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番外編 本部長霧山悠斗の恋
三足のワラジは辛いよ
しおりを挟む借金の取立て屋が行った先で出逢った女に惚れ、その借金を肩代わりした挙げ句に自らのマンションへと連れ去る…まるで『植物の甘い罠に引っかかった蜘蛛』のような出来事は、たちまち会の面々の知る所となり、賛否両論が吹き荒ぶ。
けれど基本的に若衆らを始めとする属する人間の大半は、若頭清水を支持し“男惚れ”している者が多いせいか『これぞ我らの若頭!』と言わんばかりヤイヤイと盛り上がった。
直後に行われた会合にも、以外や素直に出て来た若頭ではあったが…終わると「じゃ。」と言ってそそくさと帰ってしまい、以降は幾日にも渡って電話に出ず、連絡事はメールやラインでしか受け付けなくなってしまった。
…さすがにここまでされては、若頭の執着が相当なものなのだと窺い知れてしまい、面々はひっそりと冷や汗を流す。
そんな、ある意味『トチ狂った若頭』のせいで多大なる迷惑を被っているのが霧山だ。
若頭という地位は、激務な会長を支え組織を取りまとめる重要な役割を担い、時には長に成り代わって抗争などの指揮を執る。
北海道という地は東京や関西圏などと違って治安が良い為、抗争なんてものは滅多には起こらない。
…だがしかし。会の他にも極道組織は存在するので、互いのシマに関連した諍いは頻発するのだ。
霧山は会の本部長…実質のナンバー3で若頭に次ぐ地位の人間だ。なので『若頭の不在』は必然的に彼が穴埋めしなければならない。
「…、…帰った…」
「うわぁ!びっくりしたぁ…、…?」
「……はぁ。」
「…。ゆ、悠斗さんが…何だか白くなって影薄くなっちゃってる…燃え尽き症候群?」
「なワケねぇだろ。影が薄いのは『元々』だ…疲れてんだよ…」
この頃の2人は例の出来事を境に益々と仲を深め、ほのかはもらった合鍵で留守中でも勝手に部屋に上がり込んでは霧山の為にご飯を作ったりする日々となっていた。
今や『幼妻』気分で学校が終わると、家にも帰らずスーパーで私服に着替えて買い物をしてマンションへとやって来る。彼が二重三重の激務をこなせるのも、そんな彼女の献身的な支えがあればこそだ。
「っだぁ!!ったく…いい加減に仕事しろってんだよっ、若頭ぁ!」
「……叫んでる。よっぽど疲れてるんだね…ヨシヨシ♪」
「撫でるな!…って言いてぇ所だけど、なんか無性に癒される…くぅーっ…」
「あはは!素直でよろしいっ♪」
霧山は尚も調子付いたようにナデナデを繰り返すほのかに、抱きつきながらもふと思う。
(…あの会合を最後に事務所に来やしねぇ若頭…よほど『良い女』なのか、それとも…?)
自分のように『癒されている』のか…どちらにせよ、今の若頭はとんでもない方向にトチ狂っているのは明らかだ。
「アレ?…起きてるよね?こんなトコで寝ちゃダメだよ。私が作ったご飯もちゃんと食べてっ。」
「おう、起きてんよ。飯も食う。ついでにほのかも食う。」
「へっ?!そ、そういう事、サラッと言うのやめてぇ~…恥ずかしいなぁ。」
「……。この後、送ってやれないぞ…ンな体力尽きたわ。どうせ制服あんだろ…こっから明日学校行け。朝送ってやっからよ。」
「車の運転する元気はなくても、違う事をする元気はあるんだねぇー…男の人って不思議♪」
僅か暢気に、それでいて無邪気に笑うほのかを見て…霧山の中でこれまで不思議だったものが確信へと変わり、先手を打つ事を決めた。
「…はい?清水の女を…『庇護対象』に、ですか?」
「この何日か敢えて『仕事しろ』と言わずに様子を見ていましたが…一向にその素振りが見えません。立場とはいえ若頭はこれまで『敵』を作り過ぎてきました…まるで新婚みてぇな蜜月過ごしているのは、女と離れるのが不安だからではないかと。…色んな意味で。」
「…なるほど。確かにあり得ますねぇ…」
「会長を始めとする会の面々総員が、若頭の女を守ると『確約』すれば…あの人もさすがに仕事する気にもなるでしょう。」
「お前はそれで良いんですか、霧山。何だかんだでお前と清水は『似た者』ですからねぇ。」
「…。似た者だからこそわかるんですよ。それに若頭に無茶苦茶やられるくらいなら、女を守る方が利口なうえ損はしない…会の本部長という組織の金と大事な人員の身を預かる者として出した結論です。…それに加えるならば、いい加減に仕事してもらわないと自分が困るんですよ。」
「お前の歯に衣着せぬ発言は、相変わらず健在ですねぇ…クッククク。」
そんな話をしている中、事務所へとやって来たのは若頭清水の舎弟の1人である司だ。
「あ、キリさん!あのぉーすんません…トラックと倉庫の鍵を借りたいんすけど。あと手ぇ空いてる若衆を何人か…」
「あ?何だよいきなり。何すんだ?」
「…まさか、どこか組織を潰して押収でもするつもりですか?」
「ち、違うっす会長!姉貴が前まで住んでたアパートの引っ越しっすよ。」
「「…姉貴?」」
「って…若頭の女の事か?司。」
「うす!会の若頭清水圭介が我らが『兄貴』なら、その女の美優さんは『姉貴』っす!…めちゃくちゃ美人っすぅ…」
「ヘラっとしてんじゃねぇよ!ったく…でも、何でまた?」
「いやぁ、それが色々とあってっすね…」
司は将也が見たという『男』の事を話す。顛末を聞き、会長と霧山の顔色が変わった。
「もう兄貴、激ギレっす!『その野郎、ふん縛って連れて来いやぁ!!』ってモンで。けど姉貴が『落ち着いて下さい、圭介さん。』ってたったひと言言っただけでビダ!って収まったす。…すげぇす、ウチの姉貴は。」
「…。会長…」
「ふむ…女の引っ越しは良い判断、ですね。その『男』が些か気になりますが。」
「…。ほとんどが嫉妬にまみれてますけどね…」
結果、諸々を判断してトラックと倉庫の鍵を渡し、若衆数人を向かわせた会長と霧山。そしてその翌日には会長笛木と若頭の女となった『雪吹美優』との対面も成り、彼女が会の大事な庇護対象であると宣言された。
そんな経緯を経て、若頭清水も自らの仕事へとちょっとずつ戻り始め…霧山も無事に三足のわらじを脱ぐ事が出来たのだった。
「ほのか…帰った。」
「悠斗さん、お帰りなさい!…早いね?いつもより。しかもちゃんと影がある…どうしたの?ヤクザさん、クビになっちゃった?」
「極道にクビとかねぇし。クソも仕事しなかった若頭がやっとやる気になったみてぇで戻って来たから、楽になったんだよ。」
「やったぁ!良かったねぇ、あのまま続いてたら悠斗さんが『過労死』しちゃうもんね!」
「本当だぜ…極道にゃ『労災』なんかねぇんだからよぉ。」
「むぅー。まだ奥さんにもなってないのに、未亡人にはなりたくなーい!」
「…。ほのか…コレやる。」
「う?何ナニ?私、誕生日とかとっくの昔だよ?来年までないの。」
「ンな事知っている。…寂しい思いさせちまったなと思ってな、詫びのつもりで買った。…いらねぇんなら投げんぞ。」
「やっ、ダメ!もらって良いんならちょうだい!」
「…どっちなんだよ…ったくなぁ…」
えへへ♪と気恥ずかしげに笑ったほのかが受け取った物の包みを開けると、出て来たのは長方形のジュエリーボックス。更に開けると中にはプラチナ製のチェーンにくっ付いたある宝石が鎮座していた。
「ムーンストーンっていうパワーストーンだ。日本名は『月長石』。お前の誕生石の上、悪霊を祓う効果もある。」
「ぷっ!あ、悪霊って…」
「…。あんなモン、悪霊みてぇなモンだろ。てかほのかに近寄る野郎はみんな『悪霊』だっ。」
「え…じゃあ悠斗さんも悪霊?…悪霊退散!!」
「おいコラ。俺をそこに入れんなや。まさか便乗して『ギャー』とでも言うと思ったか。」
「…言ってくれなかった…ちょっと寂しい。」
「……。俺に笑いを求めるのはヤメロ。」
それでもほのかにネックレスを着けてやる霧山は、何だかんだ言っても優しい。そんな『悠斗さん』が彼女は大好きなのだ。
「…ちゃんと付けてろよ。悪霊退散しなきゃなんねぇんだからな。」
「うん!…ありがとう、悠斗さん♪」
後ちょっと、数ヶ月の我慢で大好きな人の奥さんになれる…そんな思いを抱くほのかは、幸せの真っ只中にあった。
1つが解決すれば、1つ新たな問題が起こる。若頭清水が通常運転に戻って少しが経った頃…霧山にこんな連絡が入った。
『キリさん。北斗聖龍会の若頭…まぁ正確に言やその“女”なんすけどね…この界隈、噂になってますよ。超絶美女だってね。』
「…ふぅん…それで?」
『ただ単に噂になってんなら良いんですけど。だってあの人、長らくと女なんかいなかったみてぇだし。』
「…まぁな。おかげでこっちは偉い迷惑被った。」
『はは!そいつはお疲れさんです。…で、ですね…その噂を聞きつけたのかわかりませんけど、アホ共がシマに入り込んでます。夜回り、強化した方が良いんじゃねぇかと。』
「アホ共、か。…わかった、報酬は振り込んでおくから受け取ってくれ。」
『ありがとうございます。また何かあれば連絡入れますわ。』
霧山には会長以外には誰も知らない、子飼いの情報屋が数人いる。報酬は会長の許可を得て会の必要経費として処理され支払われていた。
その1人からの情報で、会のシマであるススキノ界隈で若頭清水の女が噂に立っている事…そして便乗するかのように敵対する組織『玄武組』が動いている事をキャッチした。
極道にとって女は『弱点』と言っても過言ではない。だからそんな男といる為には、女はそれ相応の覚悟が必要なのだ。
自分は若頭と違って敵を作る事なく生きて来た、けれどほのかの身に他組織によって何かが起きたら…自分はその時どうするのだろう?
そんな事をふと考え、取立て業務を終えて事務所に戻っていた清水を見やる。“美優”という女を得て以降、生き生きと過ごしている様を見て『随分と人間らしくなったなぁ~。』と感心にも似た気持ちが湧く。
その時携帯が鳴り、自分か?と見るも画面は待ち受けのまま。次の瞬間「…おう、清水だ。」という声が上がった。
電話の相手はスナックバー『モナムール』のバーテンダー真次のようだが、話を聞いている若頭の顔色が見る見る間に青ざめていく。
「…あ、ぁ…わかった…っ、悪りぃが司と将也連れてウチに来てくれ…それじゃ…」
「…どうしました?若頭。顔色悪いみたいですけど。」
「い、や…、…何でも、ねぇ…」
「……。」
「悪りぃけどよ、キリ…帰るわ。後、頼んだぜ。」
「…。…お疲れ様でした。」
茫然自失といった様子そのままで、フラフラと事務所を出て行く若頭にそう告げ送り出した霧山だが…
「…何でもねぇ…、ワケあるか…ったく。」
真次からの電話で顔色を変えたその『理由』を考える。そして…
「……まさか、とは思うが…」
自分も似た身の上にあるからか、その答えがすぐに思い浮かぶ。そうあって欲しくないという思いも手伝って、霧山に次の行動を起こさせた。
「…霧山だ。悪いが追加で頼みがある…玄武の動向を探って欲しい。特に若頭の京極あたりのな。『超特急』で頼むよ…当然だが報酬は弾むぜ。」
こんな急な依頼にも関わらず是として受け、情報屋がものの数分で掴んだのは…美優の拉致だった。
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