異世界でも働きたくないので、辺境貴族の末っ子としてもふもふと昼寝します

おまる

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第4部:ゆるふわスローライフに最大の危機!? ~公爵夫人の『天使様』お持ち帰り計画と、王都からの刺客(美食家ぞろい)~

第68話:アスターテに激震! 『鉄の公爵夫人』からの勅使到来! その目的は…『天使様』のご機嫌伺い!?

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 秋晴れの空がどこまでも高く澄み渡る、アスターテ領の穏やかな午後。
 僕、ルーク・クライネルは、愛するモルと、すっかり弟分になったクロと一緒に、庭でどんぐり拾いに興じていた。
 拾ったどんぐりは、あとでティンクにもお裾分けするのだ。きっと喜んでくれるだろう。

(ん~、今年のどんぐりは、なんだかいつもより丸々としてて美味しそうだなぁ。……って、どんぐりは食べられないんだった。でも、なんだかキラキラしてる気がする!)

 そんな僕の『ゆるふわ』な日常に、突如として緊張感あふれる『王都の風』が吹き込んできたのは、本当に突然のことだった。
 クライネル子爵邸の門前に、物々しい一団が到着したのだ。
 彼らは、磨き上げられた漆黒の馬車に乗り、揃いの豪奢な制服に身を包み、その胸には王国でも最高位の貴族の一つ、エルムガルド公爵家の『銀翼のグリフォン』の紋章が誇らしげに輝いていた。
 明らかに、この辺境の地には不釣り合いな、威圧感と格式を漂わせる一行だった。

 応対に出た父ライオネルと長兄アランの表情にも、普段の穏やかさとは違う、微かな緊張の色が浮かんでいる。
 僕は、庭の木陰から、モルとクロと一緒にその様子をこっそり(そしてのんびりと)眺めていた。

 馬車から降り立ったのは、いかにも切れ者といった風貌の中年男性だった。
 その鋭い眼光は、クライネル家の者たちを値踏みするように見回し、そして、有無を言わせぬような威厳をたたえた声で、こう告げた。

「クライネル子爵ライオネル殿、並びに御嫡男アラン殿とお見受けする。我々は、エルムガルド公爵夫人、イザベラ様が勅使として参った。公爵夫人より、貴殿らに伝言がある」

 その言葉だけで、父様とアラン兄様の背筋がぴんと伸びたのが分かった。
 エルムガルド公爵夫人イザベラ――その名は、王国の貴族社会において、国王陛下に次ぐほどの絶大な影響力を持つ者の名だ。『鉄の公爵夫人』あるいは『銀髪の女帝』とも呼ばれ、その美貌と冷徹なまでの知性、そして時には非情とも思える決断力で、長年王国の政治を影から操ってきたと言われている。

 父様が、恭しく頭を下げて使者を屋敷へと招き入れる。
 客間に通された使者の代表――名をゲルハルトというらしい――は、用意された最高級のお茶(もちろん、僕の『祝福オーラ』で極上の風味になっている)には目もくれず、単刀直入に本題を切り出した。

「公爵夫人イザベラ様は、近々、このアスターテ領にて、しばしの『静養』をお望みである。つきましては、クライネル子爵家にて、そのお迎えの準備を滞りなく進めていただきたい、との仰せだ」

 『静養』――その言葉の裏に隠された本当の目的を、ライオネルもアランも、そして客間の隅で聞き耳を立てていたアルフレッドさんとレオナルドさんも、瞬時に理解した。

「それはそれは……公爵夫人直々のご来訪とは、このアスターテにとって望外の光栄。万全の準備をもってお迎えいたします」

 父様は、顔色一つ変えずにそう答えたが、その声には隠しきれない緊張が滲んでいた。
 ゲルハルトは、満足そうに頷くと、さらに言葉を続ける。その声は、どこか面白がるような響きを含んでいた。

「公爵夫人は、アスターテの清浄な空気と、そして何より、噂に名高い『癒やしの力を持つご子息』――ルーク・クライネル様に、大変ご興味をお持ちでしてな。ええ、それはもう、ここ最近のご執心ぶりは大変なもので……」

 そこでゲルハルトは、わざとらしく声を潜め、まるで内緒話でもするかのように付け加えた。

「“静養”とはおっしゃっておりますが、公爵夫人はおそらく“ご視察”に近いお気持ちでしょうな。何しろ、最近は何を召し上がっても『味がしない』とご不満そうでして……ええ、それはもう、ため息の一つ一つが我々にとっては万鈞の重みでしてな……ぶつぶつ……。もし、かの『天使様』が、公爵夫人のその“退屈病”を癒やしてくださるのなら、我々も少しは肩の荷が下りるのですが……はっはっは」

 その軽い毒舌とユーモアを含んだ物言いに、ライオネルもアランも、一瞬だけ表情を緩めたが、すぐにまた気を引き締める。
 この男、ただの使者ではない。イザベラ公爵夫人の腹心の一人に違いない。

 アルフレッドさんは、その会話を聞きながら、内心で戦慄していた。

(イザベラ公爵夫人が、ルーク様に直接ご興味をお持ちになるとは……! あの御方は、常に“本質”と“真に価値あるもの”を見抜く慧眼をお持ちだ。だとすれば、ルーク様のこの『祝福』の力は、あるいは王国全体……いや、世界そのものに影響を与えうる、途轍もないものなのかもしれない……!)

 一方、レオナルドさんは、全く別の意味で顔面蒼白になっていた。

(げっ、よりによってあの『鉄の女帝』がアスターテに来るだと!? まずい、非常にまずいぞ! 俺が最近発見した、この屋敷の『究極の昼寝スポット』や、『秘密のおやつ隠し場所ベスト3』が、あの女帝に見つかったらどうなる……!? いや、それよりも何よりも、あの女帝の機嫌を万が一にも損ねたら、アスターテ産の極上ワインと奇跡のクッキーが、今後一切口にできなくなるかもしれないッ! それだけは断固として阻止せねばなるまい……!)

 二人の訪問者は、それぞれの思惑で、この未曾有の事態にどう対処すべきか、頭をフル回転させ始めた。
 クライネル子爵邸に、そしてアスターテ領に、まもなく『女帝』が降臨する。
 その波乱の幕開けを告げる使者の言葉は、秋の穏やかな日差しの中に、確かな緊張感を運び込んできたのだった。
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