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Mission:インサイダー・パーティー
第17話:長男 ~低い階でもいいじゃない~
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「だって低層階だもん」
裕は眼鏡を外し、前髪を手で梳きながら微笑む。
「俺たちより稼いでる人は、上層階がいいみたいだけど、俺は別に下でいいんだよね。
エレベーター待たなくていいし」
上場企業の専務と常務である伊勢兄弟より稼ぐ人間など滅多にいない気もするが、このマンションにはいるらしい。
「まあ、入ってよ。いたって普通のマンションだけど」
* * *
「……とかいいながら、低層階コンプがあるんだぜ、こいつ」
多賀を部屋に通し、コーヒーをすすめる章が、こっそりと裕を指差してみせる。
家の中では前髪のワックスをほぐしているらしい兄弟は、髪型が全く同じだ。
そのせいで、多賀には、眼鏡以外で顔の区別がつかない。
多賀内心、二人を取り違えやしないかとヒヤヒヤしているが、伊勢兄弟はそれには気付かずにのんびりと会話している。
「ご近所付き合いもないのに、コンプなんか持ってどうするんだ?」
笑いを押し殺しつつ、章はコーヒーを全く音を立てずにすすった。
「タワマン住みなら、コンプ持ちの方が多いだろ」
裕の反論をまるっきり無視して、章はコーヒーを煽ると席を立ってクローゼットから黒い服を取り出した。
裕は特に気にするそぶりもなく、黙って座っている。これが兄弟の日常らしい。
「これこれ。おととい、例の次男の件で、僕が仕事を放って会議室に行った件があったろ? 昨日、それを本社で片付けてきたんで、ついでに実家に帰って持ちだしてきたんだよ」
章が鞄の中から出したのは、
「スーツ? じゃないですよね?」
変わった形の襟をした、質の良さそうなジャケットである。
「タキシードだよ」
「た、たきしーど!?」
多賀は思わず数歩あとずさる。その拍子に、キッチンの角が多賀の尻に刺さり、多賀は呻いた。
「そんなに驚かなくても」
尻をさする多賀を前に、裕が呆れている。
「本物を見るのは初めてでして……。これ、章さんのですか?」
「いや、僕の兄だ」
裕の兄である章の兄、ということは、伊勢家の長男だろうか。
「……僕が会ったことある方じゃないですよね?」
多賀は、伊勢兄弟を二人だと思っていた。会った覚えなどない。
しかし、顔を覚えるのが苦手な多賀には少々自信がない。
「情報課じゃないから、会ったことはないはずだよ」
多賀は、安堵のため息をつく。
いつの間にか、裕が一枚の写真立てを持ってきた。
「これが長兄の優。うちの、海外営業部のトップだから、情報課どころか日本にすらいないんだよ」
裕が見せたのは、伊勢家の家族写真である。彼らの父親らしき男の後ろに立つ伊勢優は、眼鏡をかけた男だった。互いに瓜二つである章と裕と違い、二人にはあまり似ていない。
「この写真で優兄さんが着てるタキシードを多賀に貸すつもり」
「……めちゃくちゃ高級品そうですけど、いいんですか?」
「もう着ないから好きにしなよ。優兄さんは何も言わないだろうし」
多賀にとってはありがたい話である。
「それにしても、合コンって、タキシードを着るんですね。初めて知りました」
「いや、普通着ないな」
感嘆した多賀を、章が即座に真顔で切り捨てる。
「今回はね、ちょっとふざけて、タキシードをカジュアルに着崩すんだよ」
フォローに回った裕によると、廣田龍平と章の先輩である今回の幹事の主催する合コンでは、いつもそうらしい。
多賀には全く理解できない。
「ちょっと気取った感じの合コンだからね」
「僕、そんな合コンについていけますかね……」
「合コンは初めてです、ってフリしておけば、世話好きを装いたい女の子が可愛がるフリをしてくれるよ」
合コンに来る女の子を完全にナメている。
「あとは、浮かないコーディネートだよな」
「……多賀の場合、ノーネクタイでボタンダウンにしておけば浮かないだろ」
多賀にはよく分からない単語を発しながら、伊勢兄弟はクローゼットから、山のようにシャツを出していく。
ワイシャツに埋もれた二人は、腕を組みながら、一体何を悩んでいるのだろうか。
「もうちょっと考えるから、今夜はタキシードだけ持って帰って」
「わかりました。ありがとうございました」
そこからしばらく雑談に興じ、合コンの詳細などを頭に叩き込んだ多賀の背中に、頼りになる優しい先輩風の、明るい声がかかった。
「ま、今回は例の次男の様子見だから、気楽にいこう。僕らに指示は任せて、多賀は財布なりスマホなり、素直にスってくれればいいから!」
「は、はい」
多賀は、今の発言が兄弟のどちらなのかイマイチ分からないながらも返事した。
大学生の頃は陰キャの友達しかいなかったので、合コンすら初めてです、だなんて、とても言えなかった多賀である。
裕は眼鏡を外し、前髪を手で梳きながら微笑む。
「俺たちより稼いでる人は、上層階がいいみたいだけど、俺は別に下でいいんだよね。
エレベーター待たなくていいし」
上場企業の専務と常務である伊勢兄弟より稼ぐ人間など滅多にいない気もするが、このマンションにはいるらしい。
「まあ、入ってよ。いたって普通のマンションだけど」
* * *
「……とかいいながら、低層階コンプがあるんだぜ、こいつ」
多賀を部屋に通し、コーヒーをすすめる章が、こっそりと裕を指差してみせる。
家の中では前髪のワックスをほぐしているらしい兄弟は、髪型が全く同じだ。
そのせいで、多賀には、眼鏡以外で顔の区別がつかない。
多賀内心、二人を取り違えやしないかとヒヤヒヤしているが、伊勢兄弟はそれには気付かずにのんびりと会話している。
「ご近所付き合いもないのに、コンプなんか持ってどうするんだ?」
笑いを押し殺しつつ、章はコーヒーを全く音を立てずにすすった。
「タワマン住みなら、コンプ持ちの方が多いだろ」
裕の反論をまるっきり無視して、章はコーヒーを煽ると席を立ってクローゼットから黒い服を取り出した。
裕は特に気にするそぶりもなく、黙って座っている。これが兄弟の日常らしい。
「これこれ。おととい、例の次男の件で、僕が仕事を放って会議室に行った件があったろ? 昨日、それを本社で片付けてきたんで、ついでに実家に帰って持ちだしてきたんだよ」
章が鞄の中から出したのは、
「スーツ? じゃないですよね?」
変わった形の襟をした、質の良さそうなジャケットである。
「タキシードだよ」
「た、たきしーど!?」
多賀は思わず数歩あとずさる。その拍子に、キッチンの角が多賀の尻に刺さり、多賀は呻いた。
「そんなに驚かなくても」
尻をさする多賀を前に、裕が呆れている。
「本物を見るのは初めてでして……。これ、章さんのですか?」
「いや、僕の兄だ」
裕の兄である章の兄、ということは、伊勢家の長男だろうか。
「……僕が会ったことある方じゃないですよね?」
多賀は、伊勢兄弟を二人だと思っていた。会った覚えなどない。
しかし、顔を覚えるのが苦手な多賀には少々自信がない。
「情報課じゃないから、会ったことはないはずだよ」
多賀は、安堵のため息をつく。
いつの間にか、裕が一枚の写真立てを持ってきた。
「これが長兄の優。うちの、海外営業部のトップだから、情報課どころか日本にすらいないんだよ」
裕が見せたのは、伊勢家の家族写真である。彼らの父親らしき男の後ろに立つ伊勢優は、眼鏡をかけた男だった。互いに瓜二つである章と裕と違い、二人にはあまり似ていない。
「この写真で優兄さんが着てるタキシードを多賀に貸すつもり」
「……めちゃくちゃ高級品そうですけど、いいんですか?」
「もう着ないから好きにしなよ。優兄さんは何も言わないだろうし」
多賀にとってはありがたい話である。
「それにしても、合コンって、タキシードを着るんですね。初めて知りました」
「いや、普通着ないな」
感嘆した多賀を、章が即座に真顔で切り捨てる。
「今回はね、ちょっとふざけて、タキシードをカジュアルに着崩すんだよ」
フォローに回った裕によると、廣田龍平と章の先輩である今回の幹事の主催する合コンでは、いつもそうらしい。
多賀には全く理解できない。
「ちょっと気取った感じの合コンだからね」
「僕、そんな合コンについていけますかね……」
「合コンは初めてです、ってフリしておけば、世話好きを装いたい女の子が可愛がるフリをしてくれるよ」
合コンに来る女の子を完全にナメている。
「あとは、浮かないコーディネートだよな」
「……多賀の場合、ノーネクタイでボタンダウンにしておけば浮かないだろ」
多賀にはよく分からない単語を発しながら、伊勢兄弟はクローゼットから、山のようにシャツを出していく。
ワイシャツに埋もれた二人は、腕を組みながら、一体何を悩んでいるのだろうか。
「もうちょっと考えるから、今夜はタキシードだけ持って帰って」
「わかりました。ありがとうございました」
そこからしばらく雑談に興じ、合コンの詳細などを頭に叩き込んだ多賀の背中に、頼りになる優しい先輩風の、明るい声がかかった。
「ま、今回は例の次男の様子見だから、気楽にいこう。僕らに指示は任せて、多賀は財布なりスマホなり、素直にスってくれればいいから!」
「は、はい」
多賀は、今の発言が兄弟のどちらなのかイマイチ分からないながらも返事した。
大学生の頃は陰キャの友達しかいなかったので、合コンすら初めてです、だなんて、とても言えなかった多賀である。
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