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Mission:消えるカジノ

第132話:貸金 ~生み出し方がわからない~

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「え、カジノヨコハマって金を貸してくれるの?」
 冬野の反応は意外なものだった。
「いや、俺も知らないんですけど、そういう噂を聞いて……」
「聞いたことないなぁ。りさ子ちゃん、お金って借りられるの?」
 冬野は直接尋ねる。諏訪はヒヤリとしたが、冬野は真顔だ。真剣に知りたいことなのだろう。

「そのようなことはやっておりませんが……」
 りさ子は首を振り、丁寧ではあるがはっきりと否定した。バーテンダーの大島も知らないという。
「そうか、だよねぇ」
「俺が勘違いしてたのかもしれません。すみません」
 諏訪は冬野に謝り、話はそこで終わった。話題は変わり、冬野もその話は忘れたようだったが、諏訪は未だ考え続けている。

 飯田の件から、どう考えてもこのカジノに金貸し業はあるのは間違いない。だがなぜ存在を否定するのだろう。
 こうなると玉村えなに直接聞くしかないか、という考えが浮かぶ。だが、南雲と違って玉村えなは諏訪が捜査員であることを知らない。怪しまれたくはない。
 結局、諏訪は玉村と世間話をするだけでカジノを出た。

「まあ、それでいいと思うよ」
 裕は諏訪からの報告を聞いて頷いた。
「あと、飯田さん本人にも電話をして話を聞いてきました」
「え、話って出来たの?」
 諏訪は早くにカジノを出たとはいえ、深夜か早朝のどちらかに電話することになるはずである。

「あの人は朝が早いんで大丈夫です」
 スキーヤーは基本的に朝が早い。大会などでは朝四時に起きることもままある。諏訪も早起きには抵抗がない。

「結果、どうだった?」
「やはり金を貸された、と」
 奥のバカラ専用ルームでは、金が減ってくるとスタッフから耳打ちされるらしい。契約書にサインするだけで無条件で金が出てくる。利子もそんなに高くない。

「言葉にするのは難しいけど、とにかく雰囲気作りがうまいんだ。みんなそこでどんどん金を借りてるし、大金が動くものだから感覚も麻痺してくるし」
 飯田は歯切れ悪くそう言った。
「何千万もの大金を動くドラマを見るといいよ。それだけで、だんだん感覚は麻痺してきて、数百万でも安く見えるからね」
 少し借りただけ、あの場ではそう思ったという。

「ですが、金を返す手段については、不知火貴金属商会の口座に振り込んだというだけで、詳細については聞けませんでした。また電話します」
「いや、それはいらないと思うな」
 章が止めた。
「おそらく、飯田はカジノが金を回収する方法を知らない」
 裕と春日と多賀がこちらを見た。

「それより重要なのは、不知火貴金属商会の銀行口座があるということだ。おそらくは、カジノ専用の口座になっているはずだ。口座の引き出した人間の氏名は、警察の権限で調べられるだろ」
「勿論です」
 多賀が頷く。

 スタッフの本名がわかるかもしれないという事実に、情報課は色めきだった。
「僕に任せてください」
「俺もやるわ」
 多賀と春日が手を挙げた。

「あの、章さん。なんで飯田さんに電話しなくていいんですか?」
 諏訪は章の隣の席に座りなおして尋ねた。
「飯田は、カジノで出来た借金を返済するために、カジノ本部に相談することなく消費者金融に駆け込んだんだろ。だから、カジノ独自の金の回収方法が適用されることはなかったということだ。つまり、カジノ独自の金の回収方法は、消費者金融に駆け込む前にしか使えないということになる」
 ここで、裕がピンときた顔をした。
「回収の順番の違いに何の意味があるんですか?」
 まだ多賀はわからないらしい。諏訪も実はわかっていない。

「信用情報だよ。信用情報に傷がついたら使えない、あるいはリスクが生じる方法だという可能性がある」
「あるいは、他の金融会社と争うことになると負けるから、先に回収できるものはしてしまう、という可能性もあるな」
 交互に並べ立てる伊勢兄弟の話が速すぎて、未だ全貌は理解していないが、特殊であるのは確実だ。

「金利が安いってのが意外やな」
 春日が色気ある口元に指をそっと当てて考える。
「貸金業者は金利で儲けてるわけやし、このカジノは闇金なわけや。バカ高い金利やと思ったんやけど」
「十パーセントに満たないと飯田さんは言ってました」
 消費者金融の半分以下の金利である。確かに、金銭感覚が狂った状態でその条件を提示されたら食いついてもしょうがない。

「まあ、貸した金は全部自分に入ってくるわけだから、闇金ともまた違うさ」
 章は目を細めて手をヒラヒラさせる。
「ただ、金の回収力には自信があるんだろうな。無から生み出した金を、どうやって生み出させるのか。臓器でも売らせるのかね」
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