旧題:人見知りな私が、悪役令嬢? しかも気づかずフェードアウトしたら、今度は聖女と呼ばれています!)そして、第三章開始しました! ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...