異世界でも働きたくないので、辺境貴族の末っ子としてもふもふと昼寝します

おまる

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第2部:ゆるふわスローライフに新たな風? ~噂の真相と小さな来訪者たち~

第30話:無邪気な天使な僕と困惑する学者。聖獣がただのペット扱い!?

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 エリオットが、カシワの木の下で眠る少年と銀色の小動物――ルークとモル――の姿に釘付けになっていると、不意に、その少年がもぞもぞと身じろぎした。
 そして、ゆっくりと瞼を開ける。
 長い睫毛に縁取られた、まだ眠気を帯びたとろんとしたヘーゼル色の瞳が、きょろりとエリオットの姿を捉えた。

「ん……? あれ……だれ……?」

 少年――ルークは、寝ぼけ眼をこすりながら、不思議そうに首を傾げた。
 その声は、まだ子供特有のあどけなさを残している。
 腕の中のモルも、ルークの動きに気づいて目を覚ましたのか、小さなあくびを一つすると、同じようにエリオットを見上げた。
 その大きな黒い瞳には、警戒心よりも好奇心の色が濃く浮かんでいる。

(し、しまった……起こしてしまったか……!)

 エリオットは、内心で慌てた。
 アランからは「末の弟の邪魔はしないように」と念を押されていたのだ。
 いきなりこんな奇異な目で見つめていては、不審者扱いされても仕方がない。

「あ、いや……その……申し訳ありません。私は、王都の魔法アカデミーから参りました、エリオット・アシュフォードと申します。クライネル子爵様にご許可をいただき、領内の調査をさせていただいておりまして……」

 しどろもどろに自己紹介をするエリオット。
 そんな彼に対し、ルークはきょとんとした顔のまま、こてんと首を傾げた。

「まほう……あかでみー……? おきゃくさんの、お兄さん……かな?」

 どうやら、ルークはエリオットのことを、単なる屋敷の訪問者の一人としか認識していないようだ。
 そのあまりの無警戒さと、純粋な子供らしい反応に、エリオットは拍子抜けすると同時に、言い知れぬ安堵感を覚えた。
 少なくとも、この少年が、自分の腕の中にいる生き物がどれほど希少で重要な存在であるかを理解している様子は、微塵も感じられない。

「はい、まあ……そのようなものです。お昼寝の邪魔をしてしまったようで、申し訳ありませんでした、ルーク様」

「ううん、だいじょーぶだよ。もう、いっぱい寝たから。ねー、モル?」

 ルークが腕の中のモルに話しかけると、モルは「きゅい!」と元気よく返事をした。
 そして、あろうことか、モルはルークの腕からぴょんと飛び降りると、短い足でちょこちょことエリオットの足元までやってきて、彼の靴の匂いをくんくんと嗅ぎ始めたのだ。

「こ、これは……!?」

 エリオットは、再び心臓が跳ね上がるのを感じた。
 シルヴァン・フェアリー(仮)が、自ら自分に近づいてくるなど、文献のどこにも記されていなかった。
 彼は、身動き一つできず、ただその小さな奇跡が自分の足元をうろちょろするのを、固唾を飲んで見守るしかなかった。

 ルークは、そんなエリオットの緊張など全く気にする様子もなく、にこにこと笑っている。

「モルはね、優しい人が好きなんだ。お兄さん、きっと優しい人なんだね」

「え……あ、は、はい……そうありたいとは思っておりますが……」

 エリオットは、どもりながら答えるのが精一杯だった。
 この少年は、一体何者なのだろうか。
 なぜ、これほどまでに無邪気でいられるのか。
 そして、なぜ、この幻の聖獣(仮)は、彼にこれほどまでに懐いているのか。
 疑問は尽きないが、それ以上に、この少年の持つ、人を警戒させない不思議な雰囲気に、エリオットは少しずつ引き込まれていくのを感じていた。

 モルは、一通りエリオットの靴の匂いを嗅ぎ終えると、満足したのか、再びルークの元へと戻り、その足にすり寄った。
 ルークは、そんなモルを優しく抱き上げる。

「お兄さんも、一緒におやつ食べる? 今日のおやつ、マーサが作ったクッキーなんだ。とっても美味しいんだよ」

 そう言って、ルークは屈託のない笑顔をエリオットに向けた。
 その笑顔は、まるで春の日差しのように温かく、エリオットの心の中にあった学術的な興奮や緊張を、ほんの少しだけ和らげてくれるようだった。

(この少年……そして、この銀色の生き物……やはり、何かとてつもない秘密を抱えているに違いない……だが、今は……)

 エリオットは、目の前の無邪気な天使(と、その腕の中の小さな奇跡)を前にして、ひとまず学者としての探究心を心の奥にしまい込み、一人の旅人として、この不思議な出会いを受け入れることにした。
 彼がアスターテ領で過ごす日々は、まだ始まったばかりなのだから。
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