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ピピ・コリン

1 朝の目覚め

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 自分は今更ながらに低血圧だ。
 朝はとにかく苦手で起きられない。低血圧が過ぎて頭痛までする。
 
 最近はイイ感じに温かい抱き枕を手に入れられたので、頭痛と共に目覚めることはなくなったけれど、低血圧は相変わらずだった。

 そんな自分が珍しく、目覚まし時計や隣の抱き枕ヴィルフリートに起こされることなく、パチリと目を覚ます。
 そしてベッドから起きてまっさきへトイレへ入り、誰も入れないよう鍵をかければ、一度深呼吸をしてから勇気を出して確認する。

(まずはキャラステータス……よし。次は念のためこちらも……)

 パジャマにしているハーフパンツの中を――あまり視界に入れたくないが、恐々覗く。

 チラと目的ものを確認できたら、即パンツから手を離す。

「よっし!!!」

(狙い通り!私の考えは当たっていたわ!ついでに今見たものは記憶削除っと!私は何も見ていない!)

 グッと握りこぶしをしてトイレを出れば、パジャマ姿のまま向うは、まだ寝ているヴィルフリートのベッドだ。

「ヴィル!起きて!起きて!!」

 まだ眠るヴィルフリートのベッドに飛び乗り、馬乗りになって揺さぶる。

 これでいきなり強盗が押し入ってきたり、街にモンスターが沸いた日にはやられてしまう。いつも年寄りかと思うくらい早起きなのに、なぜこんな喜ばしい日に限って起きてないのか理不尽ではないだろうか。

「う~……」

「起きて!朝だよ!はやく起きて!」

「あ~……おぉ~ま~え~は~、朝っぱから起こしやがってぇ………」

 頭をぼりぼりかいて、鬱陶しそうにヴィルフリートは体を起こした。

 ハムストレムからピピ・コリンまで、徒歩で通常2、3週間かかる距離であるところを、3日で到着した。
 相乗りしているシエルの煽りも受けて、エアーボードの限界速度まで飛ばし、半ば強行突破気味に、ピピ・コリンに辿りつけたのだ。

 ただし到着した時間は、既に夜もだいぶ更けて安い宿は全て満室だった。

 とにかくシャワーが浴びたいのと、スプリングが効いたベッドで寝たいというシエルの財布から、コリンで五本指には入る高い宿に部屋を取ったのだ。
 久しぶりのベッドで、しかも泊まったこともない高級宿。ここ3日のエアーボード操縦はずっとヴィルフリートだったので疲れも最高潮。

 最高の肌触りのシーツが敷かれた広いベッドは、横になってあっという間に寝てしまった。
 寝心地は最高だった。

 なのに、朝の目覚めは最悪だ。

「んだよ?くだらねぇことで起こしやがったんなら承知しねぇからな?」

「男になった!これで海行ってもいいよね!?」

「男に、なった?」

 寝ぼけ眼のヴィルフリートに、自分のコマンドウィンドウをPT共有にして、性別項目を指さす。

「ほら!性別欄見て!ちゃんと<Male:男性>になってる!」

 昨日まで性別項目は<Angelos:中性>だったのに、今はちゃんと<Male:男性>と表示されている。

(あんまり見たくなかったけど、念のため確認してもちゃんとついてたし!)
 
 これで文句はないだろう。

「男、だな……」

「でっしょぉー!これでいいんだよね?じゃあ男になれたことだし、今日は海で情報収集してるね!」

「は!?オイ!待て!!」

 脱兎のごとくベッドから飛び降りて、ヴィルフリートの制止も聞かず寝室を出てリビングのソファに飛び乗る。
 とうとう込み上げる笑いが押し殺せなかった。

(ぐふふ、【黒の書】にこんな使い方があったなんてね~。我ながら天才じゃない?)

 ピピ・コリンに到着するまでの間、海で遊ぶためにどうヴィルフリートを説得するか考え、辿り着いたのが【黒の書】だった。

 【黒の書】は<シエル・レヴィンソン>の設定書だ。
 厨二病全盛期だった中学の頃に、ノートに書いた自分が考えた僕最主人公。
 それと二十歳をこえて正面から向き合うのは、激しい羞恥心に駆られたけれど、海で泳ぐためには背に腹は変えられないと重要アイテムボックスから取り出した。

 吐血するかと本気で思った。

 厨二病の発想力おそろしい。しかし、すみからすみまで読んでも、性別に関す記述は最初に読んだ【アンジェロス】の部分しかない。さてどうしたものかと考えたとき、ノートの5P先がまだ白紙であるこに気付いた。

 自分がまだ半分しか書いてないノートを、啓一郎がそのままアイテムに実装した可能性は否定できない。
 が、無駄なデータはとにかく削除して通信容量を減らしたいゲームエンジニアが、白紙のページまで組み込むだろうか?

 なんとなく深く考えず、思いついたままにペンを取り、白紙の部分に追記する。

――――――――――――――――――――――――

<シエル・レヴィンソン>の髪色は黒になった。

――――――――――――――――――――――――

 とりあえず書いては見たが髪色は変らない。
 それどころか書いた一文の下に、いきなり字が浮きでてきてエラー宣言された。


――――――――――――――――――――――――

Error
<シエル・レヴィンソン>の髪色は既に指定されてます。
変更はできません

――――――――――――――――――――――――

 つまり既に指定してしまった記述が優先されて、後で変更は出来ないと分かる。
 そうして黒髪指定した一文と共に、エラー文言も消えて白紙に戻った。

(もしかしてこれって……)

 自分はとんでもないことに気がついたかもしれないと、歓喜で震える手でまた書き込む。

――――――――――――――――――――――――

【アダムの実】を食べると、次の日から五日間、<シエル・レヴィンソン>は男になる。

――――――――――――――――――――――――

これでどうだ!?

――――――――――――――――――――――――

― complete ―

――――――――――――――――――――――――

 キター!!

 これで誰を気にすることなく海で遊ぶことが出来る。しかも性別が男に固定もされない。
 完璧だ。

 【アダムの実】自体は探しにいかなくても店で簡単に手に入る食材で、アイテムボックスの中にも入っていたから、昨夜ピピ・コリンに到着し寝る前に1つ食べておいたら、今朝見事にスティックが装着されていた。
 
 【黒の書】は単に黒歴史というだけでなく、かなり使えるアイテムであると、今更であるが認識を改める。
今回は性別を一時的に変更するだけだが、今後検証を重ねていく必要があるだろう。
とにかく今は、

「水着買いに行こーっと!」
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