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番外編 本部長霧山悠斗の恋
子供たちの笑顔は癒し
しおりを挟む不安がる嫁を1人に出来る程、霧山とて『冷たい人間』ではない。…見てくれはさておき。
結局充てがわれた病室で夜を明かしたのだが眠れる訳もない。ほのかはずっと双子に『元気で産まれてね。』と一生懸命話し掛ける。
その両親の祈りが通じたか…タイムリミットとされていた午後を待たずに2度目の破水をした。だがひと安心の彼女を襲うのは、言葉だけでは言い表わせられない程に痛く辛い『陣痛』。
そんな彼女の励みとなったのは、同じ妊婦でもある志穂と経験者の美優だ。
「がんばえっ、ほのかねぇたん!」
「っえ!」
「はうぅ~っ…っう゛ぅ~っ…」
「…。おい流、小梅。何“ほどって”んだ…ンな暴れてたら腹ん中の赤ん坊がビビるだろ。」
七転八倒する勢いのほのかがいるベッドによじ登り、流と小梅が一生懸命に声援を送る。だが熱が入り過ぎてお尻でドスンドスンと暴れていた為に、『父ちゃん』に叱られたのだ。
「あばえてないっ、がんばえって…、…っ。」
“ぷぅ~”
「…。…はぁ…」
「にゃははは♪『ぷぅ~』でたっ!」
興奮し過ぎたせいか、あまつさえ『オナラ』までしてしまう大惨事に父清水が盛大な溜息を吐き頭を抱える。
「…。司…2人を連れてけ。ほのかの邪魔になる。」
「了解す。…さぁ若、お嬢っ。司とちょっとだけ向こうに行ってるすよ。」
「なんで?」
「で?」
「むぅ…な、何でと言われても…、…!若、お嬢!『ジュース』買いに行くっす!」
「じゅーしゅ♪りゅう、みかんがいい!」
「うー!」
「おいっす!じゃあ出発すぅー!」
司はヒョイと流と小梅を両腕に抱っこすると、そのまま病室を出て行く。そしてその会話に不安になった幹哉も後ろを付いて出て行った。
「ったくなぁ…、…悪りぃなこんな時によぉ。やっぱ小せえガキは連れて来るべきじゃ…っ!?」
「…圭介さん。小せえ『何』、ですか?」
「…。っ、こ…子供…」
「はい、そうですね♪…でも、流くんにもうーちゃんにも為になると思ったんですけど…やっぱり早かったですね…ごめんなさい、ほのかさん…」
「い、いえ…お気になさらずに…、…若様もお嬢様も…癒しなんですぅ…」
「おい。ンなヨレヨレで気にすんなとか言われても、説得力全くねぇし。」
「…ゔぅ…っ…」
こんな状況においても変わらないやり取りを繰り広げるのは、苦しむほのかの気を紛らせる為でもある。それがわかるから、南雲兄弟も何も咎めないし志穂も一緒に笑い話を合わせた。
美優は自分の時もそうしてもらったように、食べやすいサイズの小さめのおにぎりを用意しており、それを差し出し食べさせたりなどして甲斐甲斐しく世話を焼く。志穂も数ヶ月もすれば同じ苦を味わう者として、後学の為にとずっと付き添う。
こうして長時間の陣痛に耐えに耐え、やっとの事で分娩室へと入った数時間後…
「産まれましたっ…おめでとうございます!」
必死の形相で力んでいる嫁の汗を、同じく必死になって拭いてやっていた霧山は、産まれる瞬間を完全に『見逃して』いた。だが声を掛けられそちらを向くと、ギャンギャンと産声を上げる小さな子の姿が目に入る。
「…。…サル、だな…」
ポツリと言ってしまった最悪なそのひと言だが…誰の耳にも今や届いてはいないようだ。ほのかもスタッフ達もそれどころではない。
「まずはあちらでお預かりしますね。」
そうもしている内に、2人目に向けての陣痛が始まってしまう。だが…様子がまたも一変してしまう。
「っ、ゔぅっ…っ、…っくぅぅ…」
「…ほのか?」
明らかにその唸りは、それまでのものとは違った。準備に入っていた助産師の顔もサッと変わる。
「せ、先生!お願いしますっ。」
「何っ、どうした…っ、マズいっ…分娩中断!帝王切開に切り替えます!霧山さんは廊下に出て下さい!」
「な、何っ…何なんだよいきなり!」
「聞いたでしょキリさん!帝王切開になるの、さっさと出て!」
何がどうなってそうなるのか…理由すら説明のないままに、霧山は志穂によって背を押され廊下に出されてしまう。
「師長!貴女も駄目ですよっ。これ以上は妊婦が見て良いものじゃありませんからね!」
「…はーい。」
自身も身重でありながら、ほのかが心配で中に入り付いていた志穂も出されてしまい、2人は廊下で僅か呆然とする。
「な…何があったんですか。」
「私もちゃんと見てた訳じゃないからよくわからないわ。考えられるのは1人目が産道通った影響で2人目の首に臍の緒が絡んだ…かしら。」
「…ッ…」
こんな状況な時ですら何も出来ないのか…そんな何とも言えない思いで拳をグッと握り締めた霧山。それから程なくして全てが終わった。
「おめでとうございます霧山さん。まず分娩で産まれたのが2879グラムの女の子です。」
処置や様々な検診などが済み、呼ばれた彼の目の前にいる抱かれた小さな赤ちゃんをそのまま父親となった霧山の腕に乗せるように看護師が抱き渡す。
「…。なんか…どっちに似てるかだとか、まだわかんねぇな…、でも…良かった、マジで…良かったっ…」
「…。そして…こちらが帝王切開で産まれた、2958グラムの男の子です。」
看護師は長女になる1人目を抱き受けると、2人目の赤ちゃんを抱き渡す。それを知りちょっとだけ彼の表情が柔らかくなる。
「そか…もう1人は男だったか。…良く頑張ったな…どっちも頑張った…偉いぞ…」
霧山は微笑んで2人の子の頬を優しく撫でる。…そんな『新米パパ』に、看護師らは再び「おめでとうございます。」と深く頭を下げたのだった。
双子を看護師らに託して、霧山がやっとほのかと会えたのはもう深夜も過ぎようという遅い時間だった。とはいえ、長時間の陣痛に耐えた上に分娩に入り、更には帝王切開にまでなってしまったのだから起きている訳もないのだが。
病室に入り側まで行くと、まだ麻酔が抜けていない様子で眠っていた。その脇にそっと寄り添うように腰掛ける。
「…。ほのか…ご苦労さんだったな。産まれたら真っ先に抱きたかったろうに、結局…切る事になっちまって…」
「……、…」
「けど…どっちから産まれようが、『お前』が産んだ事には変わりねぇ…、…ありがとな…ほのか。」
心から思う労いの言葉を口にしながら、霧山の手がそっと側頭を撫でる。するとそれに誘われるかのようにほのかの両目がゆるりと開いた。
「…ん、悠斗…さん?」
「あ…悪りぃ、起こしちまったか。」
「…ううん、大丈夫…。…ごめんね、悠斗さん…」
「ンだよ。何を悪りぃ事したってんだ?」
「…。心配…させた、から…」
「……。まぁ、な…心配はするわな、そりゃあ。何せ俺はほのかの『亭主』だし、腹にいた双子は俺の『子供』だ。…男親なんかクソにも役に立たねぇんだから心配くらいさせとけ。」
「なんか…ヤサグレちゃってる?」
「…。俺らが知り合った時…お前はまだ18の高校生で、色恋の本質なんかまるで知らねぇガキンチョだった。何たって夜遅くに平気でススキノの繁華街を突っ切って歩いてるくらいなんだからな。」
「うぅ…な、何?急に…そんな昔の事。」
「…けど…そんなガキンチョに、俺は本気で惚れた。年甲斐もなく、このガキを俺が『女』にするってな。…そんな事を思ったクセに…俺は何度もお前を手放そうと思った事があった。」
「……。」
「お前まで『こっちの世界』に引きずり込みたくなかった…けど、俺といる事で否が応でも境界線を超えちまう…実際色んな怖い思い、させちまった…でも手放せなかったっ…」
「…ゆ、悠斗さ…」
「手放そうとすればする程、お前はどんどん俺に詰め寄って来てたし…別れた方がお前の為になるって、頭でわかっていながら…出来なかった。…それ以上に惚れちまってたから。」
「……、…」
「でも…産まれた双子の顔見て思った。『あの頃、ほのかを手放さないで良かった。』って…じゃなかったら2人には会えなかったからな。」
「…っ、…」
「愛してるぜ、俺の可愛い嫁さん。…双子を、俺の子を産んでくれてありがとうな。」
翌朝になって。ようやくほのかは双子と会い、その腕に抱いて喜びを噛み締めた。
「んふふ♪可愛いっ。さすが悠斗さんと私の赤ちゃんズだねー♪」
だがそれも束の間…
「っ、いったたぁ…」
「…おい。大丈夫か?」
「う、うん…大丈夫。帝王切開の傷と後産痛だから…」
「……。」
「ハッ!それよりっ。悠斗さんっ、双子ちゃんの名前…考えてる?」
「あ?あぁ…まぁ、な…」
「名前は両親からの初めてのプレゼントって言うもんねー。ふふ♪楽しみだねー双子ちゃん♪」
…何やら楽しげな嫁の言葉が霧山にプレッシャーとなって重くのしかかる。果たしてどんな名付けをするのだろうか。
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