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第1章 異世界へ、そしてダンジョンへ

2.異世界へ

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 気がつくと森のなかで倒れていた。

 ――ここどこだ?―――

 そんなごく普通の疑問が俺の脳裏をよぎった。

 さっきまで、俺は店で買い物をしていたはず。
 そして、今居るのは森の中。

 あの後、VRMMOに入ったのか?

『あはは♪どうやら成功したようだね♪』

 俺が立ち上がろうとするのと同時に脳内に直接無邪気な子供がまるでからかうように告げてくる。しかしそのときの俺は不思議とそれに対しては何の疑問を抱くことなかった。更に当然の理であるかのようにその出来事を記憶のすみにおいただけであった。


 立ち上がった俺はこの状況に対しての疑問が残ったままではあるが何もしないというのは愚策であると思い歩くことにした。

 これはいつものようにゲーム中寝落ちてしまっただけということにしておこう。ここは、ゲームの中。そう自分に言い聞かせてこのことはもう割りきった。


 しかし、森を駆け抜ける爽やかなそよ風にその風の動きをうけた草木が心地よい音色を現実世界のように奏でている。

 それだけではなく、森のなかにいるモンスターが不規則且つ集団をなして行動していた。

 ここまで変わったのかとかなり驚いたが、特にすることもないので森を出るために歩く。



 ◇

 しばらくしてある少女を見つけた。

 普通はプレイヤーが視界に入るとプレイヤー名が出るのだが、出てこないためNPCだろう。

 近づくにつれてより鮮明に見えてくる。

 ここでも異変はあった。NPCはモンスター同様決まった規則的な動きで、感情等はなく明らかにプレイヤーとは違い無機質な感じがするのだが、どう見ても、プレイヤーのようにモンスターを探しながら狩りをしているように見えた。アップデートで大分現実味が増したようだな。


 向こうもこちらに気づいたようだ。

「そこのあなた、何も持たずに森に入ってるなんて危ないよ!」

   聞いたことない言語ではあったが、意味が伝わってくる。しかもその言葉で普通に喋れるくらいの知識はあった。

 それはさておき、向こうから話しかけてきたのは驚きだ。

 やはり俺は、これは大型アップデートによるものだと思った。

 町に居たのにここまで飛ばされたのは、新しいプログラムの適用の過ほどに於いて起きたバグで、より現実世界に近くなったのもそれによるもの、この言葉がわかるのも……と考えたら今までの事がどんどん結び付いていった。

「ちょ、ちょっと。いきなり無視……しないでください……」

 俺がすぐに言葉を返さないで考え事をしてしまったせいで自分が声を掛けたことが間違っていると思ったのか恥ずかしそうに少し頬を赤らめてしまっている。

 運営の方、素晴らしいくらいに可愛いNPCですよ!
 全く、こっちまで照れてしまう。だが、ここまでリアリティー性が高いと悪いことをしたという罪悪感の方が大きいな。


「ああ、すまない。少し考えごとをしていてな。こっちの話だから心配はいらないぞ」

「本当に……気を付けてくださいよ?」

「突然ですまないが、近くの町に案内してくれないか?ここが何処かわからないんだ」

「ほんとに突然ですね?……いいですよ。それよりどこから来たんです?」

「エントからだ」

 咄嗟に主に拠点としている街を答えた。変に考えてすぐに言えないというのも可笑しな話だからだ。

「そのエントという場所は知りませんけど、とりあえず私の住んでる町に来ます?」

 やはり、知らなかったようだ。

 そこは結構有名だがな。もしかしたら現地のことしかよく分からないNPCだということか?
 運営の方こんな細部迄手を入れるとは、流石です。

 NPCには、今まで通り自身のプレイヤー名などは分からない仕様だと思い、その彼女に町に向かう間、自己紹介をすることにした。

 そんなこと考えていた矢先に向こうから話しかけられた。

「さっきからしゃべり方が男みたいですよね?それに珍しい格好ね。それも"エント"という街の正装みたいなものですか?」

 は?男みたいとは、どういうことだ。

 自分を見ると、薄く青に染まった銀色の髪の毛と大きすぎるジャージを着ていて、手先も袖で隠れ、足元も靴を隠し、裾を引き摺ってしまっている姿が目に映る。

 さらに、小さく子供の様な可愛らしい雪のように白い手が自分の意思で体を確かめている。

 もしかしたら、美男子という可能性もあるからな。

 下腹部を確かめてみる——があれはついて無かった。息子よ、大人になる前にさよならするのか!!

 もう、男ですら無くなったのか?

 こんなキャラに設定した覚えはない。何日も構想を練り、やっと完成したのだから。それもあり、かなり気に入っていたのでその姿くらいは鮮明に記憶にある。

 何故30歳くらいの眼鏡(伊達眼鏡)を掛けインテリな雰囲気の男から幼い女の子に。

 俺は思う。


 ″何故こうなっている?″


 声も気にしてなかったが、清澄な可憐であった。俺には、勿体ないくらいの美少女ではないか………。

 いいのか、俺がこんなキャラで。
 というか、何故俺はリアルとは似ても似つかないこんな理想を体現したかのような姿になった?

 まさか、俺に限ってこんなことがね?取り敢えず運営さんに……無いな。ステータス画面も出てこない。
 さっきやっと全てが結びついたと喜んでいたのが嘘のように一瞬で崩れ行く。あの神運営さんがここまでのバグがある状態にするわけが無い。仕様が変わって把握ができていないこと自体おかしいなことだ。


 というか、何故リアルのものはジャージだけなんだ?

 どうでもいいがジャージに冒険者のブーツは合わないからスニーカーも欲しかった。

 まさかの異世界に来て美少女になるとは、人生何があるかわからないものだ。

 もう、開き直ろう!

 格好はこんな感じだが、リアルの俺の姿のままだったら今一緒に居るこの子も見てみぬフリをされた可能性が高いだろう。

 が、今の俺はこんな姿でも可愛さが滲み出てくるほどもとが可愛くなっている。

 もう、これはリアルの俺に対する挑発だろうか?

 見た目は美少女、声もそれに比例して可愛い。
 さらに、自分をこういう目で見たくはなかったがもともと男だから確認せざるを得ないがこの身体、幼いながらも意外に出るところは出て引っ込むところも案外引っ込んでいた。

 いやそれより、NPCが自律的に喋ってるし、ゲーム抜けられないし、認めたくはないが所謂異世界転移ってやつらしいなこれ。

 このときの俺はまだここに来たのが単なる偶然なのか、誰かの手によって仕組まれていたことなのかは知る由もなかった。

 ともかくこの世界で、俺は女として中身、男のままでも結構いけるかもしれない。

 変に男からモテても困るし見た目では問題ないかもしれないが、男と付き合うのは………。

 ちょっとやめよう。
 やっぱりそういうのに興味はないし目覚めたくはない。

  まあ、いろいろあったがしゃべり方はいきなり直すのはおかしい上に出来ないので少し変えるくらいにしておく。でも、名前は変えよう。

 後、一人称か、″俺″は駄目だろうし″私″も嫌だ。
 これはもう″僕″にするか。会社の正式な場では頑張って私にしていたが、それが普段の一人称となるとどうにも気が乗らない。

「そういえば名前言ってなかったな、セシリア・ジェネレーティという」

 即席の名前とはいえなかなか頑張った。

「可愛い名前ね。私は、カリス・ブルースト。カリスって呼んで良いですよ」

「よろしく!カリス」

「よろしくセシリアちゃん」

 戸惑いながらの自己紹介も終わると町が見えてきた。

 カリスが違う言語で喋っているのだがこの身体の持ち主であっただろうものの記憶が少し残っていて、その中に言語も含まれていた。しかしそれ以上は思い出せない。
 俺が転移した反動で記憶が飛んでしまったのかもしれない。

「もしかして、あれがカリスの町?」

 どこか懐かしく、見たことがある気がするが思い出せない。

「そう、昔からずっと住んでいましたよ」

「まず、服買ってもいい?」

「それなら、私の服を貸してあげますよ。その様子だと……お金持ってないですね」

 痛恨のミス。金が無いのはどこの世界でも痛い。
 所持金くらいは多少用意しておいて欲しかった。まあ、ゲームではあるまいし仕方ない。

「私の服を着たらご飯食べに行きましょう」

 柔らかい笑みを称えながら歩いていくカリスに付いて行くと宿に着いた。

 途中でだいぶ町の人たちから注目を集めてしまっていたが。

「そうねー、どれがいいでしょう?」

「僕は何でもいいよ」

 そう言っているのに、カリスによってされるがままにどんどん着替えさせられていった。

 諦めて自分の姿を見るとリボンがついているワンピースの様なものを着せられていた。

「着替えられたし、ご飯食べに行きましょうか」


 ◇

 暫くし冒険者が好きそうなTHE冒険者向けの店に入った。

「冒険者のやつっていないのか?」

 と聞いてみた。すると

「冒険者……?あ、もしかしてダンジョンを攻略してる人のこと?それなら攻略組とか言うね」

 お、これはいい情報だ。

「そうなのか。ところで、ダンジョンはどこにあるんだ?」

「このあとフォルトート行きの馬車があって、その町にダンジョンがありますね」

 その後もこの世界についてなどを話していた。

 などの有力な情報を得られた。

 その情報は、幾つも国があることや美味しい料理などだ。
 ダンジョンについてはお楽しみということで聞かなかった。

 さて会計か。

「申し訳ないな、払ってもらって」

「大丈夫よ、このくらい」

 ご飯を食べたら早速馬車が来るところに向かう。



 しばらくしてフォルトート行きの馬車が来た。
 が金を払わせてしまい、ここでも彼女に世話になってしまった。この世界早々でだいぶ恥を欠いてしまったな。

「そういえば、なんでカリスまでダンジョンに行くのだ?」

「実は本当に住んでる町はフォルトートなんですよ。さっきの町は私の故郷で、度々ああやって森を散歩をすることもあるよ。そのときにセシリアちゃんと会ったって感じかな」

 そうだったのか、周りを見るにダンジョンの回りには町があるようだ。

「ダンジョンってボクでも稼げる?」

 これは重要だ もしも稼げないと折角異世界なのに、異世界らしいことができないかもしれないからだ。

「誰でもできるよ、主にその狩った魔物の素材のお金かな」

 誰でもとはいえ10歳にも満たないくらいの今の見た目の俺だと大丈夫か不安だ。

 1時間ちょっとするとフォルトートに着いた、以外に近いようだ。
 さっきの町に町に比べるとだいぶ活気がある。

「そのダンジョンに必要な登録はどこでやるんだ?」

「ダンジョンの入り口の前に一際大きな建物があって、行けば分かると思うんだけどそこにたくさんの人が流れるように入って行ったり、出て行ったりをたくさんしているから、ダンジョンの方じゃない人の流れにのれば多分行けるよ」

 つまり、そのままダンジョンに向かうというわけだ。

 ◇

 予定通りダンジョンに無事着いた。

「そこで登録するんだよ」

「分かった、登録してくる」

 そして用紙に名前、出身、年齢の3つだけだった。
 名前はそのままで、出身はさっきいた町の[レーリヨ]という町ということにした。

 さすがにこの世界に無い町の名前だと登録できないだろう。
 テキトーに年齢は9歳にしておいた。

「これで登録は完了です。1人で入るような無理をしないでくださいね」

 やったー!!マジの異世界で異世界らしいことができるぞ!!!

 9歳(本当かどうかは知らない)って書いたが本当にいいのか?
 貰えたからいいということだろう

「ありがとうございます!」

 そう言うと、カリスのもとへ向かった。
 するとカリスは

「ダンジョンに入る前に服を買ってもいいか?汚すと困るし」

「汚すとかは気にしてはいないけど確かに動きづらいね」

 ダンジョンの近くにはたくさんの手作りの店があった。きっとここで店を構えると売れるから自然と集まったのだろう。


 そこで衣服屋で冒険者……攻略組の女性用の服を買ってもらった。防具ではないので金具などはなく、汚れが目立たないように茶色や黒色を中心としていた。女性用には、所々青や緑色のラインが入っていた。サイズに関してはその場で軽く採寸をしてもらった。

 そのとき、ほぼ裸同然の状態となり俺の理性が必死に自分自身を見ないようにしていた。まだ、自分という自覚が無く罪悪感が残ってしまいそうで嫌だ。俺の理性ナイスだぞ、今後も宜しく頼む!

 見た目は女でも中身は男だからな。


 ◇

 準備が整った俺はカリスに声を掛ける。

「じゃあダンジョンに入るか?」

「入ろっか」

 カリスは俺を見てから

「武器は?」

 魔法使いは杖とか持ってるいる者もいるが、基本的に邪魔だからといい持たない人が多い………あ、ゲームじゃなかったな。

 一先ず武器が要らない理由を言うか。

「ボクは魔法だからな」

「え?まほうって何?」

「炎を出したりするやつだ」

「そんなのできないですよ~だってそんなことできる人はいないし、ダンジョンの攻略も簡単になっちゃうよ。ここからは、命に関わるからそういう冗談は今はやめた方がいいよ」

 先程からの反応からしてカリスは冗談という様子は無さそうだ。ということはこの世界に魔法が無さそうだ。

 無理だとは思いつつも試しに炎を出そうとしてみた。

 やはり駄目…え?どういうこと?!

 そう俺は魔法を使えてしまった!

 しかし、ここで俺はゲームと違い火を出す手が言葉では表せない感じたことの無い微妙な痛みに襲われる。だが、異世界であるのだから多少の違う点があっても何ら不思議なことでは無いと痛みを表に出さないようにした。

「なななな、なんですかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!ちょ、ちょっと待ってください!どうなってるんですか?!」

 いや、俺も訊きたい。魔法は使えないという話ではなかったのか?でも俺の異変には"魔法"というものを前にしては気付かなかったようだ。蹲るほどでも無く、少し顔をゆがめたくらいだからしょうがないか。

「炎をイメージしたら出た」

 ここは俺まで動揺を表に出すと収集がつかなくなる可能性が高いので必死に抑えた。痛みもね。
 別段、耐えられないほどでは無いからな。というか痛みというより違和感という言葉が相応しいのかもしれない。

「そういう話?!こんなの世に知れたら、教えて欲しいとか国が軍事利用しようとするなどして大変だよ!!」

 どうやら本当にヤバいらしい。見ただけでできるようなほど魔法は簡単では無いから勝手に仕組みも分からないような奴に使えるとは思えないが。

「幸い誰にも見られていないようだな、このことはあまり広めない方が良さそうだな」

「そうよ!一体どうなっているの……」

 ちょっと落ち着いてきたようだ。

「とりあえず魔物を狩ろう、流石に他の人に見られると困るようなので他の魔法を使う」

 そう言って剣を召喚した。これはゲームで使えたのは俺ぐらいだろう。するとまた

「け、剣が!剣が出てきましたよ!!」

 とまたこうなってしまった。

「とりあえずこれを使えば問題は無いだろう」

「も、もう何て言うか、凄い。理解が追い付かないよ」

 カリスは混乱していて魔物を狩れる様子ではなかったので俺が狩ることにする。

 早速、熊みたいのが出てきた。
 確かダンジョンとかって雑魚から始まるというものだった記憶が。

 これ、初心者とか終わるやつざらにいるだろう。
 それともこの世界では、このくらいの魔物は肉体能力だけでも朝飯前なのか?!

 カリス、こいつも倒せるような女の子とはなかなかの腕を持っているじゃないか。

 まあ、俺の敵ではないが。

 そんなことを考えながら剣に青い炎を纏わせ魔物の首を焼き切っていく。

 攻撃は遅いし、単純だしシールドをわざわざ張るほどでもなかった。
 ただ、攻撃が当たったら痛いどころか死ぬかもな。

 初心者ということだし、いきなり狩りすぎて悪目立ちもしたくないし3匹くらいでやめておこう。



「そろそろ帰ろうか」

 ダンジョンの中にいる人とは思えない脱力し過ぎた様子で壁に凭れていたカリスに、充分狩れたと思い声を掛ける。

「帰りますか。もう、疲れたです」

 それは今の様子を見ればね……ってこれ俺のせいじゃん。

「突然驚かせてしまってすまなかったな」

「そのことなら大丈夫だよ。ところで何を狩れたの?」

「この熊みたいなやつが3匹だけだ」

 俺はさっき倒したクマのようなやつの亡骸を指差しながら答える。

「ハエをやっつけたよ!ぐらいの勢いで言ってるけど熊の中でもキングクラスが3体も?!も、もう疲れて驚く気力もないよ」

 なんか凄いものらしい。それともこいつらは希少なやつらだったのか?でも、スゴいということならばきっと高値で売れるだろうからカリスに払わせてしまったお金も早く返すことが出来るかもしれない。
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