異世界でも働きたくないので、辺境貴族の末っ子としてもふもふと昼寝します

第3部：ゆるふわスローライフは守られるべき！ ～ちょっぴり騒がしい、お客様と秘密のお手紙～

第64話：収穫祭の準備は大忙し！？ ルーク様は『お味見係』で無自覚チート大発動！

　アスターテ領が一年で最も活気づく『収穫祭』まで、あと数日。
　クライネル邸の厨房は、朝から晩まで甘くて香ばしい匂いと、メイドさんたちの賑やかな声で満たされていた。
　メイド長のマーサさんを筆頭に、マリーたち調理担当のメイドさんたちが、収穫祭で販売するお菓子や料理の試作に大忙しなのだ。

　僕はといえば、そんな忙しそうな厨房の様子を、モルとクロと一緒に遠巻きに眺めているのが日課になっていた。
　もちろん、邪魔にならないように、というのが大義名分だけど、本音を言えば、試作品の『お味見』という最高に重要な任務（自称）を期待しているからだ。

「ルーク坊ちゃま、ちょうど良いところに！ こちらのリンゴパイ、少し焼き加減を見ていただけますか？」

　ほら来た！
　マリーが、オーブンから取り出したばかりの、黄金色に輝くリンゴパイを僕のところに持ってきてくれた。
　ふわりと立ち上る、バターとシナモン、そして甘酸っぱいリンゴの香りがたまらない。

「わぁ、おいしそ～！ マリー、ありがとうだよぉ」

　僕は、小さなフォークでほんの少しだけパイ生地を切り取り、口に運ぶ。
　サクサクとした生地の食感と、とろりとしたリンゴのフィリングの優しい甘さが口の中に広がる。
　うん、そのままでも十分美味しい。でも……。

「ん～、もうちょっとだけ、リンゴさんが『元気』になると、もっとおいしいかも？」

　僕がそんなことを無邪気に呟くと、マリーは「かしこまりました、ルーク坊ちゃま！」と真剣な顔で頷き、パイをオーブンに戻してほんの少しだけ焼き時間を追加した。
　そして、数分後。再び僕の前に出されたリンゴパイは、先ほどとは明らかに『オーラ』が違っていた。
　リンゴの香りが数段華やかになり、パイ生地の焼き色も、まるで内側から発光しているかのように完璧な黄金色に輝いている。

（よしよし、僕の『生活魔法』、今日もいい仕事してるね！）

　もちろん、僕が何か特別なことをしたわけではない。ただ、僕が「美味しい」と感じたり、「もっとこうなったらいいな」と思ったりすると、なぜか目の前の食べ物が勝手に美味しくなってくれるのだ。まさに『無自覚チート』である。

　そんな僕の『お味見』風景を、壁際でこっそり（しかし熱心に）観察していたのは、アルフレッドさんとレオナルドさんだった。

「ま、まただ……！ あの子供が「おいしいかも」と言っただけで、リンゴパイの品質が劇的に向上した……！ 味覚だけでなく、視覚的にも、そしておそらく魔力的にも、物質そのもののポテンシャルが限界を超えて引き出されている……！ これは、一体どういう現象なんだ……！？」

　アルフレッドさんは、小声でぶつぶつと分析しながら、興奮のあまり持っていたペンをへし折りそうになっている。

「ふむ……つまり、あいつが『もっと味見させろ』と言えば、俺たちはさらに美味いものが食える、ということか……？（ゴクリ）」

　レオナルドさんは、完全に本能で状況を理解し、よだれを垂らしそうな勢いだ。
　すると今度は、マーサさんが大きなボウルに入ったクッキー生地を運んできた。

「ルーク様、こちらのクッキー生地も、ぜひ『ルーク様の一手間』を加えていただけないでしょうか？ 昨年、ルーク様が『おいしくなぁれ～』と混ぜてくださった生地は、それはもう奇跡のようなお味になりましたので」

「ええ～？ 僕がやっても、あんまり変わらないと思うけどなぁ……」

　僕は少し困りつつも、マーサさんのキラキラした期待の眼差しに負けて、小さなエプロンをつけてもらい、生地の入ったボウルの前に立った。
　モルとクロも、足元で「僕たちも手伝う！（そして味見する！）」と言わんばかりにそわそわしている。

　僕は、木べらを受け取ると、よいしょ、と生地を混ぜ始める。
　最初は少し重かった生地が、僕が「おいしくなぁれ～、みんなが笑顔になぁれ～」と心の中で（そして時々口に出しながら）念じていると、不思議なことに、だんだん滑らかになり、ふんわりと空気を含んでいくのが分かる。
　そして、生地からはバターと砂糖の甘い香りが、まるで生きているかのように厨房いっぱいに広がり始めた。

「まあ……！ ご覧ください、奥様！ ルーク様が手を加えてくださると、生地がまるで喜んで、自ら美味しくなろうとしているようですわ……！」

　様子を見に来たセレスティーナ母様に、マーサさんが感動の声を上げる。

「ええ、本当に。ルークの一手間は、どんな魔法のスパイスよりも効果がありますものね。これが『愛情』というものかしら」

　母様は、うふふと微笑んでいる。
　その横では、アルフレッドさんが「愛情……いや、これはもっと根源的な、生命そのものへの『祝福』と『改変』の力だ……！」と、またしても小声で何やら難しいことを呟いていた。
　レオナルドさんは、ただただ「早く焼け……早くその奇跡のクッキーを俺の口に……」と念仏のように唱えている。

　こうして、僕の『お味見係』という名の『無自覚チート大発動タイム』は、収穫祭の準備期間中、毎日続くことになった。
　その結果、クライネル家の厨房では、昨年を遥かに凌駕する『神の領域』のお菓子や料理が、次々と生み出されていくことになるのだが……それはまた、別のお話。
　クロも、そのおこぼれに預かって、すっかり丸々と（健康的にもふもふと）太っていくのだった。