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Mission:消えるカジノ

第104話:電話 ~新潟で行く店じゃない~

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「はい、ざわですが」
 久しぶりに聞いた声は、ずいぶんよそよそしかった。
文明ふみあき、俺だよ。諏訪すわしんろう
 名乗って見せると、彼の声は今から十年ほど前の調子に戻った。つまり諏訪が現役選手だった頃のことである。

 文明は諏訪の同級生選手だった。幼いころから数々の大会で顔を合わせ、同じ強化合宿に参加し、ハイレベルな熱戦を繰り広げてきた盟友でありライバルだったが、大学を卒業してからは全く連絡を取っていなかった。

「慎太郎じゃん。急にどうしたの?」
 明朗とした性格の文明は、数年ぶりに急に電話をかけても、なにも怪しまない。それどころか、久しぶりの再会に喜んでるようにすら思える。
「仕事で久しぶりに帰省するから、そろそろ会えないかなと思って」

「……仕事って何だっけ」
「警察官」
「ああ、なんか言ってたな。俺のスピード違反の切符切ったのお前?」
 諏訪は三年前から情報課にいるから、恐らくそれは別人だ。

「俺じゃないけど、俺が現場にいても切符切るぞ」
「え、見逃してくれないの?」
 そんなわけはない。癒着じゃないか。諏訪は根元ではきっちりしたタイプである。

「だいたい、制限速度超えるなよ」
「慎太郎だってどうせ出してるんだろ」
「出してないよ」
「…………」
「…………」 
 交通課の自分が交通違反で捕まるという大恥をかくわけにはいかない。諏訪は常に安全運転を心がけている。

「そんで、こっちにはいつ帰ってくるの?」
「来週頭から、二週間くらいは帰れると思うから、その間がいいな」
 文明に会うために帰るようなものなので、文明が無理だと言ったらいくらでも「休みを延ばす」つもりではあるが。

「来週かぁ。そこらへんはずっと新潟にいるけど、そっちでもいい?」
「そりゃもちろん」
「でもやっぱ、この時期忙しいんだよなぁ。だって俺、本当に予定パンパンだもん」
 文明は諏訪と違い、大学四年間スキーに打ち込み、卒業と同時に選手を引退して一般企業に就職した。だが、スキーへの情熱を捨て切れなかった文明はコーチ業も掛け持ちしている。シーズンインしている今は、文明の繁忙期である。休みなどない。

「俺は別に朝でも昼でも夜でもいいんだけど、暇はない?」
「来週の金曜なら、夜が開いてる」
「じゃあ金曜だ」
 諏訪はほっとした。暇人だなぁと言われ、乾いた笑いを返す。暇人なのではなく暇を錬成しているのだが、さすがにそう言えるわけもない。

「食事代は経費で落ちるから、ここらへんでどこかいい店決めててよ。時間も文明に任せる」
「じゃあ、金曜の夕方七時な。麓にサイゼリヤっていう安くて旨い店があるからそこにしよう!」
 経費で落ちるのなら普通は高い店にしないか?

 文明は弾けるような笑顔で諏訪に叫び、返事も聞かずに電話を切る。ブチリと回線が切れる音がした。
「そこでファミレスを出してくるやつがあるか!」
 諏訪は携帯を耳につけたまま叫び返したが、もちろん文明に届くはずもない。

 サイゼリヤが安くて旨い店なのは確かである。
 新潟までわざわざ出向いて行く店ではないが。
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