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六十一.生贄娘、思い悩む
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あれから十日と少し経つ。
堕ち神によってもたらされた混乱は、静かに収束した。
紫水の所で看病していた特に重病だった患者も皆元気になり、村に戻った。
香世の薬草茶が効いたおかげで死者も出ず、村の方も日常を取り戻したと聞く。
ただ、紫水や砥青などは後片付けで忙しくしており、時々は白麗も手を貸しているようだ。
一人だけ時間を持て余している香世は、山吹と共にひたすら写本を続けている。
集中して取り組めているおかげで、もうすぐ二冊目も写し終わることができそうだ。
ふと、磨っていた墨がなくなりそうになったのに気が付き、筆を置く。
墨を磨りながら、香世は手の甲に目を落とした。
そこには、今は見えなくなっているが白麗との契約紋がある。
できるだけ気にしないように意識していたけれど、これからのことを考えて、香世はそっと息を吐いた。
堕ち神が黄泉の国に旅立ったということは、もう白麗が香世の力を必要とすることはないということだ。
むしろ、真白を見送った時、香世の中に分け与えられた白麗の神格を必要としたところを見ていると、契約を解除した方が白麗にとっては良いのではないかと思う。
香世が妻になったのは、白麗の神格を預かるためでもあった。そもそも香世が生け贄になる切っ掛けとなった長雨はとうの昔に解決されている。白麗の方にも契約結婚を続ける理由がなくなった今、契約を解除し、妻の座を降りるべきではないか。
白麗と過ごした期間はまだわずかだが、香世が言い出さねば、ずっと妻でいさせてくれるだろう。そのくらいの想像はついた。
今は、妻と言う名で隣にいられるだけで満足できている。
けれど、いつの日かもっと深い関係をと望んでしまうだろう。
そうなった時、白麗は何と思うか。
もし、部不相応な望みを押しとどめられなくなった香世を見て、その表情に後悔が滲んだとき、香世は耐えられるだろうか。
考えて、首を振る。
薬師としての実力を身に付けられたら、白麗の側にいられるのではと考えたこともあった。でも、白麗への気持ちは育っていくばかりで、これからもずっとその気持ちに蓋をして白麗の側にいることは、きっと難しいと思うのだ。
契約の解除を自分から言い出すのは、とても苦しい。
妻でなくなれば、白麗から示される好意を受け取ることは許されない。
でも、これから先を考えた時、報われない想いを一生抱えていけると思えないならば、せめて綺麗な思い出として 白麗の中に残るよう、香世も思いきるべきだろう。
(生け贄として身を投げた時は、あんなにすぐに覚悟ができたのに……)
いつの間にか、白麗に甘えられ、甘やかされる時間は、香世にとっても手放しがたいものになっていた。
せめて、あともう少しだけ白麗の妻でいさせて欲しい。
白麗の屋敷に戻ったら、きちんと自分から申し出ようと、香世は、黒く、出会った時の白麗の毛並みを思い起こさせる墨の色を見つめた。
気が付くと思いにふけるあまりに墨を磨る手が止まっていた。
じっと、磨りかけの墨を見つめる香世に、山吹が不思議そうに尋ねる。
「どうかしましたか?」
「何でもありません……。もうすぐこの本を移し終わるので、次は何の本にしようかと考えておりました」
「そうでしたか。もう二冊目も終わられるのですね」
山吹は感心したように頷いている。
香世は、今はこちらに集中しなければと止まっていた手を動かすのだった。
堕ち神によってもたらされた混乱は、静かに収束した。
紫水の所で看病していた特に重病だった患者も皆元気になり、村に戻った。
香世の薬草茶が効いたおかげで死者も出ず、村の方も日常を取り戻したと聞く。
ただ、紫水や砥青などは後片付けで忙しくしており、時々は白麗も手を貸しているようだ。
一人だけ時間を持て余している香世は、山吹と共にひたすら写本を続けている。
集中して取り組めているおかげで、もうすぐ二冊目も写し終わることができそうだ。
ふと、磨っていた墨がなくなりそうになったのに気が付き、筆を置く。
墨を磨りながら、香世は手の甲に目を落とした。
そこには、今は見えなくなっているが白麗との契約紋がある。
できるだけ気にしないように意識していたけれど、これからのことを考えて、香世はそっと息を吐いた。
堕ち神が黄泉の国に旅立ったということは、もう白麗が香世の力を必要とすることはないということだ。
むしろ、真白を見送った時、香世の中に分け与えられた白麗の神格を必要としたところを見ていると、契約を解除した方が白麗にとっては良いのではないかと思う。
香世が妻になったのは、白麗の神格を預かるためでもあった。そもそも香世が生け贄になる切っ掛けとなった長雨はとうの昔に解決されている。白麗の方にも契約結婚を続ける理由がなくなった今、契約を解除し、妻の座を降りるべきではないか。
白麗と過ごした期間はまだわずかだが、香世が言い出さねば、ずっと妻でいさせてくれるだろう。そのくらいの想像はついた。
今は、妻と言う名で隣にいられるだけで満足できている。
けれど、いつの日かもっと深い関係をと望んでしまうだろう。
そうなった時、白麗は何と思うか。
もし、部不相応な望みを押しとどめられなくなった香世を見て、その表情に後悔が滲んだとき、香世は耐えられるだろうか。
考えて、首を振る。
薬師としての実力を身に付けられたら、白麗の側にいられるのではと考えたこともあった。でも、白麗への気持ちは育っていくばかりで、これからもずっとその気持ちに蓋をして白麗の側にいることは、きっと難しいと思うのだ。
契約の解除を自分から言い出すのは、とても苦しい。
妻でなくなれば、白麗から示される好意を受け取ることは許されない。
でも、これから先を考えた時、報われない想いを一生抱えていけると思えないならば、せめて綺麗な思い出として 白麗の中に残るよう、香世も思いきるべきだろう。
(生け贄として身を投げた時は、あんなにすぐに覚悟ができたのに……)
いつの間にか、白麗に甘えられ、甘やかされる時間は、香世にとっても手放しがたいものになっていた。
せめて、あともう少しだけ白麗の妻でいさせて欲しい。
白麗の屋敷に戻ったら、きちんと自分から申し出ようと、香世は、黒く、出会った時の白麗の毛並みを思い起こさせる墨の色を見つめた。
気が付くと思いにふけるあまりに墨を磨る手が止まっていた。
じっと、磨りかけの墨を見つめる香世に、山吹が不思議そうに尋ねる。
「どうかしましたか?」
「何でもありません……。もうすぐこの本を移し終わるので、次は何の本にしようかと考えておりました」
「そうでしたか。もう二冊目も終わられるのですね」
山吹は感心したように頷いている。
香世は、今はこちらに集中しなければと止まっていた手を動かすのだった。
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