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Mission:消えるカジノ

第101話:職務 ~例のパチ屋は全然出ない~

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諏訪すわしんろうくん。お仕事ですよ」
 しまからフルネームで名前を呼ばれた瞬間に、何か嫌な予感がした。諏訪は眼鏡を取り、目元の滲んでもいない汗を拭く。
「お仕事って、もしかして……」

 逃げようとする諏訪の後を、早足で三嶋がついていく。諏訪は情報課の小さな部屋を早足で逃げ回るが、二十センチも背が低いはずの三嶋をなぜか振り切ることができない。諏訪は逃げられないと悟った。
「情報課としてのお仕事です。もちろん」
 とどめを刺されて諏訪はうめき声をあげながら頭を抱える。

「諏訪が呼び出される仕事だろ?」
「有名スポーツ選手の覚醒剤とか」
「そういうのは、わざわざうちに回しませんよ」
 三嶋が首を振る。
「えっ、回し打ち?」
「その聞き違い、わざとですね?」
 三嶋の冷たい視線が伊勢いせあきらに注がれる。

「いずれにせよ、スポーツ関連だってのは確かだ。一万円賭ける」
 三島から顔を背けた章が一本の指を立てる。だが、章が勝つ以外の筋がない賭けには、当然誰も乗らない。
「賭ける? 賭博とか?」
 章の弟、ゆたかが行くあてのない章の指を見つめて呟いた。

「あ、じゃあきっと野球賭博だよ」
 章は指を引っ込めて代わりに手を打った。
「んなわけ……」
「なんで当ててくるんですかね。面白くないじゃないですか」
 あっさり答えを発表した三嶋に、驚いて目を剥いた五人分の視線が集まる。

「野球賭博じゃないですけどね。横浜を中心に、ある闇カジノがあるそうです。そのオーナーを捕まえろ、と」
「闇カジノかぁ……」
 存在は聞いたことがあるが、誰も実物を見たことがない。当たり前だが。都市伝説だと思っていた。

「お願いしますよ、諏訪くん」
「えー、嫌っすよぉ」
 情報課の面々は、情報課としての仕事を回すと大抵嫌がる。いったいなぜなのだろう。まともに仕事をけるのは多賀くらいのものだ。

「情報課にいる人間が、情報課としての仕事を嫌がらないでくださいよ。全く、多賀くんを見習ってほしいものです。ねぇ」
 三嶋は多賀に顔を向ける。相変わらずの笑顔だが、妙に強い威圧を感じて多賀は頷くしかない。
「私が来週から大地の光に潜入しようって言ってる時に、なんで駄々をこねるんですか? ちゃんと働いてください」
 三嶋の重い事例を引き合いに出されると、ぐうの音も出ない。諏訪はしおれた花となり首を垂れた。

「あなたたち、情報課を何だと思ってるんです?」
 三嶋が説教モードに入る。このまま放置すると確実に面倒なことになる。こういう時、三嶋を邪魔するのに最も適しているのは、
「暇つぶしの場所!」
 章だ。

「…………」
「実際そうだよね?」
「あなたたちのことなんか嫌いです!」
 三嶋は分かりやすく拗ねる。

「ごめんってば。話聞かせてよ、三嶋」
「……横浜にある小規模のカジノです。特徴は、貴金属店や金券ショップなどの店舗の奥にあるということで、表の店舗が閉まってから、客は裏口から出入りするようです。何故か警察の捜査を機敏に察知し、すぐ店舗を変えるのも特徴ですね。県警でも前々から追ってたんですが、なかなかオーナーを逮捕できずに今に至ります」
 面倒な事件が回ってきたものである。

「なんでギャンブルなんかするんだろうな。マカオに行くか、ラスベガスに行くか、パチンコでも行けばいいじゃん」
「違法なのがいいんじゃないんですか?」
 答えを誰も出せない章の疑問に、雑に三嶋が返答する。親切心で返答しているのではない。章が面倒だから、雑でも返答してやるのである。

「パチンコだって厳密には違法ギャンブルに近いものがあるだろ」
「……県警庁舎の建物でそういう話するのはやめてください」
 答えの選択を誤ったことに気づいた三嶋は軽く流す。が、それで止める伊勢兄弟ではない。

「ねえねえ、明日駅前店行こうよ、一日だからきっと出るよ」
「あそこ先月で店長変わったから、出るかどうかわかんないよ」
 硬派のゆたかまでノリノリな状態に、周囲は絶望とドン引きである。

「うーん、じゃあ様子見だけして出なさそうなら帰るか」
「だからここ、県警庁舎ですよ」
「いいじゃん別にぃ」
「怒りますよ」
 三嶋がそう言うと伊勢兄弟は静かになった。あまりの単純さに三嶋は苦笑する。

「だいたい、カジノやってる人間を捕まえようったって、本人のモラルの問題でしょ。警察が関与する話じゃないんじゃないすか?」
「捕まえるのは客じゃなくてオーナーです」
「…………」
 もう思いつく反論がない。諏訪は黙り込む。
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