異世界でも働きたくないので、辺境貴族の末っ子としてもふもふと昼寝します

おまる

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第2部:ゆるふわスローライフに新たな風? ~噂の真相と小さな来訪者たち~

第23話:一番乗りの春みっけ!庭師タム爺と愛され末っ子のもふもふ散歩

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 暖炉の前でぬくぬくと過ごした冬の日々も、次第に遠ざかりつつあった。
 屋敷の窓から見える景色は、日に日にその色合いを変え、固く閉ざされていた大地からは、新しい命の息吹が顔を覗かせ始めている。
 そう、アスターテ領にも、ようやく本格的な春がやってきたのだ。

「モル!見て見て!お外、あったかいよ!」

 久しぶりに窓を大きく開け放つと、春の柔らかな日差しと、花の蜜を含んだような甘い風が部屋の中に流れ込んできた。
 俺は、その心地よさに思わず声を上げる。
 足元では、モルも同じように春の匂いを感じ取ったのか、「きゅんきゅん!」と嬉しそうに尻尾を振っていた。

(よし!今日は久しぶりに、お庭を探検だ!)

 冬の間は、寒さを理由にほとんど部屋か客間の暖炉の前で過ごしていたが、こう暖かくなっては、じっとしていられない。
 いや、正確には『何もしない』という基本スタンスは変わらないのだが、その『何もしない』場所を、たまには変えてみるのも一興だろう。

 俺はモルを伴って、意気揚々と庭へ飛び出した。
 長い間雪に覆われていた庭は、まるで生まれ変わったかのように生き生きとしている。
 芝生は鮮やかな緑色を取り戻し、木々の枝には小さな若葉が芽吹き始めていた。

「坊ちゃま、モル様、おはようございます!お待ちしておりましたぞ!」

 庭の隅で、花壇の手入れをしていた初老の男性が、俺たちの姿に気づいてにこやかに声をかけてきた。
 クライネル家に長年仕える庭師のタム爺だ。
 冬の間は、もっぱら温室の管理や薪割りをしていた彼も、春の訪れと共に、こうして庭仕事に精を出している。

(待ってました、って……タム爺、もしかして俺たちが来るの、楽しみにしてたのかな?)

 そう思うと、なんだか少しだけくすぐったいような、嬉しいような気持ちになる。

「タム爺、おはよう!春だねぇ!」

 俺がそう言うと、タム爺は皺くちゃの顔をさらにくしゃくしゃにして笑った。

「はい、坊ちゃま!ようやくアスターテにも春がやってまいりました。坊ちゃまがこうして元気にお庭に出てきてくださると、庭の花々も、儂も、なんだか元気が湧いてくるようですわい」

 そんな大げさな、と思いつつも、悪い気はしない。
 タム爺は、しゃがみ込んでモルの頭を優しく撫でた。モルも、タム爺にはすっかり懐いているようだ。

「ささ、坊ちゃま。あちらをご覧なさい。クロッカスが、もうこんなに綺麗に咲いておりますぞ」

 タム爺が指さす方を見ると、花壇の一角に、紫や黄色、白色の可憐なクロッカスの花が、まるで宝石のように咲き誇っていた。
 その隣には、スノードロップの白い小さな花も、春の訪れを告げるように可憐に揺れている。

「わぁ……!きれい……!」

 思わず感嘆の声が漏れる。
 前世では、こんなふうに季節の移り変わりを肌で感じる余裕なんて、全くなかった。
 ただ、毎日が灰色で、単調な日々の繰り返しだったのだ。

 モルも、初めて見る春の花々に興奮したのか、俺の足元をくるくると駆け回り、「きゅいきゅい!」と喜びの声を上げている。
 その姿は、まるで小さな銀色の弾丸のようだ。

「おっと、モル様は元気いっぱいですな。……おお、坊ちゃま、あちらに!」

 タム爺が、ふと空を指さした。
 見上げると、一羽のモンシロチョウが、ひらひらと優雅に舞っている。
 今年初めて見る蝶だ。

「一番乗りでございますな。春の使いでございますよ」

 タム爺は、本当に嬉しそうに目を細めている。
 その純粋な喜びが、俺にも伝わってくるようだった。

 俺は、モルと一緒に、しばらくの間、春の庭を駆け回った(主にモルが)。
 花の蜜を吸いに来た蜂を追いかけたり(すぐに飽きたが)、柔らかな草の上に寝転がって空を見上げたり。
 特別なことは何もない。
 ただ、春の訪れを、全身で感じているだけだ。
 それでも、心がこんなにも満たされるのは、きっと、隣にこの小さなもふもふの相棒がいてくれるからだろう。

 タム爺は、そんな俺たちの姿を、終始優しい笑顔で見守ってくれていた。
 その笑顔は、まるで春の日差しそのもののように、温かくて、心地よかった。
 クライネル家の庭には、確かに、春が訪れていた。
 そして、俺の心にも、新しい季節の予感が、そっと芽生え始めていた。
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