幽々として誘う

舞台譲

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第二十四夜 潜伏者

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「人間社会の死の克服か。また馬鹿げたことを考えたな、あいつも」
 
 一条は埃まみれの床に腰を落ち着けて、正樹の話の感想を口にした。

 神祇省からの追手を振り切った一条は、すでに何ヶ月も使われていない小さな廃ビルで仲間と合流した。概念供犠で活動時間を贄にしたことで、一時間ほど動けずにいたが、それも回復し、いまはこうして正樹の話を聞いていた。

 縁を完全に断ってもらったことで、しばらくは曼荼羅に捕捉される心配もない。

 正樹はタオルの上にうつ伏せに寝ながら、寄生した神経型の屍鬼をペンセットで和泉に取り除いてもらっている。その横では、誘が興味深げに正樹に寄生した屍鬼をつついている。たまに傷口に触れて、正樹に小さな悲鳴をあげさせていた。

 和泉はピンセットで取り除いた寄生型の屍鬼を、白い布の上に置きながら言った。

「それにしても一条くん、よく緒方さんから逃げ切れたわね。彼、かなり強いんでしょ」

「見逃されたんだよ。あいつ、全力こそ出しちゃいたが本気じゃなかった」

 戦ってる最中、拳こそ重かったが宗谷からは本気が感じられなかった。もしかしたら一条たちが突然通報されたことに対して、疑問を感じていたのかもしれない。

 寄生型の屍鬼を突つかれ、正樹がまた悲鳴をあげた。彼は止めるよう懇願したが誘は止めるどころか、さらに好奇心を引かれたかのように寄生型の屍鬼を引っ張った。

「やっぱりよく出来てますね。屍鬼技術の応用で造った疑似神経に、生物としての機能を持たせるなんて。宿主に寄生することで、情報の記録や寄生対象の洗脳、身体操作まで可能にしてるんですね」

「紫堂家の技術でしょ。誘ちゃんも知らなかったの?」

「人工的に造った神経を後付けでつける技術はありますが、こんなトンデモ寄生生物を見るのは初めてですよ。正樹さん、秋水はこれを神祇省にいる多くの人間に寄生させてるんですね」

「あ、ああ。そうなる。あと誘ちゃん、もうそれ突っつくの止めて。痛いから」

 正樹によれば、彼以外にも呪術師がこの寄生屍鬼を植えつけられたらしい。

 表向き、死亡したとされるまでの六年間、秋水は神祇省の霊地計画局で働いていた。それだけの時間があれば、神祇省内にいる多くの呪術師に植えつけることが出来ただろう。

 単純な死の克服ではなく、人間社会から死そのものを一掃する。その計画のために、秋水は手駒となる呪術師を増やす必要があった。霊地計画局に所属し、五法曼荼羅の調整をしている呪術師たちを操れるようになれば、彼の狙いである五法曼荼羅の改変はより容易になる。これだけ念入りに曼荼羅の改変をしているのだ。計画を練り始めたのは、神祇省に所属する前。恐らく、一条たちと同じく大教院に通っていた頃には考えていたのかもしれない。

「予め、人間に屍鬼化の術をかけることで、死んだあとも魂を保持したまま活動を可能にする。いまの屍法曼荼羅の機能を、さらに先に進めた形ね。けど、どうして秋水君はこんなことを?」

「理由なんてひとつさ。紫堂家は、元々人間の死の克服を目的にした家系だ。紫堂家の初代当主が生きた時代は平安時代。いまよりも死がごく身近で、そこら中に溢れていた。それが許せなくて、人間社会から死を取り除こうとした。そうだろ、誘」

 問われた誘は俯いて押し黙った。一条はそれを肯定と受け取ると、正樹に言った。

「正樹、話の続きを頼む。秋水を公彦が訪ねた所から」

「あ、はい。一条先輩も予想出来てると思いますけど、秋水先輩のもとに当代の紫堂家当主・紫堂公彦が訪ねたのは、曼荼羅の改変を止めるためですね。あのひとは屍法曼荼羅の開発の中心的な存在でしたから、曼荼羅が徐々に書き換えられていることにも気づいたんでしょう。罪を犯していても一応身内。神祇省には知らせず、まずは直接説得しようとしたんだと思います」

「けど返り討ちに遭い、そのまま秋水の奴に殺されたと。その後一緒に出て来た秋水の死体は、あいつの造った偽物ってことで良いのか」

「いや、それは本物みたいですよ。けど首がなかったでしょう。多分脳だけ屍鬼化させた別の体に移し替えたんじゃないですかね。その手の人体改造はあの家の専売特許ですから。この寄生屍鬼みたいに、表に出てない技術も多いみたいですしね。秋水先輩が自分の死を偽造したこのは、紫堂公彦殺害を疑われて立場の悪化から曼荼羅の改変が発覚するのを恐れただけじゃなく、単純に死んだという立場になっていた方が、何かと都合が良かったからでしょうね」

「ぞっとするわね」和泉が言った。「霊地計画局に所属して六年の間に、彼はどれだけの呪術師にこの屍鬼を植えつけたのかしら。表舞台から消えたってことは、もう自分が直接手を出さなくても充分なほどに自分の代わりに仕事してくれる人間が増えたってことだものね。けど、裏方に徹してからは秋水くんはなにをしてたのかしら?」

「多分、イレギュラー潰しじゃないですかね。普通の呪術師なら、改変した曼荼羅の効果で、俺たちみたいに八方塞がりの状況を作れますけど、特異な能力を持った超能力者なんかが相手だと、万が一にも曼荼羅の改変が見抜かれる可能性がある。能力を持った本人に自覚がなくても、知人に呪術師がいた場合は発覚する可能性は高まりますからね。神祇省はその手の超能力者の保護や監視も行っるから尚更です」

「そのイレギュラーが実際に起きたのが、蓮司と俺たちの出会いってわけか。成瀬家に屍鬼の赤児がいたのは、蓮司の監視のためか。それだけにしては、あいつの兄貴や知人を殺したりと、どうにもやり方がねちっこい気がするがな。けど、お前もよくここまで調査出来たな。たったひとりで大したもんだと思うぜ」

「たいしたことなんてしてないっすよ。俺に力が足りなくて、死相持ちとはいえ人をひとり殺すことにまでなりましたし」

 正樹が岸本杏を殺したのは、悩んだ末に思いついた苦肉の策だった。曼荼羅の制約をかけられていた彼には、まともに助けを呼ぶ手段がない。だから普通、呪術師に殺されることがない死相持ちを手にかけた。ひとつの謎を残すこと、自分が疑われる立場になることで、誰かにこの事件の真相について気づいてもらおうとしたのだ。だが岸本杏を殺害した直後には、秋水に寄生屍鬼を植えつけられ、正樹自身、この事件を隠す立場に回った。岸本杏の殺害現場に残る証拠もほとんどが隠滅されてしまい、そこから正樹が犯人だと断定するのが難しくなった。

 死相持ちを殺したことに罪悪感があるのか、正樹は暗い顔つきをしている。一条は声をかけてやろうと思ったが、励ましの言葉よりよほど良いものが部屋の外からやってきた。

「たっだいまー。一条さん、夕食買ってきたよー」

 買い出しに出ていた綾人と明乃の手には、大量の食糧を入れたビニール袋があった。

 綾人がビニール袋を置くと、一条はおにぎりやサンドイッチを適当に取った。

「おかえりさん。正樹の話はちゃんと聞いてたか」

「もちろん。類に挙げられた音声を同時進行で聞いてたよ。それで、いつ出るのさ」

「深夜だ。それと綾人、お前は正樹たちと一緒に留守番だ」

「えぇっ! なんでさ! ぼくも行くよ!」

「蓮司を助けたい気持ちはわかるけど、お前はまだ学生だ。それに俺たちがやれらた場合、少しでも残る奴がいた方が後々都合が良いだろ?」

 文句はあるが、理解はしているらしい。綾人はもの凄く不満そうな顔で言った。

「……わかったよ。それで、一条さん何処行くのさ」

「もう少し空気が綺麗な場所だ。ここは埃っぽすぎるからな」

 食べるぶんだけの食糧を持ち、一条は部屋の外へと出た。
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