異世界でも働きたくないので、辺境貴族の末っ子としてもふもふと昼寝します

おまる

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第4部:ゆるふわスローライフに最大の危機!? ~公爵夫人の『天使様』お持ち帰り計画と、王都からの刺客(美食家ぞろい)~

第69話:『女帝』襲来対策会議! クライネル家の秘策は…『究極のおもてなし』で胃袋を掴んで骨抜き大作戦!?

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 エルムガルド公爵夫人イザベラの勅使ゲルハルトが、嵐のように去って行った後。
 クライネル子爵邸の応接間には、重苦しい沈黙が漂っていた。
 父ライオネル、母セレスティーナ、長兄アラン、そしてオブザーバーとして(半ば強制的に)参加させられているアルフレッドさんとレオナルドさん。それぞれの顔には、一様に深刻な色が浮かんでいる。
 まあ、僕とモルとクロは、そんな大人たちの難しい顔はどこ吹く風で、床の上で毛糸玉を追いかけっこして遊んでいたけど。

「……まさか、イザベラ公爵夫人ご本人が、このアスターテにお成りになるとはな……」

 最初に沈黙を破ったのは、父様だった。その声には、普段の温厚さからは想像もできないほどの、深い憂慮が滲んでいる。

「アラン、お前は王都の事情に詳しい。イザベラ公爵夫人が、なぜこの時期に、わざわざ辺境の我が領へ? しかも、ルークを名指しで……何か心当たりはあるか?」

 父様の問いに、アラン兄様は眉間に深い皺を刻みながら答えた。

「恐らくですが、エリオット殿の報告が発端でしょう。彼がアカデミーに提出したアスターテ領の特異現象、特にルークの持つ『祝福』とも呼べる力に関する記述は、一部の有力者の間で大きな関心を集めていたと聞きます。イザベラ公爵夫人は、その報告の真偽を、ご自身の目でお確かめになりたいのでしょう」

 アラン兄様の言葉に、アルフレッドさんがこくりと頷く。

「アラン殿の推察通りかと。イザベラ公爵夫人は、その冷徹なまでの合理性と、本質を見抜く慧眼で知られています。彼女が一度興味を持たれた以上、我々がルーク様の力を隠蔽しようとすれば、かえって状況を悪化させる可能性すらあります。下手をすれば……クライネル家そのものが、公爵夫人の不興を買い、取り潰されることも……」

 アルフレッドさんの言葉に、部屋の空気がさらに重くなる。
 レオナルドさんも、いつもの軽口を叩く余裕もなく、珍しく真剣な顔で腕を組んでいる。彼の実家であるヴァイス侯爵家ですら、エルムガルド公爵家の前では、その影響力において大きく劣るのだ。

「では、どうすれば……? ルークを、あの『鉄の女帝』と呼ばれる方に会わせるなど、危険すぎるのでは……」

 ベルトラン兄様が、不安そうな声を上げる。
 セシル姉様も、心配そうに僕の方を見つめている。
 そんな緊迫した雰囲気の中、ふわりと、春の花のような優しい声が響いた。

「皆様、そんなに思い詰めたお顔をなさらないで。わたくしに、一つ考えがございますわ」

 声の主は、母セレスティーナだった。
 彼女は、いつものように穏やかな微笑みを浮かべていたが、その瞳の奥には、確固たる意志と、深い母性愛が宿っている。

「イザベラ公爵夫人が、どのようなお方かは存じ上げません。ですが、ゲルハルト様のお話ぶりから察するに、あの方は、最近お心が満たされておらず、何か『本物』の癒やしを求めていらっしゃるのではないでしょうか? “何を召し上がっても味がしない”とまでおっしゃるのですから」

 母様の言葉に、一同はハッとしたように顔を上げた。

「あのようなお方には、力や理屈、あるいは権威で対抗しようとしても、おそらく通用いたしませんわ。むしろ、逆効果でしょう。でしたら、我々は我々らしく、このアスターテ領の『真の豊かさ』そのもので、公爵夫人をお迎えするのが一番ではございませんか?」

 セレスティーナ母様は、ゆっくりと言葉を続ける。その声には、不思議な説得力があった。

「ルークのあの、純粋で無垢な『癒やしの力』。そして、この土地が生み出す、心づくしの『美食』の数々。それらで、公爵夫人のお心を、内側から優しく解きほぐして差し上げるのです。最高の『おもてなし』で、公爵夫人の胃袋を掴み、そして心を掴み……最後には、骨抜きにしてしまうのですわ!」

 母様の口から飛び出した「骨抜き大作戦」という、なんとも物騒な(しかし、どこかクライネル家らしい)言葉に、父様も兄様たちも、そしてアルフレッドさんやレオナルドさんまでもが、一瞬呆気に取られた。
 しかし、次の瞬間、父様の顔に、いつもの自信に満ちた笑みが戻った。

「……うむ! セレスティーナ、お前の言う通りだ! それこそが、我々クライネル家らしいやり方だ! 力でねじ伏せようとする相手には、我々はその何倍もの『愛』と『美味しいもの』で応える! ルークのあの、太陽のような笑顔と、この土地の恵みこそが、我々の最大の武器なのだ!」

「素晴らしい……! まさに合理的かつ大胆不敵な作戦……! ルーク様の『祝福』の力を、これ以上なく効果的に活用するとは……! さすがはクライネル奥様!」

 アルフレッドさんは、感嘆の声を上げ、目を輝かせている。完全にクライネル家の思考に染まりつつある。

「つまり……また美味いものが、腹いっぱい食えるということか? それなら、俺も全面的に協力しようではないか!(主に試食と味の最終チェックでな!)」

 レオナルドさんは、完全に復活し、目を爛々と輝かせながら、やる気満々(の方向性が少しズレているが)の表情を見せた。
 こうして、クライネル家の『女帝イザベラ様おもてなし骨抜き大作戦』は、満場一致(?)で採択された。
 その作戦の成否は、ひとえに僕、ルーク・クライネルの『無自覚チート』と、アスターテ領の『規格外の美食』にかかっているのだった。もちろん、僕はそんな壮大な作戦が始動したことなど露知らず、床でモルとクロと一緒に、毛糸玉の取り合いっこを続けていたのだが。
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