上 下
136 / 155
番外編「ぬしと私は卵の仲よ私ゃ白身できみを抱く」

6 クアスの受難日

しおりを挟む
 その日の間もなく勤務時間が終わろうとしている夜六時過ぎ、緊急の出動要請の知らせが騎士団に入ってきた。
 メノルカ神殿において何やら事故が起こったらしい。クアスはメノルカ神殿には本日行ってきたばかりであったのもあり、自ら志願して指揮を執ることとなった。
 復帰したばかりじゃないかとクアスを心配する部下らと、また失敗をしでかすのではないかと揶揄う他の師団の騎士らに色々と止められたけれど、クアスの意思の強さに根負けした騎士団長がそれを許してくれたのだ。

「復活戦だと思ってきっちりと捜査してこい。くれぐれもメノルカ様に粗相のないようにな」

 騎士団長の期待にしっかり応えるために、クアスは強い瞳で頷いた。

 そう、思っていたというのに、クアスのその意気込みはとある施設において挫折しかけていた。

 王都ブラウワー郊外にある女児向けのテーマパーク、『バビちゃんキャッスル』。ピンクとフリルとレースに包まれた、乙女心満載の夢の国。

 メノルカ神殿では神殿営業時間を終えたころ、施設内の倉庫にて異常な爆発が起こり、聖人たちが大勢怪我をした。その際、倉庫から一体の人形が盗まれたという情報を受け、魔力が乗り移った人形ということで、魔力追跡の魔道具を使って調べた場所が、この場所だった。

 まず、出鼻をくじかれたのは入り口だ。任意での捜査協力を願い出たものの、ごつい騎士らが大勢パーク内をうろつくのは客に迷惑がかかるし景観によくないと門前払いを食らった。
 そのため、クアス一人でならとOKは出たものの、ピンクとフリルとレースに包まれたこの空間に入るのがどうしても躊躇われて挫折しかけた。

 そんなときに、親友のエミリオが、スイ、シュクラと、エミリオの姪がやってきて、姪のシャンテル嬢に許しを得る形でなんとか施設内に入ることが出来たのだが、施設内のとある場所で、何者かの手によって作られた閉鎖空間に取り込まれてしまうというアクシデントが起こる。

 しかも、土地神シュクラと二人きりでである。
 昨日エミリオとスイのことに関して、シュクラとは気まずい感じになってしまったのもあり、捜査とはいえ神の一柱を連れまわすのもと思い、どうしたものかと思っていた。

 しかし、自分の事情はともかくジェイディ関係の理由で閉じ込められたのは、自分に害意がある犯人もしくはその関係者がいるということ。別の土地から来た土地神であるシュクラが誰かに恨まれることなどまずないし、これはクアスがシュクラを巻き込んでしまったことになるだろう。

 その空間が害意を持ってクアスとシュクラに襲い掛かったのはそのすぐあとだ。

 くすくすと笑いながら襲い来る大量のジェイディ人形。はらってもはらっても追いすがってくる人形は、クアスが勢いよく蹴り飛ばして床や壁にぶつかって破損しようとも、すぐに再生してまた襲い掛かってくる。
 足元にしがみついてはその足を伝ってよじ登ってくる大量の人形たちに苦戦しているうえに、シュクラの「息を止めろ!」という呼びかけに対応が遅れた。
 気付けば紫色の妖しい煙のようなものが部屋じゅうに漂っていて、シュクラの注意も空しくそれを吸い込んでしまったクアスは急に心臓の音がドクンと音をたてて、足元から崩れ落ちるのを、シュクラが叱咤しながら支えてくれた。

 媚薬の香が混ざった煙のようだった。神であるシュクラには効かないが、人間であるクアスには効果てき面で、体中が熱くてたまらなくなる。突然に襲ってきた性衝動に顔面が紅潮して鼓動も早鐘を打ち、身体の一点に熱が集中するのを必死で理性で抑え込もうとして息が上がってきた。

 クアスも年相応の男であるため、そういった性衝動を感じるのは初めてではなかった。ただ、元婚約者だったキャサリンとは、交際中も常に清い関係だったため、彼女に操を立てていたクアスは娼館にも行くことはなく、性欲の発散は主に自分で行うしかなかった。
 だが、通常の場合とは違ってここは一人になれる場所ではないし、まさに交戦真っ最中である今、そのようなことができるはずもない。
 そもそも、自慰を含めた性的行為をどこか敬遠するほど潔癖な所があるクアスは、今の自分をとてつもなく恥ずかしく惨めな生き物と思えて吐き気すらしてきていた。

 人間のそのような醜いものを呼び起こすなど、なんて卑怯な魔法かと思うが、この既に魔物に等しい人形たちに卑怯も何もないのかもしれない。
 浅ましい。汚らわしい。こんな場所でこのような屈辱を受けるなど、死ぬほうがまだいくらかましだろうか。

 襲い来る衝動に涙を滲ませながら、理性で必死に抑え込もうと耐えるクアスに近づくシュクラ。クアスの前髪をぐいと上げ、その額を露わにすると、シュクラの羽のようなふわりとした唇が触れた。
 その瞬間、身体の熱も治まって、身体を重苦しく覆っていた汚らわしい衝動が嘘のようにクリアになった。

「長くはもたぬが、祝福をくれてやったぞ。幻覚の中に本物を見分けられるか?」

 神であるシュクラが神罰を下すのは、直接神の怒りに触れたか、人間が全ての手を尽くしても敵わなかった場合のみであるのが基本だ。
 目の前の人形たちは人間の悪意が生み出した魔法によってできたもの。それは人間が片を付けなければならなかった。それゆえ、人間であるクアスに手を貸すことでこの場を攻略させようというのだろう。

 一時は険悪だったシュクラがここまで手を貸してくれているのに、それに応えずにいて、何が騎士か。何が男かと、クアスの目に光が宿った。

 己の傲慢さが招いて失敗した過去、死んでいった仲間たち、信用を失い去っていった人々。そんな自分を挽回する気持ちで、復活戦だと思ってきっちりとやってこいと、騎士団長も送り出してくれたじゃないか。

 クアスは剣を握り締めて立ちあがると、ウジャウジャと蠢き笑い続けるジェイディ人形たちの中に一体だけおかしな動きをしている人形を見つけ出し、その一体に思いきり剣を振りかぶった。身の危険を感じたその人形は、一度その黒髪に自身の全てを包み込むと、再び現れたときは巨大な顔面となってクアスに牙を剥く。

 クアスの剣がその大顔面を一刀両断した瞬間、あれほど蠢いていたジェイディ人形が悉く消えていく。か細い悲鳴を最後に、空間はあっと言う間にもとに戻っていった。

「見事! なかなかやるではないかカイラード卿」
「……シュクラ様のおかげです」
「半分はな。ちょっとは見直したぞ。流石は王都騎士団のエリート」
「そんなことは……はあ」
「しかし、化け物は去ったがこの閉鎖空間はまだ消えておらぬようだな。こちらは別の本体が存在するようじゃな」
「…………」

 シュクラの説明もクアスの耳にはただ通り過ぎていくだけだ。何故ならあの汚らわしい性衝動がクアスを再び襲い始めたからだ。膝から下に力が入らなくなって、クアスは崩れ落ちて座り込んでしまった。
 あの人形たちは限りなく実体に近い幻覚だったのだろうが、あの紫色をした媚薬の煙は本物だったらしい。
 さきほどはシュクラの祝福のキスにて少しはおさまったけれど、シュクラ自身が「長くは持たぬぞ」と言っていたとおり、その効果は切れてしまったようだ。

 シュクラがクアスの変化に気が付き、覗き込むようにして伺う。この絶世の美貌で見つめられるのは、おかしな気分になっている自分には毒なのでやめて欲しかったが、口に出すこともできなかった。

 シュクラはしばし腕組みをして考えて、「どのみち閉鎖空間じゃしのう」と小さく呟いてから、再びクアスを見た。

「苦しいかカイラード卿。少し発散してはどうじゃ」
「は、発散?」
「うむ。どうせ閉鎖空間じゃしの。吾輩意外は誰もいないゆえ、恥ずかしがることはない」
「な、何を言って……そ、そのようなことできるわけが……あぅっ!」

 シュクラの目の前でそのような汚らわしい行為ができるはずもない。そう思って顔を背けたクアスの頬にシュクラの白魚のような指先がふと触れ、それすらにビクリとして息を荒げるクアス。
 それを見たシュクラが、にたりと悪戯でも思いついたみたいな笑顔を見せたのを、クアスはその視界の隅にとらえて嫌な予感がした。

「……ではカイラード卿。吾輩が手伝ってしんぜようか? なに、一度ぶっ放せばスッキリするじゃろうて。ほれ、遠慮せず脱ぐがいいぞ」

 この神は一体何を突然言い出すのだろうか。
 手伝う? 何を?
 こういった場合、性行為の手伝いということだろうか。そんなことは絶対に嫌だ。
 それ以前に、シュクラは男神だ。確かに男の多い騎士団には男色の人物もいたし、婚約者のキャサリンに操をたてていたこともあるが、それ以前にクアスにはそのケはない。断じてない。

「い、嫌です。大体私は男同士でそのような趣味はありません……! そ、そりゃあ騎士団の中にはそういった者もいましたが、私は違う!」
「男同士でなければ良いのか? なら女体になってもよいぞ?」
「は?」

 シュクラのけろっと言い放ったその言葉を朦朧とする頭でいくら考えようともかみ砕くことはできなかったが、その間にシュクラはさも楽し気に「そぉーれ♪」などと言ってくるりと回転した。きらきらとした光を纏って、その光が消えたあとには、シュクラと思しき人物がいくらか小柄になっており、その胸元がはちきれんばかりに膨張し、シャツのボタンが今にも弾け飛びそうになっていた。

 何が起こったのか全く分からず、それでもシュクラの膨らんだ胸元とその美貌から目が離せなくなったクアスに、にたりと笑いながらシュクラは四つん這いで近寄ってくる。
 思わずあとずさりしたクアスだったが、その努力も空しく、壁まで追い詰められてしまった。

「ふふふ、こうしてみるとそなたなかなか可愛らしい顔をしておるではないか、のうカイラード卿。神の女陰、味合わせてしんぜようぞ?」

 頬を触ってくるシュクラに抵抗もできず、されるがままになってしまうのは、きっと媚薬のせいだろう。触れられた部分の熱にぶるぶると震えているクアスは、シュクラには獲物のように見えたのかもしれない。

 近づいてくる絶世の美貌に抗うことができず、ふわりと開いたその口の中に見えた二股の舌に目を見開く間もなく、塞がれたその唇からクアスの口内をシュクラの舌が蹂躙していくのを止められないでいた。

 いや、抗う気力もなかった。それほどまでに、この美しい女神と化したシュクラに魅了されていた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

仲良しな天然双子は、王族に転生しても仲良しで最強です♪

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:887pt お気に入り:307

童貞野郎は童貞をおっさん上司に捧げる

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:13

婚約破棄は夜会でお願いします

恋愛 / 完結 24h.ポイント:156pt お気に入り:5,209

異世界のんびり散歩旅

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,301pt お気に入り:745

片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,349pt お気に入り:14

処理中です...