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本編

15 一時の快楽に身を委ねたら身を滅ぼす気がします

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 シュクラはじろじろとエミリオを上から下までしっかり見てから、スイをちらと見る。

「……見たところドラゴネッティ卿の魔力の器はスイと同じくらい大きいのではないか?」
「………………その通りです」

 エミリオは、自分が王都でも指折りの魔力保持者と言われていることを話した。その証拠として、彼はバッグの中から騎士団のカードを取り出してシュクラに見せた。
 相変わらず現在の魔力の値が赤く点滅しているけれど、エミリオはさっきより回復したと言っている。
 
 浮かび上がった半透明の画面を少々スライドさせると、「最大MP」の部分が数字で表示されているのが見えた。
 最大値六万と少し。スイが自分の冒険者カードに記されているものとほぼ変わらない数値だった。
 スイは以前見たとき、個人情報だからとあえて見ないようにしていたので、エミリオの最大値など全く知らなかった。

「あたしとほぼ一緒なんだ」
「俺もスイに会って驚いた」
「エミさんあたしの魔力量わかるの?」
「ああ」
「魔術をたしなんでいる者なら見ただけで大抵わかるものぞ。しかしそれだと一週間ゆったり休んだとしても二割回復するかしないかぐらいではないか? かなり長期の休養が必要とみるが」
「おそらくはそうなると思います。しばらくは魔術師としての仕事はできないでしょう」
「なーんか不憫じゃのう。せっかくだからスイ、手伝ってやったらどうじゃ?」
「は? 何を?」
「おいおい、吾輩に言わせたいのか~? 魔力枯渇を治す特効薬は同程度の魔力を持つ男女の交わりではないか~」
「ぐ、ふっ……っ、ゴホッ、ゴホッ……!」
「エ、エミさん、大丈夫!? ほらぁ、シュクラ様が変なこと言うから……!」

 再び雑炊を食べ始めたエミリオが盛大にむせた。涙目になっているので気管か鼻に入ったかもしれない。急いで彼にティッシュを差し出した。
 その時に彼と目があって、二人そろって茹で蛸になりそうなくらいに赤面する。

 きっとエミリオもスイと同じように、先ほどの風呂でのことを一瞬で思い出してしまったに違いない。

 たしかに魔力枯渇を治すには休養もしくは魔力交換という名のメイクラブが特効薬である。それはスイもさんざん聖人のおっちゃんらに説明されたからわかる。
 スイの魔力は規格外ゆえに、魔力枯渇を起こした場合、魔力交換するような相手はそうそう見つからないだろうので、長期休養しかないと言われていた。
 
 しかし、ここにエミリオというスイとほぼ同じ大きさの魔力保持者が現れた。そしてその彼が魔力枯渇を起こしている。ということは、彼の症状を治すための魔力交換を行えるのは、今のところスイしかいないわけで。

 魔力交換は男女の、陰陽の気のバランスの取り合いだから、きっと先ほどのようなエミリオだけが達するような疑似行為ではダメなのだろう。エミリオの魔力ゲージがいまだ赤く点滅しているのがその証拠だ。頭がすっきりしたと言っていたのは、単なる欲求不満が一時的に解消されたからということだろうと思われる。

 だが、改めてそんなことを言われたら……どうしたものかと思ってしまうじゃないか。

「変なことではなかろ? おぬしら二人のように強大かつ同程度の魔力持ちはそうそう見つからないであろうし、反対にスイが魔力枯渇に陥ったときには、ドラゴネッティ卿に頼めばよい。下世話な話ではなく、合理的な話じゃ。万が一の時のために相手を見繕っておくのは悪いことではなかろうし、辺境地で生きるにはそういう備えも必要じゃぞスイ」
「ええ~……」
「なんじゃい、吾輩はてっきりもう既に二人はそういう仲かと思っておったのに、違うのか」
「ゴホッ! ゴホッ!」
「えっ! な、なんで、そう思ったわけ!? ち、違うよ! 今日会ったばっかなんだってば」
「どうじゃドラゴネッティ卿。スイは優良物件じゃぞ」
「売り込むなぁー! エミさん、気にしないでいいから!」
「……いや、俺としては大変ありがたい申し込みなのだが、スイが乗り気でないなら……」

 いや、スイとて二十五歳の健全な女性であってそれなりに性欲はあるし、そうでなければ先ほど風呂でエミリオとあんなことはしないだろう。
 あれはちょっとやばかった。あれ以上本格的に身体を許してしまうと、なんだか戻れない気がするのだ。

 エミリオのことはスイは嫌いじゃない。性格も真面目で好ましいし、見た目も魔術師にしてはしっかり鍛えられている均整の取れた体つきは大変好みだし、顔も面食いのスイにとっては極上のイケメンだと思っている。
 彼のスイの手によって情欲にまみれて昂った痴態を見て、可愛いし何でもしてあげたくなった。

 けれど、これ以上に進めば、手放せなくなりそうで怖い。今でさえエミリオのことを好きになりかけているのに、風呂場での疑似行為に留まらず本番までしてしまったら、離れたくなくなってしまいそうだ。あの身体に抱かれたらと思うと、多分ずぶずぶに溺れてしまう。それはダメだ。

 そう、エミリオはこのシャガから遠く離れた王都ブラウワーにいずれ近いうちに帰る人だし、スイはこのシャガから離れられないから、いずれ物理的に距離が開く。
 そもそも次男とはいえドラゴネッティ子爵家の人間でそれなりに身分のあるエミリオと、稀人でシュクラの庇護を受けているとはいえ根本的にはド平民であるスイとは、前の世界ではなかった身分差というものがこの国では発生するのだ。
 本とか映画とか漫画で読んだだけの身分差の関係なんて、自分自身に置き換えてみれば面倒くさいことこの上ない。

 エミリオと自分が結ばれることは多分ないのだ。だったらあれ以上は踏み込まないほうが傷つかないで済む気がした。

「エミさんごめん……なんか、そういうの、事務的な体の関係って……なんかちょっと違うかな。あたしはダメかもしれない」
「そ……そうか。そうだな。無理強いはしないよ」

 エミリオがやや傷ついたような顔で寂しそうに微笑んだ。心が痛いけれど踏み込みすぎて別れが辛くなるのは嫌だ。ただでさえちょっと好きになりかけているのに。
 エッチな気分はもうおしまいと、先ほどエミリオにも言ったけれど、あれは本当は自分にも言い聞かせていたのだし。

「む~左様か……スイがそう言うなら仕方ないのう。法律でも同意のもとでなければならんと決まっているし。良い提案かと思ったのじゃが」
「ごめんねシュクラ様。あっ、でも、充分回復するまでずっと居ていいから! ご飯もお風呂もお布団もあるからゆっくりしてってねエミさん!」
「あ、ああ。助かるよ、ありがとう」
「あとビールも飲み放題」
「びーる?」
「シュクラ様が今飲んでるお酒。今日はやめたほうがいいけど、少し元気が出たらエミさんもどう? おいしいよ~!」
「それ吾輩のなのにー! しかし、そうじゃな、急ぎでなければ、我が地の温泉にでも浸かってゆっくり休養してもらいたいものだがのう」
「あっ、西シャガ村の温泉! そうだよ、エミさん西シャガ村に宿取ってるって言ってたもんね。ゆっくり湯治していったら……」
「いや、その前に」

 エミリオはシュクラとスイの提案に首を横に振った。

「今一度あのダンジョンに戻って、仲間の亡骸、ないし遺品を引き取りに行きたいんだ」
「あ……そ、そっか」

 あの二重ダンジョンの中、斃れた三十数名もの仲間たちの遺体は置き去りになってしまっている。モンスターの巣窟であるため、生身の遺体は既にほぼ食われているかもしれないが、遺品は残っているかもしれないので、それを王都に持ち帰りたいとエミリオは語る。

「そこで、シュクラ様にお願いがあるのですが」
「何じゃ?」
「スイに、彼女に共についてきて頂きたいのです。正直、あのダンジョン内のモンスターは王都の騎士団でもなかなかに手に余る……彼女の受けている貴方様の祝福にあやからせてもらって、安全に遺品を引き取りたいのですが」

 あのダンジョンでズタボロになっていたエミリオであるから、かの地の恐ろしさを身に染みてわかっているのだろう。普通ならあのような場所に二度と戻りたくないと思うのが普通だろうが、斃れた仲間たちの遺体ないし遺品をそのままにしておくわけにはいかないと、恐怖を押し切って戻ろうとしている。
 モンスター遭遇率ゼロのスキル持ちのスイを共に連れて行けば、あの恐ろしいモンスターたちに出会わずに済むだろう。

「それは吾輩ではなくスイに聞け。吾輩はスイの意思を尊重しておるからの」
「……スイ、俺についてきてもらえないだろうか?」
「んー、別にいいよ。どうせあのダンジョンのマッピングまだ終わってないからね」
「ありがとう。本当に助かる。なんとお礼していいか……」
「いいってば。仕事のついでだもん。くっついていくだけでしょ?」
「そうなると、人足が必要になろうな。冒険者ギルドに仕事依頼をしてはどうじゃ。金はかかるが労働力なら頼りになる連中じゃ」
「資金なら問題はありません。一応貴族籍ではありますので、人足を雇うに充分な金はあります」
「そうか、ではスイ。ドラゴネッティ卿の体調が良さそうなら、明日にでもギルドに案内してやりなさい」
「はーい」
「スイ、助かる。本当にありがとう」
「困ったときはお互い様だから」

 とりあえず、明日からの予定は決まった。
 冒険者ギルドに人足の依頼を出すことと、落ち着いたら王都に手紙も出さねば、今頃エミリオは死んだものと思われているかもしれない。
 ついでに西シャガ村の預り所に預けてある仲間の荷物を王都に送る手続き、あのダンジョンから引き取った遺体ないし遺品をもって、とりあえずの弔いとして、シュクラ神殿で葬儀をあげるなど、ここに一人残ったエミリオにはやることがとにかくたくさんあった。

 傷つきすぎて満身創痍のエミリオにはさぞかしつらいことだろうが、せめてものサポートとして、温かい食事や風呂、宿の提供など、スイはできる限り協力を惜しまないことに決めた。
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