【完結】生贄娘と呪われ神の契約婚

乙原ゆん

文字の大きさ
39 / 65

三十九.生贄娘、蛍を見る

しおりを挟む
 おやつに飴をいただいた後、夕飯までまだ時間があるということだったので、香世は私室に戻っていた。
 楓達からはゆっくりしているようにと言われていたが、砥青が居る間に写した薬草図を眺めたり、半島人参を使う薬の調合を調べていると気がつけば、結構な時間が過ぎていた。
 障子を開けると、空は茜色に染まっている。

「もうこんな時間」

 少しだけのつもりだったのに、と思いながら庭を眺めると、白麗の姿が見えた。
 白麗は庭で花を見ているようだ。
 ふと、顔を上げた白麗と目が合った。白麗は微笑むと香世の元へとやってくる。

「まさか、会えるとは思っていなかった」

 花を見に来たのではないだろうか。その言い方だと、香世に会いたいと思っていたというように聞こえる。
 首を傾ける香世を白麗が誘う。

「よかったら庭を見ないか?」

 白麗からそんな誘いを受けることが珍しく、香世は頷いた。

「準備をして参りますので、少々お待ちください」

 香世はそう答えると、草履を取りに向かった。


 庭に出て白麗がいた所まで向かっていると、白麗は先程の場所に留まっていた。

「お待たせしました」
「いや、待っていない。早かったな」

 香世を見て白麗は微笑む。

「香世に花を摘もうと思ったが、そういえば、私は香世が好きな花さえ知らないと思ってな」
「こだわりはないので、何でも好きです。それに、こうして眺めていられるだけで満ち足りた気持ちになります」
「満ち足りた気持ち?」
「はい。植物が花を付けるのは、種子を残すためです。その植物が次の世代に命を紡ごうとしている姿は、どれも美しいと思うので」
「はは、香世は根っからの薬師なのだな。そんなことを言われるとは思わなかった」
「でしたら、白麗様はどう答えると思っておられたのですか?」
「美しいから、だろうか」

 そういえば、村に居た頃、同じ年頃の女の子はそのようなことを言っていた。そして、村の男の子に花を貰うと嬉しそうに頬を染めていた。
 もしかして、白麗を落胆させてしまっただろうか。香世は隣の白麗を見上げる。

「がっかりさせてしまいましたか……?」
「いや。香世らしい答えを聞けて、私は嬉しい」

 白麗はそう言うと、香世の手を取った。

「あちらで見せたい物があるのだが、ついてきてくれるか」

 香世が頷くと、ゆっくりと歩き始める。
 白麗が連れて行ってくれたのは、庭の奥の竹林になっている方向だった。こちらには立ち入る理由もなく、香世は近づいたことがない。竹林の手前に門扉があり、なんとなく特別な場所という感じがしていたこともある。
 白麗は扉を開けて、竹林の小道を進む。

「こちらには、何があるのですか?」
「見たらわかる」

 白麗はそう言うだけだ。

「泉……?」

 少し歩くと、竹林に囲まれるようにして泉が見えてきた。
 泉の奥の方で水が湧き出し、泉から小さな川が引かれている。
 水が綺麗なせいか、水底の白い小石の粒まではっきりと見えていて、深さまではわからなかった。

「庭の小川は、ここから水を引いている」

 香世が視線で小川の先を辿っていると、白麗が言う。

「そうでしたか。見せたい物とは、この泉ですか?」
「そうだけれど、そうではない。香世、水面を見てご覧」

 促されるままに視線を落とすと、小さな波を立てている水面に次第に色が乗っていく。

「あっ」

 それは香世の良く知る光景だった。
 夕焼けに染まった空の下、立ち並ぶ村人達の家からは炊事の煙が立ち上っている。
 村を囲むように広がる水田には一面の緑が広がっていた。

「私が住んでいた村……」
「村を見せると約束していただろう。気になっているのではないかと思ってな」

 時間が遅いせいか、残念ながら、道を歩いている人は居ない。
 それでも窓から覗く明かりに、村の皆が元気に過ごしているのだろうと察せられた。
 水面に映った村の様子に見入る香世に、白麗が言う。

「誰か姿を見たい人がおったか?」
「いえ」

 ただ、久々に見る村が懐かしかっただけだ。香世は首を振ると続ける。

「今年の秋は大丈夫のようですね」
「あぁ、豊作になると良いな」
「今までもこのように見ておられたのですか?」
「そうだな。必要な時には。こうして見ずとも、村の様子は意識を向けると感じることはできるから、ここに来るのは稀だが」

 つまりは、今日ここに来たのは香世のためだということだろう。

「香世が現れたのもここだったのだよ」
「えっ」

 驚く香世に、白麗は微笑んで続ける。

「生け贄になって村を救いたいという香世の気持ちで、ここに通じたのだ」
「では、あの時、お屋敷には白麗様が運んでくださったのですか」

 あの時は気が付くとお座敷で寝ていたので、尋ねると白麗は首を振る。

「流石に子犬の姿では運べなかった。楓と桜が頑張ってくれた」
「あの二人が……?」

 まだ子供の体格の二人がどうやってだろう。
 香世が疑問に思っているのを見て、白麗がはっと気が付いたように頷く。

「そうか。香世はあの二人を見た目通りの年齢だと思っているのだな。だが、実はそうではない。そうだな。香世よりは年上だ」
「えっ」

 驚く香世に、白麗は忍び笑う。

「今度聞いてみるといい。それに私の眷属としてそれなりに力は与えてあるから、心配せずとも、香世くらいなら問題なく運べていた」
「そうでしたか」

 あの二人を困らせたわけではなかったのだと知り、香世はほっと息を吐いた。

「そうだ。香世にまだ渡していなかったな」

 白麗が懐から今日買ってもらった櫛と簪の包みを取り出す。

「村の光景は、香世が私の所に来てくれたからこそだ。この程度で香世の働きに報いることができたとは思わないが、よかったら使って欲しい」
「ありがとうございます。大事に使います」

 そう言うと、白麗は何か言いたげに口を開いた。

「香世は……」

 続きの言葉を香世は待ったが、白麗は首を振ると微笑みを浮かべる。

「そろそろ帰ろうか。夕餉の仕度もできておるだろう」

 そう言うと、白麗は水面に映った村の光景を消し、香世を促す。

(白麗様は何を言いたかったのだろう)

 疑問を浮かべながらも、香世は白麗の屋敷へと戻るのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

処理中です...