きっと全ては自分次第

高遠まもる

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第1章

第25話

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「……ったくよ。どうしてこうなるんだ?」

 セルジオさんが吐き捨てるように口に出した言葉は、たぶんボク達みんなが思っていたことだろう。

 ◆

 冒険者ギルドで事のあらましを話し、証拠になりそうだと思って持ってきた品々を提出したところまでは良かった。
 ギルド二階の個室に案内され、ギルドの偉い人(ムキムキの元冒険者らしき壮年男性だった……)に根掘り葉堀り聞かれたのも仕方ないとは思う。
 でも、その後は少し想定外だった。
 領軍の騎士や、魔術師ギルド支部の偉い人(こちらは細身の壮年男性……)もやって来て、それぞれ似たような質問をボク達にしてくる。
 ちょっと緊張してしまったのは唯一神教の高位神官(でっぷりとした中年男性……)が来た時だった。
 アネットさんに気付くと、あからさまに嫌そうな顔をしたのも悪印象だったし、まさかマリアのことがバレているハズも無いのに、なぜかボクの方をチラチラと見てくる。
 自分でも何でか分からなかったけど、すごく不快なものをその視線に感じた。
 彼が居なくなってからセルジオさんに教えてもらった噂で、その理由が分かった気がする。
 ……どうやら幼い男の子が好きな人だったらしい。
 そういう意味でも『とても有名』なのだそうだ。
 神様に仕えているハズなのに肥満し過ぎているのも少しどうかと思うし、身にまとっていた法衣も金ぴかで悪趣味に見えた。

 それはそうと……この町の有力者がゾロゾロとやって来ては、ボク達の話を聞き難しい顔をして帰っていく。
 ダンジョンの封鎖について検討するためなのかもしれないとは、アレックさんの推測だ。
 そしていよいよボク達の意見を聞きたいと、領主様から呼び出された。
 ヨーク男爵。
 エルの父親だ。
 良い噂も悪い噂も同じぐらい聞こえてくる人だけど、普通は一生その顔を見ることなく過ごすのが当たり前だから、別に本当はどんな人でも良いと思っていた。
 エルのことが有って以来、ちょっと印象が変わったけれど。

 セルジオさんが緊張している。
 無理もない。
 普通の冒険者は貴族と直接顔をあわせる機会なんて無いんだし。
 有名になって名指しで依頼を受けたとしても、普通は代理の人としかやり取りしないっていう話だから、アネットさん達がいくら一流の冒険者と言われていても、これまでにこういうことは無かったらしい。

「ちょっとセルジオ。少し落ち着いてちょうだい。アタシまで緊張しちゃうでしょう?」
「あ? オレは別に緊張なんかしてねぇぞ?」
「足。何回組み換えたら気が済むの? かかとを床でトントンするのもやめてくれない?」
「ち! 悪かったな。ガラにも無く緊張してんのは認める。でもよ、仕方ねぇだろ、そりゃ。お貴族様だぜ? お貴族様が何だってオレらみてぇなもんと会うんだよ?」
「アタシだって知らないわよ。あぁ、もうダメ。心臓がバクバク鳴ってる。ニャんでこうなっちゃったのよ~!」
「ちょっと二人とも……聞こえたらどうするの? ジャン君を見なさいよ。二人より、よっぽど落ち着いてるじゃない」
「おい、何で坊主はそんなに澄ましてやがんだよ? お前だって、ちょっとは思うところが有るだろ?」
「セルジオ、そこまでだ。ここをどこだと思ってる? 僕らはあくまで事件の生き証人としてここに呼ばれているだけだろ。変に浮わついてると、喋らなくて良いことまでウッカリなんてことになりかねない。堂々としていれば良いんだ」

 アレックさんが暗にほのめかしているのは例の一件だろう。
 ボクにしてもセルジオさんにしても、あの件に関しては知られたくないことばかりだ。
 アレックさん達は直接エルの一件に関わってはいないけれど、セルジオさんの仲間ということで、エルに逃げられた責任を追及される可能性が全く無いとまでは言い切れない。
 でも、そうか。セルジオさんがやけに緊張しているのは、エルの件も気にしているからだったのか。

「ボクの両親はこの町の生まれじゃないですからね。あんまり、この町の領主様だ。どうしよう……みたいな意識は薄いのかもしれません」
「なるほど。そういう意味では私とアレックも似たような感じかもね。反対にセルジオとミオの様子がおかしいのは、先祖代々この町に根付いていた家の生まれだからかぁ」
「そうか。僕も自分では気付かなかったけど、だからかもしれないな。僕なんてそもそも僕自身がよそ者だしね」

 わりと適当に言ったのに、アネットさんもアレックさんも妙に納得した表情だ。
 まぁ、それで二人が落ち着いていられるなら、それに越したことは無いかもしれない。

 ──コンコン!

 不意にノックの音が響いた。
 すぐにカチャリと扉が開けられて、さっき冒険者ギルドに訪れた若手の騎士の人が顔を出す。

「お待たせしました。間もなく、ご領主様がこちらに参られます。くれぐれも粗相をなさいませんように……」

 あ~ぁ、セルジオさんもミオさんもますます表情が固くなってしまった。

 肝心の二人は結局緊張したまま、ヨーク男爵がボク達の前に姿を現した。

「……まぁ、気を楽にしたまえ。わざわざ足を運んでもらって済まなかったね」

 見かねてヨーク男爵自身が、こんな言葉を口に出すほどに。

 ◆

「それが事実だとしたら由々しき事態だ。我が騎士団の派遣は間違いなく必要だろうな。魔術師ギルドや唯一神の教団にも協力を正式に要請することにしよう。もちろん、可能なら君たちにも同行をお願いしたい」

 アネットさんとアレックさんが中心になってヨーク男爵の質問に答えたワケだが、セルジオさんもミオさんも後半は自分なりの意見を出すことが出来ていた。
 さすがに一流と言われている人達は違う。
 そもそもの事態の深刻さも、セルジオさんとミオさんに緊張を忘れさせる役には立っていたように見えた。

「えぇ、恐らく案内役程度のことしか出来ませんが、可能な限りのご協力はさせて頂きます」
「それは有難い。マハマダンジョンのもたらす利益がこの町の発展に寄与しているということも事実ではあるが、それ以上に憂慮すべきは異界の住人達による侵攻だ。無いとは言い切れんだろうしな」
「いつ調査を?」
「これは決して口外しないでもらいたいのだが、既に調査自体は進めさせている。方法までは聞かないでくれたまえよ? 知らない方がよいことというのは、それなりに有るものだよ」

 そう言いながらもヨーク男爵は話したげにしている。
 紳士然とした態度を崩さないでいるが、自分の頭の良さに自信を持っていて、それをひけらかしたい欲求は相応に有りそうだ。
 神妙な面持ちでアネットさん達が頷くのを満足そうに見回すと、問われもしないうちからまた口を開いた。

「まあ、調査に従事している者どもは私の子飼いの連中だとだけ言っておこうか。情報を持ち帰る能力だけなら君達より上かもしれないが、君達の話を聞く限りは、ヤツらだけで元凶を断つことは出来そうにない。結局最後は力ずくで事態の収拾を図ることになるだろう」
「それでは最終的に事件の解決に乗り出すのは、いつ頃になりそうですか? 我々も同行させて頂くことになりましたから、目安程度にでも閣下の存念を知りたく……」
「恐らく派兵は明後日になるハズだ。報酬は弾ませてもらうつもりだから、それまで他の仕事は受けないでくれたまえ」
「それは無論のことです。他に御用が無ければ我々は失礼させて頂きますが……よろしいでしょうか?」

 そうアネットさんが話を終わりに導こうとしたその時だった。
 それまでボクのことなど興味すら無さそうにしていたヨーク男爵が、ハッキリとボクに目線を合わせて、まるで今思い出したかのように口を開いたのは……。
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