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本編
100 クローズドサークル エミリオ3
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「あのさ…………君、誰?」
エミリオの言葉に、目の前の彼女……『スイによく似た彼女』はその黒い瞳を見開いてエミリオを見た。
何言ってんの? とでも言いたげな顔だ。そういうところもよく似せてるなあと感心してしまう。
「エミさん、どうしたの?」
「はは……声までそっくりだ。騙されても仕方ないなこれじゃあ」
「騙すって何? そんなことより、はやく来て。寂しいよエミさん」
「……もういいって。本当に君は誰なんだ?」
エミリオは自身の首に回されていたそのスイにそっくりな女の両手首をつかまえて、ベッドにドンと押し付けた。その際、ため息をつきながら先ほど捲ったシーツを彼女の肩にかけてしっかりと覆った。以前他の女性の身体を見るのは浮気と一緒だとスイに言われたことがあるから、これ以上は目の毒だったので。
抱き着いてきていたのを引きはがして改めて見下ろすと、長い黒髪に少し桃色に染まったような白い肌、そして猫のような少し釣り目な大きな黒い瞳、まるで一匹の美しい黒猫を思わせる姿は、本当にスイによく似ている。
だがどこか作り物めいた違和感を感じてやまないのだ。本物を身に染みて知っている自分だからこそそう思える。
違和感が、否めない。
身体は正直だな、などという、パブロウィークリーニュース誌の片隅に書かれた官能小説に登場するヤカラのセリフがあったな。なんて思うくらい、エミリオは、自分の身体がある意味正直だと思った。
全く、勃たない。
スイの柔軟剤とやらの匂いのついたシャツを嗅いだだけで発情した自分が、スイと瓜二つな女が全裸で目の前にいるというのに、である。
今は目の前に抱いてとせがむ美しい女がいても、据え膳なんて糞食らえ状態でどうでもいいと思う自信がある。
エミリオの身体は自分でも驚くほど正直だった。恋人スイ本人にしか興奮しない、ある意味自分の気持ちに正直な身体になってしまったのだ。
単に俺にはスイがいるんだから、という我慢などではなくて、本当に、心の底からほかの女はどうでも良かった。
スイそっくりだったら流石にまずいかもなんて一瞬思ったけれど、そんな心配は全くなかった。
「もう一度聞く。君は誰だ? スイ本人はどこに?」
「誰って……あたしがスイだよ……? 何いってるの? こんな容姿の人間はあたししかいないでしょう?」
「君は俺の愛するスイじゃない。彼女そっくりだけれど」
「……疑うなんてひどい、どうかしてる」
「どうかしているのは君だ。何でスイの真似をしてるのか知らないけれど、似てないよ。最初はそっくりだなって思ったけど、喋れば喋るほどだんだん似なくなってきたのがわからないか?」
「そんなことない……! いいから、もう抱いてよぉ。好きにしていいから……貴方の女がここまで言っているのに」
「スイが俺の女なんじゃない、俺がスイの男だから。それにスイは、『抱いて』も『好きにして』も言わないよ」
そうだ、違和感があったのはそもそもそんな受動的な言葉がこの女の口から出たことからだった。
閨事に関して、エミリオ相手にスイは驚くほど能動的だ。
可愛いね。
エッチな魔術師様ね。
あたしさあ、エミさんのそういう反応見てる方がなんか、濡れるんだよね……。
エミさんをどろどろに蕩かせて、あんあん言わせちゃう。
あの猫みたいないたずらな表情で意地悪ぶってそんなことを言って、エミリオからまるで初心な少女のような反応を引き出してくる、積極的、能動的にエミリオを翻弄してくるスイ。
エミリオが今まで出会った女の中で、そんな人は誰もいなかった。
こうして押し付けられても受動的に抱いてとせがむ彼女、そんなのはスイじゃない。スイなら「なにしてくれてんの?」などと怒髪天を突く勢いで怒るはずだ。西シャガ村の温泉宿の客室露天風呂で、嫉妬から無体をしいたエミリオに対して、足でビンタするくらいには。
スイによく似た女は驚愕の表情をして固まっていた。
「……どうして信じてくれないの」
「残念だけど、服脱いだのは逆効果だったよ」
「……は?」
エミリオはゴホン、と咳払いをしてから、少々赤くなりながらぼそりと呟いた。
「決定的なことに、君にはその……昨日俺が内ももにつけたキスマークがない」
突然のエミリオの言葉に、スイによく似たその女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔であんぐりと口を開けた。
実は昨日ドラゴネッティ子爵家の庭でスイと戯れたときに、感極まったエミリオはスイのドレスのスカートの中で、彼女の内ももに強く吸い付いて跡を残してしまったのだ。だが全裸で足まで左右に割ってみせたこの女性にはそれがない。たったそれだけでエミリオは完全に白けてしまった。
この女の化け方はほぼ完ぺきだった。ただ、その姿はエミリオにとっては少々古い。出会った頃のスイのそれだったから、その頃のスイと今のスイが違うのはエミリオが良く知っている。
内もものキスマークもそうだけれど、肌艶も髪も今のスイに比べたらこの女性のものは少々荒れているし、スタイルだって……あのエミリオの魔力枯渇を癒す行為から始まった愛欲の日々の間に、スイの胸はまた少しボリュームが出てきたのだ。たっぷり揉んだからよくわかる、とエミリオは誰に対しているのかさっぱりわからないながらも自慢げにこくこくと頷いた。
そんなことを考えていたら、つい興奮して全部口から声に出していたようで、すらすらぺらぺらといかに本物のスイが素晴らしいかを力説している自分に気が付いて、エミリオはようやく我に返ると恥ずかし気に口をつぐんだ。
目の前の女はエミリオの話を聞いて顔を真っ赤にしてわなわなと震え始めた。
「……! な……!」
「そ、それより! こんな閉鎖空間を生み出したのは君か? スイはどこだ? 他の人たちは?」
「…………」
「一体何故こんなことをしている? 誰へのメッセージだ?」
「……いんだよ」
「……?」
「……さい、うるさいうるさいうるさいうるさい! その女が何よ! どいつもこいつも……!」
急にヒステリックに叫び出した女は、もがきにもがいてエミリオの拘束から抜け出ようと暴れ出す。きゃあああ、わあああと奇声まで上げて暴れた女は不意に抵抗をやめると、目を三白眼になるまで見開いて瞬きもせずに呪詛のように言葉を吐き出す。
「あの女……ヒスイ・マナカ。あいつが悪いのよ。あいつが……あの人に、あたしを、捨てさせた」
エミリオの言葉に、目の前の彼女……『スイによく似た彼女』はその黒い瞳を見開いてエミリオを見た。
何言ってんの? とでも言いたげな顔だ。そういうところもよく似せてるなあと感心してしまう。
「エミさん、どうしたの?」
「はは……声までそっくりだ。騙されても仕方ないなこれじゃあ」
「騙すって何? そんなことより、はやく来て。寂しいよエミさん」
「……もういいって。本当に君は誰なんだ?」
エミリオは自身の首に回されていたそのスイにそっくりな女の両手首をつかまえて、ベッドにドンと押し付けた。その際、ため息をつきながら先ほど捲ったシーツを彼女の肩にかけてしっかりと覆った。以前他の女性の身体を見るのは浮気と一緒だとスイに言われたことがあるから、これ以上は目の毒だったので。
抱き着いてきていたのを引きはがして改めて見下ろすと、長い黒髪に少し桃色に染まったような白い肌、そして猫のような少し釣り目な大きな黒い瞳、まるで一匹の美しい黒猫を思わせる姿は、本当にスイによく似ている。
だがどこか作り物めいた違和感を感じてやまないのだ。本物を身に染みて知っている自分だからこそそう思える。
違和感が、否めない。
身体は正直だな、などという、パブロウィークリーニュース誌の片隅に書かれた官能小説に登場するヤカラのセリフがあったな。なんて思うくらい、エミリオは、自分の身体がある意味正直だと思った。
全く、勃たない。
スイの柔軟剤とやらの匂いのついたシャツを嗅いだだけで発情した自分が、スイと瓜二つな女が全裸で目の前にいるというのに、である。
今は目の前に抱いてとせがむ美しい女がいても、据え膳なんて糞食らえ状態でどうでもいいと思う自信がある。
エミリオの身体は自分でも驚くほど正直だった。恋人スイ本人にしか興奮しない、ある意味自分の気持ちに正直な身体になってしまったのだ。
単に俺にはスイがいるんだから、という我慢などではなくて、本当に、心の底からほかの女はどうでも良かった。
スイそっくりだったら流石にまずいかもなんて一瞬思ったけれど、そんな心配は全くなかった。
「もう一度聞く。君は誰だ? スイ本人はどこに?」
「誰って……あたしがスイだよ……? 何いってるの? こんな容姿の人間はあたししかいないでしょう?」
「君は俺の愛するスイじゃない。彼女そっくりだけれど」
「……疑うなんてひどい、どうかしてる」
「どうかしているのは君だ。何でスイの真似をしてるのか知らないけれど、似てないよ。最初はそっくりだなって思ったけど、喋れば喋るほどだんだん似なくなってきたのがわからないか?」
「そんなことない……! いいから、もう抱いてよぉ。好きにしていいから……貴方の女がここまで言っているのに」
「スイが俺の女なんじゃない、俺がスイの男だから。それにスイは、『抱いて』も『好きにして』も言わないよ」
そうだ、違和感があったのはそもそもそんな受動的な言葉がこの女の口から出たことからだった。
閨事に関して、エミリオ相手にスイは驚くほど能動的だ。
可愛いね。
エッチな魔術師様ね。
あたしさあ、エミさんのそういう反応見てる方がなんか、濡れるんだよね……。
エミさんをどろどろに蕩かせて、あんあん言わせちゃう。
あの猫みたいないたずらな表情で意地悪ぶってそんなことを言って、エミリオからまるで初心な少女のような反応を引き出してくる、積極的、能動的にエミリオを翻弄してくるスイ。
エミリオが今まで出会った女の中で、そんな人は誰もいなかった。
こうして押し付けられても受動的に抱いてとせがむ彼女、そんなのはスイじゃない。スイなら「なにしてくれてんの?」などと怒髪天を突く勢いで怒るはずだ。西シャガ村の温泉宿の客室露天風呂で、嫉妬から無体をしいたエミリオに対して、足でビンタするくらいには。
スイによく似た女は驚愕の表情をして固まっていた。
「……どうして信じてくれないの」
「残念だけど、服脱いだのは逆効果だったよ」
「……は?」
エミリオはゴホン、と咳払いをしてから、少々赤くなりながらぼそりと呟いた。
「決定的なことに、君にはその……昨日俺が内ももにつけたキスマークがない」
突然のエミリオの言葉に、スイによく似たその女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔であんぐりと口を開けた。
実は昨日ドラゴネッティ子爵家の庭でスイと戯れたときに、感極まったエミリオはスイのドレスのスカートの中で、彼女の内ももに強く吸い付いて跡を残してしまったのだ。だが全裸で足まで左右に割ってみせたこの女性にはそれがない。たったそれだけでエミリオは完全に白けてしまった。
この女の化け方はほぼ完ぺきだった。ただ、その姿はエミリオにとっては少々古い。出会った頃のスイのそれだったから、その頃のスイと今のスイが違うのはエミリオが良く知っている。
内もものキスマークもそうだけれど、肌艶も髪も今のスイに比べたらこの女性のものは少々荒れているし、スタイルだって……あのエミリオの魔力枯渇を癒す行為から始まった愛欲の日々の間に、スイの胸はまた少しボリュームが出てきたのだ。たっぷり揉んだからよくわかる、とエミリオは誰に対しているのかさっぱりわからないながらも自慢げにこくこくと頷いた。
そんなことを考えていたら、つい興奮して全部口から声に出していたようで、すらすらぺらぺらといかに本物のスイが素晴らしいかを力説している自分に気が付いて、エミリオはようやく我に返ると恥ずかし気に口をつぐんだ。
目の前の女はエミリオの話を聞いて顔を真っ赤にしてわなわなと震え始めた。
「……! な……!」
「そ、それより! こんな閉鎖空間を生み出したのは君か? スイはどこだ? 他の人たちは?」
「…………」
「一体何故こんなことをしている? 誰へのメッセージだ?」
「……いんだよ」
「……?」
「……さい、うるさいうるさいうるさいうるさい! その女が何よ! どいつもこいつも……!」
急にヒステリックに叫び出した女は、もがきにもがいてエミリオの拘束から抜け出ようと暴れ出す。きゃあああ、わあああと奇声まで上げて暴れた女は不意に抵抗をやめると、目を三白眼になるまで見開いて瞬きもせずに呪詛のように言葉を吐き出す。
「あの女……ヒスイ・マナカ。あいつが悪いのよ。あいつが……あの人に、あたしを、捨てさせた」
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