異世界でも働きたくないので、辺境貴族の末っ子としてもふもふと昼寝します

第4部：ゆるふわスローライフに最大の危機！？ ～公爵夫人の『天使様』お持ち帰り計画と、王都からの刺客（美食家ぞろい）～

第81話：厨房は『女帝』の秘密ラボ！？ ルーク様の『味見マジック』の瞬間をイザベラ様が目撃！ 「これが…祝福の源泉…！」

　イザベラ公爵夫人が、クライネル邸の『癒やしオーラ』（主に僕のお昼寝から発せられる）に少しずつ影響を受け始めている頃。
　彼女の次なる関心は、この屋敷で提供される、常軌を逸したレベルで美味しい食事の『秘密』へと向けられていた。
　特に、あの『祝福クッキー』を口にして以来、イザベラはアスターテ領の食材と調理法に、並々ならぬ興味を抱いているようだった。

「クライネル子爵夫人。貴家の食事は、どれも素晴らしい味わいですわね。特に、素材そのものの持つ力が、最大限に引き出されているように感じられます。何か、特別な秘伝でもおありなのかしら？」

　ある日のティータイムで、イザベラは母セレスティーナに、さりげなく、しかし探るような視線を向けて尋ねた。
　母様は、いつものように優雅な微笑みを浮かべて答える。

「まあ、公爵夫人にお褒めいただき光栄ですわ。秘伝などというものはございませんのよ。ただ、アスターテの豊かな大地と太陽の恵み、そして料理人たちの愛情がこもっているだけでございます。……ああ、それと、我が家の末っ子のルークが、時折厨房を覗いては『こうしたらもっと美味しいかも』なんて、可愛らしい助言をしてくれることもございますけれど」

　その言葉に、イザベラの紫水晶の瞳が、微かにきらめいた。
　料理長のギョームやメイド長のマーサにも、同様の質問を投げかけたが、返ってくる答えは判で押したように「全てはルーク様のおかげでございます（キリッ！）」というものばかり。
　どうやら、この屋敷の『美食の秘密』の鍵を握るのは、やはりあの『天使様』らしい。

　ついにイザベラは、ルークが厨房に現れるというタイミングを見計らい、腹心のゲルハルトに完璧なまでのカモフラージュ（「庭のハーブの生育状況を拝見したい」などというもっともらしい理由）をさせて、こっそりと厨房の様子を観察する機会を得た。
　その時、厨房ではちょうど、明日の昼食に出す予定の『森のキノコのクリームスープ』の最終調整が行われていた。ギョーム料理長が、味見用の小さなスプーンを手に、難しい顔で鍋と向き合っている。

「ううむ、悪くはない……悪くはないのだが、何かが決定的に足りないのだ……。このままでは、公爵夫人のお口には……」

　そこへ、僕が「いいにおいがする～！」と、モルとクロを連れて、いつものように無邪気にやってきた。

「ギョームさん、なにしてるのぉ？ おいしそうなスープだねぇ！」

「おお、ルーク様！ これはこれは。ちょうど、新しいスープの味見をお願いしようと思っていたところでございます！」

　ギョーム料理長は、待ってましたとばかりに、僕に小さなスプーンを差し出す。
　僕は、ふーふーと息を吹きかけて冷ましながら、スープを一口。
　うん、キノコの香りが豊かで、クリームも濃厚で、とっても美味しい。でも……。

「ん～、おいしいよぉ、ギョームさん！ でもね、もうちょっとだけ、お日様の光がキラキラってして、森の妖精さんがこっそり隠した秘密のスパイスみたいなのが入ると、もっともっと、お口の中が幸せになると思うなぁ！」

　僕の、子供らしいファンタジーな感想。
　しかし、その言葉が発せられた瞬間、厨房の空気が変わった。
　イザベラは、物陰から息を殺してその光景を見つめていたが、彼女の鋭敏な感覚は、ルークの言葉と同時に、鍋の中のスープから放たれる『気配』が劇的に変化したのを感じ取っていた。
　それは、まるでルークの言葉そのものが、目に見えない『力』となってスープに作用したかのようだ。
　スープの表面には、ほんのりと黄金色の輝きが浮かび上がり、先ほどまでとは比較にならないほど、深く、芳醇で、そしてどこか神聖なまでのキノコの香りが、厨房いっぱいに立ち込めたのだ。

　ギョーム料理長が、震える手で再びスープを味見する。
　そして、次の瞬間、彼は「おおおおおっっ！！ これだ！ これこそが、私が求めていた『完璧なる調和』！ ルーク様、あなた様はやはり『食の預言者』であらせられる！！」と、感涙にむせびながら叫んだ。

　イザベラは、その一部始終を目の当たりにし、言葉を失っていた。
　彼女の頭脳が、必死にこの現象を理解しようと回転する。

（……彼の言葉が、味を変えるというの？ まるで、古代の文献に記された『言霊の魔術』か、あるいは失われた『神々の祝詞』のように……。だが、あんなにも無邪気に、無意識に、これほどの現象を引き起こすとは……。これは、解析不能な『奇跡』そのものね……。これこそが……アスターテの『祝福』の源泉……！）

　イザベラの表情には、戦慄と、興奮と、そしてほんの少しの畏怖のようなものが浮かんでいた。
　この子供の力は、彼女の想像を遥かに超えている。
　その夜の夕食。
　食卓に並べられた『森のキノコのクリームスープ』を口にしたイザベラは、そのあまりにも完璧な味わいと、飲んだ後に身体の奥底から湧き上がってくる温かい幸福感に、しばし言葉を失った。
　そして、ルークの方を、以前とは全く違う、どこか探るような、そして何かを期待するような、複雑な眼差しで見つめるのだった。
　彼女の中で、「ルーク・クライネル＝規格外の力の持ち主であり、あるいは自らの長年の渇望を満たしうる存在」という認識が、確固たるものへと変わり始めていた。