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005 反省会と意気消沈
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カレブ副団長との気まずい時間から一時間ほど経過して、リギアはラドゥと一緒に王都のダイナーに来ていた。
なんでも驕ってやると言ってくれたラドゥに美味しいグルメバーガーが食べたいと言ったらそんなのでいいのかと逆に聞き返される。コース料理のあるビストロでも連れて行ってくれる予定だったのかもしれないが、今日は試験も終わり、色々モヤモヤしてなんだかジャンクな物を食べたい気分だったのだ。
それならと、ラドゥが騎士団の先輩たちに聞いた旨いと評判のダイナーで食事をしようということになって、今に至る。
熟れたアボカドとチーズ、シャキシャキのレタスとフレッシュトマト、分厚いパティと絶妙なソースをふっくらバンズで挟んで、しっかり押さえて若干潰しめにしてから、大きな口を開けて口いっぱい頬張る。
これに細切りのフライドポテトとレモネードがリギアの好きな組み合わせである。
「ン~~~~~ッ!」
「美味しい? リギア」
リギアがコクコクと目いっぱい頷くのを見てラドゥも自分の注文した大きな白身魚のフライとトマト、ローストオニオンの入ったフィッシュバーガーにかぶりついた。彼のバーガーのお供はポップコーンシュリンプと具材たっぷりのミネストローネだ。
がっちり体型の彼は意外にも好物がシーフードで、肉か魚かを選べるメニューの時は魚料理を選ぶことが多い。肉料理が嫌いなわけではなく、単にシーフード好きなだけである。
――ふふ。ごはん食べてるときのおにい、八重歯が可愛いんだこれが。
十年前に初めて会ったときは、魔力酔いで回復もなかなか見込めずに寝たきりで食欲もなかったラドゥ。無理に食べても吐き戻してしまうから食べたくないと言っていたのを、リギアは無理やりにでも食べさせたことがある。
『吐いたら私がお掃除するよ。服が汚れたら洗えばいいでしょ。ご飯しっかり食べたら病気は大抵治るってママもばあちゃんも言ってたもん』
そう言って拒否されてもめげずに毎日毎日繰り返して言って、リギアも自分が旨そうに食事をする姿を見せていたら、そのうちラドゥも折れてしっかり食べるようになった。リギアの食べる姿を見るのが好きになったと言っていたがそれはどうなんだろう。
まあそれで栄養がついて今のがっちり体型の健康優良児なラドゥになったのだから、大成功だ。
こうして元気に食事をするラドゥを見ると、あの頃の苦労が報われた感じがしてリギアもなんだか嬉しい。
――未来の旦那様だもん、元気でいてもらいたいよね。
彼のポップコーンシュリンプをチラ見してあとで一個ポテトとトレードしてもらおうと考えながら、目の前の大きなバーガーに戦いを挑んだ。
ジューシーなビーフパティの肉肉しい味に疲れが癒される。シャキシャキレタスが、つるりとしたアボカドが、フレッシュトマトの甘さが脳の疲れを取っていく。表面を軽く焼いて外はかりかり中はふわふわのバンズで全てを包み込んでお腹もしっかり満たされていく。
それにしても、今日は色々あった。本当に。
騎士団の早期入団試験の最終日で、色んな意味で緊張した面接も終えた。試験結果はさておいて、あとは野となれ山となれ~などと思って解放的な気分になっていたところに、あのカレブ・アルシャイン副騎士団長の登場である。
面接官の仕事を終えたら次の数分後にはへそあたりまでシャツの前をはだけて、がちむちな胸元を見せつけるように迫ってきたのはちょっとビビった。
――なんなんだあの人は。あれが彼のオフモードなのか。あんなに胸元見せつけてどうすんだろ。雄っぱい大きい人の考えはわかんないな……。
そんなインパクト大な再登場をしたカレブに呼ばれ、何か知らねど彼が実父であると分かったが、色々ビックリしすぎていつも以上に語彙が出なかった。普段から言葉足らずなところがあるが今日は本気でひどかった。
そして母ミルファに未練でもあるのかと思い、彼女にはもう決まった人がいると告げればカレブが悲しむかもしれないと気遣った結果、「ママは、十年前に……」などと変なところで言葉を濁したため、カレブにはミルファがもうこの世にはいないみたいな勘違いをさせてしまった。あれは大失敗だった。
あの後、リギアは絶望の表情を見せたカレブに誤解を解こうとなんとか取り繕った。
言い方が悪くてごめんなさい。母は今も元気に暮らしています。
そう言おうとしたのだが。ふと我に返る。
今は夏休みと冬休みとかの長期休暇じゃないとバルファークには帰れないし、ミルファが今現在元気でいるかもリギアは知らない。風邪はあまりひかない母だけれど、貧血持ちで偏頭痛持ちだから時々心配になるのは事実。
しかし「便りが無いのは元気な証拠」とも聞くし、きっと元気でやっているはず。今日も元気に魔獣の生き胆(薬の材料になる)を抜いているに違いない。王都ルークハウゼンから遠く離れた北辺境バルファークの地で。
『大丈夫です。今は遠い空の下、きっと元気でいるでしょう』
そんなことを言ってしまい、ますます話がこじれた。語感がまさに亡くなった人を偲ぶみたいな言い回しになってしまった。
カレブはますます絶望的な表情になるし、弁解するのもいいが、さらに間違った情報や余計なことを口走りそうなので、自分的にはもう何もしゃべらない方がいいんじゃないか、もう帰りたいんだが、と遠い目をしていたときに、その部屋の内側からかかっていた鍵がかちゃりと開いて、ラドゥと騎士団長ほか数人がどやどやと入ってきてしまった。マスターキーを持ってきたようだ。
それからようやく解放されて、今に至っている。部屋に男性と二人きり、内側から鍵を掛けて閉じこもっていたら何かいかがわしいことでもしてるのではと誤解されるものだ。まして相手がチャラチャラした副団長だ。
部屋に入ってきたラドゥに開口一番で「大丈夫か? 何もされてないよな?」と心配されたくらいにして。
密室になっていた会議室でのやりとりを、食事をしながらラドゥに話したら、ラドゥは噴出しそうになって慌てて水を飲んでいた。
ラドゥは感情が先走って言葉足らずになってしまうリギアの話を理解できる数少ない人間なので非常にありがたい。時々話がかみ合わない見事なクロストークを繰り広げるリギアの言葉を通訳してくれたりもするので、それで相手との誤解が解けたことも多々あった。
「いや、なんで(笑)そこで言葉を濁すとか。ミルファ義母上はご健在なのに。義母上が聞いたら怒りそうだ」
「何でそうなったか私にもさっぱり……ママにはもうウィルパパがいるよって言おうと思ったんだけど、はっきり言ったらなんか可哀そうで」
「そういう時ははっきり言ってもらったほうが諦めがつくんじゃないか?」
「可哀そうじゃん」
「死んだって言われたほうが可哀そうだろ」
「そ、そうなんだけどさ」
「そもそも、何で突然部屋に連れ込んだ非常識な副団長に同情してるんだよ」
「うーん……一応パパだし」
「ふむ……まあそれにはビックリだけど」
ラドゥは確かに騎士団に入ったときにカレブ・アルシャイン副騎士団長を見てリギアと似ているなあと思ったし、それを長期休みでバルファークに戻った際にそれとなくミルファに話してみたことがあった。
ミルファは苦笑しながら「他人の空似ってあるのね」などと言っていたけれど、その時はそんな感じかと思ってあまり気にしなかったのだが、本当に血のつながった父娘だったとは。
「私は合格するまで騎士団には来れないけど、おにいがそれとなく誤解だって言ってあげてくれない? パパに」
「何で僕が? 二個上の上司だしそこまで接点もないんだけど」
「うーん、そっかあ。騎士団も人多いもんね、仕方ないか」
「まあでも、今回は誤解されたままでもいいんじゃないか? 父上とのことで横やり入れられたら困るし」
――あと、実父だからといってリギアに纏わりつかれたら困るし。
実父と判明したとはいえ、女学生を密室に連れ込もうとしたカレブに、ラドゥは多少なりとも憤りを感じていた。リギアはあまりわかっていなさそうだけれど、ラドゥとしては、婚約者のリギアに、実父とはいえほぼ赤の他人であり女性関係の激しいカレブに近づかれてトラブルに巻き込まれたらと思うと心配でたまらないのだ。
「そうかなあ……」
しゅんとしてしまうリギアを見て、ラドゥはしょうがないなと肩を竦めた。
「不満そうだね」
「だってさぁ……可哀そう」
「はあ、しょうがない、じゃあ聞かれたら答えるスタンスでいくよ」
「ほんと? ありがとうおにい」
「どういたしまして。ほら、ポップコーンシュリンプ食べる?」
「食べる」
一つ摘まんでリギアの口に持っていくと、素直に口を開けるリギア。ぷりぷり~と言いながら美味しそうに笑顔で咀嚼するまだ幼さの残る婚約者を微笑ましそうに見つめるラドゥは、この笑顔守りたい、守ってみせる、たとえ実父からでも! と心に誓っていた。
一方、面接試験が終わったすぐあとに女学生を密室に連れ込んだとして、ランドルフ騎士団長にこっぴどく叱られたカレブ・アルシャイン。
いつものように悪びれる風でもなく「……すまん」と素直に謝ってきたので、ランドルフはいつもと違う友人にただただ驚いていた。
「それより、お前これから恋人と出かけるんじゃなかったのか? 面接の前にそれで定時で帰りたいみたいなことを言っていたじゃないか」
チャラチャラした雰囲気でデートを楽しみにしていたカレブだったのに、今の彼はその覇気みたいなものを削がれてしまったように見えた。一体どうしたのだろうかと、ランドルフは首を傾げる。
「あー……そういえばそうだった」
今ようやく気付いたようにそんなことを言うカレブ。それでも全く慌てた様子もなく、立ち上がる気配もない。
もう夜になる。何時に彼女と待ち合わせていたのかは知らないが、このままだと間に合わないのではないだろうか。
「そういえばって……! もう彼女を待たせているんじゃないのか。さっさと出たほうがいいぞ」
「ん……いや、使いを出すわ。今日は行く気なくした」
「は? どうしてそんなことを」
「なあランディ、今日はこれから暇か? ちょっと付き合ってくれよ、何だか呑みたい気分でさ」
「俺は構わないが……彼女にはちゃんと後でフォローしたほうがいいぞ」
「ああ、わかってるよ」
友人のいつもの元気が全くない様子は尋常でないと思った騎士団長ランドルフ・グランリッター。
あの女学生リギア・アイゼンと密室に閉じこもったときから様子がおかしいカレブに、これは酒に付き合って何があったのか聞き出さねばならないと思った。
まさかリギア・アイゼンからの間違った情報に本気で落ち込んでいるとは思いもせず。
なんでも驕ってやると言ってくれたラドゥに美味しいグルメバーガーが食べたいと言ったらそんなのでいいのかと逆に聞き返される。コース料理のあるビストロでも連れて行ってくれる予定だったのかもしれないが、今日は試験も終わり、色々モヤモヤしてなんだかジャンクな物を食べたい気分だったのだ。
それならと、ラドゥが騎士団の先輩たちに聞いた旨いと評判のダイナーで食事をしようということになって、今に至る。
熟れたアボカドとチーズ、シャキシャキのレタスとフレッシュトマト、分厚いパティと絶妙なソースをふっくらバンズで挟んで、しっかり押さえて若干潰しめにしてから、大きな口を開けて口いっぱい頬張る。
これに細切りのフライドポテトとレモネードがリギアの好きな組み合わせである。
「ン~~~~~ッ!」
「美味しい? リギア」
リギアがコクコクと目いっぱい頷くのを見てラドゥも自分の注文した大きな白身魚のフライとトマト、ローストオニオンの入ったフィッシュバーガーにかぶりついた。彼のバーガーのお供はポップコーンシュリンプと具材たっぷりのミネストローネだ。
がっちり体型の彼は意外にも好物がシーフードで、肉か魚かを選べるメニューの時は魚料理を選ぶことが多い。肉料理が嫌いなわけではなく、単にシーフード好きなだけである。
――ふふ。ごはん食べてるときのおにい、八重歯が可愛いんだこれが。
十年前に初めて会ったときは、魔力酔いで回復もなかなか見込めずに寝たきりで食欲もなかったラドゥ。無理に食べても吐き戻してしまうから食べたくないと言っていたのを、リギアは無理やりにでも食べさせたことがある。
『吐いたら私がお掃除するよ。服が汚れたら洗えばいいでしょ。ご飯しっかり食べたら病気は大抵治るってママもばあちゃんも言ってたもん』
そう言って拒否されてもめげずに毎日毎日繰り返して言って、リギアも自分が旨そうに食事をする姿を見せていたら、そのうちラドゥも折れてしっかり食べるようになった。リギアの食べる姿を見るのが好きになったと言っていたがそれはどうなんだろう。
まあそれで栄養がついて今のがっちり体型の健康優良児なラドゥになったのだから、大成功だ。
こうして元気に食事をするラドゥを見ると、あの頃の苦労が報われた感じがしてリギアもなんだか嬉しい。
――未来の旦那様だもん、元気でいてもらいたいよね。
彼のポップコーンシュリンプをチラ見してあとで一個ポテトとトレードしてもらおうと考えながら、目の前の大きなバーガーに戦いを挑んだ。
ジューシーなビーフパティの肉肉しい味に疲れが癒される。シャキシャキレタスが、つるりとしたアボカドが、フレッシュトマトの甘さが脳の疲れを取っていく。表面を軽く焼いて外はかりかり中はふわふわのバンズで全てを包み込んでお腹もしっかり満たされていく。
それにしても、今日は色々あった。本当に。
騎士団の早期入団試験の最終日で、色んな意味で緊張した面接も終えた。試験結果はさておいて、あとは野となれ山となれ~などと思って解放的な気分になっていたところに、あのカレブ・アルシャイン副騎士団長の登場である。
面接官の仕事を終えたら次の数分後にはへそあたりまでシャツの前をはだけて、がちむちな胸元を見せつけるように迫ってきたのはちょっとビビった。
――なんなんだあの人は。あれが彼のオフモードなのか。あんなに胸元見せつけてどうすんだろ。雄っぱい大きい人の考えはわかんないな……。
そんなインパクト大な再登場をしたカレブに呼ばれ、何か知らねど彼が実父であると分かったが、色々ビックリしすぎていつも以上に語彙が出なかった。普段から言葉足らずなところがあるが今日は本気でひどかった。
そして母ミルファに未練でもあるのかと思い、彼女にはもう決まった人がいると告げればカレブが悲しむかもしれないと気遣った結果、「ママは、十年前に……」などと変なところで言葉を濁したため、カレブにはミルファがもうこの世にはいないみたいな勘違いをさせてしまった。あれは大失敗だった。
あの後、リギアは絶望の表情を見せたカレブに誤解を解こうとなんとか取り繕った。
言い方が悪くてごめんなさい。母は今も元気に暮らしています。
そう言おうとしたのだが。ふと我に返る。
今は夏休みと冬休みとかの長期休暇じゃないとバルファークには帰れないし、ミルファが今現在元気でいるかもリギアは知らない。風邪はあまりひかない母だけれど、貧血持ちで偏頭痛持ちだから時々心配になるのは事実。
しかし「便りが無いのは元気な証拠」とも聞くし、きっと元気でやっているはず。今日も元気に魔獣の生き胆(薬の材料になる)を抜いているに違いない。王都ルークハウゼンから遠く離れた北辺境バルファークの地で。
『大丈夫です。今は遠い空の下、きっと元気でいるでしょう』
そんなことを言ってしまい、ますます話がこじれた。語感がまさに亡くなった人を偲ぶみたいな言い回しになってしまった。
カレブはますます絶望的な表情になるし、弁解するのもいいが、さらに間違った情報や余計なことを口走りそうなので、自分的にはもう何もしゃべらない方がいいんじゃないか、もう帰りたいんだが、と遠い目をしていたときに、その部屋の内側からかかっていた鍵がかちゃりと開いて、ラドゥと騎士団長ほか数人がどやどやと入ってきてしまった。マスターキーを持ってきたようだ。
それからようやく解放されて、今に至っている。部屋に男性と二人きり、内側から鍵を掛けて閉じこもっていたら何かいかがわしいことでもしてるのではと誤解されるものだ。まして相手がチャラチャラした副団長だ。
部屋に入ってきたラドゥに開口一番で「大丈夫か? 何もされてないよな?」と心配されたくらいにして。
密室になっていた会議室でのやりとりを、食事をしながらラドゥに話したら、ラドゥは噴出しそうになって慌てて水を飲んでいた。
ラドゥは感情が先走って言葉足らずになってしまうリギアの話を理解できる数少ない人間なので非常にありがたい。時々話がかみ合わない見事なクロストークを繰り広げるリギアの言葉を通訳してくれたりもするので、それで相手との誤解が解けたことも多々あった。
「いや、なんで(笑)そこで言葉を濁すとか。ミルファ義母上はご健在なのに。義母上が聞いたら怒りそうだ」
「何でそうなったか私にもさっぱり……ママにはもうウィルパパがいるよって言おうと思ったんだけど、はっきり言ったらなんか可哀そうで」
「そういう時ははっきり言ってもらったほうが諦めがつくんじゃないか?」
「可哀そうじゃん」
「死んだって言われたほうが可哀そうだろ」
「そ、そうなんだけどさ」
「そもそも、何で突然部屋に連れ込んだ非常識な副団長に同情してるんだよ」
「うーん……一応パパだし」
「ふむ……まあそれにはビックリだけど」
ラドゥは確かに騎士団に入ったときにカレブ・アルシャイン副騎士団長を見てリギアと似ているなあと思ったし、それを長期休みでバルファークに戻った際にそれとなくミルファに話してみたことがあった。
ミルファは苦笑しながら「他人の空似ってあるのね」などと言っていたけれど、その時はそんな感じかと思ってあまり気にしなかったのだが、本当に血のつながった父娘だったとは。
「私は合格するまで騎士団には来れないけど、おにいがそれとなく誤解だって言ってあげてくれない? パパに」
「何で僕が? 二個上の上司だしそこまで接点もないんだけど」
「うーん、そっかあ。騎士団も人多いもんね、仕方ないか」
「まあでも、今回は誤解されたままでもいいんじゃないか? 父上とのことで横やり入れられたら困るし」
――あと、実父だからといってリギアに纏わりつかれたら困るし。
実父と判明したとはいえ、女学生を密室に連れ込もうとしたカレブに、ラドゥは多少なりとも憤りを感じていた。リギアはあまりわかっていなさそうだけれど、ラドゥとしては、婚約者のリギアに、実父とはいえほぼ赤の他人であり女性関係の激しいカレブに近づかれてトラブルに巻き込まれたらと思うと心配でたまらないのだ。
「そうかなあ……」
しゅんとしてしまうリギアを見て、ラドゥはしょうがないなと肩を竦めた。
「不満そうだね」
「だってさぁ……可哀そう」
「はあ、しょうがない、じゃあ聞かれたら答えるスタンスでいくよ」
「ほんと? ありがとうおにい」
「どういたしまして。ほら、ポップコーンシュリンプ食べる?」
「食べる」
一つ摘まんでリギアの口に持っていくと、素直に口を開けるリギア。ぷりぷり~と言いながら美味しそうに笑顔で咀嚼するまだ幼さの残る婚約者を微笑ましそうに見つめるラドゥは、この笑顔守りたい、守ってみせる、たとえ実父からでも! と心に誓っていた。
一方、面接試験が終わったすぐあとに女学生を密室に連れ込んだとして、ランドルフ騎士団長にこっぴどく叱られたカレブ・アルシャイン。
いつものように悪びれる風でもなく「……すまん」と素直に謝ってきたので、ランドルフはいつもと違う友人にただただ驚いていた。
「それより、お前これから恋人と出かけるんじゃなかったのか? 面接の前にそれで定時で帰りたいみたいなことを言っていたじゃないか」
チャラチャラした雰囲気でデートを楽しみにしていたカレブだったのに、今の彼はその覇気みたいなものを削がれてしまったように見えた。一体どうしたのだろうかと、ランドルフは首を傾げる。
「あー……そういえばそうだった」
今ようやく気付いたようにそんなことを言うカレブ。それでも全く慌てた様子もなく、立ち上がる気配もない。
もう夜になる。何時に彼女と待ち合わせていたのかは知らないが、このままだと間に合わないのではないだろうか。
「そういえばって……! もう彼女を待たせているんじゃないのか。さっさと出たほうがいいぞ」
「ん……いや、使いを出すわ。今日は行く気なくした」
「は? どうしてそんなことを」
「なあランディ、今日はこれから暇か? ちょっと付き合ってくれよ、何だか呑みたい気分でさ」
「俺は構わないが……彼女にはちゃんと後でフォローしたほうがいいぞ」
「ああ、わかってるよ」
友人のいつもの元気が全くない様子は尋常でないと思った騎士団長ランドルフ・グランリッター。
あの女学生リギア・アイゼンと密室に閉じこもったときから様子がおかしいカレブに、これは酒に付き合って何があったのか聞き出さねばならないと思った。
まさかリギア・アイゼンからの間違った情報に本気で落ち込んでいるとは思いもせず。
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