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031-1 娘のハニトラ
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キイン、キィン、とけたたましい金属を打ち鳴らす音が広い訓練場に木霊した。
リギアとカレブが訓練用のレイピアを細かに打ち鳴らす音だ。それもやたら速い感覚で右、左と鳴り響いている。
三回勝負の一本目。
――速い!
リギアのスタートからの攻めに、カレブは驚きを隠せない。
女性騎士は力ではなく技や素早さで勝負と言うし、一緒に訓練したことがある女性部隊である第七部隊の女性騎士たちもそれに準じた素早い動きだったが、リギアの素早さは他を凌駕していた。
小柄な体と女性らしい柔軟な動きで、カレブの隙を突こうと手数多めに突き上げてくるリギア。型も崩れていないバルファーク騎士団の流派の動きで、幼い頃から訓練してきたというのは嘘ではないようだ。
そういえば、騎士団の早期入団試験の実技試験の際に、リギアはその素早さを試験官の前で披露したらしい。
試験官だった第七師団長のファラ・モニーク隊長もリギアの素早さには感心していたのを思い出した。
払うようにしてレイピアを避けても、返す刃で襲ってくる臨機応変な動きも、女学生ながらもそこそこの実戦を経験した若い騎士に匹敵するのではないかと思わせる。いつも以上に無表情で目だけまるで獲物を狙う肉食獣のような獰猛さを持っているのが恐ろしい。
――女学生だと甘く見てたらダメだなこりゃ。
普通なら自分より身体の大きな相手に挑むなら多少の恐怖感があろうものを、カレブの動きをかい潜って何度も彼の懐に入り込もうとするチャレンジ精神というか諦めない姿勢は、ある意味騎士としては優秀だろう。だがやはりまだ経験が浅く粗削り、そして少し無鉄砲さが否めない。そこが現役騎士と騎士見習い前の学生の違いといったところだろうか。
数秒間に何度も振りかぶってくるリギアの猛攻を弾いたが、攻撃を弾かれたリギアは姿勢を低くしてカレブの開いた足の間に滑りこむ。
「な……っ!?」
まさかそんな場所に入り込んでくるとは思いもよらず、たたらを踏みそうになってなんとか耐えたものの、その一瞬でリギアを見失う。その一瞬の隙を突いて、剣を投げ捨ててカレブの背後に「えいっ」と負ぶさってきたリギアに、カレブは戦いを一瞬忘れてしまった。
――え、これっておんぶ? リギアが俺に。え、かわい、え、いやいやいや! 今それどころじゃねえ!
首に腕を回されて気を取られていた間に、リギアは背後からカレブの左胸ポケットの薔薇を左手でするりと抜き去った。
「とったー!」
リギアがカレブの背に負ぶさったまま高々と薔薇を掲げる。
「一本! リギア一勝!」
審判役のウィルケンが声高にリギアの一勝を宣言した。
「なっ、お前、ずるいぞ!」
「なんと言われようと私の勝ち! 油断大敵だぞパパ~」
――やめろそういう可愛いことするのは。くっそ、おんぶとか、これってある意味ハニトラみたいなもんじゃねえか?
「……大体、剣投げ捨てるって騎士の風上にもおけねんだけど」
「だって剣持っておんぶしたら危ないじゃん。パパ怪我しちゃうよ」
「……お気遣いどーも」
「それに捨ててないよ。置いただけ」
「物は言い様だな」
「よいしょ」
リギアはそう言ってするりとカレブの背から降りた。審判役のウィルケンの近くにテーブルが置いてあり、その上に二つ置かれた花瓶の一つにリギアが手にしたカレブの薔薇が一輪生けられた。三本勝負でこの花瓶の薔薇の数で勝敗が決まる。
執事から新たな薔薇が差し出されたので、リギアが手渡してきたのをカレブは奪い取るようにして自分の胸ポケットに改めて差し込んだ。リギアの髪の薔薇も新しくなる。
三本勝負のまだ一本目。一本目はまず様子見だ。
今の立ち合いで大体のリギアの動きはわかった。身軽さを生かして手数がやたら多いが、リギアの動きにはまだまだ未熟なところも多い。しかしこの猫みたいな娘の動きは色々不確定なところも多いため、色々な動きのパターンを予想して臨機応変に対応していくのをメインにしたほうがいい。
再び中央で向かい合い、騎士の礼をする。
「では二本目の勝負を始める。双方、構え。――始め!」
間に立ったウィルケンの掛け声が響き渡る。その声とともにリギアとカレブは剣を向き合って構えた。
リギアとカレブが訓練用のレイピアを細かに打ち鳴らす音だ。それもやたら速い感覚で右、左と鳴り響いている。
三回勝負の一本目。
――速い!
リギアのスタートからの攻めに、カレブは驚きを隠せない。
女性騎士は力ではなく技や素早さで勝負と言うし、一緒に訓練したことがある女性部隊である第七部隊の女性騎士たちもそれに準じた素早い動きだったが、リギアの素早さは他を凌駕していた。
小柄な体と女性らしい柔軟な動きで、カレブの隙を突こうと手数多めに突き上げてくるリギア。型も崩れていないバルファーク騎士団の流派の動きで、幼い頃から訓練してきたというのは嘘ではないようだ。
そういえば、騎士団の早期入団試験の実技試験の際に、リギアはその素早さを試験官の前で披露したらしい。
試験官だった第七師団長のファラ・モニーク隊長もリギアの素早さには感心していたのを思い出した。
払うようにしてレイピアを避けても、返す刃で襲ってくる臨機応変な動きも、女学生ながらもそこそこの実戦を経験した若い騎士に匹敵するのではないかと思わせる。いつも以上に無表情で目だけまるで獲物を狙う肉食獣のような獰猛さを持っているのが恐ろしい。
――女学生だと甘く見てたらダメだなこりゃ。
普通なら自分より身体の大きな相手に挑むなら多少の恐怖感があろうものを、カレブの動きをかい潜って何度も彼の懐に入り込もうとするチャレンジ精神というか諦めない姿勢は、ある意味騎士としては優秀だろう。だがやはりまだ経験が浅く粗削り、そして少し無鉄砲さが否めない。そこが現役騎士と騎士見習い前の学生の違いといったところだろうか。
数秒間に何度も振りかぶってくるリギアの猛攻を弾いたが、攻撃を弾かれたリギアは姿勢を低くしてカレブの開いた足の間に滑りこむ。
「な……っ!?」
まさかそんな場所に入り込んでくるとは思いもよらず、たたらを踏みそうになってなんとか耐えたものの、その一瞬でリギアを見失う。その一瞬の隙を突いて、剣を投げ捨ててカレブの背後に「えいっ」と負ぶさってきたリギアに、カレブは戦いを一瞬忘れてしまった。
――え、これっておんぶ? リギアが俺に。え、かわい、え、いやいやいや! 今それどころじゃねえ!
首に腕を回されて気を取られていた間に、リギアは背後からカレブの左胸ポケットの薔薇を左手でするりと抜き去った。
「とったー!」
リギアがカレブの背に負ぶさったまま高々と薔薇を掲げる。
「一本! リギア一勝!」
審判役のウィルケンが声高にリギアの一勝を宣言した。
「なっ、お前、ずるいぞ!」
「なんと言われようと私の勝ち! 油断大敵だぞパパ~」
――やめろそういう可愛いことするのは。くっそ、おんぶとか、これってある意味ハニトラみたいなもんじゃねえか?
「……大体、剣投げ捨てるって騎士の風上にもおけねんだけど」
「だって剣持っておんぶしたら危ないじゃん。パパ怪我しちゃうよ」
「……お気遣いどーも」
「それに捨ててないよ。置いただけ」
「物は言い様だな」
「よいしょ」
リギアはそう言ってするりとカレブの背から降りた。審判役のウィルケンの近くにテーブルが置いてあり、その上に二つ置かれた花瓶の一つにリギアが手にしたカレブの薔薇が一輪生けられた。三本勝負でこの花瓶の薔薇の数で勝敗が決まる。
執事から新たな薔薇が差し出されたので、リギアが手渡してきたのをカレブは奪い取るようにして自分の胸ポケットに改めて差し込んだ。リギアの髪の薔薇も新しくなる。
三本勝負のまだ一本目。一本目はまず様子見だ。
今の立ち合いで大体のリギアの動きはわかった。身軽さを生かして手数がやたら多いが、リギアの動きにはまだまだ未熟なところも多い。しかしこの猫みたいな娘の動きは色々不確定なところも多いため、色々な動きのパターンを予想して臨機応変に対応していくのをメインにしたほうがいい。
再び中央で向かい合い、騎士の礼をする。
「では二本目の勝負を始める。双方、構え。――始め!」
間に立ったウィルケンの掛け声が響き渡る。その声とともにリギアとカレブは剣を向き合って構えた。
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