異世界でも働きたくないので、辺境貴族の末っ子としてもふもふと昼寝します

第3部：ゆるふわスローライフは守られるべき！ ～ちょっぴり騒がしい、お客様と秘密のお手紙～

第61話：『もふもふベビー』保護大作戦！ ルーク様の『癒やしチート』で奇跡の回復＆即懐き！？

　古い書庫の床下から発見された、小さな黒銀の子狼――アルフレッドさん曰く『シルヴァン・ウルフ』の幼体。
　そのあまりにも弱々しく、怯えた姿に、僕たちはひとまずその子を保護することにした。
　アラン兄様が慎重にその子を抱き上げると、子狼は抵抗する元気もないのか、ぐったりと兄様の腕に身を任せている。ただ、その金色の瞳だけは、警戒の色を隠そうとせずに僕たち一人一人をじっと見つめていた。

（うぅ……なんだか、すごくお腹が空いてて、寒くて、怖かったんだろうなぁ……かわいそうに……）

　僕の部屋に運ばれた子狼は、汚れた身体を温かい布で拭いてもらい、新しい毛布の上にそっと寝かされた。
　すぐに獣医さんが呼ばれたけど、この辺境の地では珍しい生き物らしく、確かなことは分からない様子。ただ、「かなり衰弱しているが、幸い大きな怪我はなさそうだ」とのことだった。
　動物に詳しいタム爺も呼ばれたが、「こんなに気高い雰囲気の狼の子は初めて見たわい……普通の森狼とは、何かが違うようじゃ……」と首を傾げるばかり。

　子狼は、僕たちが用意した温かいミルクにも、新鮮なお肉にも、全く口をつけようとしなかった。
　ただ、部屋の隅で小さな身体を丸め、僕たちが近づこうとすると、弱々しいながらも「グルルル……」と喉の奥で威嚇するような声を出す。その瞳には、深い人間不信と絶望の色が浮かんでいるように見えた。

「困りましたわね……このままでは、衰弱してしまうかもしれません……」

　マリーが心配そうに呟く。
　アルフレッドさんも、「シルヴァン・ウルフは極めて誇り高く、心を許した相手以外からは施しを受けないという文献も……。ましてや幼体ならば、なおさら……」と難しい顔をしている。
　レオナルドさんは、そんな子狼を見て、「ふん、気位の高いことだ。だが、その金色の瞳はなかなか悪くない」などと、相変わらずの斜め上からの感想を述べていた。

　僕は、そんな子狼の姿を見て、なんだか胸が苦しくなった。
　お腹が空いてるのに食べられないなんて、可哀想すぎる。
　僕はおそるおそる、子狼に近づいた。
　子狼は、僕が近づくと、一瞬身を固くし、また「グルル……」と威嚇の声を漏らしたが、その声にはもう力がなかった。

「だいじょーぶだよぉ。怖くないよぉ。お腹、すいたでしょ？ これ、美味しいよ？」

　僕は、できるだけ優しい声で話しかけながら、ゆっくりと手を伸ばし、子狼の小さな頭をそっと撫でた。
　その瞬間、僕の手のひらから、いつものように温かくて心地よい『生活魔法』のオーラが、ふわりと子狼へと流れ込んでいくのを感じる。
　子狼は、最初はビクッと身体を震わせたが、僕の手に込められた純粋な善意と、そして何より『癒やしの力』を感じ取ったのだろうか。
　少しずつ、その身体から力が抜け、強張っていた表情が和らいでいくのが分かった。
　僕が優しく撫で続けると、やがて子狼は、僕の手に自分の頭をすり寄せるような仕草を見せ始めた。

（あ……！ よかった……少しだけ、安心てくれたみたい……！）

　僕は、温かいミルクを指先に少しだけつけ、子狼の口元へと運んでみた。
　すると、今度は警戒することなく、ぺろりとそれを舐め取った。
　そして、もっと欲しそうに僕の手を見つめてくる。
　僕は、小さなお皿にミルクを注ぎ、さらに『魔法』でほんのり甘く、栄養満点にしたお肉のかけらを添えて、子狼の前にそっと置いた。

　子狼は、しばらく僕の顔と目の前のご飯を交互に見ていたが、やがて意を決したように、夢中でミルクを飲み始め、お肉をかじり始めた。
　その食べっぷりは、見ていて気持ちがいいほどで、みるみるうちにその小さな身体に生気が戻っていくのが分かった。

　そして、お腹がいっぱいになったのだろう。
　子狼は、ふらふらとおぼつかない足取りで僕のそばにやってくると、僕の足元にコテンと身体を横たえ、そして、安心しきったように、すーすーと小さな寝息を立て始めたのだ。
　その寝顔は、まるで天使のように愛らしかった。

「「「…………」」」

　そのあまりのチョロ……もとい、劇的な懐きっぷりに、アラン兄様もマリーも、そしてアルフレッドさんとレオナルドさんも、完全に言葉を失って固まっていた。

「し、信じられん……あれほど警戒心の塊だったシルヴァン・ウルフの幼体が、こうも容易く……しかも、あの子供にだけ……！ ルーク様の力は、やはり『規格外』……いや、もはや『奇跡』そのものだ……！」

　アルフレッドさんが、わなわなと震えながら呟く。

「……まあ、美味いモン食わせてくれるヤツに懐くのは、動物としては当然の摂理だな（俺もそうだ）」

　レオナルドさんは、どこか納得したような、それでいて釈然としないような複雑な表情を浮かべていた。
　僕は、眠ってしまった子狼のそばにそっと座り込み、自分の古い、でも一番お気に入りの柔らかい毛布を、その小さな身体にかけてあげた。
　心配でなかなか眠れそうになかったので、その日は、僕も子狼のそばで一緒に眠ることにした。
　モルも、最初は少しだけヤキモチを焼いていたみたいだけど、すぐに子狼のそばに丸くなり、まるで兄貴分のように寄り添って眠り始めた。
　僕の新しい『もふもふ仲間』との、ちょっと不思議な共同生活が、こうして始まったのだった。