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本編
10 水を吐く蛇がいるらしい
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自宅にエミリオを連れ帰ってきたスイは、彼を自宅に上げる前に「うちは土足厳禁だから!」と言い置いて、ブーツを脱いで上がるようお願いした。この世界は地球でいうところの西洋文化圏であるらしいので、エミリオは戸惑ったらしいが素直に従ってくれた。
とりあえずお風呂に入ってもらいたいので、朝バスタブに溜めていた水を湯沸かし器をセットして温める。
お湯で濡らしたタオルを持ってきて、汗をかいた足を拭いてもらってからようやく上がってもらう。
部屋の内装が見たこともない物でいっぱいらしく興味深そうにきょろきょろとしているエミリオに、風呂の用意ができるまで待ってもらうことにする。もちろん埃と泥と血と汗まみれのローブは脱いでもらって受け取る。ローブの中に着ていたシャツとトラウザーズは見たところ目立った汚れがないので、そのままソファーで座ってもらった。
「エミさん、このローブお洗濯して大丈夫?」
「え、あ、ああ……すまない、そんな召使いみたいなことをさせてしまって」
「お洗濯くらい普通だけど……召使いって、もしかしてエミさんっていいとこのお坊ちゃん?」
「まあ……一応貴族籍ではあるが、子爵家だからそこまで裕福な家じゃない。しかも俺は次男だから爵位は兄が継ぐし、俺は騎士団の魔法師団に入って独立しているから……家は騎士団の寮暮らしだし」
「あ、じゃあお洗濯とかは寮の召使いさんがしてるんだ」
「そうなるな」
「へえ~、じゃあ洗っちゃうね」
「すまん、ありがとうスイ。疲れるだろうに……」
「全然。こんなの洗濯機に入れて待てばいいだけだし……」
「センタクキ?」
口が滑った。あまり現代日本からの物とかを大っぴらに人にさらしてはいけないのに。
しかもエミリオは王都の人間でしかも末端とはいえ貴族、彼から人にいろいろ伝われば、面倒くさいことになりかねない。
まあ勢いで家の中に招き入れてしまった以上、もう今更感があるので、スイは白状して自分が稀人であることを話すことにした。
稀人の持ち物や知識が特殊であるという情報は、先人の稀人のおかげでここの人々はわかっていたらしく、エミリオも稀人なら不思議はないな、と納得いったんだかいってないんだかわからないような顔で頷いてくれた。本当に大丈夫か心配だ。
とりあえず、ここで見聞きし体験したスイの部屋の中のことは、誰にも喋ったりしないでほしいと頼むとエミリオは、スイは自分の命の恩人だから、そんなスイを裏切るようなことは絶対にしないと誓ってくれたので一安心である。
そんなエミリオはやっぱり少々顔が赤い。ムラムラするとか言ってたのはまだ健在なのか。それにしてもイケメンのこうした表情はとにもかくにも色っぽくて、面食いなスイにしてみれば眼福以外の何物でもないのだが。
未婚女性が今日会ったばかりの男を、しかもちょっと発情じみている男を部屋に招き入れるのは大変不用心ではあるけれど、苦しんでいる人を見捨てられないし、あんな場所に放置して何かあったらそれこそ夢見が悪い。自衛だけは自覚するとして、とりあえず自分は良いことをしたのだと言い聞かせることにした。
ここで彼を助けて恩を売りまくったら、彼がよっぽど卑劣でないかぎりそんな悪さはしないだろうし。
それよりエミリオは魔力枯渇を起こして体力まで徐々に減ってきているらしいので、これからお風呂に入ってぶっ倒れないか心配になる。
スイは、冷蔵庫から栄養ドリンクを一本取り出してエミリオに持ってきた。
「とりあえずこれ、栄養補給として飲んどいて」
「これは……? ま、まさかマジックポーション……?」
「ん? あ、違うよ。そんなたいそうなものじゃなくて、肉体疲労時の栄養補給にってやつだから。……多分体力はちょっと回復しても魔力までは回復しないと思う……」
「そうか……いや、ありがたいよ」
受け取ったはいいが開け方がわからなかったらしい栄養ドリンクの蓋を開けてやってそれを飲んでもらっているうちに、ランドリースペースへ行ってドラム式洗濯機を開けた。
スイはちょっと考えてから、一度外へ行ってエミリオのローブをぱんぱんと砂埃を払ってから戻り、洗濯ネットへ入れて洗濯機へ入れる。
魔術師の大事なローブということだから、ガサツに洗っては痛むだろうと、おしゃれ着洗い用の液体洗剤と柔軟剤を投入した。
ゴゴゴゴ、と洗濯機が動き始めたあたりで、ポロリンポロリンというジングルと「お風呂が、湧きました」というメッセージが流れたので、部屋にとって返す。
棚から洗ったばかりのバスタオルと、またちょっと考えてからクローゼットの中を漁り、しまい込んで忘れていた男性物の新品のボクサーブリーフとタンクトップ、「あまおう」という文字が書かれた謎Tシャツとジャージ素材のハーフパンツを取り出した。男性物の衣類はすべて元彼・悟の置き土産である。新品があって良かった。
「ハハ、悟サイズだからエミさんにはちょっとサイズキッツイかもしれんけども~」
そう言ってタグを鋏で取り外したボクサーブリーフをまじまじと見ながら、乾いた笑いを漏らす。男性用下着のサイズで思い出し笑いなど大変下品であるが。伸びる素材なので問題はなかろう。
「エミさんエミさん、お風呂湧いたから入っちゃって」
「あ、ああ、すまない、何から何まで……しかし、ずいぶん早いな。異世界の風呂とはそんなに早く湯が沸くのか」
「うんうん、そんなもん。着替えこれね。あとタオル」
「…………」
「……なに? 新品だよ?」
「そ、そうか……」
脱衣所まで案内して、なんか腑に落ちないような顔をして突っ立っているだけのエミリオに、シャワーの使い方とボディーソープとシャンプーなどの使い方を教えてから「ごゆっくり」と言い置いて脱衣所を一人出たスイ。
エミリオが風呂から上がってくるまでにと、お米と鶏ササミと卵、ガラスープの素やら何やら材料を取り出して、卵以外を電気圧力鍋にイン。
弱ったときには鶏雑炊だ。満身創痍なエミリオが、いきなり胃に負担をかけないように味付けはシンプルに薄味にしておこう。
あとは電気圧力鍋の調理スイッチが保温モードになるまで待てばできあがり。そう思ったところで、風呂場からエミリオの叫び声が聞こえてきてぎょっとする。
「スイ! スイー!」
「えー、なになになに!」
あわてて風呂場のドアを緊急事態らしいのでがばっと開けると、その瞬間に冷水を浴びせかけられた。
「冷たっ! 何、なにしてんのエミさん!」
「スイ、助けてくれ、この蛇が、水を!」
エミリオは全開にしたシャワーのホースの部分を手に持って、水を勢いよく吹き出しながら蛇のごとく暴れるシャワーヘッドと全裸で戦っていた。エミリオの相変わらずのご立派様はあえて見ないようにした。
「…………」
スイは濡れるのも構わず、あわてず騒がず暴れるシャワーヘッドをガシリと掴むと、シャワーのコルクをきゅっと閉めた。
とたんに大人しくなったエミリオ曰くの蛇(シャワーヘッド)に、エミリオは冷水で全身水浸しになった身体をぶるぶる振るわせながら放心していた。さすがにご立派様は冷水を浴びて大人しくなっているらしく、膝にかけたタオルの下でその存在を隠していたけれど。
彼の足元から泥水が排水溝に流れているので、まだ体も洗えていないのだろう。だめだこりゃと思ったスイは、腕まくりをしてドアを閉めると、冷水全開の温度設定になっているのを中間温度くらいに戻して、水を出して大体心地良いと感じる温度になったのを確認してから、震えているエミリオに向き直る。
「エミさん、もう大丈夫だから。お湯で流すよ」
「スイ……」
「そのままだと風邪ひくからあったまらないと。……この際だから全身ちゃんと洗ってあげる」
「そっ……そんなことはさせられない」
「いいから! 大人しくして。もう騒がれるの勘弁してほしいし」
「……はい」
先ほどの無様な姿を見せてしまった後ろめたさから、エミリオはスイのやや語気強めな言葉にしゅんとして大人しく風呂椅子に座った。
とりあえずお風呂に入ってもらいたいので、朝バスタブに溜めていた水を湯沸かし器をセットして温める。
お湯で濡らしたタオルを持ってきて、汗をかいた足を拭いてもらってからようやく上がってもらう。
部屋の内装が見たこともない物でいっぱいらしく興味深そうにきょろきょろとしているエミリオに、風呂の用意ができるまで待ってもらうことにする。もちろん埃と泥と血と汗まみれのローブは脱いでもらって受け取る。ローブの中に着ていたシャツとトラウザーズは見たところ目立った汚れがないので、そのままソファーで座ってもらった。
「エミさん、このローブお洗濯して大丈夫?」
「え、あ、ああ……すまない、そんな召使いみたいなことをさせてしまって」
「お洗濯くらい普通だけど……召使いって、もしかしてエミさんっていいとこのお坊ちゃん?」
「まあ……一応貴族籍ではあるが、子爵家だからそこまで裕福な家じゃない。しかも俺は次男だから爵位は兄が継ぐし、俺は騎士団の魔法師団に入って独立しているから……家は騎士団の寮暮らしだし」
「あ、じゃあお洗濯とかは寮の召使いさんがしてるんだ」
「そうなるな」
「へえ~、じゃあ洗っちゃうね」
「すまん、ありがとうスイ。疲れるだろうに……」
「全然。こんなの洗濯機に入れて待てばいいだけだし……」
「センタクキ?」
口が滑った。あまり現代日本からの物とかを大っぴらに人にさらしてはいけないのに。
しかもエミリオは王都の人間でしかも末端とはいえ貴族、彼から人にいろいろ伝われば、面倒くさいことになりかねない。
まあ勢いで家の中に招き入れてしまった以上、もう今更感があるので、スイは白状して自分が稀人であることを話すことにした。
稀人の持ち物や知識が特殊であるという情報は、先人の稀人のおかげでここの人々はわかっていたらしく、エミリオも稀人なら不思議はないな、と納得いったんだかいってないんだかわからないような顔で頷いてくれた。本当に大丈夫か心配だ。
とりあえず、ここで見聞きし体験したスイの部屋の中のことは、誰にも喋ったりしないでほしいと頼むとエミリオは、スイは自分の命の恩人だから、そんなスイを裏切るようなことは絶対にしないと誓ってくれたので一安心である。
そんなエミリオはやっぱり少々顔が赤い。ムラムラするとか言ってたのはまだ健在なのか。それにしてもイケメンのこうした表情はとにもかくにも色っぽくて、面食いなスイにしてみれば眼福以外の何物でもないのだが。
未婚女性が今日会ったばかりの男を、しかもちょっと発情じみている男を部屋に招き入れるのは大変不用心ではあるけれど、苦しんでいる人を見捨てられないし、あんな場所に放置して何かあったらそれこそ夢見が悪い。自衛だけは自覚するとして、とりあえず自分は良いことをしたのだと言い聞かせることにした。
ここで彼を助けて恩を売りまくったら、彼がよっぽど卑劣でないかぎりそんな悪さはしないだろうし。
それよりエミリオは魔力枯渇を起こして体力まで徐々に減ってきているらしいので、これからお風呂に入ってぶっ倒れないか心配になる。
スイは、冷蔵庫から栄養ドリンクを一本取り出してエミリオに持ってきた。
「とりあえずこれ、栄養補給として飲んどいて」
「これは……? ま、まさかマジックポーション……?」
「ん? あ、違うよ。そんなたいそうなものじゃなくて、肉体疲労時の栄養補給にってやつだから。……多分体力はちょっと回復しても魔力までは回復しないと思う……」
「そうか……いや、ありがたいよ」
受け取ったはいいが開け方がわからなかったらしい栄養ドリンクの蓋を開けてやってそれを飲んでもらっているうちに、ランドリースペースへ行ってドラム式洗濯機を開けた。
スイはちょっと考えてから、一度外へ行ってエミリオのローブをぱんぱんと砂埃を払ってから戻り、洗濯ネットへ入れて洗濯機へ入れる。
魔術師の大事なローブということだから、ガサツに洗っては痛むだろうと、おしゃれ着洗い用の液体洗剤と柔軟剤を投入した。
ゴゴゴゴ、と洗濯機が動き始めたあたりで、ポロリンポロリンというジングルと「お風呂が、湧きました」というメッセージが流れたので、部屋にとって返す。
棚から洗ったばかりのバスタオルと、またちょっと考えてからクローゼットの中を漁り、しまい込んで忘れていた男性物の新品のボクサーブリーフとタンクトップ、「あまおう」という文字が書かれた謎Tシャツとジャージ素材のハーフパンツを取り出した。男性物の衣類はすべて元彼・悟の置き土産である。新品があって良かった。
「ハハ、悟サイズだからエミさんにはちょっとサイズキッツイかもしれんけども~」
そう言ってタグを鋏で取り外したボクサーブリーフをまじまじと見ながら、乾いた笑いを漏らす。男性用下着のサイズで思い出し笑いなど大変下品であるが。伸びる素材なので問題はなかろう。
「エミさんエミさん、お風呂湧いたから入っちゃって」
「あ、ああ、すまない、何から何まで……しかし、ずいぶん早いな。異世界の風呂とはそんなに早く湯が沸くのか」
「うんうん、そんなもん。着替えこれね。あとタオル」
「…………」
「……なに? 新品だよ?」
「そ、そうか……」
脱衣所まで案内して、なんか腑に落ちないような顔をして突っ立っているだけのエミリオに、シャワーの使い方とボディーソープとシャンプーなどの使い方を教えてから「ごゆっくり」と言い置いて脱衣所を一人出たスイ。
エミリオが風呂から上がってくるまでにと、お米と鶏ササミと卵、ガラスープの素やら何やら材料を取り出して、卵以外を電気圧力鍋にイン。
弱ったときには鶏雑炊だ。満身創痍なエミリオが、いきなり胃に負担をかけないように味付けはシンプルに薄味にしておこう。
あとは電気圧力鍋の調理スイッチが保温モードになるまで待てばできあがり。そう思ったところで、風呂場からエミリオの叫び声が聞こえてきてぎょっとする。
「スイ! スイー!」
「えー、なになになに!」
あわてて風呂場のドアを緊急事態らしいのでがばっと開けると、その瞬間に冷水を浴びせかけられた。
「冷たっ! 何、なにしてんのエミさん!」
「スイ、助けてくれ、この蛇が、水を!」
エミリオは全開にしたシャワーのホースの部分を手に持って、水を勢いよく吹き出しながら蛇のごとく暴れるシャワーヘッドと全裸で戦っていた。エミリオの相変わらずのご立派様はあえて見ないようにした。
「…………」
スイは濡れるのも構わず、あわてず騒がず暴れるシャワーヘッドをガシリと掴むと、シャワーのコルクをきゅっと閉めた。
とたんに大人しくなったエミリオ曰くの蛇(シャワーヘッド)に、エミリオは冷水で全身水浸しになった身体をぶるぶる振るわせながら放心していた。さすがにご立派様は冷水を浴びて大人しくなっているらしく、膝にかけたタオルの下でその存在を隠していたけれど。
彼の足元から泥水が排水溝に流れているので、まだ体も洗えていないのだろう。だめだこりゃと思ったスイは、腕まくりをしてドアを閉めると、冷水全開の温度設定になっているのを中間温度くらいに戻して、水を出して大体心地良いと感じる温度になったのを確認してから、震えているエミリオに向き直る。
「エミさん、もう大丈夫だから。お湯で流すよ」
「スイ……」
「そのままだと風邪ひくからあったまらないと。……この際だから全身ちゃんと洗ってあげる」
「そっ……そんなことはさせられない」
「いいから! 大人しくして。もう騒がれるの勘弁してほしいし」
「……はい」
先ほどの無様な姿を見せてしまった後ろめたさから、エミリオはスイのやや語気強めな言葉にしゅんとして大人しく風呂椅子に座った。
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