異世界でも働きたくないので、辺境貴族の末っ子としてもふもふと昼寝します

おまる

文字の大きさ
82 / 87
第4部:ゆるふわスローライフに最大の危機!? ~公爵夫人の『天使様』お持ち帰り計画と、王都からの刺客(美食家ぞろい)~

第82話:モフモフ外交発動!? モルとクロ、ついに『女帝』の懐に飛び込む(物理)! 鉄の心もとろけるか!?

しおりを挟む
 イザベラ公爵夫人が、僕の『味見マジック』の瞬間を目撃してから数日。
 彼女は、以前にも増して僕の行動に注目しているようだった。
 とはいえ、僕の日常は特に変わらない。お昼寝して、おやつを食べて、モルとクロと庭で遊ぶ。それが僕の『ゆるふわ道』だからだ。

 ある日の午後、僕はいつものように、庭の大きなカシワの木の下で、モルとクロと一緒にボール遊びをしていた。
 僕が「えいっ」と投げた小さな毛糸のボールを、モルが俊敏に追いかけ、クロが少しだけ遅れて、でも一生懸命にそれを追いかける。二匹とも、本当に可愛い。

 そんな僕たちのところに、ふらりとイザベラ公爵夫人がやってきた。
 供も連れず、たった一人で。
 彼女は、少し離れた場所に置かれたベンチに静かに腰を下ろし、僕たちの遊ぶ様子を、ただ黙って眺めている。その表情は相変わらず読み取りにくいけど、以前のような刺々しさは少しだけ薄れているような気がした。

「おねえさんも、いっしょにあそぶー?」

 僕は、ボールを追いかけるのに少し飽きてきたので、イザベラに無邪気に声をかけてみた。
 彼女は、僕の言葉に少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの冷静な表情に戻り、静かに首を横に振った。

「いいえ、わたくしはここで見ているだけで結構ですわ、ルーク様」

(そっかぁ、残念だなぁ。おねえさんもモフモフしたら、きっと楽しいのに)

 僕は少しだけ残念に思ったけど、無理強いはしない。
 再びモルとクロとの遊びに戻ろうとした、その時だった。
 今まで僕の足元でおとなしくしていたクロが、突然、イザベラの方へ向かってとてとてと歩き出したのだ。
 そして、彼女の足元まで行くと、その豪華なドレスの裾をくんくんと嗅ぎ始め、しまいには、小さな前足でちょいちょいとイザベラの靴を突つき始めた。まるで、「遊んでよ!」とでも言っているようだ。

「こ、こら、クロ! おねえさんに、めいわくだめだよぉ!」

 僕は慌ててクロを止めようとしたが、イザベラはそれを手で制した。

「構いませんわ、ルーク様。この子、わたくしに何か用があるのかしら?」

 イザベラの言葉に、クロはまるでそれを理解したかのように、彼女の顔を見上げ、「くぅん」と甘えたような声を出す。
 そして次の瞬間、あろうことか、クロはイザベラの膝の上へと、ぴょんと飛び乗ってしまったのだ!
 これには、さすがのイザベラも驚いたようで、その紫水晶の瞳が大きく見開かれた。

「まあ……! なんて大胆な子なのでしょう……!」

 しかし、イザベラはクロを邪険にすることなく、ただ困ったような、それでいてどこか面白そうな表情で、自分の膝の上で丸くなろうとするクロを見下ろしている。
 クロは、イザベラのドレスの温かくて柔らかい感触が気に入ったのか、満足そうに目を細め、やがてすーすーと小さな寝息を立て始めた。
 まさかの『女帝の膝枕』である。

 さらに、それを見ていたモルも、負けじと(?)イザベラの元へとやってきた。
 モルは、クロのように大胆に膝に乗ることはしなかったが、イザベラが座るベンチの隣にちょこんと座り、その大きな黒い瞳で、じっとイザベラの顔を見つめている。
 まるで、「この人は、本当にルークの敵じゃないのかな?」と値踏みしているかのようだ。
 そして、しばらくすると、モルもおもむろに立ち上がり、イザベラの伸ばされた手(彼女自身、無意識に手を差し伸べていた)に、自分の小さな鼻先をすり、と擦り寄せたのだ。

 イザベラは、最初こそ驚きと戸惑いの表情を浮かべていたが、膝の上で無防備に眠るクロの温かさと、足元で信頼を示すように寄り添うモルの柔らかい毛並みに触れているうちに、その鉄仮面のような表情が、ほんの僅かではあったが、確かに和らいでいくのが分かった。
 彼女は、思わず、そっと手を伸ばし、モルの背中を優しく撫で始めた。その手つきは、ぎこちないながらも、どこか慈しむような温かさを帯びている。

(……なんて……温かくて……柔らかいのかしら……。こんな感触、いつ以来かしら……。この子たちは、わたくしの地位も、権力も、何も気にせず、ただ純粋に……)

 イザベラの胸の奥に、今まで感じたことのない、穏やかで、そしてどこか切ないような感情が込み上げてくる。
 それは、長年彼女を縛り付けていた孤独という名の鎧が、ほんの少しだけ、ひび割れた瞬間だったのかもしれない。

 その一部始終を、物陰から固唾を飲んで見守っていたゲルハルトや侍女たち、そしてクライネル家一同(もちろん、アルフレッドさんとレオナルドさんも含む)は、信じられないものを見たかのように、ただただ息をのんでいた。

「あ、あの公爵夫人が……動物に、あのようなお顔を……!」

「も、もしかして、モルちゃんとクロちゃんの『もふもふ外交』が、功を奏したのでは……!?」

 誰かが、そんな囁きを漏らす。
 『鉄の女帝』の心を、ほんの少しだけ溶かしたのは、大国の軍事力でも、巧妙な外交術でもなく、ただただ純粋で無垢な、『もふもふ』たちの温もりだったのかもしれない。
 この小さな出来事が、イザベラの心にどんな変化をもたらすのか。
 そして、彼女の「アスターテ視察」の目的は、一体どこへ向かうのだろうか。
 物語は、静かに、しかし確実に、新たな局面へと動き出そうとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さな貴族は色々最強!?

谷 優
ファンタジー
神様の手違いによって、別の世界の人間として生まれた清水 尊。 本来存在しない世界の異物を排除しようと見えざる者の手が働き、不運にも9歳という若さで息を引き取った。 神様はお詫びとして、記憶を持ったままの転生、そして加護を授けることを約束した。 その結果、異世界の貴族、侯爵家ウィリアム・ヴェスターとして生まれ変ることに。 転生先は優しい両親と、ちょっぴり愛の強い兄のいるとっても幸せな家庭であった。 魔法属性検査の日、ウィリアムは自分の属性に驚愕して__。 ウィリアムは、もふもふな友達と共に神様から貰った加護で皆を癒していく。

転生ちびっ子の魔物研究所〜ほのぼの家族に溢れんばかりの愛情を受けスローライフを送っていたら規格外の子どもに育っていました〜

幸運寺大大吉丸◎ 書籍発売中
ファンタジー
高校生の涼太は交通事故で死んでしまったところを優しい神様達に助けられて、異世界に転生させて貰える事になった。 辺境伯家の末っ子のアクシアに転生した彼は色々な人に愛されながら、そこに住む色々な魔物や植物に興味を抱き、研究する気ままな生活を送る事になる。

スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜

もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。 ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を! 目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。 スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。 何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。 やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。 「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ! ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。 ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。   2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます!

【一秒クッキング】追放された転生人は最強スキルより食にしか興味がないようです~元婚約者と子犬と獣人族母娘との旅~

御峰。
ファンタジー
転生を果たした主人公ノアは剣士家系の子爵家三男として生まれる。 十歳に開花するはずの才能だが、ノアは生まれてすぐに才能【アプリ】を開花していた。 剣士家系の家に嫌気がさしていた主人公は、剣士系のアプリではなく【一秒クッキング】をインストールし、好きな食べ物を食べ歩くと決意する。 十歳に才能なしと判断され婚約破棄されたが、元婚約者セレナも才能【暴食】を開花させて、実家から煙たがれるようになった。 紆余曲折から二人は再び出会い、休息日を一緒に過ごすようになる。 十二歳になり成人となったノアは晴れて(?)実家から追放され家を出ることになった。 自由の身となったノアと家出元婚約者セレナと可愛らしい子犬は世界を歩き回りながら、美味しいご飯を食べまくる旅を始める。 その旅はやがて色んな国の色んな事件に巻き込まれるのだが、この物語はまだ始まったばかりだ。 ※ファンタジーカップ用に書き下ろし作品となります。アルファポリス優先投稿となっております。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

『規格外の薬師、追放されて辺境スローライフを始める。〜作ったポーションが国家機密級なのは秘密です〜』

雛月 らん
ファンタジー
俺、黒田 蓮(くろだ れん)35歳は前世でブラック企業の社畜だった。過労死寸前で倒れ、次に目覚めたとき、そこは剣と魔法の異世界。しかも、幼少期の俺は、とある大貴族の私生児、アレン・クロイツェルとして生まれ変わっていた。 前世の記憶と、この世界では「外れスキル」とされる『万物鑑定』と『薬草栽培(ハイレベル)』。そして、誰にも知られていない規格外の莫大な魔力を持っていた。 しかし、俺は決意する。「今世こそ、誰にも邪魔されない、のんびりしたスローライフを送る!」と。 これは、スローライフを死守したい天才薬師のアレンと、彼の作る規格外の薬に振り回される異世界の物語。 平穏を愛する(自称)凡人薬師の、のんびりだけど実は波乱万丈な辺境スローライフファンタジー。

【完結】スキルを作って習得!僕の趣味になりました

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》 どんなスキル持ちかによって、人生が決まる。生まれ持ったスキルは、12歳過ぎから鑑定で見えるようになる。ロマドは、4度目の15歳の歳の鑑定で、『スキル錬金』という優秀なスキルだと鑑定され……たと思ったが、錬金とつくが熟練度が上がらない!結局、使えないスキルとして一般スキル扱いとなってしまった。  どうやったら熟練度が上がるんだと思っていたところで、熟練度の上げ方を発見!  スキルの扱いを錬金にしてもらおうとするも却下された為、仕方なくあきらめた。だが、ふと「作成条件」という文字が目の前に見えて、その条件を達してみると、新しいスキルをゲットした!  天然ロマドと、タメで先輩のユイジュの突っ込みと、チェトの可愛さ(ロマドの主観)で織りなす、スキルと笑いのアドベンチャー。

処理中です...