上 下
103 / 185
Mission:消えるカジノ

第103話:帰郷 ~故郷は自分を離さない~

しおりを挟む
「カジノは広告を打てないから、口コミを使って客を集めるしかない。だから客層が偏るんだろ。別にアスリート専門ってことはないはずだ」
「あるいは、スポーツにずっと打ち込める人って、ギャンブルに嵌りやすい性格でもあるんやろなぁ」
「じゃあ俺が潜入する必要ないじゃないっすか!」
 諏訪の正論を、皆は揃いも揃って無視をする。ここで反応すると、この事件の担当が自分に回ってきかねない。一度情報課に回ってきた案件は、二度とよそに回らない。回ってきたものは誰かが消化するしかないし、できればそれは自分以外がいい。

「客にアスリートが大勢いるのは事実なので、馴染めるだろうっていうのが上の判断です」
 三嶋が諏訪に引導を渡す。諏訪は憮然とした表情だ。そりゃそうだろうな、と周囲は同情する。同情するが何もしてやらない。

「嘘でしょ」
「上としても、有名な日本人アスリートが闇カジノで大量に破産すると大騒ぎになります。現役選手が影響を受けるのも困る。だから秘密裏に闇カジノを闇に葬ってこい、というわけです」
「どうやって捜査すればいいんすか……?」
「それを今から考えましょう」

「……本当に全然情報が無いんすね」
「だから、そう言ってるでしょ」
 三嶋は諏訪の嘆きをするりと避けた。

「諏訪くん、できます?」
「とりあえず、探っていくとしたら、俺周辺の伝手つてっすよね……」
 今はスキーのシーズンが始まって間もない頃だ。大会直前ということもないだろうし、友人と会うのにもちょうどいいタイミングでもある。

「交通課との調整をして、一週間くらい実家に戻ります。情報が入手できるかは保証しないっすけど、やってみます」
「あ、その頃には私はもう潜入に入ってるので、いないと思います」
 三嶋は手をヒラヒラと振る。彼が宗教法人「大地の光」に潜入するのは数日後だ。潜入捜査となるとおそらく長くなるだろうし、連絡も取れまい。

「あ、そうなんすか」
「ということで、今回の事件の報告は私ではなく、上の人間に直接お願いします」
「え……」
「だって、私がいないんだからしょうがないでしょ」
 諏訪はハッとした。自分より上の警察官は情報課にはいない。伊勢兄弟は警察官ではないし、多賀は言わずもがな、春日は同期だが歳は一つ下だ。 

「……あの人に直接報告するんすか?」
「ダメですか? いい人じゃないですか」
「いや、ちょっと怖いっす」
 三嶋は首をひねる。
「優しい人だと思いますけどね」

「千羽さん、いつもニコニコしてるけど裏がありそうなんで苦手っす」
 せん里穂りほは、章と同い年のキャリア警察官だ。情報課の創設者の一人で、三嶋のさらに上司に当たる。普段はこちらに姿を見せることはないが、誰もが彼女をラスボスと認識している。そしてその認識は正しい。

「諏訪って千羽さんが怖いんだ。三嶋も怖がられてるんじゃないの?」
 すかさず章から茶々が入る。
「ほら、千羽さんと三嶋って似てない?」
「似てる」
「ええ、だいぶ違うやろ」
「僕は会ったことがないのでなんとも……」

 各々意見は異なるが、三嶋の認識は、
「私、さすがにあそこまで腹黒くはありませんよ」
「嘘をつくな」
 周囲に全否定された。三嶋はわずかに傷ついたような表情を見せたが、すぐにいつもの隙のない笑顔に戻った。

「まずは、カジノに入り込むところっすかね。とりあえず、俺の伝手を探ってみるっす」
 伝手による捜査を名目に、友人に会いたい。諏訪は目を閉じて景色を思い浮かべた。久しぶりに行ってもいいかもしれないな、この季節に白く色づく場所、そして自分のアイデンティティの故郷、長野県に。
しおりを挟む

処理中です...