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番外編 本部長霧山悠斗の恋
霧山さんちの嫁の奇抜な行動
しおりを挟む若頭清水と妻美優の計らいで突如の祝い事を迎えた霧山とほのか。
ヤイヤイと騒ぎながらも和装と洋装の2パターンの結婚写真を無事に撮り終え、酒宴会場となる『モナムール』へと向かった。
どんな反応をされるのかと内心ではヒヤヒヤしていた霧山ではあったが、意外にも既に馴染んでしまったかのように受け入れる様は驚きを通り越して拍子抜けだ。
皆が皆、霧山とほのかの結婚を祝い喜び、騒ぎ笑い合う…『切った張った』、『殺るか殺れるか』という殺伐とした世界に生きる男達の集団とは到底思えない…そんな時間を過ごす。
そしてこういった酒の席となると、決まって始まる“恒例”が…
「おっしゃあキリ!…やるぜ。」
「…来ましたか。若頭…受けて立ちます。」
諸肌とまでは言わないが、若頭と霧山は勝手知ったる疎通で共にニヤリと笑うと、締めていたネクタイをグッと引っ張って緩めシャツを寛げた。『北斗聖龍会』名物、ショットガン対決だ。
「…やれやれですねぇ。本当に懲りない…」
「あらあら、いいじゃない。…楽しければね♪」
実はこの対決。その場ですぐに勝敗が決する訳ではない。…この“翌日”に決まるのである。
そんな楽しい時間を過ごした問題の翌日…
「…っうぅん…、…ゔぅ…」
「悠斗さん?…悠斗さんっ。」
「…ゔぅ、あったま痛ぇ…ガンガンすんだからデカい声出すな…」
「っ?!お酒くさっ!」
近寄ったほのかの鼻に酒臭がつきパッと身を離す。…スピリッツなんぞという強い酒をガンガンと一気飲みした挙句、量も相当飲んでいるのだから当たり前だ。
「だから!声と振動!響くっつってんだ!ッ、つうぅ…」
「…。お仕事…行く時間だよ?」
「ゔぅ…かったりぃ~…頭痛えぇ…、…事務所の番くらい、誰かいんだろよぉ~…」
「……、…」
珍しい事を言ってゴロゴロとのたうち回る霧山は相当辛いようだ。それをハタと見下ろしていたほのかは、何を思ったかポン!と閃いたとばかり手を打ち鳴らす。
そして未だゴロゴロと転がる霧山の手を掴むと同時に、彼のスマホも持ち…指紋認証を勝手に行う。
「…おい~コラ~…人のスマホぉ~…勝手に見んなやぁ~…」
言葉の端々が間伸びしているせいで、日頃の威勢が全くない。対してほのかはワキワキと楽しくて仕方ない。
「えー?何ナニ?えっちぃ画像とか動画でもあるの~?」
「あるワケねぇだろがぁ~…俺のぉ~スーマーホ~…」
霧山はそれなりに頑張って手を伸ばし取り返そうとしているものの…その手も力なくピョコピョコと動くのみ。こんな彼も可愛いがほのかには『やる事』がある。
程よく無視しつつ、着信履歴などを探り目的の番号を見つけると『ピ!』と発信を押した。
『…清水だ。どうしたキリ。』
「おはようございますっ、ほのかです!昨日はありがとうございました♪」
『…あ?おう、何だほのかかよ。ビビったぜ、キリの番号だったからよ…』
「あのですね若頭さんっ、その悠斗さんなんですけど…何か頭痛いって言ってまして…っ、わきゃ?!」
「…っ、失礼しました若頭っ…何でもないですっ。」
『…。何なんだよ、お前ら夫婦はよ…まぁいいや。とりあえず何でもねぇんなら事務所でな。』
「…、…うす。失礼します…」
ピ!…と静かに電話を切った霧山。だが次の瞬間にはくわっ!と鬼の形相になった。
「アホが!何電話してんだよ!」
「だってぇ~…悠斗さん頭痛いっていうからぁ…お休みするなら上司に連絡しなきゃでしょ?」
「じ、上司って…確かに若頭は『上』だが!ていうか極道に上司だの何だのあるワケねぇだろがっ。」
「…ほ?」
「ったくビックリすんなぁ…っ、ってぇ…」
「…。だいじょぶ?悠斗さん。」
「~~っ…大丈夫も何も…行かなきゃなんねぇ。…『負け』になっちまう…」
…そう、コレこそが真の対決。強い酒をショットガン形式でガンガンと飲みに飲みまくったその翌日、如何に平気でいられるか…避けられない二日酔いに耐えられるかを競うのだ。
今の電話で清水の声を聞いた限りでは、如何にもごく普通で常と何ら変わりない様子だった。…それだけで既に負けが透けて見えてしまう。
「…っ、…仕方ねぇ、行くとするか。その前にシャワー入ってく…」
「はいは~い♪」
「…。『はいはい』じゃねぇ…お前も来いや。」
「は、はぁ?!何でっ…ってうわぁ!?」
ジト目の霧山にあっという間に捕まってしまったほのかは、いつものようにひょいと担がれ連行されて行く。
「ち、ちょっとぉー!悠斗さんっ!また私をお米みたいに担ぐぅ!おーろーしーてーっ!!」
「るせっ、ジタバタすんなや。…さっきは俺が動けないのをいい事に、随分と好き勝手してくれたからなぁ~…今度は俺が好き勝手すんだよっ。」
「その好き勝手の『意味』は絶対にちがーう!シャワーなら1人で入ってぇ!」
「ンなつれない事言うなよ…霧山さんちの可愛い嫁さんっ。」
「こんな時ばっかそういうコト言うぅ~…んもう!はーなーしーて!おーろーしーてっ!」
だが結局ほのかの奮戦も虚しく、半ば強制的に連行され服をひん剥かれ…『嬌声』を上げるに至ってしまったのだった。
こんな風に毎日をまるで遊んでいるかのように過ごす2人には、日々の時間など瞬く間のようだ。
けれど着実に時が経っていると教えてくれたのは、ある話題が駆け巡った時だった。
…若頭清水の妻美優の『懐妊』。
嬉しげに会長や会の皆に報告する清水を、霧山は意外だと思いながらも祝意を伝える。
どうやって見ても子供好きには見えない若頭…それどころか子供のみならず逆に怖がられ泣かれるのが大概の若頭。だが自分の子供となると、やはり“違う”のだろうか…
そう思うと同時に霧山の脳裏を過ったのは、昨年暮れの悲しくやり切れない出来事。突然と失ってしまったその事に関してだけは、未だ心の片隅にありぽっかりと穴が開いたようになっている。
そして迷いながらもほのかにもその慶事を知らせる。彼女は最初こそキョトンと目を丸くしたものの…
「わ。すごいねっ、若頭さんと美優さんがパパとママになるんだ!…んふふふっ、可愛いんだろうなぁ~♪絶対可愛いに決まってるっ。」
…そう言って喜びを現していた。だがそれは虚勢でしかない。
「……、…はぁ。」
霧山が仕事で留守の昼間、トイレから出てきたほのかが溜息を力なく吐く。
「…うぅ…また来ちゃったよぉ…」
健康的で一定年齢に達した女性ならば誰にもある『生理』。…それがこの日から始まったのだ。
因みに霧山は洒落たつもりなのか、それとも只でさえ塞ぎ込んでしまう嫁を想ってか、それの事を某アニメの敵キャラに例えて『使徒』と呼ぶ。
「…。何やってんだお前。電気くらい付けろよ。」
「…、…うぅ…」
部屋中真っ暗にしてソファーで丸まる嫁を見下ろした霧山は、ワケがわからないとそう言い放つ。だが…
「…。『使徒襲来』か。」
「…襲来、れす…」
「…。…はぁ、コレだから女は『めんどくせぇ』…」
「…はわー…」
「けど…来なきゃ来ねぇで色々あるってんだから困ったモンだな。毎月きっちりなるって事は、お前の身体は元気だって証拠みてぇなモンだしよ。」
「……。」
そう言ってほのかの頭をグリグリと撫で付ける霧山に、彼女は僅かな“引っ掛かり”を覚えた。
…今の彼は、自分達の子供を望んで『いない』のでは?…と。
嫁の身体を心配し気遣ってくれるのは嬉しい、だが…失ってしまった子を取り戻す為にも入籍を急いだ経緯があったはずだ。その目的めいた意味が、今や失われつつあるように思える。
「…飯、食えるか?腹減ってなくたって、食わねぇとダメだ。空きっ腹に薬突っ込んだって効きやしねぇぞ。」
「あ…私やる…」
「いい、座ってろ。レンジでチンくらい出来るっつうの。」
何とか気合いを入れ頑張って作った夕飯を温める優しさを見せる霧山。けれどほのかの中には言葉には表現しがたい不安とわだかまりが、まるで棘のように突き刺さり残ったのだった。
その棘は日を追う毎、月が経てば経つ程に膿を持つかのように大きくなり…彼女に行動を起こさせた。
とはいえ出来る事には限りがあり…
「先生っ!…どうすれば赤ちゃん出来ますかっ。」
「は、はい?!…と、とりあえず近いので…落ち着きましょ?ね?」
キスでもせんばかり距離にまで詰め寄り、身を乗り出すほのかに問われた健はちょっと引いていた。
彼女からの予約が入った事で体調が悪いのではと心配していただけに、開口一番コレでは呆気にも取られるだろう。
「いやぁ~…どうすればと言われましても。それはよくご存じのはずでしょう?」
「ヤればいづれデキるっていう、そういうのじゃなく!確実な方法ですっ、『確実』な!!」
「…えーっと…まず、言わせて下さいね。…妊娠を『確実に』というのは、とても大変な事なんです。それこそ不妊治療や人工受精など、方法や手段は色々とありますけどね…」
「……。」
「ウチの病院でも、そういう治療は受け入れてますしその上を希望される方には適切な医療施設をご案内してはいますが…僕はちょっとだけ否定的なんですよ。やっぱり愛し合うご夫婦のお子さんです、自然な妊娠が望ましいでしょう?とはいえ人には色々な事情があります…それを助けて時には支える…これが医療のあるべき姿です。」
「…。あの…先生、私…もしかして妊娠『出来ない』身体になっちゃったんですか?」
「え?!」
「だって!あれから半年以上経つのに!悠斗さんだって結婚してから避妊しなくなったし!ほぼ毎晩シテるし!私がもうヤダって言ってんのにしつこいくらいするし!」
「ち、ちょちょちょ!そんな洗いざらい話さなくてもっ…」
「それなのに何で?!…っ、私がっ…流産しちゃったから?…っ…」
「ほのかさんっ、大丈夫ですよっ。貴女の身体には何も問題なんてありませんっ。その為に入院して頂いてちゃんと治療したんですから。…良かったら、内診してみましょうか?」
ほのかが納得するのなら…その思いから健はそう口にして彼女を診察する。当然ながら異常など一切なく健康そのものだ。
「…ん。内診にも問題はないですし、お話を聞いていても大丈夫ですね。…ほのかさん、焦らずに待ちましょう?まだ若いんだしっ。」
「……。」
「…ある夫婦の方もね、家の色々があって子供を望んでいるんですけど…中々出来なくて。でもいづれ出来るさと毎日を過ごしていたら、あっという間に数年が経っていた…なんて状況なんですよ。それでも焦る奥様を宥めながら、今でも『いづれ』って待ってます。」
「……っ…」
「…大丈夫ですよ。ちゃんと霧山さんとほのかさんの所にも来てくれますから。考え込まず、のんびり待ちましょう?」
世の中には多種多様な夫婦がいる。それを知れた事だけでもほのかにとって『成長』である。
こんな苦々しい話なんて、いくら同性の友人だろうと話せる訳もない。話したところで『ノロケだ。』と揶揄われるのがオチだ。かと言って、今や親しくなって女子会を開く仲にまでなったみずきや美優らといった『年上のお姉様方』に気さくに話せるような事でもない。…そんな事をしたら速攻で霧山の耳に入ってしまう。
「…。…はぁ…」
結局ほのかは1人、鬱々と抱えるのだがこれ以上は深く考えないようにしようと決めた。
…そうしていれば、その時の喜びが大きい事を信じて。
だが…その事に気付き、同じように鬱々としているのは実は霧山も一緒。彼の場合は嫁より年上だという自負と共に、自分の感情を表に出す程に素直ではない為に周囲には気付かれにくいだけである。
ほのかがそれを知ったのは、霧山との夫婦生活を楽しみながら過ごし迎えた、初めての結婚記念日の夜だった。
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