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第二十八夜 対峙
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気づけば、蓮司は水のなかにいた。驚いた拍子に肺のなかの空気を吐き出す。泡が水面へと立ち上る。その泡と同じ方向に泳ぐ。水面を破り、蓮司は水の外へと出た。
誰かが自分の名前を呼んでいた。聞き覚えのある声の方へと手を伸ばす。
誰かが自分の腕を掴み、水のなかから地上へと引き上げた。
地上に出た瞬間、肺にまで入り込んでいた水を吐き出した。周囲を見回し、ここが洞窟のような場所だとわかった。壁には蝋燭の火があり、うっすらと洞窟のなかを照らしている。
乱れた呼吸を整えながら、助けてくれた相手を見ると、それが綾人であることに気づいた。
「綾人、なんでここに」
「そりゃあ君、仕事だからに決まってるだろ。君の依頼は、まだ終わってないんだから」
「そうだったな。俺、お前たちに依頼をしたんだったな」
あまりに余裕がなかったから、すっかり頭から消えていた。
「それに……」綾人はにこりと笑った。
「友達を助けるのは、当然だろ」
綾人の言葉に、なぜか涙が出そうになった。この場所にどれだけの時間いたのかわからない。だが希望もなく、ずっと絶望感に圧し潰されそうな時間が続いていた。その闇のなか、あんな別れ方をしたのに、綾人は自分を助けに来てくれたのだ。
「さ、ここから脱出しよう。元凶の退治は、一条さんがやってくれるからさ」
「待ってくれ。まだ兄貴たちが……」
いる、と言おうとした所で、蓮司はすでに地面に横たわっている家族と緑に気づいた。彼らの側には和泉がおり、首筋に指を当てて脈拍を計っているようだった。
「お父さんとお母さんの心配はいらないわ。精神に乱れはあるけど、外傷もないし。ただお兄さんと緑ちゃんの方は……」
覚悟はしていた。だが実際に他人から告げられるとなると、ずっと事態を重く受け止めたように感じた。この先のことを思うと、不安に圧し潰されそうになる。啓も彩もいなくなった家で、自分は家族を支えられるのか。そんな不安が沸き上がる。
「……蓮司君。まずはここから脱出しないと」
「わかってる。けど、四人をどうやって運ぶ。上手くやらなきゃ捕まるんじゃないか?」
「それなら問題ないよ。ぼくなら幾らでもその手のものは用意出来るからね」
綾人はメモ帳から、一枚の紙を切り取った。紙に描かれた絵が立体化し、巨大な墨絵の狼になる。その狼が次々と横たわる皆を丸呑みにしていった。
「ちょっと待て! これ大丈夫なのかよ!」
「うん。全然問題ないよ。ほら、この狼、見た目は凶暴だけど牙とかないでしょ」
「違うわよ、綾人くん。絵面の問題よ。人間丸呑みって中々にえぐい光景よ」
そんな間の抜けたやり取りをしたあと、家族たちは狼に運ばせ、蓮司たちは洞の出入り口となっていた階段から、上階へと上がった。岩の壁に囲まれた木組みの階段をひたすらに上がり続ける。途中で人骨の兵に邪魔されながらも、蓮司たちは元の池の底の屋敷へと辿り着いた。
「よし。あと少しで、外への入り口だ」
「っ待って綾人くんッ!」和泉が綾人の襟首を掴み、強引に引き寄せる。
それとほぼ同時、一瞬前まで綾人がいた場所に、何かが凄まじい勢いで突撃した。畳みを貫き、その下の板を砕いたそれは、二人に向けて回し蹴りを放つ。
衝撃に耐えられず、綾人を抱えたまま腕で庇った和泉は数メートル近く後退する。
天井からの襲撃者は、顔にかかる髪を払ったあと、蓮司を睨みつけた。
「まったく、なんで数時間眠らせるだけのことなのに、こんなに上手く行かないのかしら」
「……沙夜」ありったけの怒りを込めて名前を呼ぶ。
赤いワンピースを着込んだ沙夜は、苛立たしげに和泉たちに言った。
「あぁ、憎らしい。呪術師っていうのは、ひとの幸せを邪魔するのが仕事なのかしら?」
「なにが幸せだ! 他人を不幸に陥れてるお前が言える立場かよ!」
「ふふ、なに言ってるのかしら。そんなの、兄さんがわざわざ不幸のある場所に眼を向けるからでしょ。私の言う通りにしてたら、ちゃんと家族みんな、幸せになれたのに」
この女と話していると、頭がおかしくなりそうだ。本当に自分の都合でしかものを話さない。
「駄目だよ、蓮司君。あんなのに耳を貸しちゃ。あれはもう肉体から魂まで、完全に魔に変わってる。問答無用の修祓対象だ」
「私のことを良くわかっているようね」沙夜が指を鳴らした瞬間、壁から床から、それこそ天井まで骸の兵たちで溢れた。「この異界と私は同化している。貴方たちは私のお腹のなかにいるようなもの。精々足掻いて見せなさい」
逃げ場などない。一八〇度、あらゆる角度から骸たちが襲い掛かる。だが骸たちの手が届くより先に、綾人はメモ帳から一枚の紙を引き千切った。その紙に描かれていたのは、獣ではなく、ひとつの巻物だ。それが立体化し、形を得る。綾人が今まで形作ってきたものと明らかに違う。墨絵ではない。色も形もある本物の巻物だった。その巻物を綾人は開いた。
巻物に描かれていたのは、数え切れないほどの妖怪の絵だった。鬼や二本足で立つ獣、おとぎ話にでも出そうな妖たちが、巻物の端から端までみっちりと描かれている。
それらを綾人が実体化した瞬間、骸たちは一瞬にして墨絵の妖怪に食い散らかされた。
「呪像墨画・百鬼夜行図。持って来ておいて良かったよ。うちの家宝のひとつ。あとでじいちゃんにこっぴどく叱られるけど、生き残る手段は全力で使わないとねっ」
墨絵の妖怪たちが沙夜を襲う。速さも力も、綾人の手で描かれたものより遥かに強い。
その妖たちを引き裂きながら、沙夜は笑い声をあげて蓮司たちへと向かってきた。
誰かが自分の名前を呼んでいた。聞き覚えのある声の方へと手を伸ばす。
誰かが自分の腕を掴み、水のなかから地上へと引き上げた。
地上に出た瞬間、肺にまで入り込んでいた水を吐き出した。周囲を見回し、ここが洞窟のような場所だとわかった。壁には蝋燭の火があり、うっすらと洞窟のなかを照らしている。
乱れた呼吸を整えながら、助けてくれた相手を見ると、それが綾人であることに気づいた。
「綾人、なんでここに」
「そりゃあ君、仕事だからに決まってるだろ。君の依頼は、まだ終わってないんだから」
「そうだったな。俺、お前たちに依頼をしたんだったな」
あまりに余裕がなかったから、すっかり頭から消えていた。
「それに……」綾人はにこりと笑った。
「友達を助けるのは、当然だろ」
綾人の言葉に、なぜか涙が出そうになった。この場所にどれだけの時間いたのかわからない。だが希望もなく、ずっと絶望感に圧し潰されそうな時間が続いていた。その闇のなか、あんな別れ方をしたのに、綾人は自分を助けに来てくれたのだ。
「さ、ここから脱出しよう。元凶の退治は、一条さんがやってくれるからさ」
「待ってくれ。まだ兄貴たちが……」
いる、と言おうとした所で、蓮司はすでに地面に横たわっている家族と緑に気づいた。彼らの側には和泉がおり、首筋に指を当てて脈拍を計っているようだった。
「お父さんとお母さんの心配はいらないわ。精神に乱れはあるけど、外傷もないし。ただお兄さんと緑ちゃんの方は……」
覚悟はしていた。だが実際に他人から告げられるとなると、ずっと事態を重く受け止めたように感じた。この先のことを思うと、不安に圧し潰されそうになる。啓も彩もいなくなった家で、自分は家族を支えられるのか。そんな不安が沸き上がる。
「……蓮司君。まずはここから脱出しないと」
「わかってる。けど、四人をどうやって運ぶ。上手くやらなきゃ捕まるんじゃないか?」
「それなら問題ないよ。ぼくなら幾らでもその手のものは用意出来るからね」
綾人はメモ帳から、一枚の紙を切り取った。紙に描かれた絵が立体化し、巨大な墨絵の狼になる。その狼が次々と横たわる皆を丸呑みにしていった。
「ちょっと待て! これ大丈夫なのかよ!」
「うん。全然問題ないよ。ほら、この狼、見た目は凶暴だけど牙とかないでしょ」
「違うわよ、綾人くん。絵面の問題よ。人間丸呑みって中々にえぐい光景よ」
そんな間の抜けたやり取りをしたあと、家族たちは狼に運ばせ、蓮司たちは洞の出入り口となっていた階段から、上階へと上がった。岩の壁に囲まれた木組みの階段をひたすらに上がり続ける。途中で人骨の兵に邪魔されながらも、蓮司たちは元の池の底の屋敷へと辿り着いた。
「よし。あと少しで、外への入り口だ」
「っ待って綾人くんッ!」和泉が綾人の襟首を掴み、強引に引き寄せる。
それとほぼ同時、一瞬前まで綾人がいた場所に、何かが凄まじい勢いで突撃した。畳みを貫き、その下の板を砕いたそれは、二人に向けて回し蹴りを放つ。
衝撃に耐えられず、綾人を抱えたまま腕で庇った和泉は数メートル近く後退する。
天井からの襲撃者は、顔にかかる髪を払ったあと、蓮司を睨みつけた。
「まったく、なんで数時間眠らせるだけのことなのに、こんなに上手く行かないのかしら」
「……沙夜」ありったけの怒りを込めて名前を呼ぶ。
赤いワンピースを着込んだ沙夜は、苛立たしげに和泉たちに言った。
「あぁ、憎らしい。呪術師っていうのは、ひとの幸せを邪魔するのが仕事なのかしら?」
「なにが幸せだ! 他人を不幸に陥れてるお前が言える立場かよ!」
「ふふ、なに言ってるのかしら。そんなの、兄さんがわざわざ不幸のある場所に眼を向けるからでしょ。私の言う通りにしてたら、ちゃんと家族みんな、幸せになれたのに」
この女と話していると、頭がおかしくなりそうだ。本当に自分の都合でしかものを話さない。
「駄目だよ、蓮司君。あんなのに耳を貸しちゃ。あれはもう肉体から魂まで、完全に魔に変わってる。問答無用の修祓対象だ」
「私のことを良くわかっているようね」沙夜が指を鳴らした瞬間、壁から床から、それこそ天井まで骸の兵たちで溢れた。「この異界と私は同化している。貴方たちは私のお腹のなかにいるようなもの。精々足掻いて見せなさい」
逃げ場などない。一八〇度、あらゆる角度から骸たちが襲い掛かる。だが骸たちの手が届くより先に、綾人はメモ帳から一枚の紙を引き千切った。その紙に描かれていたのは、獣ではなく、ひとつの巻物だ。それが立体化し、形を得る。綾人が今まで形作ってきたものと明らかに違う。墨絵ではない。色も形もある本物の巻物だった。その巻物を綾人は開いた。
巻物に描かれていたのは、数え切れないほどの妖怪の絵だった。鬼や二本足で立つ獣、おとぎ話にでも出そうな妖たちが、巻物の端から端までみっちりと描かれている。
それらを綾人が実体化した瞬間、骸たちは一瞬にして墨絵の妖怪に食い散らかされた。
「呪像墨画・百鬼夜行図。持って来ておいて良かったよ。うちの家宝のひとつ。あとでじいちゃんにこっぴどく叱られるけど、生き残る手段は全力で使わないとねっ」
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