異世界でも働きたくないので、辺境貴族の末っ子としてもふもふと昼寝します

第1部：ゆるふわスローライフの幕開け ～元社畜、もふもふと家族に溺愛される最高の異世界生活、始めました～

第15話：メイド長の秘めたる確信。ルーク坊ちゃまは『祝福の天使様』に違いない！

　最近、メイド長のマーサは、一つの不思議な現象に気づいていた。
　それは、末っ子であるルーク坊ちゃまの身の回りで、立て続けに起こる小さな、しかし確かな『奇跡』とでも言うべき出来事だった。

（どうにも……坊ちゃまのお部屋に入ると、空気が違うように感じるのです……まるで、聖堂にでもいるかのように、清浄で、心が洗われるような……）

　マーサは、クライネル家に長年仕えるベテランメイドだ。
　この屋敷の隅々まで知り尽くし、些細な変化も見逃さない。
　ルーク坊ちゃまが馬車の事故の後、しばらく塞ぎ込んでいた時は、我が事のように心を痛めたものだが、あの銀色の小動物――モル様が現れてからは、日に日に元気を取り戻し、今では以前にも増して天使のような笑顔を見せてくれるようになった。
　それはマーサにとっても、この上ない喜びだった。

　だが、それと同時に、マーサはいくつかの不可解な点に気づき始めていたのだ。
　例えば、ルーク坊ちゃまの寝室の寝具。
　マリーが毎朝取り替えているはずなのに、いつ触ってもまるで新品のようにふかふかで、陽だまりのような温かさを保っている。
　洗濯を担当するメイドに聞いても、特別な洗い方をしているわけではないという。

　また、厨房でも奇妙なことがあった。
　先日、ルーク坊ちゃまが「モル様にも美味しいものを」と、厨房にあったあり合わせの果物や木の実を指さし、「これ、もっと甘くなーれ」などと子供らしいおまじないを呟いたところ、その直後に味見をした料理番が「な、なんだこの味は！？ ただの木の実が、まるで極上の蜜漬けのようだ！」と腰を抜かさんばかりに驚いていたのだ。
　その場にいたマーサも少しだけ味見させてもらったが、確かに、それは今まで味わったことのないような、芳醇で奥深い甘みを持っていた。

　そして、極めつけは、屋敷全体の雰囲気の変化だ。
　気のせいかもしれないが、ルーク坊ちゃまが元気になってからというもの、屋敷の中庭の花々は以前よりも色鮮やかに咲き誇り、厨房の食材は長持ちするようになり、使用人たちの間でも些細な病をする者が減ったように感じる。
　まるで、屋敷全体が、目に見えない何かの力で守られ、祝福されているかのように。

（まさか……とは思いますけれど……もしかしたら、ルーク坊ちゃまは……）

　マーサの脳裏に、古い言い伝えが蘇る。
　クライネル家の血筋には、ごく稀に、周囲に幸運と癒やしをもたらす『祝福の子』が生まれることがある、と。
　それは、おとぎ話のような、曖昧な伝承だ。
　だが、今のルーク坊ちゃまの身の回りで起こっている数々の現象は、その伝承を裏付けているように思えてならなかった。

　今日の午後も、マーサはルーク坊ちゃまの部屋の掃除をしていた。
　坊ちゃまは、モル様と一緒に窓辺でお昼寝をしている。
　その寝顔は、まさに天使そのものだ。
　部屋の中は、いつものように清々しい空気に満ち、窓から差し込む陽光がキラキラと輝いている。

　ふと、マーサは、ルーク坊ちゃまが昨日まで読んでいた絵本が、床に落ちそうになっているのに気づいた。
　そっと拾い上げ、テーブルの上に置こうとした、その時。
　絵本の表紙に描かれた、色褪せかけていた花の絵が、ほんの一瞬、鮮やかな色彩を取り戻したように見えた。

（……やはり……！）

　マーサは息を呑んだ。
　見間違いではない。確かに、花の絵は、生きているかのように瑞々しく輝いていたのだ。
　そして、その輝きは、眠っているルーク坊ちゃまから発せられているかのような、温かいオーラと繋がっているように感じられた。

（ルーク坊ちゃまは……やはり、特別な御方……！ 我がクライネル家に、いえ、このアスターテ領に、とんでもない幸運を運んでくださる、まさに『祝福の天使』に違いありませんわ……！）

　マーサの胸は、感動と畏敬の念でいっぱいになった。
　この事実は、決して誰にも漏らしてはならない。
　そして、自分は、この小さな天使様を、陰ながら全力でお守りしなくてはならないのだ、と。

　そう固く心に誓ったマーサは、ルーク坊ちゃまの安らかな寝息を聞きながら、そっと部屋を後にした。
　彼女の顔には、メイドとしての誇りと、そして何よりも深い慈愛に満ちた笑みが浮かんでいた。
　もちろん、そんなマーサの秘めたる確信など、当のルーク坊ちゃまは夢にも思わず、ただただモルとの幸せな昼寝の夢を見ているだけなのであった。