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第四章 本能寺編「悪魔の祈り」
第二話 裏切り
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一九七〇年 四月二十五日 岐阜城。
蛙の鳴き声が聞こえる。
帰蝶は起き上がり、中庭の池のほうに耳をそばだてた。障子の向こうはほんのりと明るい。まだ日の出前だ。
しきりに鳴きたてるその声は、まるで何かを訴えかけているような、切羽詰まった感じがした。
鳴き声は一度空気に霧散して、また一つの音となって結ばれた。
こんどは若い女の泣き声になって帰蝶の耳に届いた。
隣の部屋から聞こえるその声の主を探して、ふすまを引く。
純白の打掛姿の娘が、しくしく泣いていた。
信長が溺愛する妹、お市だ。いつも花のように美しく微笑んでいるお市が、長い睫毛に涙の滴を纏った姿が胸に痛い。
帰蝶は近づき、背中を抱いて慰めた。
「お市。置かれた場所で、咲きなさい。浅井の家でどう生きるか、道を自分で切り開くのよ」
「姉さまのようにはできないわ」
確かに帰蝶に比べて、お市は気弱なところがある。好きなのは裁縫やお手玉、貝殻合わせ。はかなげで可憐な、守ってやりたくなる娘だ。桜を思わせるほんのり色づいた頬と、小さくぷっくりとした唇。戦国無双の美人と言われる美貌の持ち主でもある。
帰蝶は泣き止まないお市に、小さな香炉を手に載せて差し出した。
「これは堺のみやげに信長がくれたもの。遠く離れていてもあなたを想っているという文とともにくれたの。災いを知らせてくれる唐の国の霊獣ともいわれているけど・・・信長は多分、必ず帰ってくる、という意味を込めて、これを選んだんだと思うの。信長はきっと、あなたの身に危険が及べば助けに行く」
「これは姉さまが大切にしているものでしょ?」
お市は言って、大粒の涙をはらんだ大きな瞳で帰蝶を見上げた。帰蝶は首を振った。
「私にとってはお市のほうがずっと大切よ。嫁ぎ先で心細くなったらこれを見て、私たちがあなたのことをいつも思っていると思い出して」
お市は百合の花を思わせる白い手で、香炉を受け取った。
「ねえ、よく見て? 信長の顔と似ていると思わない?」
帰蝶が言うと、お市は蛙を瞳の高さに掲げて覗き込んだ。
香炉の蛙は、眉があった。八の字眉の下のつぶらな瞳が愛らしい。
まるで、可愛い妹にわがままを言われて困り果てているときの信長だ。
お市はにっこりと笑った。
帰蝶はお市の頬の涙を拭ってやろうと手を伸ばし、目を覚ました。
お市が輿入れする前の晩の出来事を、夢で見ていたのだった。
だれかが廊下をせわしなく駆けてくる。
帰蝶は起き上がって髪を直した。
部屋を訪れた使いの者が届けたのは、お市からの贈り物だった。
「こんな時分に届けによこすなんて」
帰蝶が首をかしげて箱を開け、さらに首を傾げた。
両端を紐で結んだ袋だ。枕にしては小さい。お手玉にしては長く、大きい。
手に取って紐を解くと、なかからぱらぱらと小豆が零れ落ちた。
小さな豆粒に紛れ、小さく重たい青銅の塊が転び出て、ことりと床にぶつかった。蛙だ。
「鳴いていたのは、この蛙?」
帰蝶は障子を開けて夜気を部屋に入れ、じっとその袋を見おろし、考えた。
───これは一体何?
信長に聞こうにも、信長は朝倉義景討伐のために、越前の金ヶ崎城に着陣している。
───両端を結んだ袋。小豆。災いを知らせる蛙の香炉、それは信長の困り顔に似た蛙・・・
帰蝶はお市の元から戻ってきた香炉を拾い、その顔を、じっと見つめた。
一五七〇年 四月中旬。
話は信長が越前国朝倉義景討伐に向かう数日前にさかのぼる。
───越前国・朝倉義景が、斎藤竜興と組んで美濃国境に攻撃を仕掛けた
京で幕府の再興に向けて動いていた信長のもとに、早馬からの知らせが届いた。
戦の名目は、斎藤竜興の目的である、美濃奪還。
信長は将軍義昭のもとに、家臣たちを招集した。
美濃国境に越前朝倉が侵攻していると知った家臣団は、これまで抱えて来た朝倉義景への思いを口々に吐露しはじめた。
旧臣たちが語り合うのを、信長はじっと黙って聞いていた。
「美濃の奪還は明らかに口実であろう」
「義景は、他の大名たちが将軍謁見に出向く中、唯一上洛要請にそむいている。『百年続く名家である朝倉が、なぜ尾張守護の陪臣にすぎぬ織田氏の命令を受けねばならないのか』と言っているそうだ」
「新勢力である信長殿が幕府を擁立したことが気に入らないのだ」
「義景はこれまで長年、義昭殿を保護しながらも再三の要求にこたえず上洛には二の足を踏んでいた。だから将軍義昭様は信長殿を頼ったのだ。気に入らないとは筋違いだ」
ひとしきり意見が出そろったところで、信長は上座にいる将軍義昭を見上げた。
二十八歳まで興福寺の仏門に入っていた足利義昭は、肌は白くほっそりとして、どちらかと言えば女性のような線の細い顔立ちだ。口元に慈愛に満ちた微笑みを纏い、澄んだ瞳は戦に苦しむ人々の憂いを映すかのように悲しげな光を揺らしている。
頼りないと言えばそれまでだが、義昭の、命を慈しみ、争いを好まぬ崇高な精神は、信長にとって戦乱の闇夜に光る道しるべのような存在なのだ。
義昭は口を開いた。
「美濃での戦が終わらなければ、信長の京での役割にも支障が出る・・・それになにより、自国で戦があるうちは、心も平常を保てまい。そうであろう、信長」
信長はうなずくように頭を下げた。
「越前の隣国、若狭では、私の甥・武田元明を将軍に擁立しようという動きがある。そのために若狭国武藤が今、元明を監禁しているのだ。その武藤はまさに、その朝倉義景と組んでいる」
義昭は静かに言った。
「私の甥の救出という名目で、若狭に入る。そうすれば手を組んでいる朝倉が出てこよう。そこで決着をつけることはできぬか」
信長はさらに低く頭を下げた。
───将軍様の命令とあれば、正々堂々と越前討伐に乗り出せる。しかもその命を果たせば、同時に若狭も平定できる。
「信長、くれぐれも、大きな戦にはせずに、事を収めるのだ」
こうして信長は、義昭の策にしたがって若狭・越前への出陣を決めた。
若狭へ侵攻する通り道には、近江国があった。
「朝倉義景と戦を交える心づもりを、同盟国の近江国に知らせておいた方がいいのでは」
光秀は、出陣準備を終えた信長にたずねた。
近江の浅井長政にはお市という正室がいる。戦国無双の美人と名高い、信長の妹だ。
妹を嫁がせた目的は、近江国と同盟関係を結ぶことにあった。
だがそれだけではない。
花のように美しく、純粋な心の持ち主のお市を心底愛している信長は、若いながらに破竹の勢いで領地を広げる長政を「剛の者」と評価し、この男ならば、という思いがあったのだ。
長政もお市の輿入れを喜び、自身を「大果報者」と言ったほどだ。
「長政は身内だ。わざわざ言う必要もないだろう」
信長は迷うことなく答えたのだった。
その後、信長は朝倉義景と戦を交えるべく出陣。
そして今このとき、越前の金ヶ崎城を攻略して本陣を構え、朝倉討伐の総仕上げにかかろうとしていた。
時を同じくして、帰蝶は岐阜城のまだ薄暗い寝所で、お市から届いた小豆の袋を手に抱いていた。そしてその袋の意味を探るべく、目を閉じて思いを巡らせた。
昔、小豆坂での戦の話を聞いたことがある。あと一歩で勝利、というところで伏兵に退路を塞がれ、信長とお市の父・信秀が大敗した戦だ。
小豆に意味があるとすれば、その小豆坂か。
そして袋の中には小豆だけでなく、信長がくれた蛙が忍ばせてあった。
蛙は、災いを知らせる霊獣。
さらに帰蝶とお市は、その蛙が信長に似ていると話したことがある。
それが袋に入り、両端、つまり出口を塞がれている。
───袋の口、つまり退路を塞がれ、信長が災いを被る・・・
信長が北の朝倉を攻めている間に、南の長政が背後から攻めたとしたら、信長は袋の鼠。逃げ口を失う。小豆坂と同じことが起きる。
帰蝶はそこまで考えを巡らせ、はっと両目を見開いた。
───浅井長政が、朝倉に寝返った!
帰蝶はお市の嫁いだ浅井家・小谷城での出来事を想像した。
誠実な性格の浅井長政は、お市に、信長を裏切ると打ち明けたのだろう。
そこでお市は秘密裏に信長の身の危険を知らせるため、袋を縫い、小豆と蛙を入れ、両端をひもで結んで帰蝶に送ったのだ。
こうして帰蝶はお市の意図を汲み取って浅井の裏切りを察知した。
そこまではよかった。だが信長に知らせに行こうにも、越前までの道のりにはまさにその浅井の領地を通らなければならない。
帰蝶は鷹小屋に走った。祈る思いで信長の愛鷹・小武王の足に文を括りつけ、信長が陣を置く越前金ヶ崎城へと飛ばした。
鷹狩で、信長がどこにいても戻ってくるように訓練してきた。その小武王に、一縷の望みを帰蝶は賭けた。
「どうか、信長まで届けて」
朝倉討伐のために、金ヶ崎城で準備を進める信長のもとに、突如、小武王が舞い込んできた。
「お前、どうしてここに」
見れば脚には紙が括りつけてある。開いてみると帰蝶の文字が目に飛び込んだ。乱れた線で書き記された文に、目を走らせる。
───お市からの密告。浅井長政が裏切った。背後から攻めてくる。即刻退避を
「うそだろう」
信長はしたためた帰蝶の顔を文の向こうに見るように、その文字を見つめ、鼻で笑った。
しかし、帰蝶の知らせのその意味が、次第に現実味を帯びて信長の意識に入り込んでくると、信長は思いもよらぬ事態に、手を震わせた。
「冗談が過ぎる」
文を丸めて外に向かって投げつけた。
そこに来た光秀が文を拾い上げて目を走らせ、慄然とした顔で信長を見上げた。
「そこにあるのは、うそだ。帰蝶の悪い悪戯だ。放っておけ」
背を向けた信長に、光秀は回り込んで向かい合い、その顔をまっすぐに見た。
「嘘など書くものか。信長殿、すぐに退却を」
「お前はあの長政を信じずに、帰蝶の戯言を信じるのか? あの長政だぞ。あの・・・」
信長は光秀をにらみ、声を上げて詰め寄った。心のどこかでは、無くはないことだと信長も気づいているのだ。だからこそ、長政の裏切りに対する怒りが早くも信長の胸の奥で燃え始めているのだ。
「あの長政殿だからこそではないか。浅井家は以前から朝倉と協力関係にある。その関係を崩すことは、長政にとっては、父・久政殿に背くと同義。あの男は信長殿との約束と、父上への忠義の、板挟みにあったんだ。そして、結果、父上を選んだ・・・」
光秀が言うと、信長は拳を震わせて立ちつくした。
お市は信長にとって大切な妹だった。その妹を嫁がせたということは、誠実で強く逞しい長政を、信頼していたからこそだった。
「長政に限ってそんなことはない。あれだけ自分は果報者だ、お市を大切にすると言っていたのに」
「信長殿、とにかく今は、退却を」
光秀が言ったが、信長の耳にその言葉が届かない。
「そんなわけあるはずがない。あるとしたら、俺は長政をただでは済まさない」
「信長殿、この戦の目的は越前討伐だ。浅井との交戦ではない。将軍義昭様からも、大戦は避けよと言われている。信長殿、あなたの体はひとつしかないのだ。そして今あなたに死なれては困るのだ!」
光秀は心を閉じかけている信長に、大声で訴えかけ、その肩をゆすった。
横から藤吉郎が割り入って跪いた。
「お館様、あのお市様が、殿の退避を望んでいらっしゃる。おそらく危険を承知でこの密告を成し遂げたはずだ。お市様のためにも、どうかすぐに、撤退を」
「この城はこの光秀が引き受ける。信長殿は先に、近江を避けて琵琶湖の西を回って京へ」
少しずつ冷静さを取り戻した信長の耳元で、光秀は低い声で促した。
信長は、様々な思いを腹に収めるように目を閉じ、深く大きく息を吐いた。
「この事実、受け入れるしかないようだ」
それ以上は何も言わぬまま、十名ほどの馬周り衆とともに金ヶ崎城を後にした。
一五七〇年 五月一日 岐阜城。
信長の軍が続々と城へ戻ってきた。命からがら逃げて戻った武者たちを、帰蝶は出迎え、下女たちとともに手厚く看護し、その労をねぎらった。
そしていよいよ、この撤退戦のしんがりを務めた光秀と藤吉郎も帰還した。
二人は肩を抱き合い、足を引きずっている。
「光秀、藤吉郎・・・よかった、無事で」
「帰蝶さま、お館様は無事だ。京を回って間もなく戻る」
藤吉郎は言いながら、床にごろりと転がった。
光秀は帰蝶と向かい合って微笑んだ。
眉の下の切り傷から血が流れている。少しずれていれば目を失う位置だ。左手の指先からも、血が滴り落ちていた。顔色が、紙のように白い。
「長政の裏切りで信長殿は相当こたえている。姫、どうか、信長殿を頼む」
光秀が言った。
「信長の心配より、光秀、あなたも傷の手当てを。まだ血が出ている」
帰蝶は思わず眉の下から流れ出る血を指で拭う。
「ああ、俺は大丈夫だ」
真っ赤に染まった左手を、胸元に掲げて微笑んだ。
直後光秀は視線を泳がせ、膝からくずおれて体を床に打ち付けて倒れた。
五月九日
ついに信長が京を経て帰還した。
「良かった。助かって」
帰蝶は思わず信長を抱きしめた。しかし信長は両腕をぶら下げたまま、帰蝶を抱き返そうとしなかった。
「なぜ、こうなった?」
薄く笑う信長の目が泣いている。
お市の輿入れの日には、信長の目は喜びに満ちて輝いていた。長政と同盟を組み、ともに天下を平らかにする未来を描いていたのだ。
「なあ、俺はどうすればいい」
「長政のもとにはお市がいるわ。お市の密告で、信長の命が助かったの。だから、いまいちど関係を取り戻し、和議を」
「和議だと?」
信長の目にギラリと鋭く冷たい光が走った。
「笑わせるな!何を今さら!」
突然怒声を浴びせられ、帰蝶は思わず肩をすくめた。
信長の目を見る。憎しみが、暗い影となって瞳の奥底に沈んで見える気がした。
野獣のように低く唸りながら、信長は部屋を出て行った。
それから五十日後、信長は裏切りにあった憎しみが冷めやらぬまま、近江国浅井長政に攻撃を開始した。
浅井の小谷城に向け、二万の軍勢を引き連れて出陣していった。姉川を挟んで、信長は義弟・浅井長政と対峙することとなったのだった。
前段の金ヶ崎城でしんがりを引き受け、朝倉軍との接近戦の末帰還した光秀は、深い傷を負っていた。
これにより、姉川の戦いには出陣できず、岐阜城の留守居を任ぜられていた。
帰蝶は城内の政務室にいる光秀を訪ねた。
「傷はどう」
「ああ。生まれた土地だからだろうか。美濃の水だと治りがいいんだ」
「そう」
帰蝶はそこで、継ぐべき言葉を失って黙った。
「信長が心配で仕方ないと言った顔だな」
光秀が微笑む。
「あのひとは、復讐の鬼になってしまった。どんな思いでお市がいる城を攻めに行っているのか、私には信長の気持ちが分からない」
「信長殿にとって、裏切られることは恐怖だ。その恐怖に打ち勝つためには、裏切りの根源を叩き潰すしかないんだ。俺にはそう見える」
「戦で怖いものは、命を失うことと、信じた人から裏切られること・・・」
光秀も信長の心中を想っているのか、かすかに眉根をひそめて目を閉じた。
帰蝶にとってそんな光秀が、この日ばかりは心のよりどころに思えた。
光秀が口を開く。
「姫、本圀寺のこと、怒ってるか」
「ええ、とっても怒ってるわ」
堺の道中を共にする間、真意を打ち明けなかった光秀に対し、帰蝶は怒りと疑いの思いを抱いた。
けれども今となっては、そんな感情も遠のいていた。そのあとに起きたいくつもの戦乱で心は常に乱れていたからだ。
そんななか、光秀が信長を支えていると思うと、むしろ光秀のことを心強く感じ、頼りにしていることも事実だった。
「俺が姫を近くで守るためには、信長殿のそばにいるしかないんだ。姫が一番失いたくない大切なものは、信長殿。だから姫のために信長殿を守る、それが、姫を守ることになる」
光秀は言うと、柔らかな微笑を帰蝶に向けた。
帰蝶は涙をこぼした。
「光秀・・・だめよ」
「なにが?」
「だって光秀には、一緒に上洛した奥方様と子供が」
「大丈夫だ。熙子は俺をよくわかっているから」
熙子、という言葉が、胸に突き刺さる。光秀の妻が初めて血の通った人間として帰蝶のまぶたの裏に浮かび上がった。彼女もまた、光秀を深く愛しているのだとわかる。
そんな妻子を犠牲にしてまで、自分と信長を守ろうとしている光秀が、なぜか悲しかった。そして同時にどうしようもなく愛おしかった。
姉川の戦いは混戦を極めたが、浅井の敗走によって勝利した。
しかし、いつか長政を滅ぼす、そう決めた信長の心は、真冬の吹雪に閉ざされた氷のように固かった。
暗く冷たい心の奥で凍り付いた復讐心は、この後二度と、日差しのぬくもりに溶けることはなかった。
蛙の鳴き声が聞こえる。
帰蝶は起き上がり、中庭の池のほうに耳をそばだてた。障子の向こうはほんのりと明るい。まだ日の出前だ。
しきりに鳴きたてるその声は、まるで何かを訴えかけているような、切羽詰まった感じがした。
鳴き声は一度空気に霧散して、また一つの音となって結ばれた。
こんどは若い女の泣き声になって帰蝶の耳に届いた。
隣の部屋から聞こえるその声の主を探して、ふすまを引く。
純白の打掛姿の娘が、しくしく泣いていた。
信長が溺愛する妹、お市だ。いつも花のように美しく微笑んでいるお市が、長い睫毛に涙の滴を纏った姿が胸に痛い。
帰蝶は近づき、背中を抱いて慰めた。
「お市。置かれた場所で、咲きなさい。浅井の家でどう生きるか、道を自分で切り開くのよ」
「姉さまのようにはできないわ」
確かに帰蝶に比べて、お市は気弱なところがある。好きなのは裁縫やお手玉、貝殻合わせ。はかなげで可憐な、守ってやりたくなる娘だ。桜を思わせるほんのり色づいた頬と、小さくぷっくりとした唇。戦国無双の美人と言われる美貌の持ち主でもある。
帰蝶は泣き止まないお市に、小さな香炉を手に載せて差し出した。
「これは堺のみやげに信長がくれたもの。遠く離れていてもあなたを想っているという文とともにくれたの。災いを知らせてくれる唐の国の霊獣ともいわれているけど・・・信長は多分、必ず帰ってくる、という意味を込めて、これを選んだんだと思うの。信長はきっと、あなたの身に危険が及べば助けに行く」
「これは姉さまが大切にしているものでしょ?」
お市は言って、大粒の涙をはらんだ大きな瞳で帰蝶を見上げた。帰蝶は首を振った。
「私にとってはお市のほうがずっと大切よ。嫁ぎ先で心細くなったらこれを見て、私たちがあなたのことをいつも思っていると思い出して」
お市は百合の花を思わせる白い手で、香炉を受け取った。
「ねえ、よく見て? 信長の顔と似ていると思わない?」
帰蝶が言うと、お市は蛙を瞳の高さに掲げて覗き込んだ。
香炉の蛙は、眉があった。八の字眉の下のつぶらな瞳が愛らしい。
まるで、可愛い妹にわがままを言われて困り果てているときの信長だ。
お市はにっこりと笑った。
帰蝶はお市の頬の涙を拭ってやろうと手を伸ばし、目を覚ました。
お市が輿入れする前の晩の出来事を、夢で見ていたのだった。
だれかが廊下をせわしなく駆けてくる。
帰蝶は起き上がって髪を直した。
部屋を訪れた使いの者が届けたのは、お市からの贈り物だった。
「こんな時分に届けによこすなんて」
帰蝶が首をかしげて箱を開け、さらに首を傾げた。
両端を紐で結んだ袋だ。枕にしては小さい。お手玉にしては長く、大きい。
手に取って紐を解くと、なかからぱらぱらと小豆が零れ落ちた。
小さな豆粒に紛れ、小さく重たい青銅の塊が転び出て、ことりと床にぶつかった。蛙だ。
「鳴いていたのは、この蛙?」
帰蝶は障子を開けて夜気を部屋に入れ、じっとその袋を見おろし、考えた。
───これは一体何?
信長に聞こうにも、信長は朝倉義景討伐のために、越前の金ヶ崎城に着陣している。
───両端を結んだ袋。小豆。災いを知らせる蛙の香炉、それは信長の困り顔に似た蛙・・・
帰蝶はお市の元から戻ってきた香炉を拾い、その顔を、じっと見つめた。
一五七〇年 四月中旬。
話は信長が越前国朝倉義景討伐に向かう数日前にさかのぼる。
───越前国・朝倉義景が、斎藤竜興と組んで美濃国境に攻撃を仕掛けた
京で幕府の再興に向けて動いていた信長のもとに、早馬からの知らせが届いた。
戦の名目は、斎藤竜興の目的である、美濃奪還。
信長は将軍義昭のもとに、家臣たちを招集した。
美濃国境に越前朝倉が侵攻していると知った家臣団は、これまで抱えて来た朝倉義景への思いを口々に吐露しはじめた。
旧臣たちが語り合うのを、信長はじっと黙って聞いていた。
「美濃の奪還は明らかに口実であろう」
「義景は、他の大名たちが将軍謁見に出向く中、唯一上洛要請にそむいている。『百年続く名家である朝倉が、なぜ尾張守護の陪臣にすぎぬ織田氏の命令を受けねばならないのか』と言っているそうだ」
「新勢力である信長殿が幕府を擁立したことが気に入らないのだ」
「義景はこれまで長年、義昭殿を保護しながらも再三の要求にこたえず上洛には二の足を踏んでいた。だから将軍義昭様は信長殿を頼ったのだ。気に入らないとは筋違いだ」
ひとしきり意見が出そろったところで、信長は上座にいる将軍義昭を見上げた。
二十八歳まで興福寺の仏門に入っていた足利義昭は、肌は白くほっそりとして、どちらかと言えば女性のような線の細い顔立ちだ。口元に慈愛に満ちた微笑みを纏い、澄んだ瞳は戦に苦しむ人々の憂いを映すかのように悲しげな光を揺らしている。
頼りないと言えばそれまでだが、義昭の、命を慈しみ、争いを好まぬ崇高な精神は、信長にとって戦乱の闇夜に光る道しるべのような存在なのだ。
義昭は口を開いた。
「美濃での戦が終わらなければ、信長の京での役割にも支障が出る・・・それになにより、自国で戦があるうちは、心も平常を保てまい。そうであろう、信長」
信長はうなずくように頭を下げた。
「越前の隣国、若狭では、私の甥・武田元明を将軍に擁立しようという動きがある。そのために若狭国武藤が今、元明を監禁しているのだ。その武藤はまさに、その朝倉義景と組んでいる」
義昭は静かに言った。
「私の甥の救出という名目で、若狭に入る。そうすれば手を組んでいる朝倉が出てこよう。そこで決着をつけることはできぬか」
信長はさらに低く頭を下げた。
───将軍様の命令とあれば、正々堂々と越前討伐に乗り出せる。しかもその命を果たせば、同時に若狭も平定できる。
「信長、くれぐれも、大きな戦にはせずに、事を収めるのだ」
こうして信長は、義昭の策にしたがって若狭・越前への出陣を決めた。
若狭へ侵攻する通り道には、近江国があった。
「朝倉義景と戦を交える心づもりを、同盟国の近江国に知らせておいた方がいいのでは」
光秀は、出陣準備を終えた信長にたずねた。
近江の浅井長政にはお市という正室がいる。戦国無双の美人と名高い、信長の妹だ。
妹を嫁がせた目的は、近江国と同盟関係を結ぶことにあった。
だがそれだけではない。
花のように美しく、純粋な心の持ち主のお市を心底愛している信長は、若いながらに破竹の勢いで領地を広げる長政を「剛の者」と評価し、この男ならば、という思いがあったのだ。
長政もお市の輿入れを喜び、自身を「大果報者」と言ったほどだ。
「長政は身内だ。わざわざ言う必要もないだろう」
信長は迷うことなく答えたのだった。
その後、信長は朝倉義景と戦を交えるべく出陣。
そして今このとき、越前の金ヶ崎城を攻略して本陣を構え、朝倉討伐の総仕上げにかかろうとしていた。
時を同じくして、帰蝶は岐阜城のまだ薄暗い寝所で、お市から届いた小豆の袋を手に抱いていた。そしてその袋の意味を探るべく、目を閉じて思いを巡らせた。
昔、小豆坂での戦の話を聞いたことがある。あと一歩で勝利、というところで伏兵に退路を塞がれ、信長とお市の父・信秀が大敗した戦だ。
小豆に意味があるとすれば、その小豆坂か。
そして袋の中には小豆だけでなく、信長がくれた蛙が忍ばせてあった。
蛙は、災いを知らせる霊獣。
さらに帰蝶とお市は、その蛙が信長に似ていると話したことがある。
それが袋に入り、両端、つまり出口を塞がれている。
───袋の口、つまり退路を塞がれ、信長が災いを被る・・・
信長が北の朝倉を攻めている間に、南の長政が背後から攻めたとしたら、信長は袋の鼠。逃げ口を失う。小豆坂と同じことが起きる。
帰蝶はそこまで考えを巡らせ、はっと両目を見開いた。
───浅井長政が、朝倉に寝返った!
帰蝶はお市の嫁いだ浅井家・小谷城での出来事を想像した。
誠実な性格の浅井長政は、お市に、信長を裏切ると打ち明けたのだろう。
そこでお市は秘密裏に信長の身の危険を知らせるため、袋を縫い、小豆と蛙を入れ、両端をひもで結んで帰蝶に送ったのだ。
こうして帰蝶はお市の意図を汲み取って浅井の裏切りを察知した。
そこまではよかった。だが信長に知らせに行こうにも、越前までの道のりにはまさにその浅井の領地を通らなければならない。
帰蝶は鷹小屋に走った。祈る思いで信長の愛鷹・小武王の足に文を括りつけ、信長が陣を置く越前金ヶ崎城へと飛ばした。
鷹狩で、信長がどこにいても戻ってくるように訓練してきた。その小武王に、一縷の望みを帰蝶は賭けた。
「どうか、信長まで届けて」
朝倉討伐のために、金ヶ崎城で準備を進める信長のもとに、突如、小武王が舞い込んできた。
「お前、どうしてここに」
見れば脚には紙が括りつけてある。開いてみると帰蝶の文字が目に飛び込んだ。乱れた線で書き記された文に、目を走らせる。
───お市からの密告。浅井長政が裏切った。背後から攻めてくる。即刻退避を
「うそだろう」
信長はしたためた帰蝶の顔を文の向こうに見るように、その文字を見つめ、鼻で笑った。
しかし、帰蝶の知らせのその意味が、次第に現実味を帯びて信長の意識に入り込んでくると、信長は思いもよらぬ事態に、手を震わせた。
「冗談が過ぎる」
文を丸めて外に向かって投げつけた。
そこに来た光秀が文を拾い上げて目を走らせ、慄然とした顔で信長を見上げた。
「そこにあるのは、うそだ。帰蝶の悪い悪戯だ。放っておけ」
背を向けた信長に、光秀は回り込んで向かい合い、その顔をまっすぐに見た。
「嘘など書くものか。信長殿、すぐに退却を」
「お前はあの長政を信じずに、帰蝶の戯言を信じるのか? あの長政だぞ。あの・・・」
信長は光秀をにらみ、声を上げて詰め寄った。心のどこかでは、無くはないことだと信長も気づいているのだ。だからこそ、長政の裏切りに対する怒りが早くも信長の胸の奥で燃え始めているのだ。
「あの長政殿だからこそではないか。浅井家は以前から朝倉と協力関係にある。その関係を崩すことは、長政にとっては、父・久政殿に背くと同義。あの男は信長殿との約束と、父上への忠義の、板挟みにあったんだ。そして、結果、父上を選んだ・・・」
光秀が言うと、信長は拳を震わせて立ちつくした。
お市は信長にとって大切な妹だった。その妹を嫁がせたということは、誠実で強く逞しい長政を、信頼していたからこそだった。
「長政に限ってそんなことはない。あれだけ自分は果報者だ、お市を大切にすると言っていたのに」
「信長殿、とにかく今は、退却を」
光秀が言ったが、信長の耳にその言葉が届かない。
「そんなわけあるはずがない。あるとしたら、俺は長政をただでは済まさない」
「信長殿、この戦の目的は越前討伐だ。浅井との交戦ではない。将軍義昭様からも、大戦は避けよと言われている。信長殿、あなたの体はひとつしかないのだ。そして今あなたに死なれては困るのだ!」
光秀は心を閉じかけている信長に、大声で訴えかけ、その肩をゆすった。
横から藤吉郎が割り入って跪いた。
「お館様、あのお市様が、殿の退避を望んでいらっしゃる。おそらく危険を承知でこの密告を成し遂げたはずだ。お市様のためにも、どうかすぐに、撤退を」
「この城はこの光秀が引き受ける。信長殿は先に、近江を避けて琵琶湖の西を回って京へ」
少しずつ冷静さを取り戻した信長の耳元で、光秀は低い声で促した。
信長は、様々な思いを腹に収めるように目を閉じ、深く大きく息を吐いた。
「この事実、受け入れるしかないようだ」
それ以上は何も言わぬまま、十名ほどの馬周り衆とともに金ヶ崎城を後にした。
一五七〇年 五月一日 岐阜城。
信長の軍が続々と城へ戻ってきた。命からがら逃げて戻った武者たちを、帰蝶は出迎え、下女たちとともに手厚く看護し、その労をねぎらった。
そしていよいよ、この撤退戦のしんがりを務めた光秀と藤吉郎も帰還した。
二人は肩を抱き合い、足を引きずっている。
「光秀、藤吉郎・・・よかった、無事で」
「帰蝶さま、お館様は無事だ。京を回って間もなく戻る」
藤吉郎は言いながら、床にごろりと転がった。
光秀は帰蝶と向かい合って微笑んだ。
眉の下の切り傷から血が流れている。少しずれていれば目を失う位置だ。左手の指先からも、血が滴り落ちていた。顔色が、紙のように白い。
「長政の裏切りで信長殿は相当こたえている。姫、どうか、信長殿を頼む」
光秀が言った。
「信長の心配より、光秀、あなたも傷の手当てを。まだ血が出ている」
帰蝶は思わず眉の下から流れ出る血を指で拭う。
「ああ、俺は大丈夫だ」
真っ赤に染まった左手を、胸元に掲げて微笑んだ。
直後光秀は視線を泳がせ、膝からくずおれて体を床に打ち付けて倒れた。
五月九日
ついに信長が京を経て帰還した。
「良かった。助かって」
帰蝶は思わず信長を抱きしめた。しかし信長は両腕をぶら下げたまま、帰蝶を抱き返そうとしなかった。
「なぜ、こうなった?」
薄く笑う信長の目が泣いている。
お市の輿入れの日には、信長の目は喜びに満ちて輝いていた。長政と同盟を組み、ともに天下を平らかにする未来を描いていたのだ。
「なあ、俺はどうすればいい」
「長政のもとにはお市がいるわ。お市の密告で、信長の命が助かったの。だから、いまいちど関係を取り戻し、和議を」
「和議だと?」
信長の目にギラリと鋭く冷たい光が走った。
「笑わせるな!何を今さら!」
突然怒声を浴びせられ、帰蝶は思わず肩をすくめた。
信長の目を見る。憎しみが、暗い影となって瞳の奥底に沈んで見える気がした。
野獣のように低く唸りながら、信長は部屋を出て行った。
それから五十日後、信長は裏切りにあった憎しみが冷めやらぬまま、近江国浅井長政に攻撃を開始した。
浅井の小谷城に向け、二万の軍勢を引き連れて出陣していった。姉川を挟んで、信長は義弟・浅井長政と対峙することとなったのだった。
前段の金ヶ崎城でしんがりを引き受け、朝倉軍との接近戦の末帰還した光秀は、深い傷を負っていた。
これにより、姉川の戦いには出陣できず、岐阜城の留守居を任ぜられていた。
帰蝶は城内の政務室にいる光秀を訪ねた。
「傷はどう」
「ああ。生まれた土地だからだろうか。美濃の水だと治りがいいんだ」
「そう」
帰蝶はそこで、継ぐべき言葉を失って黙った。
「信長が心配で仕方ないと言った顔だな」
光秀が微笑む。
「あのひとは、復讐の鬼になってしまった。どんな思いでお市がいる城を攻めに行っているのか、私には信長の気持ちが分からない」
「信長殿にとって、裏切られることは恐怖だ。その恐怖に打ち勝つためには、裏切りの根源を叩き潰すしかないんだ。俺にはそう見える」
「戦で怖いものは、命を失うことと、信じた人から裏切られること・・・」
光秀も信長の心中を想っているのか、かすかに眉根をひそめて目を閉じた。
帰蝶にとってそんな光秀が、この日ばかりは心のよりどころに思えた。
光秀が口を開く。
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「ええ、とっても怒ってるわ」
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けれども今となっては、そんな感情も遠のいていた。そのあとに起きたいくつもの戦乱で心は常に乱れていたからだ。
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「俺が姫を近くで守るためには、信長殿のそばにいるしかないんだ。姫が一番失いたくない大切なものは、信長殿。だから姫のために信長殿を守る、それが、姫を守ることになる」
光秀は言うと、柔らかな微笑を帰蝶に向けた。
帰蝶は涙をこぼした。
「光秀・・・だめよ」
「なにが?」
「だって光秀には、一緒に上洛した奥方様と子供が」
「大丈夫だ。熙子は俺をよくわかっているから」
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そんな妻子を犠牲にしてまで、自分と信長を守ろうとしている光秀が、なぜか悲しかった。そして同時にどうしようもなく愛おしかった。
姉川の戦いは混戦を極めたが、浅井の敗走によって勝利した。
しかし、いつか長政を滅ぼす、そう決めた信長の心は、真冬の吹雪に閉ざされた氷のように固かった。
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