僕は警官。武器はコネ。【イラストつき】

Plologue：多賀、参る。

第2話：犯罪 ～僕は財布をスッてない～

　犯罪の証拠を容疑者から出させようとする雑な姿勢に多賀は呆れていたが、逆に興味がじわりと湧いてきたのも確かだった。多賀はため息を飲みこんで、鞄の中からスッた財布を探す。


「スリの証拠にはなりませんよ」
　財布を差し出した多賀の素直さに、男は驚きながら財布を受け取った。
　多賀は、右手で財布を差し出しながら、左手を男の背中にそっと手をまわす。財布を持ち逃げする素振りを一瞬でも見せたら、男のスーツの裾を掴むつもりだった。男と比較して体格では負けているが、逃がしはしない自信はあった。

　しかし、多賀の左手が男の裾を掴むことはついぞなく、男は、財布の中をちらりと見て、少し触っただけで多賀に財布を返した。

「なるほどねぇ、証拠にならないわけだ」

　男が笑った。だろうな、と多賀は思った。
　彼が差し出したのは、彼自身の財布だったからである。
　しかし、それは正真正銘、多賀がスった財布だった。

「でも、別の証拠はある」
「別の証拠？」
　見るかい？　と言いながら、男はスマートフォンを取り出して多賀に渡す。

　多賀は取り落としそうになって、慌ててキャッチする。
　その拍子に点いた画面に、多賀はもう一度取り落としかけた。

　自分が中年の男の懐に手を入れる瞬間が、はっきりと写っている。
　満員電車の中でこんなに広範囲で明瞭な写真を撮る技術があるということ自体、多賀の想定外だった。
　画面と男の顔を交互に見て、ハッとしたように慌てて画面の方を消す。

「……よく、撮りましたね」
「得意分野でね」
　男は、細い目をさらに細くする。こいつ、探偵か？

「僕に目をつけていたんですか？」
「ううん。『被害者』の方に目をつけていたんだ」
「へぇ」

　男はスマートフォンを振って見せる。多賀は白けたような表情で男を見ている。

「ああ、この方と知り合いなんですか。脅迫するならどうぞどうぞ。どうせ僕は犯罪者ですから」
「おいおい、そんなに不機嫌になるなよ。第一、君は早合点してる」
「何をですか？」
　多賀は男の顔を見上げる。少し自分より背が高い。

「君は、スリの方じゃなくて、被害者の方だろ？」