キャンバスに描かれた聖騎士の純愛

樹 史桜(いつき・ふみお)

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004 その胸に縋りつく

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「手際がいいね、ジリアン。料理が得意と言っていたのも伊達じゃないようだ」
「あはは、ひどーい、信じてなかったんですか?」
「ごめんごめん。あんなにお絵描き一辺倒だったジリアンがこんなに女性らしく成長したんだなあと感動しているよ」
「まあ、お絵描き一辺倒だったのは否定しませんけども」

 
 あり合わせの材料でパパっと手際よく数種類の簡単なおつまみを作ったジリアンに、エリアスは横で感心していた。
 たしかに初めて会った子供の頃は、一緒に保育所に預けられていた同年代の女の子たちに交じっておままごとや花冠作りなどに参加もせず、父に買ってもらったスケッチブックとパステルでもくもくと草花などを描いていた。あの頃と絵への情熱は変わらないけれど、やはり成長したら日常のことも必要に駆られてできるようになってきた。その上で、料理も絵以外の一つの趣味となっていた。

「必要に駆られたっていうのは私もかな。ほら、騎士になったら遠征にも出るし、そのときの野営で食事を作ったりもするから、見習いだったころに上官に叩き込まれたんだよ」

 エリアスのような立派な聖騎士にも見習いの頃があって、その時は軍の給養員もやっていたなんて、今の彼を見たら想像がつかない。この美しい青年にも今の地位に就くまでにいろんな苦労があって、辛く苦しくても一生懸命やってきたんだろうなとジリアンは思った。
 
「なるほど。軍用のレーションでしたっけ? たしかにそういう保存食ばかりじゃ味気ないですもんね」
「そうだね。レーションが続いたあとの温かい食事は、そのありがたさを噛みしめたよ。それから結構料理は趣味になったかな。頭の整理にもなるしね」
「へえ~。あ、そういえば私も何か悩みがあったり行き詰まったりしたときに、料理してると不思議と気分が落ち着くかもしれません」
「それ、わかるよ。私もそうだ」
「ね~! そうですよね!」

 エリアスは今の聖騎士という地位に就いてからは食事や掃除洗濯など身の回りのことは使用人が付くようになったらしいのだが、それでもたまに趣味として料理をして騎士仲間に振舞ったりしているそうだ。

「弟さんのオスカー様も同じなんですか?」
「いや、オスカーは料理はしないね。『俺は食べる専門でいいし、人が作ったほうが旨い』と言い張ってる。でも綺麗好きだから掃除したり整理整頓してインテリアに凝ったりしているよ」
「へえ~、双子でも全然趣味が違ったりするんですね。お二人って一卵性ですよね、それでも趣味が全然違うんだ。それって何だか面白いですね」
「ん~、まあでも、本当に好きなものは被ったりすることも多いけどね……。さあ、できた。早速いただこうか」
「はい!」
 
 ソファーセットの置いてある中央のテーブルに料理を並べて席に着くと、エリアスが先ほどの酒瓶とは違うワインボトルを持ってきて、ジリアンのグラスに注いでくれた。アイスペールと先ほどのウイスキー瓶も横に置いているので、ワインに飽きたらこちらも、ということらしい。

 お互いの料理を味わって絶賛しながら、身の上話や思い出話に花を咲かせていく。
 ジリアンは、エリアスとオスカーに面倒を見てもらっていた修道院の保育所を両親の都合で離れることになってから、ハイドランジア王国のあちこちを回り、ようやく王都オルタンセに落ち着いて、大きくなってから絵画教室の講師をしながら、最近ちょっと売れ出した画家もやっていることを話した。

「そうか、幼い頃の夢を叶えたんだね。良かった、君は本当に絵を楽しんで描いていたから」
「あは、お恥ずかしいですが細々とやってます」
「何も恥ずかしがることはないじゃないか。最近は女性の社会進出も増えて、政界にも女性議員や役員も出て来ているし、女流画家が活躍する時代になったっておかしくないよ。誇っていい」
「あ、ありがとうございます」
「お互い、あの頃の夢を叶えた同志だね」
「と、いいますと、エリアス様も聖騎士になるのが夢だったんですか? あ、そうか、だから神学生だったんですね」
「うん、私とオスカーの父が聖騎士だったからね」
「わ、そうだったんですか。親子二代でしかも兄弟そろって! なんだか素敵!」
「ふふ、ありがとうジリアン」
 
 エリアスとオスカーは生まれた時に母を産褥で、聖騎士だった父親も不慮の事故で亡くしている。その後に父の親友であった現・聖騎士隊長であるバイロン・アシュバートン伯爵に引き取られたそうだ。
 アシュバートン伯は結婚後早々に妻を流行り病で亡くして、それ以来後妻も娶らず子供もいない状態だった。そこで親友の忘れ形見のエリアスとオスカーを本当の息子たちとして育ててくれた。
 ただ、親友だったハイランドの名が途絶えることのないように、エリアスとオスカーを養子にはせず、後見人として引き取ったのだという。だからエリアスとオスカーのどちらかが将来アシュバートンの名を継いでくれるというなら、どちらかを養子縁組したいと言っているらしい。エリアスとオスカー自身はまだどちらがアシュバートン家に入るかは相談中だそうだが。
 
 ジリアンと出会ったのは、そうしてアシュバートン家に引き取られたのち、神学校に通い出したころに奉仕の一環として修道院の手伝いに行った際のことだったそうだ。
 
 神学を学びながらもともと騎士の家系だったハイランド家のしきたりに倣って騎士科に進学し、王国騎士団に所属した。実父が聖騎士だったこともあり、その数年後に聖騎士を希望して試験を受けて、二人揃って見事現役で合格し今に至る。
 現在は、王家の懐刀で騎士団と聖騎士団をまとめるハッチンソン公爵の、三人いる側近の一人となっていて、日々王家と国のために立派に働いているという。
 ハッチンソン公爵といえば、三年前のスタンピードで当主が王族を守りきって名誉の戦死を遂げ、代替わりしてその一人娘が爵位を継いだと聞いたことがある。たしか、名前はシャルロット・ハッチンソン公爵と言って、まだ十六歳という年若い女性であり、それでもマスターナイトという称号を得たほどの武術の使い手で、親の後を継いで立派に王家に貢献している。たしか亡くなった母親が現国王の妹姫で、シャルロット公爵閣下は国王の姪にあたるとのこと。
 そんなマスターナイトには代々聖騎士の護衛兼側近が就くことになっていて、今現在はエリアスとオスカーの兄弟、そしてジェラルドという聖騎士が任されているのだそうだ。
 三年前のスタンピードで活躍した神竜の英雄ジェラルド、神鳥の知将エリアス、神獣の猛将オスカーの三人。いずれもこの国で知らぬものはモグリだと言われるほどの有名人だ。
 そんな、有名人が幼馴染だったとは。

「あの、今更ですけど私本当にこんなところに居て大丈夫なんでしょうか? エリアス様のような有名人と一介の庶民の私がこうしてサシ呑みとか……怒られませんか?」
「ん? 怒られるって誰に?」
「えっと、ほら、偉い人とかに、平民の女と親しくしてたら身分が違うって怒られませんか?」
「別に、私は聖騎士とはいえ身分的には騎士爵位でしかないよ。平民に毛が生えたみたいなものだ。だから本当にジリアンには敬語も敬称もしてほしくないんだけど」
「そ、そういうわけにも……」

 昔みたいにエリーって呼んでもいいよ、などと言ってきたエリアスに、ジリアンは全力で首を横に振った。その呼び方はあの頃本当にエリアスとオスカーを女の子だとばかり思っていたゆえのものだったので、女性もかくやと言わんばかりに眩しい美形だけれど身体付きはしっかり逞しい男性騎士であるエリアスには失礼以外の何物でもないと思うジリアンである。
 
「……ごめんなさい。私、あの三年前のスタンピード現象で活躍した聖騎士様が幼い頃にお世話になった方だったのを本当に知らなくて……。まさか『神鳥の知将』と呼ばれるエリアス様があの頃の神学生さんとは……世間が狭いのか、私が世間を知らなすぎるのか」
「ふふふ、しかも私と弟はジリアンに女の子だと思われていたんだものね」
「うわあん、それ言わないでください、もう本当に申し訳ないです!」
「ははは、面白いからこの話はずっと温めておこうかな。オスカーに話したら怒りそうだ」
「うわあああやめてやめて、エリアス様の意地悪!」
「あははは」
「もう! そんなこと言うならもっともっとお酌しますからね! エリアス様も呑んでください!」
 
 揶揄ってくるエリアスの開いたグラスにワインを注いであげた。彼の揶揄いに口を尖らせながらも、ジリアンは結構楽しくなっていた。

「本当にもう……だって今もそうですけど、あの時のエリアス様もオスカー様もとても美しい長い髪をしてらしたし、本当に女の子だと思ったんです。知り合いに長い髪の男の子なんていませんでしたから」
「そうだね、確かにこの長い髪は男としては珍しいかもしれないな」
「すごくすごく似合ってますけども。そういえばお家のしきたりと仰ってましたか」
「うん、ハイランド家のしきたりなんだそうだ。私も弟も幼かったからよく覚えていないけれど、父も長かったらしいよ。でも身体を動かす職業だからね、鬱陶しい時もたまにあるよ。普段はまとめているし。まあ慣れたけれど」
「へえ、でもどういう意味があるんでしょう?」
「ああ、それについてはロマンチックな意味があるよ。この長い髪で良縁を手繰り寄せるのだとか。まあ女性だけじゃなくて、人脈という意味でね。昔遠いご先祖に長髪でいい事があったんだろうな」
「へえ~! なんだか素敵」
「そうだろう? ……だから、こうしてジリアンと再会できたのも、このしきたりを守ったからかもしれないね」
「へあっ!? あ、えと、いやいや、って……そ、そうならいいんですけども! あ、あはは……」

 意味深に肩肘をテーブルに乗せて頬杖を突きながら、こちらを覗き込む美形の破壊力に、ジリアンは屈してしまいそうになったが、なんとか笑い飛ばしてグラスを傾けて逃れることに成功した。

 ――美形すぎるのも目の毒かもしれないなあ……エリアス様優しいしお話も面白いし、危ない危ない。今心が弱ってるからこんなふうにされたら困っちゃう。
 
 エリアスは騎士という職業柄、 貴族と話をする機会が多いからなのかもしれないが、会話と会話をうまく繋いで、強引すぎない質問をしてうまくジリアンから返答を引き出し、反対にジリアンからも上手に質問を促してもくれ、ときにはたとえ話に冗談も交えて笑いも誘ってくれたりする。会話が途切れて気まずい思いをするようなことはまずなかった。

 ここ神聖国家ハイドランジア王国は、その死後に人から神となったという伝説の戦女神オルタンシアを奉る歴史のある国だ。
 国民は戦女神オルタンシアの血筋を受け継ぎ、正教会とともにこの国を支えてきて、戦女神を信仰する国家ゆえ歴史に名を遺した多くの騎士を輩出していた。
 ハイドランジア正教会の聖騎士は、信仰する女神オルタンシアが元平民の騎士から聖騎士になった史実に基づき、貴賤に関係なく実力と信仰が伴えば誰でも目指すことができる。清廉高潔な上位騎士を目指す全ての者たちが憧れる職業。
 そんな聖騎士という職業柄、エリアスが悪い人ではないのは確実だ。人を騙そうと一瞬でも思った時点で、女神オルタンシアからの加護は途絶えるというし、そんな人間が聖騎士と認められることなど最初からあるわけがない。

 ――こんな幼い頃にほんの少しの間関わっただけの相手に、今でもこんなに良くしてくれているのだし……。
 
 何年も隔てた末の再会、だが思い出話で驚くほどスムーズに子供の頃に一緒に過ごした時期に戻れたような気がした。
 そういえば、元恋人のコリンとお酒を酌み交わしたときは、こんなに笑い合ったり揶揄いあったりみたいな感じはなかったような気がする。ただ彼のことに夢中で、彼を立てる話題を振ったりして彼にいい自分を見せようと必死だったので、そこまでお酒を楽しめなかった。

 ――楽しいお酒の呑み方って、一緒に過ごす相手によるのかも。でもまさか、聖騎士様となったエリアス様と昔の話をしながら和気あいあいと呑んでいるなんて、少し前には考えもしなかったな。

 ほどよくアルコールの回った頭にそんな思いがかすめてしまう。
 エリアスの会話はとても上手だが、口説くことにばかり力を入れて強引に自分の思い通りに押し進める遊び慣れた男の会話の進め方では決してなかった。純粋に会話自体を楽しもうと思ってくれているのが手に取るようにわかるので、こちらも警戒心なく楽しむことができる。これは子供の頃と同じく、彼の優しい気遣いによるところも多いのだろう。
 
 ジリアンはもともと言葉数も多いほうとは言えないし社交的でもない。内にこもって言いたい事も言えないような引っ込み思案なところもあって、成人になってからは多少は改善されたものの、会話自体が苦手の部類に入っていた。
 だからかもしれない。コリンが自分に愛想を尽かしたのも、きっとこうしたコミュニケーションをうまくとる時間を作れなかったからではないだろうか。あの自分に自信があって美しい伯爵令嬢にコリンが靡いたのも、改めて納得する。

 ――もう忘れなきゃ。あのお嬢様となら、きっとコリンもベネット家も幸せになれる。私なんかと結ばれるより、コリンにとっては、きっと……。

「はあ……楽しいです。こんなに楽しいの初めて」
「……ジリアン? 大丈夫かい? 私が何か気に障ることでも言ってしまったかな」
「え? な、何でですか?」
「……泣いているから」

 エリアスに言われて初めて目元に手を充てて、涙を流していたことに気づいた。もう涙は収まったと思っていたのに。自分でも相当酔っているんだろうと思う。気づけば脇に置いてある空の酒瓶が一つ、二つ、三つ……随分飲んだなと思う。最早あれだけあったおつまみの皿も空になって、エリアスがいつ片付けたのかわからないがテーブルには酒瓶と酒のグラスしかなかった。
 一体何時間経ったのか、その間どのくらいのアルコールを摂取したのかジリアンは最早検討もつかない。
 ただ、わかるのは……自分が相当酔っていることと、幼馴染とはいえこんなすごい男性相手にシラフだったら絶対言わないだろう言葉を、呂律のろくに回っていない舌で口走ってしまっていたこと。しかも失恋してすぐに優しくしてくれる男性に靡くなんて、尻軽ととられても仕方ない。

「エリアス様、が……」
「え?」
「エリアス様が、私の恋人だったら、良かったのにって……もっと、もっと、早く会いたかった……って烏滸がましいけど……ひっく、 駄目、やっぱり、失恋ってつらい……! ごめんなさい、こんな、エリアス様が優しいからって、甘ったれたこと言って、もう子供じゃないのに……!」
「ジリアン……」
「ごめ、また泣いたりして、自分でも、何言ってんのか、もう、わかんな……!」
「ああ……ジリアン」

 エリアスは席を移動し、ジリアンの隣に座って彼女を抱きしめてきた。急な抱擁に驚いたものの、それを突き放す元気はジリアンには最早無くなっていて、エリアスの優しく力強い腕の力とあたたかな胸の体温、そしてほのかに彼から香るサンダルウッドの癒しの香りに包まれて、ずっとこのままでいたいと思ってしまった。
 昔の華奢で女の子みたいだったエリーとは全く違う、力強く大きな彼の腕の中、ジリアンは心地よくて縋るように思わずその胸に頬ずりをした。そんなジリアンに、エリアスは少し低い呻きを上げてから、はあ、と溜め息を吐いた。

「そんなに縋られては、勘違いをしてしまうよ、ジリアン……私も男だからね」
 
 ――勘違い? 勘違いでも何でもいい。今はこうしていたい。一時の愚かな女の夢でもいいから。

 この腕に、エリアスに離れてほしくない一心で、涙目で彼を見つめた。
 そんなジリアンを見て、エリアスは今一度彼女を見つめるとニコリと微笑んで言った。
 
「では……私の恋人になってくれるかい? 君をそんなに悲しませた元恋人をすっぱり忘れて、私だけの君になってくれる? ジリアン」

 この絶世の美男子に、頬を薔薇色に染めながら切ないほど美しい笑顔を見せられて、さらにそんな言葉を囁かれて、こう答えられない女がいるだろうか?
 
「はい、なります……!」

 涙でいっぱいの真っ赤な顔でそう答えるジリアンに、エリアスは感極まって彼女の頬に手を添えて、その戦慄く唇を己のそれで塞いだ。
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