優しい人

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私は嫌な人、優しくない人。だから多くを他人に支払っている優しい人にとっての優しい人、くらいは役を買わないといけない気がした。人として。

優しいがどんな状態や態度かは、私には分からないけど、世間の体はなんとなく察している。その装いを真似するくらい私にだって出来る。
そうやって15年間生き延びてきた。

その人に出会った時に違和感を感じた。
この人私と同じ側じゃん。そう思ったのに、何か目線が澄んでいる。

「先生はなんか変。」そんな曖昧なことしか言えなかったけど、濡れた靴下を履き続けられないのと同じで、言わずにそのままにしておく事が出来なかった。

「あら、そう?あんまり言われないなぁ。ミナミさんはどうしてそう思ったのかしら?」

「...わかりません」

現代文の担当だったその先生に提出物を出しに行き、挨拶みたいな会話を少しした後の会話だった。

先生はふふっと笑った。
「先生はねぇ先生なんかしたくないの。」

にっこり笑顔で言うもんだから。は?何言ってんだこの人。と思った。

「そんなパズルのピースがハマっていない感じが変だったかな?」

数秒遅れ、耳からの言葉を反芻して理解した。
考えが頭でシャトルランしている感じ。考えるのが面倒になって、何か言うのも面倒臭くなった。

「へぇーそうかも.....」

そう言って沈黙した。
チャイムが助け船だった。自分のクラスに無言で戻る。

先生以外誰もいない職員室その区画を、去り際ちらりと見てみた。1秒くらいの短い間隔だった。先生の笑顔が、溶けて滴るソフトクリームみたいに姿を変えた瞬間が見えた。ただソフトクリームとは違って、滴った後すぐ形が戻った。

その1秒くらいが私の心臓をチクリと刺した。私が先生を好きになったのはそれからだ。


先生は四十かそこらで、でも童顔だから若く見えている気もした。現代文の授業はこれといって面白くも、つまらなくもなかった。
だけど現代文の授業は私にとって、運動系部活男子のランチタイムのそれだった。

先生の動きを目で追った。教科書の読み上げをしていても、板書を取る様言われても、私の頭は下に向いてはいなかったはずだ。
チョークの握り方やページのめくり方、首の動き、目線の動かし方。先生の人生が汲み取れそうで、その動きから過去を想像した。

現代文の提出物がある度に、私は必ず一日遅れで提出する様にしていた。直接自分で先生の机まで届けられるから。

提出物を出した後、私と先生の会話はお約束になった。私の事を話すのも、先生の事を聞き出すのもなにか違う気がしたから、クラスの人間観察をしている事をいつも話していた。

「だってガキの為に、、」あ。と先生が自分が教員になった経緯を話していた時に口を滑らせた。
こんなに静かに笑う人の口に「ガキ」という言葉は、コーラと寿司みたいな組み合わせ。でも私は何となくわかっていたし、コーラと寿司だって悪くない。

「先生、本性出したな。」ニタニタしながら言ってやった。優しさとその裏が見えて、してやったりの感じだった。

「ミナミさんが全然生徒っぽくないからかしらねぇ」

なんか嬉しかった。
「いいよ、それで」そう見られたままで良い。それと、そのままの感じで話してよ。ふたつの意味を無意識にまとめて口にしていた。
 
「ごめんなさいね」先生は謝る為ではなく、ありがとうの意図で口にしていた。

自分の気持ちが伝わっている事も、先生の意図が伝わってくる事も嬉しかった。人と関わる事は、こういう事なのではないかと勝手に意味付けた。

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