心に候う

よっしー

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里中教諭②

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小太郎の言う違和感が分かった、目の前に居る里中に目を向けながら義一はそう感じた。お昼の弁当を食べ終え、教室へ続く廊下道の途中で、義一は先刻話題に上がっていた里中と鉢合わせた。小太郎と義一、そして里中の3人の誰も口を開こうとせず、沈黙の空間が出来上がっていた。


無言の空間の中で義一は、生物教師里中拓人は噂の通り、女子生徒に手を出すような男であることを思い返していた。里中が常習犯なのかは定かではないが、彼が手を出した女子生徒の中には、義一の友人が1人いた。相談を受けた義一は学校側にも相談しようと訴えたが、被害者の彼女の頼みで、誰にも何も告げず、話はそこで終わっていた。被害者の無念、自分の無力感、様々な悔しさが当時の義一の胸中を渦巻いていた。この一件を境に、義一は里中に会うたび、不快感や敵意といった負の感情が向いてしまうようになっていた。


違和感の正体は、この負の感情に関係があった。これまで会うたび会うたび、里中に対して沸き起こっていた不快感が、今この瞬間には全く起こらないのである。外見は以前と変わらず、ビッシリとスーツを決め、その上から白衣を羽織っている。髪型もオールバックに、メガネも新調した様子も無い。ただ雰囲気だけが、どこか以前と変わっていた。まるで刑期を終えた受刑者の如く、以前とは別人な里中が目の前に居た。
里中への嫌悪感が消えるきっかけなども特別今まで無かった、数日会わないだけで人の印象などはこんなにも変わってしまうのか、義一の額を汗が一筋走った。隣から、義一の顔を見て察したのか、やっぱりいつもと里中が違うのだと、小太郎も再認識していた。
「2人とも、授業が始まる。早く教室へ。」
以前よりも厳格な印象を含んだ声をかけられ、違和感を拭えないまま、義一達は教室へ誘われた。
「ん?」
里中がスーツのポケットから手を抜く際に、何かが落ちるのを義一は目撃した。事件の匂いがする気がしたので、里中に見つからぬよう、こっそりと拾い、目を凝らしてみた。
「宝石か何かか?」
それは指先で摘めるくらいの、小さな破片。匂いなどは無く、綺麗なピンク色の破片であった。もしかしたら、これが里中に起こった異変に何か関係があるのかもしれないと、義一は破片を自身の制服のポケットにしまい、小太郎達に続いて教室へと入っていった。





「迂闊でした。まさか破片が残っていたとは…」
そう呟き、少女は唇を噛み締める。義一達と里中のやり取りの一部始終を、距離を置いて彼女はずっと見聞きしていた。遠目ではあるが、里中が落としたピンク色の破片を、少女もまた確かに目撃していた。
「早く回収しないと、大変なことになるかもしれません…」
そう言って彼女も、その場を後にした。
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